魔王の使者からの手紙
お父様の執事が入ってきたことで、話が中断された。私は口をつぐみ、二人を見守った。
「魔族です。魔王の使者だと言うものが今これを持って来ました!」
執事の手にはクルクルと巻かれた手紙があった。お父様は青ざめた顔でその手紙を執事の手から受け取った。手紙に書かれている内容にサッと目を通すと、
「まずいな……」と呟いた。
「言伝がございます。あの時の約束を果たす時が来たと」
「アンジェラはもう死んでしまったというのに、どうしたら……」
「そのことについても既に使者はご存知でした……となると向こうの目的は一つでございます」
「ぐっ……!魔族の国に今から向かう。話をつけてくる」
お父様は食事を中断し、席から立ち上がった。私はまだお母様のことを聞けていない。今にも走り去ってしまいそうなお父様に私は慌てて声をかけた。
「どういうこと? なぜお父様が魔族の国に行かなきゃいけないの!?」
こんなの知らない。原作にモレッティ公爵が先に魔王の元へ行ったなんて描写もなかった。
先代魔王、つまり現魔王にルシファーが取り込まれたのは、ルシファーの病んだ心につけ込んだことによるものだった。でも普通に考えると、ルシファーが魔王になったからと言って、王族から魔王を生み出してしまった不名誉を秘密裏に始末をつけるために、彼を討伐しにいきなり第二王子と国の頭脳の賢者と強さを誇る騎士、そして魔王に対抗できるほどの光属性の魔力を持った魔道士を連れて魔族の国に討伐なんて行くはずがない。
ルシファーが現魔王に取り込まれる前に何かがあったのだ。きっとその何かがこのイベントなのだ。それにお父様が絡んでいる。ルシファーの心が病まなければ、もしかしたら魔王にならない未来だってあるかもしれないと思っていたが、魔王になるのは必然なのかもしれない。
嫌な予感がする。
「お父様、いやだ! 行かないで、お願い! そこは安全なの?」
私はこれから何が起こるのか全く分からない不安から、目が潤むのを止められなかった。
原作ではモレッティ公爵は最後まで生きていた。なので、殺される心配はない。それでも不安が拭えない。
クレアが追放される直前までずっとモレッティ公爵はこれは何者かの陰謀だと主張していたことを思い出す。モレッティ公爵の言葉に対し、魔王が図ったというのか、と国王が問うていた。それが本当のことだったとして、魔王になったルシファーは、婚約破棄された相手であるクレアをなんらかの事情によって欲していたとしたら、現魔王も、私を狙っている可能性がある。お父様が狼狽るのは、私が関係した時だけだ。
原作で追放されたクレアは、どこに行ったのか分かっていない。魔王の元に追放されたのだろうか? でも辻褄が合わない。魔王ルシファーはクレアが追放された後、魔族の国から戻ってきて、この国だけでなく、世界を滅ぼす。その行動がクレアを手に入れられなかったことによるものだとしたら、辻褄が合う。クレアを追放したと見せかけ、誰かがどこかにクレアを閉じ込めたか、殺したのかもしれない。一体誰がそんなことをしてメリットがあるのだろう。
今と同じタイミングで魔族の国に向かった原作のモレッティ公爵は、魔王から何かを聞かされるのだとして、行かせても良いのだろうか、と悩む。しかし今の時点で何か勘付いているようにも見える。話をつけてくると言っているので、既に心当たりがあるのかもしれない。
「魔王は……私が欲しいの?」私は自分で推測した話を確かめるように聞いた。お父様は大きなため息をつくと、諦めたように教えてくれた。
「……そうだよ。でも、クレアはまだ十歳だ。もう少し待って貰えるように言ってくるから、安心してここで待っていなさい」
やはりそうか、と私は息を飲んだ。きっと原作のクレアなら、ここで、絶対断ってきてよね! と言っていたことだろう。『魔王に私が望まれているので、お父様が断りに行った』なんて不名誉な事実も絶対クレアなら口外しない。
魔族は二度この王国を攻めてきたことがあると言われている。一回目は大昔のことで、二回目は現魔王のよる侵略だ。お母様がまだ生きていた時にこの国を一度だけ攻めてきている。丁度お父様とお母様が結婚したばかりの時だった。理由は分からないが、その時はお父様が事態の収拾を図ったと聞いている。それもあって、お父様はこの国の貴族から絶大な支持を得ている。
その魔王に望まれていると知られれば、クレアを見る周りの目も変わってくるだろう。モレッティ公爵は魔王を抑える際、娘を取引の材料にしたのだ、と。国の安寧の為に、さっさと魔族の国に行けと冷たくあしらわれるかもしれない。だから原作では語られていなかったのだと合点がいった。
