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ルシファーは十歳になったクレアに会いに行く

 ──二年後


 婚約してからも順調に俺と時間を重ねたクレアは十歳を迎えた。今日はクレアの十歳の誕生日だ。滅多なことではこの国の王子である俺は他の貴族の家に足を運ぶことは出来ない。上位の貴族は下位の貴族の元にそれなり理由がなければ行ってはならない。でも今日は俺からクレアに会いに行ける絶好の機会だ。


 通常、貴族令嬢は十歳になると盛大なパーティーを開くが、クレアはなんと魔導塔や騎士団で多くの人に祝われたから、パーティーは開催しないということだった。俺はきっと残念そうな顔をしていたのだろう。クレアが二人っきりで、大事なことなので二度言うが、二人っきりで、一緒に! クレアの住む公爵邸で過ごそうと言ってくれたのだ……!


 クレアの誕生日を祝うのは勿論だが、もう一つ俺は気がかりなことがある。


「クレア、十歳の誕生日おめでとう。そろそろ一斉魔力検査がある時期だよな? モレッティ公爵にエスコートはしてもらうのか? ……うーん、もっと自然な感じの方が良いか?」


 俺の魔力検査に同行してくれたクレアに、今度は俺がクレアの魔力検査にエスコートを申し出たいのだ。今はそのセリフを公爵邸に向かう馬車の中で考えている。


「前回は俺の魔力検査に同行してくれてありがとう。次は俺にクレアをエスコートさせてくれ。……なんか押し付けがましいかな」


 どうやって切り出そうか、と唸り声を上げていると、ベルゼが斜め前の席から話しかけてきた。


「今日もルシファー殿下は絶好調ですね」

「うるさい、お前も考えろ。俺は真剣なんだからな!」


 ニヤニヤしながら茶化そうとしてくるベルゼに俺は声を荒らげた。


 もうすぐ公爵邸に着いてしまう。クレアは二年前から魔導塔で勉強しているらしく、最近は知的な発言をすることが多くなった。それに騎士団にも通っていて、王宮で会う度にクレアの体には変化が見られた。それはクレアの紅茶を飲む時の姿勢だけで目が奪われるほどで、体がしなやかさを増し、体型がより美しく……ゴホン。


 あれこれと考えている間に目的地に到着してしまった。ああ、どうしよう。まだ良いセリフが思い付けていない。不安を抱きつつも馬車から降りると、クレアの姿が見えた。


 クレアはわざわざ外で俺の到着を待ってくれていたようだ。今日は少し肌寒いので、クレアの頬が寒さで赤みを増している。


 今日のクレアの服装は十歳の祝いとして俺が送った黒いレースが重ねられた、金の糸を使った花の刺繍が施されたドレスを着ている。アクセサリー類も金色で揃えられ、全身が俺色だ……。


 しまった、これでは俺の誕生日みたいじゃないか。クレアに好きな物を選ばせるべきだった。今更ベルゼの言う『好みを押し付ける重い男に』なっていたことに気がついた。


 謝ろうかと思いクレアの顔を見る。しかしクレアを見ていたら何も言えなくなってしまった。俺のクレア……婚約者は可愛すぎる。今日も俺の目は潰れそうだ。ぼうっとしていたら、気がついたら俺は応接間に連れられていて、紅茶を飲んでいた。クレアを見ているとあっという間に時間が過ぎてしまうのでいつも驚かされる。


「それでね、お父様がその日はエスコートするって煩くて……」


 お茶をしていると、クレアが魔力検査の話題を出してきた。上手いセリフを考えていなかったので、クレアから切り出してくれて助かった。


「モレッティ公爵が……そうか、そうだよな。お父上だしな……」


 でも俺にエスコートさせてくれとはまだ言い出せていない。とりあえず話を聞くために俺は相槌を返した。


「でも、お父様にエスコートしていただく予定はないわ」

「そ、それは他に誰か行く人がいるってことか?」

「当然じゃない。一体何を言ってるの?」

「そりゃそうだよな……」


 クレアをエスコートしたい奴なんていくらでもいる。弟のアダムだってクレアが俺に会いに来る時を見計らってお茶会に同席しようとしてくる。一度だけアダムにクレアと二人っきりで過ごしたいから席を外してくれと言ってみようとしたが、アダムを傷つけてしまうかもしれないと思ったら言えなかった。だから最近は直前までクレアが来ることを言わないようにしている。俺は心が狭いのだ……。


 この間も魔導塔に用事があって立ち寄った際、クレアが来ていると聞いたので、探してみたことがあった。俺が見つけた時、クレアは幼くして賢者になったパウロとか言う奴と一緒だった。しかも二つある功績のうち、一つはクレアが絡んでいる。羨ましい……。


 その時二人は食堂にいて、クレアはそいつの隣で本を読んでいた。クレアに暫く見惚れていたら、クレアが本から目を離さずに、そいつの方に少しだけ寄りかかった。するとそいつがパンを千切ってクレアの口の中にパンを放り込んだのだ!


