ルシファーは宿屋で
その晩、町に着いてすぐに夕食を済ませると宿屋の前で俺は全員に向かって言った。
「旅の資金が心許ない。俺とクレアは節約のため同室にするが、他の皆は気にせず別室を取ると良い」
我ながら完璧な言い分だ。しかしパウロだけが異を唱えてきた。
「ルシファー、それならリリスとクレアを同じ部屋にして、残った四人を二人部屋に分けた方が節約になりますよ」
「それでは他の四人は休まらないだろう。俺はクレアと二人でも問題なく休める。せめて一部屋の代金だけでも浮かせられればそれで十分だ」
「そうは言ってもクレアも女性ですから。同意し兼ねます」
俺が敬語をやめろと言ってもパウロだけは相変わらず敬語で話してくる。そっちの方が落ち着くらしい。色々と気に食わない奴だと思いながら反論できずにいると、意外にもクレアが援護してくれた。
「ルシファー、隠し事をしていては分かって貰えないわ。本当の事を伝えましょう。私達は仲間なんだから」
真剣な顔をしたクレアがパウロに強い眼差しを向けた。パウロはハッとした顔をしている。
隠し事を皆に言うのか!? 俺がクレアを抱き枕にしたいとこの場で全員に言うのか!? それを言ってしまえばパウロが水魔法を俺の頭にぶち撒ける未来しか見えない。それは不味い。素直にもほどがあると焦っていると、クレアは決心したように口を開いた。
「ま、待て、クレア。それは……」
「ルシファー、大丈夫。ここにいる皆はルシファーを決して変な目で見ないわ」
クレアが俺を安心させるように手を包み込み、ニコッと微笑んだ。クレアの手に触れていると、全てがどうでも良くなってくる。
ああ、クレア。この場で皆に言ってくれ。俺がクレアを抱き枕にしたいのだと言ってしまってくれ。恥ずかしいが、構わない。そうする事で三人の男を牽制できるなら、俺はその羞恥にも耐えよう。
俺を見つめるクレアの目には俺の恥ずかしそうな表情が映っている。もうどうにでもなれ。俺がクレアの言葉に頷いたのを確認して、クレアはパウロに向き直った。
「パウロならこれだけ言えば伝わるでしょう? 闇属性の弊害よ。恐らく、私なら抑えられるんだと思う」
え? 闇属性の弊害……? あ、そうだった。さっきクレアに闇属性の魔力が漏れ出そうだと言ったのだった。忘れてた。てっきり抱き枕にしたいのがバレたかと思って焦ってしまった。ふむ、ここはクレアの言葉を肯定するのが良さそうだ。
俺は重々しい空気を体に纏わせ、真剣な顔でクレアの言葉に頷いた。それを見たパウロは、驚いた顔をした。
「なるほど。聖属性にはそんな効果が……納得しました。ふむ、もしかして魔王は……いや、これには考察が足りない。……分かりました。私も一人の時間が必要です。クレア、経過観察を頼みましたよ」
「うん、ここは私に任せて」
「おい、パウロ。それで良いのかよ」
ダニエルが今度は焦った様子でパウロに詰め寄った。ダニエルはパウロが俺を止めてくれると思っていたのだろう。パウロが止めないなら誰が俺を止めるのだと、パウロとアダムに視線で助けを求めているのが分かる。リリスは何やら暗い顔をしているが、同じ女性としてクレアの事が心配なのかもしれない。
アダムには睨みを利かせて黙らせる。俺がアダムを見ると、スッと目を逸らしたので、アダムはこれで解決だ。さて、ダニエルはどうやって黙らせようかと考えていると、クレアとパウロがダニエルの肩に手を置いた。
「ダニエル、大丈夫よ。これは必要な事なの」
「そうですよ、ダニエル。これは属性の研究に欠かせないデータ採集なのです」
二人に研究の一環だと言われては、なにも言い返せなくなったダニエルは大きなため息をついて諦めた様子を見せた。
「二人がそういうなら……でも、クレア! 何かあったらすぐ叫び声を上げるなりしてオレを呼べ。分かったか?」
「うん、分かった!」
ダニエルの心配そうな顔とは反対に、クスクス笑い声を上げているクレアが愛おしい。今夜は同室だ。他に異存はなさそうなので、俺は宿屋の店主にさっさと金を握らせ、クレアと俺の荷物を持って聞いた部屋番号に向かった。
クレアが後ろからついてくる足音がする。俺は荷物を足元に置いて、ドアに鍵を差し込むと、クレアを先に部屋に入れた。他の四人も同じフロアだったようで、それぞれにクレアは
「おやすみ〜」と呑気な声を出して部屋に入って行った。
……計画通り。ニヤつく顔が抑えられない。荷物を部屋にドサッと置くと、俺は後ろ手でドアの鍵を閉めた。
「先にシャワーを浴びてくるね」
「……っ! あ、ああ。ゆっくりすると良い」
クレアが機嫌良さそうにシャワールームに行ってしまった。早速シャワーが流れる音が聞こえる。服を忘れて行ったぞ、どうする、ドアの外から呼びかけるか? それとも荷物を開けて、下着とネグリジェを手渡しに行くか……クレアの下着……!
