最初の出会い
ルシファーとの初対面を終えて自分の部屋に戻った私は、早速ルシファーに手紙を書くことにした。今までの非礼を詫びなければいけない。きっと今頃馬車の中でも困惑していることだろう。
原作を既に狂わせてしまったので、今後何が起こるか分からない。ルシファーが結婚適齢期の十八歳を迎え魔王になるまで、心を病ませないように彼をサポートするのが一先ずの目標だ。今日に至るまで交流が全くなかった分、なんとかして繋がりを築く必要がある。
他にも課題は山積みだ。ルシファーが心の病み具合に関係なく魔王になってしまう可能性だってある。原作の強制力が働いて私がルシファーを傷つけたせいで魔王になったとかにされてしまえば、それを理由に追放される可能性だってある。
色々な可能性に備えて、勉強だって疎かにはできない。ヒロインは平民でありながらも魔力が強く勉強も出来て賢いという理由で討伐メンバーに抜擢された。自分より優秀な平民のヒロインにクレアは数々の嫌がらせを行う。
因みにクレアはモレッティ公爵にとことん甘やかされて傲慢な人間に育っていた。魔力強化やその他勉強も疎かにして、その美貌をひたすら磨くだけ。顔だけ非凡に美しい公爵令嬢という取り柄しかなかったのもあるが、本人も嫌がって討伐に参加しなかった。
私は断罪されるのが分かっていてヒロインに嫌がらせをすることは絶対にないが、勘違いは起こる事がある。一歩間違えば私は追放、ヒロインはデッドエンド直行だ。自分とこの国の未来を想像して、私は冷や汗をかきながら必死に手紙を書き綴った。
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「今日は断られるのを覚悟して来たんだが、拍子抜けしたな……」
俺は帰りの馬車の中で従者のベルゼに話しかけた。
「そうですね。でも良かったじゃないですか。これで正式に婚約を発表出来ますよ。婚約者がモレッティ公爵の令嬢であれば、将来の国王はルシファー殿下で確定したようなものです」
「王位継承者になれないことが不安だったから言ったんじゃない」
「じゃあ、どうしたんです?」ベルゼは手元にある婚約の契約資料をペラリと捲り、耳を傾ける。
「今までクレアは俺に一度も会おうとしなかった」
「はあ」ベルゼは気の抜けた返事をする。
「手紙だって返事が返ってきたことがない」
「そうでしたね」
「嫌われていると思ってた……」
「ええ、調査書にはそう書いてありましたよね」ベルゼはあからさまに俺の相手をするのが面倒だと言うように鼻をほじっている。
「お前っ……なんで俺がクレア嬢を調査していたことを知っている!」俺は焦ってベルゼに掴みかかった。ベルゼは胸ぐらを掴まれていても、平然とした顔をしている。
「私を誰だと思っているんです? 私に命じれば良いのに、なんだって私の部下に頼むんですか。私の部下に頼めば私の耳に入るに決まってるじゃないですか」
「うっ……! そ、それは……」
「クレア様は金髪碧眼がタイプらしいですね」
「ぐはっ!」俺はベルゼの胸ぐらから手を離し、自分の胸を抑える。顔から血の気が引くのを感じた。
「殿下みたいにクールで鋭い人より、優しくてちょっと抜けてる感じの性格が好きだとか」
「や、やめてくれ……」俺は弱々しい声でベルゼに懇願する。
「年齢も同い年の方が価値観も合いそうだから安心感があるらしいですね」
「に、二歳だって殆ど変わらないじゃないか……」
「あれ?クレア様と同い年で金髪碧眼といえばもしかして第二王子の、」
「だからお前に調査は頼みたくなかったんだ!」俺は涙目になってベルゼに怒鳴り声を上げた。そんな俺をベルゼは呆れた顔をして見ると、尋ねた。
「ルシファー殿下はなんだってそんなにクレア公爵令嬢のことが好きなんですか?」
「す、好きって! いや、そんなつもりじゃ、」と口では否定しているが、顔は全く正反対のことを告げているのが自分でも分かる。耳がかあっと熱くなるのを感じる。手をブンブンと顔の前で振り、必死に否定する様は肯定しているのと同じことだ。
