リリスは魔族の国を目前に1
「リリス嬢、もうすぐだね」
「そうね、アダム。陸が待ち遠しいわ」
アダムはそういうと船の端にある柵に肘をついて楽しそうに海を見つめた。
二週間の船旅を経て、魔族の国はもう目の前だ。ここまで来るのに一ヶ月かかった。旅は順調に進んでいる。私は魔王に会ったらやらなきゃいけないことがある。それを考えるとまだ到着しないで欲しいという気持ちもあるけど、いい加減に陸が恋しいから早く着いて欲しい気持ちもある。
魔族の国に着いたら、モレッティ公爵が魔族の国の町に置いて行った馬車に乗り換える。二週間ほど走れば魔王城に到着するとアダムからは聞いている。
まだかな、まだかなと待っているのに、いつまで経っても近づかない。魔族の国の陸はずっと見えているのに。
海から上がる蒸気の所為か、時折海がぐにゃりと曲がって見える。砂漠がある地帯では水がないのにそこにあるように見える蜃気楼という現象が起きるらしい。これもその現象なのかな?
「ねえ、アダム。まだ着かないのかな?」
「そうだね、陸はずっと見えているのに、おかしいなあ」
呑気な声を上げたアダムに私は呆れた顔を見せた。私が教会で得体の知れない女に何を言われているかも知らないで。アダムには何の罪もないのに、つい八つ当たりしたくなる。
あの女の身元は知らない。でもあの地下牢に出入りできる鍵を持っている時点で、子爵家が過去に行っていた魔族の売買に関わっていた貴族の一人であることは分かっている。私がアダムと関わるようになって、王宮からの教会への献金が増えたことから、王族にも顔の効く人だと言うことも。
全部アダムを国王にするため、そして私がアダムと結婚するためにやる事なのに。アダムは何も知らない。知らせてはいけない。アダムをこんな汚いやりとりに巻き込みたくない。
魔王を倒せるのは強い光属性を持った私しかいない。クレアは魔力が低いので援護も期待できない。魔導塔で以前クレアが発動させた光属性の防壁魔法はきっと何かカラクリがある。魔力測定器が壊れているだなんてありえない。あれは教会で日々メンテナンスが行われているのを私は知っている。
私が出来るだけ弱らせて、最後の止めをアダムに刺させる。そうすればアダムは国王になれる。そしたら私を王妃にしてくれると言っていた。その後はクレアを捕らえ、教会の地下牢に収容する。
そんな簡単にいくかな、と不安になる。でもやらないといけない。私が王妃になるには邪魔な存在だからと言っていたけど、本当は別の理由があるに決まっている。何の非もないクレアを捉えるのは気が咎めるけど、教会の縛られた生活が続くのは耐えられない。王妃になった方が良い生活ができる。
あの女の影響力がどこまであるのかは分からない。でも私を王妃に相応しい身分にする力ぐらいはあるとも言っていた。その話を完全に信じている訳ではないけど人質を取られては私も断れない。
私が言う通りにしなければ、地下牢の魔族が殺される。名前も知らない、私が幼い頃からずっと面倒を見てきた可哀想な魔族。私の行いの所為でせっかくここまで生きてきたのに殺されるのは心が痛む。
あの魔族は最近になって少し正気を取り戻してきた。未だに言葉は一つも発する事はないし、ぼーっとしていることも多いけれど、私に見せる表情には変化が見えるようになってきた。
私が地下牢に行くと魔族の女性は私にすぐ気がつく。私を愛おしそうな目で見て、いつも頭を撫でてくれる。私が教育施設で上手く魔力操作が出来なくて地下牢で凹んでいた時も、彼女はずっと私の頭を黙って撫でていた。
私にはなんで両親がいないんだろうと悲しくなって泣いていた時は、彼女がギュッと私を抱きしめてくれた。次第にこの魔族は私のお母様なのだろうかと思うようになって、試しにお母様と呼んでみたら涙を流して喜んでいた。なぜか私の目からも涙が溢れた。
私は魔族の特徴もないし、顔も似ているようには思えない。ハーフであっても必ず魔族の特徴は受け継ぐから私はハーフでもない。なのになぜ彼女の私を見つめる目はそんなに切ないの……?
なぜあの人はここに囚われているのだろう。なぜ私と一緒にあの人は運ばれてきたのだろう。なぜ私のことを両親は捨てたのだろう。私には分からない事だらけだ。
でもあの人の涙の意味することは分かる。あの人は私が大好きなのだ。私を自分の子供だと思うぐらいに、大切に思っているのだ。
私も彼女が大好きだ。
あの人が本当に私のお母様だったらどれだけ嬉しいか。あの人を正気に戻したい。そして沢山お話をしたい。一緒に行きたいところもあるし、聞きたいこともいっぱいある。
あなたは私のお母様なの?
あなたはなぜここに囚われているの?
あなたに何が起こったの?
あなたのお名前は?
──あなたがお母様なら、あなたは私を愛していますか……?
お母様だったら伝えたいことがある。
ずっと寂しかった。私も抱きしめたかった。でも出来なかった。教会のシスターから魔族に抱きつく気持ち悪い子どもだと思われたくなかったし、それだけ愛情に飢えていると哀れまれるのも嫌だったから。でも、本当はずっとずっと前から大好きだった。
本当のお母様じゃなくたって良い。いつか薄暗くジメジメした地下牢から出て、一緒に日の下を歩きたい。他の子供たちがそうしているように、手を繋いで、ほっぺにキスをして、互いの顔を見て笑い合いたい。
同じベッドで眠って、暖かいお母様の胸で安らかに眠りたい。
──お母様と呼びたい。
16時と20時にまた投稿します。
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