パウロは船で考察する
翌朝、モレッティ公爵が船を預けていると言っていた場所に馬車を預け、我々六人は船に乗り込んだ。
クレアに昨晩のことを早速尋ねる。クレアの言ったことに間違いなければ、魔王の元にクレアが向かうことになった理由も理解できる。クレアからは魔王に聞きたいことがあるとしか聞いていない。未だになぜ、クレアが聖属性を持っているのかも解明できていない。それでもパズルのピースが徐々に埋まりつつあることに私は喜びを感じていた。
「ルシファーの様子はどうでしたか?」
クレアは一瞬恥ずかしそうな顔をして、ゴニョゴニョと言い淀んだ。クレアの様子が気になって、クレアの名前を呼ぶと、ビクッと反応した。
「うん、私の属性はルシファーに有効に作用する……と思う。私に触れていると闇属性の魔力も抑えられるようだったわ」
「興味深い見解です。引き続き、よろしくお願いいたします」
「引き続きあれを!? 分かったわ……」
ルシファー殿下の魔力を抑えるために、一体クレアは何をしたのだろう。恥ずかしそうな様子から、聞きたいこととは思えなかったので、あえて追求はしなかった。私が想像した通りのことだと分かれば、嫉妬でルシファー殿下を火祭りにあげてしまうかも知れない。
魔力をルシファー殿下に送り込んだのだろうか。抱きしめて感情の昂りを治めたのだろうか。それとも聖属性を含めた唾液の交換を行ったのだろうか。はたまた唾液どころではなく体液の……知りたくもないな。あの様子ではまだそこまで至っていないと予想はつくが、その日が来なければ良いと思えてならない。
初めてクレアに会った時、クレアが聖属性だから惹かれた私が言うのもなんだが、ルシファー殿下はどうせクレアの美しい上面しか見えていない。クレアが私と交わすような会話をルシファー殿下とするとは思えない。クレアは聖属性という希少な存在だというだけでなく、聡明で私の話について来てくれる貴重な存在だ。私のクレアの真価をルシファー殿下が分かるはずがない。
栄養を補給するだけだった無駄な食事の時間も、クレアがいれば魅力的な時間になった。甲斐甲斐しくクレアに食べ物を運んでいると、まるで親鳥のような気分になった。クレアのピンク色をした唇が小さく開く度に、何度もパンの代わりに自分の指を加えさせたくなった。ストローを加え、心地良い音を鳴らして飲み物を飲む時なんて、庇護欲が掻き立てられて、抱きしめたくなる。今まで感じたことのない衝動に抗うように、私はまたパンを千切ってクレアの口に運んだ。
一度読んだ本を私は忘れないし、すぐに理解する。クレアもちょっと相手をすれば人柄が分かってしまって飽きるだろうと思っていた。それなのに、クレアは思った以上に奥深く、そこら辺にいる貴族令嬢とは全く異なる性質を持っていた。普通の貴族令嬢ならば持たないような価値観も好ましく、公爵家の令嬢ならば大人しく守られていれば良いのに、クレアは構わず自分を鍛える。クレアの努力は尊敬に値する。
クレアの聖属性は私が最初に見つけた。クレアは私だけの発見で、私だけが知っていれば良いのだ。クレアはもう私の大事な宝物のような存在になっている。その事実だけで十分だ。
当初はただ聖属性のことが知りたくてクレアに近づいたが、今や聖属性よりもクレア自身のことが気になって仕方がない。知れば知るほどにもっと知りたくなる存在は初めてだった。クレアのことが知りたい。クレアが何を考え、何に心打たれ、涙し、喜ぶのか。クレアの香りも感触も味も全て知りたい。
クレアがこの国の王太子の婚約者でなければ、今すぐにでも私のものにしてしまうのに。私が結婚できるようになるまでのあと二年の間に他の誰かに取られないよう、あらゆる手段を用いて夫婦の契りを交わしてしまうだろう。そうすれば貴族令嬢のクレアは私と結婚せざるを得なくなる。
私の興味を最も唆る者はもはやクレア以外ないのに、私の相手はクレアしかいないのに、よりにもよってなぜクレアはルシファー殿下の婚約者なんだ。他の貴族であれば権力でもなんでも使ってクレアを奪い取るのに、流石に相手がルシファー殿下では分が悪い。
ルシファー殿下ならば引く手数多だろう。どんな女でも喜んで王妃の座を欲しがるだろう。将来国王になるのが決まっているのだから、その椅子だけで満足して、せめてクレアだけは諦めてもらいたい。