 クレアの事だ、本から目を離せないなどの理由が何かあるのだろうとは思ったが、ショック過ぎて声をかけられず、用事も済ませず帰ってしまって、後で後悔した。そう、あの時あいつをクレアから引き離すのを忘れたまま帰って来てしまったのだ。あいつはいつかしばき倒す。用事はなんだったかな? まあ良い、どうせ大したことではない。用事はそもそも何をしに行ったのかさえ忘れた。


 森に騎士見習いと魔物の討伐に夜中に出かけるという情報を入手して、クレアを陰ながら見守っていた時もあった。アダムに夜中抜け出したのがバレて、連れ戻されてしまったから最後まで見届ける事は出来なかったが、俺が立ち去った後で騎士見習いのダニエルと一緒に魔物討伐に成功したらしい事を耳に挟んだ。これを機にダニエルは騎士の称号を獲得するだろう。クレアと仲が良いようなので、一人でもクレアを守ってくれそうな奴がいるのは心強い。本音は嫌だけど。


 せっかく討伐後はクレアとお茶でも、と思っていたのに延々とアダムの話に付き合わされた事で機会を逃してしまった。アダムの話の主な内容は、『こんな夜中にお茶会に誘おうなんて何を考えているんだ』という説教だった。オレはいつだってクレアに会いたいのだ。放っておいて欲しい……。


 魔物を討伐したクレアは流石だと思ったが、数日後のお茶会でクレアの腕に傷があるのを発見した。クレアは虫刺されだと言っていたが、あれは魔物を討伐しに森に入った際に出来た虫刺されの痕だ。その森に入る前日にクレアが虫に刺されたという報告は受けていないし、数日の間にもそんな報告はなかったので、あの日に刺されたのは間違いない。


 騎士見習いのくせに、虫からクレアを守れなくてどうする、と俺は怒りを覚えた。全ての虫を切れ! クレアの周りにいる虫、そうだ、お前も含めた虫を切るが良い!


 まさか、あいつらの誰かがクレアをエスコートする気か? クレアは俺の婚約者だぞ! 妄想が止まらずに俺がハラハラしていると、クレアが口を開いた。


「そういえばルシファーにまだ言ってなかったわね。あのね、お願いがあるの」

「ああ、なんだ?」


 なんで俺はこんな言い方しか出来ないんだ、と心の中で頭を抱えていると、クレアが困ったような、照れたような顔をして俺を見つめた。今の俺ならクレアに死ねと言われたら死ねる。今のクレアを閉じ込めて永久保存してしまいたい。僻地に追放してその先で二人っきりで……ハッ! 俺はまた何を考えて……これが闇属性の弊害か。おのれ、闇属性の魔力め!


「あのね、ルシファーが私を魔力検査の日にエスコートしてくれない?」

「えっ、俺が?」


 クレアに気を取られていて話をちゃんと聞いていなかった。まさかクレアからエスコートを頼まれるとは思っておらず、俺はポカンとした顔でクレアに聞き返してしまった。


「……そうよね。私をエスコートなんて嫌よね。ごめんなさい、この国の王子様相手に不躾なお願いだったわ。忘れて……」

「待て! 違う! 嫌なわけがないだろ!」


 このチャンスを逃せば一生俺は後悔する。クレアの隣は絶対に誰にも渡さない! そう思ったら俺は椅子から飛び上がってテーブルに前のめりになっていた。ガシャンとティーセットが音を立てる。

 クレアが驚いた顔をしている。俺が大声を出したからだ。


「す、すまない。大きな声を出してしまって……! 俺がクレアをエスコートさせてもらえると思っていなかっただけなんだ。え、えっと、是非、エスコートさせてくれないか?」

「嬉しい! 断られるんじゃないかって不安だったの!」

「断るわけがないだろ! クレアは俺のも……じゃなくて、婚約者だろ」


 クレアの前でクレアは俺のものだと言いかけて慌てて言い直す。クレアに聞かれてはいないだろうか? 立ち上がっていたことに気がつき、ドサッと椅子に座る。俺は誤魔化すように紅茶のカップに口につけてグイッと飲み干そうとした。しかしそれは紅茶のカップではなく、茶菓子のフィナンシェだった。俺はフィナンシェを飲もうとしていた。


 クレアは俺を見てクスクスと笑っている。クレアに笑われてしまったが、楽しそうなので良しとしよう。


「ありがとう、ルシファー」


 クレアが笑っている。俺は幸せだ。今なら死んでも良い。


 これでクレアは俺のだとクレアの同年代にも知らしめることができる。魔力検査の日にもドレスを送ろう。その日はアクセサリーも黒ダイヤにしてもらって金色はアダムと被るから付けさせないように……


 ハッ! また失敗するところだった。危ない、危ない。でもドレスぐらいは……いや、でもクレアは明るい色も似合うから……ううっ。クレアに嫌われたくはない。やっぱりクレアに好きな物を選んでもらおう……。


 今から魔力検査の日が楽しみだ!

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