魔導塔の研究室1
まだ八歳だが、パウロの笑顔には凄まじい威力がある。パウロが大きくなったら貴族令嬢達が取り囲む様子が容易に想像が付く。直接笑顔を向けられたことでそれをより実感する。伯爵令息で賢者とくれば引く手数多なのに、平民のヒロインを原作で選んだのには、よっぽど惚れ込んだと見える。
本の選び順でその矛先が私に向いてしまったのは想定外だった。とにかく気は進まないが、詳しい話を聞かないわけにもいかない。私はこれ以上パウロの笑顔を直視していられなくなり、スッと目線を逸らして話を促した。
「私に『愛を示す』と良いことが起こるとは、どういう意味でしょうか……」
「それを説明する前に、なぜ急にこの魔導塔に来ようと思ったのかを教えていただけますか?」
私の頬に触れていた指を今度は唇に移動させる。パウロの仕草が大人すぎて、一体どんな内容の本だったのか気になる。絶対パウロはその本に騙されていると思います!
「魔道塔に来た理由ですか? えっと、魔力を伸ばしたくて、ここで学ぼうと思ったんです」
「なぜです? 教育係の言う通りにしていたら伸びるはずでしょう?」
「それが実は、魔力の伸びが停滞していて困っているのです」
これは本当だ。最初の頃は八歳の体で三歳児並みの魔力しかなかったから、魔力操作の訓練を行えばスルスルと魔力が伸びる感覚があった。それなのに、最近では全く伸びなくなってきたのだ。
「ふむ。なぜ伸びないのかが知りたくて、ここに来たということでしょうか?」
「ええ。ここに来れば他にはない知識がたくさん得られそうだと思ったので。知識を増やせば、また魔力が伸びるかと思ったのも事実です」
実は結構焦っている。このペースでいけば、魔力検査の日に同い年の子よりもずっと低い魔力が検知されてしまう。と考えたところで私は閃いた。
そうだ、良いことを思いついた! せっかくあの秀才の賢者に運が良いのか悪いのか分からないが出会えたのだから、これをお願いして損はない。
「それと、実はあなたにお願いがあって来たんです」
「……なんです?」
私の唇を撫でていた指を止め、パウロは首を傾げた。あのパウロが私のお願いを聞いてくれようとしている。なんて良い子なんだ。勘違いしていたわ、ごめんなさい!
私は感激して目が潤むのを感じた。他人に興味がなく、実験と研究にしか関心がないと思っていたあのパウロが……。うん? 待てよ。よく考えたらこいつさっき私に対して何か試していると言っていたな。つまり私は今パウロの興味がある実験対象ということか。こら、なんて奴だ。さっきのは撤回だ、撤回! でも許す。お願いを聞いてくれたらね!
「あなたのことをお父様から聞いて、会いたかったんです。どうか私に師事していただけませんか? 謝礼もお支払いいたします。魔導塔には私が足を運びますので、魔力の伸ばし方を教えていただけませんか?」
まだパウロは私に抱きついたままなので、表情は見えないが、パウロが私の後ろでニヤリとほくそ笑んだ気がした。
「なんだ、そんなことでしたか。お金はいりません。その代わりあなたに興味があるので、試させていただきたいことがありまして」
「(ひえっ……!)な、なんでしょうか?」
そういえばさっきから何度も試したいと言っている。どう言うことだろうか、と私は恐る恐るパウロに詳細を求めた。
「私が読んだいくつかの文献によると、あなたのような力を持つ方はたくさん愛を注がれると、素晴らしい力を発揮するそうです。あなたに愛を注ぐとあなたにとっても、私にとっても、良いことが起こるらしいのです」
「えっ……パウロ様……なんて破廉恥な……?」
これは十八禁的なアレのことだろうか? まだ八歳なので、おやめ下さい。いや、待てよ。パウロも将来はかなりのインテリ眼鏡のイケメン男子……って私はルシファーの婚約者なのに、何を考えてっ……! 私が挙動不審な動きをしていると、パウロが焦って否定してきた。
「ち、ちがいます! わた、私はそんなことを言ったのではありません! クレア様こそ破廉恥な!」
「ひどい! どう聞いても今のはっ……!」
「これ以上不毛な争いをするのはやめましょう。私も言い方に問題がありました。謝罪します」
パウロは私の髪を撫でながら、また顔を私の髪に埋めた。
「は、はい。謝罪をお受けします……ですが、それが謝礼代わりなんですよね?」
「そうです。それで手を打ちましょう」
