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婚約しましょう、王子様!悪役令嬢の私があなたを立派な魔王にして差し上げます!  作者: 春夜くる佳


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転生当日に婚約破棄の危機

 何かが弾けたような爆発音は恐らくゲーム機が発した音だったのだろう。気がついたら私はベッドの上で寝転がっていた。


「ここは……?」


 どう見てもお金持ちの家だ。ビールの缶とポテチの空袋はいずこへ? 天蓋ベッドに猫足の鏡台。重厚なカーテンに、美しい彫刻の彫られたドレッサー。うん、私の部屋ではない。


「頭が痛い……」


 頭にズーンと二日酔いのような重みがのし掛かる。ズキズキとこめかみも痛む。その上、ジワジワと私とは別の記憶が雪崩れ込んできている。それも頭痛の原因の一つか、頭が熱い。ついさっきまでゲーム画面で見ていた悪役令嬢サイドのストーリーが実体験のように頭の中を染め上げる。これはもしかして……悪役令嬢の記憶……? 


 くらくらする頭を支えるように、私は小さな手をこめかみに当てた。


(……小さな手?)


 こめかみに当てた手とは反対側の手も見ると、明らかに私の手とは異なる、きめ細やかな肌と綺麗に整えられた小さな爪が見える。


「どういうこと……!」


 私はふらつく足で鏡台に駆け寄った。鏡には緩く波打つ銀髪に青い瞳を持った透明感溢れる白い肌の、天使のような女の子が映っている。この容貌は間違いない。幼少期の悪役令嬢、クレアだ!


 なぜ私がクレアになっているんだ、と混乱する。リセットボタンを強く押したら視界が暗転し、魔王の声が聞こえたかと思うと今度は視界が真っ白になって、気がついたらここにいた。ダメだ、何が起こったのか分からない……。


 それにひどい頭痛だ。でも流れ込んできたクレアの記憶から、なぜこれほど頭痛がするのかは分かった。


 クレアはルシファーと会う前日の夜に睡眠薬を多量に飲んだのだ。クレアはルシファーと初めて会う日に婚約破棄を願い出る予定だった。でもクレアはルシファーに会いたくなかった。だから睡眠薬を飲んで、深い眠りにつこうとした。そうすれば、ルシファーと会うことさえしなくて済むと思ったのだ。顔も見たくないくらいに嫌だ、と言うクレアなりのパフォーマンスだった。


 顔を合わせることになったのには二つ理由がある。一つ目はクレアがハ歳になり、ある程度令嬢として外に出しても恥ずかしくないぐらい、淑女教育の基礎が備わったからということ。二つ目は第一王子が十歳になり、正式に婚約を発表するための意思確認を行う必要があるからだ。


 しかしモレッティ公爵はクレアが昏睡状態にあってもなくても、どの道婚約破棄はするつもりでいた。クレアは生まれてすぐに、第一王子の後ろ盾として内密に婚約している。第一王子のルシファーは正妃の子であるため、公爵令嬢であるクレアが選ばれた。


 クレアはそれが嫌だった。おとぎ話に出て来るような王子様に憧れていたクレアは、黒髪で金色の目をした第一王子よりも、金髪碧眼の側室の子である第二王子の方が好みだった、という単純な理由で。クレアは物心がつき始めた三歳頃から八歳の今までモレッティ公爵に第一王子は嫌だと言い続けてきた。この時点でクレアは第一王子と第二王子、両方とも絵で見たことしかない。


 原作では、クレアは婚約破棄をする前夜に睡眠薬を飲んで一週間目覚めなかったとされている。妻を病気で亡くした公爵は、妻と瓜二つのクレアのことを溺愛していた。公爵は愛する娘がそれほどまでに婚約で追い詰められていたのかと心を痛め、まだ決めかねていた婚約破棄も、この時決心をしたという流れだ。つまり目が覚めた今はクレアが薬を飲んでから一週間後ということか、と私は推測する。


 クレアの記憶があると言うことは、私がクレアになってしまった可能性が高い。乗り移っただけにしては、クレアの記憶があることに違和感がある。クレアに転生し、同化してしまったのかもしれない。もしかして、私はゲーム機の爆発に巻き込まれて死んだのだろうか。