「お父様、行かないで……」
私は震える声でお父様にそう伝えるのが精一杯だった。原作のクレアがお父様をこのまま行かせたとしたら、私は止めた方が良いと判断して声を振り絞った。きっと原作ではこの展開はなかったことだろう。本来のクレアの性格なら今すぐ行って断ってきて! と言ったに違いない。
「この国の海を隔てた向こうに魔族の国はあるとは言え、そう遠くはないよ。たまに帰ってくるし、話し合いがどう転ぶか分からないけど、出来るだけ穏便に済ましてくるから……」
お父様は私をギュッと抱きしめると、言い聞かせるように言った。
「昔、私は魔王と約束してしまったんだ」
お父様が魔王と約束? こんな話は原作にもなかったぞ、と思いつつ疑問を口にする。
「私を魔王のお嫁さんにするの?」
私は将来の魔王であるルシファーと結婚する流れになっている。原作のクレアはルシファーと婚約破棄していたので相手がいない。実は原作のクレアは現魔王と婚約する流れに巻き込まれそうになっていたのかもしれない、と考えお父様に聞いた。お父様は私の問いを否定すると、それよりも衝撃的なことを言った。
「それは違うよ。クレアにはまだ早いと思ってずっと言ってなかったんだが、お母様はね……アンジェラは魔族に育てられたんだ」
「えっ。私魔族のハーフなの!?」
「そうやって混乱するかもしれないと思って言い出せなかったんだ。アンジェラは魔族ではないよ。姿絵にあるように、アンジェラは魔族の特徴を持っていないだろう?」
私はお父様が何を伝えようとしているのか分からず、首を傾げた。
「私が国王の命令で魔族の国にある調査しに行った時にアンジェラに出会ったと言った事を覚えているかい? 実はこの時、アンジェラは魔王に保護されていたんだ。語弊がないように言っておくけど、アンジェラは別に魔王の子どもでも妻でもないよ。ただ、魔王に大切に保護されていたんだ。私はそれを知らずにアンジェラを黙ってこの国に連れ帰った」
「えっ、なんで?」
「魔王に囚われていると思ったのもあるけど、なによりアンジェラが可愛かったから!」
「……はい?」
話の雲行きが怪しくなってきた。お父様がお母様に一目惚れしたと言うことだろう。これはまさか……。私はジト目でお父様を見つめた。
「そしたらね、魔王がアンジェラを取り返しに来たんだ。詳しい話は教えてもらえなかったけど、魔王にとってアンジェラは大切な存在だったらしい。そこに恋愛感情はないと言っていたから、アンジェラが側にいることが重要みたいだった」
(やっぱり!)
私は呆れた顔でお父様を非難した。
「お父様がお母様と結婚した後に魔王がこの国に攻めてきたというのは、お父様が悪かったんじゃない!」
えへへと照れた笑いを浮かべると、顔をキリッとさせ、弁解した。
「だって可愛かったんだもん」
(だもん、って子どもか!)
私はジト目のまま、お父様との話を続けた。
「そんな出所のわからないお母様との結婚をよくお爺様が認めたわね」
「それは国王陛下が取り計らってくれたんだ。国王陛下の遠縁の親戚に没落しかけた伯爵家があったから、そこの養女にしてもらって、すぐ結婚したんだよ」
国王まで一枚噛んでいたのか。お母様は一体どれだけの存在だったのだ。私は引き続きお父様に話を続けるよう促した。
「……それでどうなったの?」
「それで色々話し合った結果、魔王がアンジェラを魔族の国に返すよう要請した時は返すことになった。私はその時に一時期的で良いなら、と条件をつけてアンジェラを返す約束をしたんだ」
私はなるほど、と頷いた。
「お母様がいなくなったから、それで次は私を?」
「うーん、それもよく分からないんだ。だから直接訳を聞いてみようと思って。アンジェラを一時期的になら返しても良い約束は確かにしたけど、娘のクレアもとは聞いていないからね!」
「そうだったのね……分かった。危ないことはしないでね? 場合によっては私も魔族の国に行ってもいいからね?」
魔王は私を必要としている。それが将来魔王になったルシファーがこの国を攻め入る理由になっているのかもしれない。そう思うと、私が魔族の国に行く事に抵抗は無いことをお父様に示しておくことがこの世界の滅亡を回避する一手になるかもしれないと考え、先手を打った。聖属性が原因なのだろうか? などと考えを巡らせていると、お父様は強く私を抱きしめ、優しい声をかけた。
「分かってくれてありがとう、クレア。行ってくる」
お父様はそう言って魔族の国に旅立って行った。
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