そこにいるリリスで良いじゃないか。平民にしては賢く、魔力も豊富で教会の教育施設では美しいと評判だ。あれだけ豊富な魔力であれば、普通の貴族令嬢ならば太刀打ち出来ないだろう。クレアの友人達だって十分に王妃になれる家柄だ。クレアじゃなくたって良いはずだ。
公爵家のクレアと伯爵家の私ではクレアの方が家柄が上だが、女性であるクレアはどこかに嫁がなければならない。そうなると、年齢層を上げない限り王家の他に結婚できる適齢の子息がいる家は私の家しかない。ルシファー殿下さえクレアを諦めてくれれば、すぐにでも私の所に来させるのに、ルシファー殿下もクレアを気に入っているようだというのが気に食わない。
アダム殿下だって邪魔に思う。大してクレアのことも知らないくせに、うろちょろとクレアの周りに纏わり付く。幸いクレアがアダム殿下に興味がないようなので、放っておいても良いだろう。そう分かっていても気持ちは焦る。王家が相手では太刀打ちできない。頼むからクレアの気を惹こうとしないでくれ。
クレアのことが知りたい。最近女性らしい体つきになってきたクレアの細い腰に手を回し、乱暴に体を抱き寄せたい。食事をする時も私の手から食べさせてやりたい。艶めくさくらんぼのように潤った唇を、クレアが私を求めるようになるまで味わいたい。クレアの美しい聖属性に溢れる髪に手を触れたい。クレアを私の魔力で染め上げ、慣れない感覚に顔を上気させるクレアの表情が見たい。
少しでもルシファー殿下に隙が見えれば、クレアを私のものにしよう。
「パウロ? どうしたの?」
「なんでもありません。考え事をしていました」
「そう? 無理はしないでね」
クレアは観察力も優れている。それに闇属性に聖属性が有効に作用することまで自力で発見した。やはり私にはクレアしかいないと再認識する。
クレアが言うように、きっと聖属性は光属性同様に闇属性に対抗できる属性なのだ。光属性を浴びせられ続けると魔族は弱ってしまう。ルシファー殿下がクレアの聖属性を浴びても弱るどころか安定しているのを見ると、聖属性は異なる作用を持っているのだろう。大方精神安定剤ってとこだろうか。
魔王の元にクレアが行きたがるようになった経緯は聞いていないが、モレッティ公爵がこそこそ何か裏で六年間動いていたことには気がついていた。クレアが突然魔王の元に行きたいと言い出したことと関連しているに違いない。
これらの事実を総合すると、魔王はやはりなんらかの事情によって、クレアの力が必要なのだろう。魔王の元にクレアを送る必要がある理由は、聖属性が対抗できる魔力だと分かったことで、二つ考えられる。
まず一つ目は魔王がクレアを排除したがっている可能性だ。手元に危険因子を置いて、直接監視下に置きたいとも考えられるが、今までもそうしようと思えば無理矢理でもできたはずだ。それと、排除したければ魔王軍をこの王国に送り、攻め入れば良い。そうしなかったのは、排除する必要はないということに他ならない。
無理矢理置く必要がないとしたら、今になって突然クレアが必要になってきたと考える方が自然だ。排除の可能性は薄いと見ても良いだろう。
一番有力なのは魔王でさえ闇属性に飲まれかけているということだ。クレアがいることによって抑えが効くようになるのかもしれない。これは興味深い。
あれこれ考えを巡らせていると、船操縦席に座ったダニエルが声を張り上げた。船の操縦も交代で行う。船は魔力を注いでコントロールする。最初はダニエルの番だ。
「じゃあ、皆行くぞー! 荷物の確認は出来てるかあー!?」
クレアが私の心を揺さぶる声でそれに応えた。
「全部揃ってるわ! では、魔族の国に、しゅっぱーつしんこーう!」
最悪クレアを手に入れられなかったら、クレアを魔導士の際限ない知識の沼に引きずり込んで、知識欲から、そして私の側から逃げられなくしてしまおう。そうすればクレアは一生私の共同研究者だ。クレアの隣は誰にも渡さない。
私はこれから魔族の国で何を知れるのか、楽しみで頬が緩むのを感じた。
願わくば、それがクレアの興味を惹いてやまないことでありますように。
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