 鏡台でクレアになった自分の顔をまじまじと見つめていると、扉がノックされる音がした。


 コンコンコン


「失礼いたします。あら、もう起きていたのですか? 珍しいですね。昨晩、睡眠薬が欲しいと言った時はまさか寝込むつもりではないかと心配していましたが、私の思い違いだったようで安心しました。本当に緊張して眠れなかっただけなのですね」


(この人誰だっけ)


 ぼーっとメイド服に身を包んだ三十代ぐらいの女性の顔を見ていたら、クレアの記憶が教えてくれた。そうだ、この人はモレッティ公爵家のメイド長だ。私がまだ寝ぼけていると思ったメイド長は困った顔を浮かべると、鏡台の近くにあった椅子に私を座らせた。


「さあ、今日はルシファー殿下がいらっしゃいますよ。身なりを整えましょう」


 メイド長は私の顔を濡れたタオルで拭き、そしてブラシを取り出すと、私の髪をときだした。クレアの記憶があるせいで当たり前のように身を任せていたが、メイド長の台詞を聞いて、ハッとした。


「えっ。一週間前にもうルシファー殿下との婚約の話は断ったのでは?」


「何を寝ぼけているのですか? お断りするのは今日ですよ。でも結論を出すのはお会いしてからでも遅くありません。公爵閣下はお断りするつもりでいるみたいですが……。とにかく早く用意を済ませてしまいましょう」


 おかしい。原作では婚約を断った後にクレアは目覚めるはずなのに、どういうことだろうと私は思考を巡らせる。もしかして、私がクレアになったことで、原作から狂いが生じている?


 されるがままに身支度を最低限整えられると、朝食が運ばれてきた。


「今日は準備に時間がかかりますからね。まずはお部屋で軽い朝食を取っていただくことにしました。早くお召し上がり下さい」


 この後もヘアセットをされたりドレスを着せられたりして、あっという間に時間が過ぎていった。


(準備だけで疲れちゃった……でも頭痛は引いたようね)


 コンコンコン


 一息ついて紅茶を飲んで休憩していると、別のメイド服を着た女性がやってきた。クレアの専属侍女、メイデンだ。


「ルシファー殿下がいらっしゃました。公爵閣下もお待ちです」


 その言葉を聞いて私はクレアの状況を思い出した。そうだ、モレッティ公爵はまだ迷ってはいるものの、婚約破棄をする気ではいる。今日それを成立させてしまうと、大変なことになる。内密な婚約で国王とモレッティ公爵しかこの話は知らないはずなのに、国民から絶大な支持を誇る有力貴族のモレッティ公爵に断られたとなぜか情報が流出してしまうのだ。


 後ろ盾と信用を失った第一王子は今後国王だけでなく、他の貴族から徐々に冷たくあしらわれることになる。幾度も心ない扱いや酷い言葉を浴びせられ続けた第一王子は、次第に心を病んでしまう。


 正妃の子である第一王子が婚約をしていないのに、側室の子である第二王子が先に誰かと婚約を結ぶのは体裁が悪い。どちらも婚約者がいない状態で結婚適齢期を迎える。するとある日、心が病んでいる第一王子は魔王に魅入られ力を取り込み、自らが魔王になってしまう。そして第二王子が魔王になったルシファーを討伐に行くストーリーが始まるのだ。


 今阻止しなければ、この世界が将来滅亡する。もし今婚約破棄してしまったら、私も婚約者を今後探さないといけなくなる。そうなると私はきっとヒロインと対峙しなければならないのだろう。断罪される未来しか見えない……。


 もしかしたら私と婚約していれば心を病むことなく、ルシファーは魔王にだってならないかもしれない。例え魔王になる運命だったとしても、私がちゃんと手綱を握っていれば大丈夫!


 よく考えたら原作でも、悪役令嬢が第一王子の手綱をちゃんと握っていたら世界が滅びることなんてなかったんじゃない? 全部悪役令嬢のせいじゃないか、ひどい女だな! って、今悪役令嬢なのは私だけど。


 こうなったらヒロインと攻略対象がせめて惨殺されないよう、陰ながら支援させていただきます! 私が第一王子とちゃんとくっついて、魔王にならないように気を付ければ良いのだ。


「分かりました。行きましょう」


 こうして転生した当日に、私はルシファーとの初対面を迎えたのだった。


・・

・・・

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これから毎日投稿します。

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