「素直じゃないですねえ。あー若いって良いなあ。私なんて二十代後半ですのに、婚約者どころか恋人もまだだというのに」
「うるさいぞ、ベルゼ!」
俺を弄るのが楽しくなってきたベルゼは、二ヒヒと笑ってさらに続ける。
「これで来週の魔力検査は一人で入場しなくて済みますね。良かったですね、クレア様をエスコートして、いや殿下がエスコートして貰えるの間違いか? 何はともあれ、今日婚約破棄されてたら寂しくて泣いちゃうところでしたね」
「……お前、王宮に戻ったら帳簿の再計算な」
「殿下、酷い! 鬼畜! クレア様のストーカーの癖に!」
ベルゼは資料から顔を上げ、俺を非難した。ベルゼの言葉を否定したくてまともに聞こえる言い訳を口にする。
「ストーカーではない! 婚約者を調べるのは当然のことだろう!」
「クレア様の一日の動向を毎週報告させている癖にストーカーではないと?」
「うるさい、うるさい、うるさい! お前はいつも一言多いんだよ!」
俺はベルゼに表情を見せたくなくて、プイッとベルゼがいる方とは反対側の馬車の窓を向いた。
窓の外には王宮の庭園が見えている。一本の大きなリンゴの木を見て、四年前、六歳だった頃をふっと思い出した。
あれはモレッティ公爵が国王に王宮に呼び出された時のことだった。クレアと外出していた際に呼び出されたせいで、当時四歳のクレアを連れて一緒に王宮に来たのだった。当時からお転婆だったクレアは、与えられた待機室から侍女の目を盗んで脱走して、庭園を散歩していた。
俺が初めてクレアと出会ったのは厳しい魔法訓練を受けた後で、庭で蹲っていた時だった。防御の訓練をしていた為、教育係に容赦なく魔法を身体中に打ち付けられていた。一つも上手に防御出来ず、叱咤されたので、痛む体と心を守るように静かに庭で一人涙を流していた。
「ねえ、そんな所で何をしているの?」
突然上から降ってきた声に驚き、涙を流したまま声がする方へ目を向けた。俺の目に飛び込んできたのは光に反射してキラキラと光る銀髪と、穢れを知らない美しく澄んだ青い瞳だった。俺がクレアの美しさに目を奪われていると、俺の涙に気がついたクレアはそれには触れず、涙をそっとハンカチで拭ってくれた。そして突然鬼ごっこをしようと提案してきたのだ。
最初は警戒して応じようとしなかったのだが、天真爛漫なクレアに流されていつの間にか夢中で遊んでいたのを思い出す。あとからそれが生まれた時に決まった婚約者のクレアだと知ってからは、ずっとクレアのことが気になって仕方がなかった。実はそれからずっとクレアの一日の動向を調査員に報告して貰っている。
鬼ごっこが楽しかったというのが恥ずかしくて手紙にそのことを書くことは一度も出来なかった。もはやクレアはこのことを覚えてもいないだろう。恐らくクレアはあの時一緒に鬼ごっこをしたのが俺だった事さえ知らないはずだ。この記憶は今日までずっと、辛い教育に耐え抜く支えとなっている。
「……着き……した……か、……殿……、殿下ってば!」
「あ、すまん。どうかしたか?」
クレアの事を考えていてベルゼの言葉が全く聞こえていなかった俺はハッとして目線をベルゼに移動させた。
「もう、王宮に着きましたよって言ったんです。またクレア様の事を思い出していたんですか? いい加減教えて下さいよ。幼い頃にクレア様と何があったんですか? 顔がにやけていますよ」
「……っ! 執務室に戻ったらお前は予算の再確認も追加だな」
「ひぃ! すみませんでした!」
今までずっと会えなかったクレアに来週も会えるのかと思うと、俺は自然と口元が緩むのを抑えられなかった。手でそっと口元を隠して表情を隠す。何か良いことがあったと周りに国王が発表する前に勘付かれるのは不本意だ。今は冷静を装う必要がある。口元を手で隠した状態で深呼吸をすると、俺は顔を引き締めた。
「国王陛下に報告に行くぞ」
「承知いたしました」
俺は自信溢れる顔で馬車を降りた。馬車の中で見せていた様子とは打って変わってベルゼも真面目な顔を作る。
「来週の魔力検査が楽しみだ」
ベルゼはまだ小さな未来の国王の背中を、そっと支えるように手を添えて歩みを進めた。