「愛を注ぐってやつですか? 私そういうのはちょっと……」
「だから違います!こうするだけで良いのです!」
パウロは私の髪を撫でるのをやめ、両手で後ろからキュッと私を抱きしめた。
「さっきからやっていることと変わりませんが、これはなんですか?」
「愛を注いでいます」
(いやん、はっきり言われると、なんだか恥ずかしい……)
私が黙ってされるがままになっていると、パウロは補足するように説明を続けた。
「私もいくつかの文献をつなぎ合わせ、考察した結果がこれなので正しいかは分かりません。ですから色々継続的に試して、効果を検証していきます。これであなたの魔力も伸びるはずです」
「これが私の魔力の高め方ですか?」
なんだ、一応私の魔力を増やす方法を考えてはいてくれたのか、とホッと胸を撫で下ろす。
「まあ、似たようなものではありますが、あなたの力は根本的には魔力ではないはずなので厳密には違いますが……。まずはあなたが自分の力を自覚するために、私が介入することで浮き彫りにするのです」
しかしパウロの魔力を増やそうとするやり方に疑問を持った私は尋ねる。
「うーん、でもパウロ様が生み出した魔力増加方法はこんなんじゃなかったですよね」
魔力が伸び悩み始めてから、私はあらゆる情報をかき集めた。今までサボっていた分、何か見落としがあるのではないかと思ったのだ。その際に、モレッティ公爵邸にある書庫でパウロの編み出した魔力増大方法に関する論文をたまたま発見した。
「よくご存知ですね」
「ええ、ここに来る前、在籍者に関する書類に一通り目を通してきましたから」
事実、私はここへ来る前にモレッティ公爵から在籍者に関する書類を貰っていた。書類にはまだ賢者の称号を与えられていないとあったが、その可能性は記載されていた。原作でもパウロは魔力増大方法に関する功績が認められて、二年後には賢者になっている。もしかしたら賢者になるのも、もうすぐなのかもしれない。いずれなるのは間違いない。
「徐々に高度な魔力操作を行う方法の事ですね」
「そうそう、でも私にはうまくいかなかったんです。だから考えたんですけど……」
パウロの論文を読んで私もパウロの提唱する方法を試したが、あまり効果は得られなかった。本人から直接指導を受ければまた別かもしれないが、元々の魔力が少なすぎて、パウロの考案した魔力操作を行うことすら出来なかった。そこで私は考えた。
「魔法を行使する度に魔力は失われてしまいます。そして、幼い間は魔力がどうしても少ないです。その上自分がどの属性が強いのかまだ分からないので、不得意かもしれない火と水を使います。
かと言って魔力操作のトレーニングを行わなければ魔力は増えません。だから魔法を放出しないで、体内で魔力操作を行えれば良いのではないかと」
人間は皆最初は『水、木、火、闇、光』の属性全てを持っている。同時に、誰でも得意不得意があるように、どれかの属性が強い傾向にある。例えばルシファーは闇属性が強いだけで、一応他の属性も持ってはいる。幼い間はどれも同じぐらいなので、自分の得意な属性が分からない。だから幼い間は生活でもよく使う、水か火を使って魔力操作を行う。その二種類を使っている内に、無意識に得意属性を使うようになる。
顕著になってくるのが十歳ぐらいなので、そこでようやく魔力検査を行い、その後は自分の得意属性のみを使って魔力操作を行い伸ばしていく。得意属性を伸ばしていくうちに、次第に他の属性は有意な属性に吸収され、殆ど使い物にならなくなる。だからメイドや執事の多くは炊事に使う水属性と火属性を持つ者が多い。こうして役割が上手く分担されているのだ。
クレアは魔力検査の時に三歳児並みの魔力しかなくて、もはや何属性か検知されないという大恥をかくのだ。
パウロは私の話にふむふむと耳を傾けている。ただ抱きついているだけでは飽きてしまったのか、私の耳に手を触れたり、息を吹き掛けたりしている。ゾワゾワするのでやめて欲しい……。こんな様子で本当にパウロは私の話を聞いているのだろうか? という私の考えを見透かしたかのようにパウロは相槌を入れた。
もしも「続きが気になる」「面白かった」などと思って頂けましたら、
広告下の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして応援いただけると嬉しいです。
どうぞよろしくお願いします!