俺がどうしようかとソファーでモヤモヤ考えている内に、シャワーの音が鳴り止み、クレアの俺を呼ぶ弱々しい声が聞こえてきた。
「ルシファー……あのね、いつもはメイデンが用意してくれてたし、ここ最近はリリスと同室だったから忘れてたんだけど……ううっ」
「ああ、そうか。服を持って行くのを忘れたんだな。荷物を開けても良いのか?」
「ごめんね、手が濡れてるからそうしてくれると助かる……」
「分かった。持って行く」
どうしよう、荷物に手をかけるだけで顔が熱くなってきた。ボーッとする頭で俺はクレアの下着と思しき布切れと、シルクのスベスベした手触りのピンクのネグリジェを手にしてシャワールームに向かった。
ドアの隙間からクレアがちょこっとだけ顔を覗かせるが、タオルを体に当てているのが目に入り、慌てて顔を背けて服を手渡した。
暫くしてクレアが服を着て出てきたので、もっと際どいネグリジェがないか探せば良かったと少しだけ後悔した。ドギマギしながら俺もシャワールームに入り、クレアの香りが充満した中でまた頭が沸騰しそうになりながら、煩悩を振り払うように丁寧に体を磨いた。
眠り支度を整え、ようやくベッドに入る時になって自覚した。そう、ベッドが一つしかないのだ。当たり前だ、俺は二人で一部屋しか言わなかった。ベッドは確かに一つでいいのだが、自覚するとソワソワする。
俺は平静を装ってクレアに話しかけた。
「灯りを消していいか?」
「あっ、うん……」
クレアも自覚したようで、心なしか顔が赤いような気がする。灯りを消して先にベッドに上がり寝転がると、腹を括った俺は空いている所に手を伸ばした。
クレアがおずおずと布団に入ってきて、俺の腕が置いてある所に首を置いてきた。俺とは反対を向いて背中を預けている。腕枕をできる日が来るなんて、と感動に打ち震えていると、クレアがクルッと俺の方を向いた。
カーテンから漏れ出た月明かりが僅かにクレアを照らし、銀色の髪がキラキラと輝いている。美しさのあまり、俺はクレアの名前を呼ばずにはいられなかった。
「クレア……」
「ルシファー、魔力は大丈夫?」
クレアが心配そうに俺を見ている。クレアの澄んだ青い瞳に吸い込まれそうだ。俺は抱き枕にするだけのつもりが、気がつけばクレアに覆い被さっていた。
クレアの両手首を掴み、俺の足の間にクレアの両足を置くと、クレアがすっぽり俺に包み込まれた。
「大丈夫だ。クレアがいれば……」
俺は全部言い切る前にクレアの唇を舐めた。
「んんっ……ルシファー……」
クレアにも聞こえるのではないかと思うほど、心臓がうるさく鳴っている。クレアにもっと近づきたくなって俺はもう一度クレアに近づいた。するとクレアから俺に口づけを返してくれた。もう止められない。クレアの甘い声が俺の脳を痺れさせる。
口づけをするだけ、と自分に言い聞かせ、クレアの唇の形に舌を這わせる。何度も角度を変え、貪るようにクレアの口内を味わい、体を押し付ける。唇だけでは物足りなくなり、全身を味わいたくなった俺はクレアの首筋に唇を当て、少し強めに吸った。するとクレアが小さな声を上げ、その声で余計に歯止めが効かなくなる。
もっと触れたい。クレアを味わいたい。俺なしでは生きていけないようにしたい。俺から離れられなくなるぐらい、クレアを快楽に溺れさせたい。
ネグリジェが邪魔だと思って服に手をかけた所でやっと我に返った。クレアを見ると、目が潤んでいるのに気がつく。ネグリジェを剥ぎ取ろうとする手をグッと堪える。まだダメだ。今は我慢だ! この旅が終わったらすぐ結婚しよう。そうしよう。
ポスンと音を立てて枕に顔を埋め、深呼吸をした後にクレアに背を向けて、クレアの体をギュッと後ろから抱きしめた。クレアの息が上がっている。怖がらせていないと良いけど……。クレアの耳を小さく噛んで、囁くだけに留める。
「クレア、愛してる。おやすみ」
「んっ……私もよ。おやすみなさい」
良かった。怖がってはいないみたいだ。今夜は絶対眠れない。寝てしまったら勿体ない。俺はクレアの香りを肺いっぱいに吸い込んで、幸せな気持ちで目を閉じた。
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