クレアは魔王城に到着
クラーケンの襲撃があった後は穏やかに船が進み、次の日の晩になった頃には陸に船を寄せる事が出来た。その日は船に泊まり、朝起きてすぐ船場の管理人らしき魔族に船を預けた。そして徒歩で近くにある魔族の港町まで向かい、馬車を拾った。
初めて会う魔族の住民は穏やかな人柄だった。ルシファーが魔王になった時に引き連れてくる魔王軍に所属していた魔族達とは全く異なる事に、私は密かに驚いた。背中に生えた黒い翼は美しく、原作では赤い目が血のように怪しい光を帯びていたのが嘘かのように、宝石のようにキラキラと輝いていた。暗めの色をした髪を老婆のように振り乱し、長い爪で教会にいた人々を切り刻んでいた光景もなく、丸みを帯びた形に丁寧に整えられた、少しあかぎれした働き者の手がそこにはあった。
その人の話によると、今魔族は全員が風土病のようなものに侵されており、頭痛がするのだと言っていた。人間には感染せず、症状もないことから魔族特有の病だから気にすることはないと言っていたが、それがルシファーが魔王になることと魔王が私を呼び出したことと何か関係しているのではないかと思えて心配になる。
時折その魔族は私の前で頭痛を訴える様子を見せており、それが余計にか弱い印象を与えている。ニコッと病弱そうな顔で微笑んだその人の口から覗いた牙は八重歯のような愛らしさを備えていた。
(魔族って凶暴だと思っていたけど、思っていたのと全然違う……)
歴史の中でも魔族が理性を失い、魔王軍だけでなく魔族全体が王国を襲う勢いで侵略をした過去があったと聞いた事がある。それがあるから闇属性は恐れられれ、嫌悪されている。魔族は野蛮で、人の心を持たない魔物に毛が生えた程度の存在だと言う人もいる。
現に魔族をこの目で見たことのなかった私も、歴史と原作の印象に引っ張られて、今は魔王が王国の侵略を命じていないから魔族は暴れていないだけで、本当は凶暴な種族なのだろうと思っていた。
王国にいる国民の殆どは魔族と接点がない。海を越えなければ会う事がないからだ。貿易なども全く行われていない。それなのに、お父様は何かを調査しに来たと言っていた。こんな穏やかで優しそうな種族に過去、一体何があったと言うのだろう? 馬車をお父様から預かっていた魔族を見る限り、涎を垂らして人間を殺して暴れ回るような種族には見えない。原作で魔王になったルシファーが王国を襲うことと歴史上で起こったことに何か関係があるのだろうか? 疑問は尽きない。
それから二週間ほど馬車を走らせ、私達は合計一ヶ月半の旅路を経て無事魔王城に到着した。私が王国を出るまで二週間無駄にしていることを考えると、リリスが十六歳になり、ルシファーも魔王になるまでまだ一ヶ月はある。ここで魔王と穏便に話し合えれば、ルシファーが魔王にならない未来だってあるかもしれない。魔王が私に会いたがっている理由も、私の聖属性についても、全てこれから分かる。ここが正念場だ。
魔王城を前にした私は緊張しながら馬車を降りた。ルシファーが手を差し出してくれたお陰で、緊張で強張った体が少し解れる。ただ、ルシファーには気付かれてしまったようだ。ルシファーが心配そうに声をかけてきた。
「大丈夫か、クレア。馬車で酔ったのか? 魔王城に入る前に、休憩するか? おい賢者パウロ、何か飲み物をクレアに、」
「大丈夫よ、ルシファー。ちょっと緊張してるだけ!」
心配そうに顔を覗き込むルシファーに私は平静を装って答えた。パウロもストローを指しながら私に水筒を手渡してきた。
「何しろ今から魔王陛下にお会いするのです。無理もないでしょう。一口飲んでおくといいですよ」
「パウロもありがとう」
二人の気遣いに甘えて私は水分を補給をする。お昼を数時間前に取ったものの、緊張で喉が渇いていたのは確かなので、ありがたくいただく。私はコクリとストローで水筒のお茶を一口だけ飲むと、深呼吸をして魔王城を見上げた。
原作で見たのとは違う光景が広がっている。同じなのは真っ黒な城壁だけだ。忙しそうに城の周りを歩き回る魔族の幹部たち、そして城壁に沿って植えられた色とりどりの花が活き活きと咲き誇っている。おどろおどろしい雰囲気を醸し出していた怒号が飛び交う原作の魔王城とは異なり、そこには美しい景色が広がっていた。
本来ならここでリリスは正面から殴り込みに行くかの如く、真っ直ぐに魔王のいる王座の間に向かう。魔王ルシファーに話す時間も与えず、極大光属性魔法をぶちかます。しかしリリスが動こうとする気配はない。
「ようこそ、魔王城へ。クレア・モレッティ公爵令嬢とその付き人たちですね」
私に声をかけてきたのは、原作で魔王ルシファーの隣にいた、側近だと思われる男だ。
「出迎えをありがとうございます。私がクレア・モレッティです」
「お待ちしておりました。どうぞ中へお入り下さい」
城の中に足を踏み入れると、赤い絨毯が王座の間へと続いている。出迎えてくれた魔族は皆綺麗な身なりをしており、精悍な顔立ちをした幹部たちが微笑みを浮かべて会釈をしてくる。
想像していた魔王城も魔族の幹部もそこににはなく、私達を心から歓迎してくれている優しそうな人たちがいるだけだった。困惑しながら出迎えてくれた魔族の後をついていくと、突然廊下の先にある重厚な扉が大きな音を立てて開いた。
ドガンッ!
「クレアか!」
走り寄ってきたのは……魔王?
黒く大きな翼に、口から覗く鋭い牙。頭には他の魔族には見られない、角まで生えている。笑顔を浮かべていなければ、戦闘態勢を取るところだ。
私の脇腹に両手を差し込み、子どもを高い高いするように上へ持ち上げられる。クルクルと楽しそうにその場を回って魔王らしき人は笑い声を上げた。
「えっと……はじめまして? 魔王陛下?」
「陛下などと堅苦しい! 親しみを込めて魔王様と呼ぶことを許そう! クレアならマモンお爺様でも良いぞ! ダンテとアンジェラにそっくりだ! クレアに触れているだけで全ての淀みが吹き飛ぶようだ! 会いたかったぞ、クレア!」
「お、お爺様は流石にちょっと……では、魔王様で……」
淀みってなんのことだろう? とりあえず、お父様のことを名前で『ダンテ』と呼ぶあたり、かなり親しいのだろう。私のイメージしていた魔王っぽくなく、気の良いちょっと強面の近所のお爺ちゃんって感じだ。本当にこの人がルシファーを飲み込む、あの魔王……?
私に会えたことが余程嬉しいのか、しきりに私の頭を撫でたり頬を突いたりして嬉しそうにしている。私が魔王にされるがままになっていると、道案内をしてくれていた魔族が声を上げた。
「おやめ下さい、魔王様! クレア公爵令嬢は立派なレディですよ。それにまだ到着したばかりで彼らは着替えも済んでいません。また後で話す時間はありますから! あれほど椅子で大人しく待っているように言ったのに!」
「嫌だ! 儂はずっとクレアを待っていたのだ。クレア、もう立派な大人じゃないか! これなら親と一緒にいる必要もないだろう? さあ、ここで儂と一緒に暮らそう! 人間のところにいては気苦労も絶えないだろう。ここなら安全だ。儂がこの身を持って、クレアを守り抜いて見せよう」
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