騎士の訓練場2
良かった、上手く誤魔化せた。モレッティ公爵に言われて初めて気がついた。言われてみれば、お勉強嫌いのクレアは淑女らしい丁寧な話し方を八歳では獲得していない。モレッティ公爵には我儘なお嬢様っぷり全開で話していた記憶が残っている。
原作でヒロインを邪魔するクレアは十六歳だから敬語が話せて当然だが、今のクレアはまだ八歳だ。すっかり忘れていた。まあ、婚約者が出来たことで成長したのだと勝手に解釈してくれているだろうからモレッティ公爵は放置でいっか!
「もう、お父様。いい加減にして下さいませ! 今日はやけに心配性ですわね。何をそんなに心配しているのですか?」
「クレアが可愛いのは周知の事実だろう?」
うんうん、とルシファーが頷いている。クレアの婚約者は大変だな。肯定しなければ暗殺者のような目で無理やりモレッティ公爵に肯定させられそうだもの。私は黙って話に耳を傾けた。モレッティ公爵の言い分も聞いてあげよう。
「ここは男ばかりがいる、騎士団だろう?」
「……はあ」私は愛想のない返事をした。
ルシファーは息を飲んだ。そうだ、男ばかりだった、というようなモレッティ公爵が望んでいた反応を見せなくてもよろしい。この人にまともに反応しなくても大丈夫よ、ルシファー……。
「この吸い込まれそうな青い瞳、そして美しい銀髪! クレアは私だけの可愛くて大切なお姫様だ」
モレッティ公爵が『私だけの』と言ったあたりでうん? とルシファーは一瞬首を傾げたが、またうんうん、と同意している。ルシファー、モレッティ公爵の相手をしていてストレスで病まないかな? 心配だ。
「八歳とは思えないほどの礼儀正しさを備えつつ、愛らしさも兼ね揃えているクレアは全てが完璧だとは思わないか?」
「クレア嬢は、完璧です」
(かわいそうに、ルシファー。無理やり言わされて……。ごめんね、モレッティ公爵は今度私がちゃんと躾けておくから。ルシファーがストレスで病まないように、次に会う時はモレッティ公爵を抑えておくから、今だけは我慢して……)
「そうだろう、そうだろう。クレアを見たら誰もが連れて帰りたいと思うはずだ」
「仰る通りです。私が軽々しくクレア嬢を誘ったばかりに……! 申し訳ございません!」
そんな、世界が終わるみたいな緊迫した空気を二人で作り上げないでよ……恥ずかしいよ。言わされてるルシファーの身にもなって。ストレスで病んじゃうからもうやめてあげて、モレッティ公爵!
「むむっ、ルシファー殿下とは話が合いそうですね。どれ、私はこれから国王陛下と魔族の件で話をするんだが、ルシファー殿下も一緒にいかがですかな?」
「是非、ご一緒させて下さい」
義父と仲良くしようとしているのが見て取れて、ルシファーは良い子だな、と人ごとのように私は二人をぼーっと見ていた。二人の会話を聞いているだけで疲れる。あ、蝶々が飛んでいる。あら、あっちにはウサギが。
「では、私はルシファー殿下をお連れしてお仕事に行って来る。昼過ぎに終わるから、その時はここで待っていなさい。一緒に帰ろう」
「はいはい、分かりました。気をつけてね」
「あと、クレアは王宮の裏にある森にでも散歩をして来なさい。こんな男ばかりのむさ苦しいところに私の可愛いお姫様がいては汚れて、」
「じゃあね、お父様。また昼過ぎに」
私はモレッティ公爵の話を遮って、無表情で手を振った。ルシファーとも目が合ったので、ルシファーには微笑んでおく。ルシファーにも手を振ると、照れながらも小さく手を振り返してくれた。モレッティ公爵が王宮に向かって歩き出したのを確認して、ルシファーも後をついて行った。
さあて、私はどうしようかしら。モレッティ公爵の言う通り、森に散歩に行くのも良いかもしれない。結局素振りしているところを一瞬だけしか見れなかった。ここに来た意味はあったのかな? モレッティ公爵とルシファーが仲良くなるためのイベントだったのかな?
前世の乙女ゲームの展開と所々違っているので、もうどうするのが正しいのかよく分からない。とりあえず、ルシファーがいないのにここにいても仕方がない。移動しようかな、と思った時のことだった。
「新しい侍女か? 新人はこっちでオレと武器と防具磨きだろう。早く来い」
「えっ?」
まさかこの騎士は攻略対象の一人、ダニエル! 原作でもダニエルは騎士の家系なので、幼い頃に騎士団に入団していると語られていた。八歳には既に入団していたのか。幼い頃は訓練の他に雑用もさせられていたから、ここで剣の特性を見抜く力が養われたと言っていたような覚えがある。顔は幼いが、キリッとした茶色い目と特徴的な色素の薄い茶色い髪には見覚えがある。間違いない、ダニエルだ。
私がダニエルの顔を見つめると、ダニエルはハッとした顔を見せ、目線を逸らした。私の顔に何か付いていたかな、と思ってポリッと指で頬を掻いてみる。うーん、と考えてみたが、ダニエルの反応はよく分からない。
ダニエルとヒロインが結ばれるには、強さを認められる必要がある。私は強さを見せていないので、ダニエルルートに入る心配はないが、ヒロインに出会ってさえもいないのに、先にまた攻略対象に出会ってしまった事に私は戸惑った。しかも新人の侍女と勘違いされている。こんな綺麗な格好をした侍女がどこにいるんだ!
「なんて格好をしているんだ。すぐに着替えろ。待っていてやるから」
「いや、着替えなんて持って……」
(メイデンはどこ!? この暴走した騎士を止めて! いない……あ、森に散歩に行くと思って準備をしに王宮に道具を借りに行ったのかな? 早く戻ってきて!)
私がオドオドしていると、呆れた顔をしてダニエルは私の手を引き、簡易更衣室に押し込んだ。
「新品のメイド服はそこの戸棚。剣を拭く布はあっち。四十秒で支度しな。じゃなきゃ着替えている最中でもこのドアを開けるからな。着替えなかったらどうなるか分かってるよな?」
なんだかどここかで聞いたことのあるようなセリフだな。あ、これはジ○リのラ○ュタかな? それもあるけど、なんだっけ。似たような事をヒロインが言われていた気がする、と考えている場合ではない。侍女ではないと伝えなければ。
「ちょっと待って、違うの、話を聞いて! あのね、私、」
バン!
話切るよりも前に扉を閉められてしまった。扉の外からダニエルの声が聞こえてくる。
「いーち、にーい、さーん」
数を数え始めてしまった。もし着替えなかったら何をさせられるのだろう。脳筋のダニエルなら腹筋百回とか言いかねない。私は嫌々着替えを済ませ、剣を磨く布を持って急いで部屋を出た。
「よーんじゅう。ちゃんと時間内に着替えて来たな。見直したぞ。さあ、こっちだ。行くぞ」
やってきたのは、訓練場の裏側。乱雑に武器と防具が無数に地面に置かれている。泥だけでなく、剣の刃に茶色く変色した赤っぽい何かがこびりついている。魔物でも切ったのかもしれない。
「お前はまだ初めてだろうから、剣はまだ任せられない。そっちの盾を磨け」
「まあ、良いけど……」
あれ? 私はこのシーンを知っている。ヒロインが攻略対象をダニエルにした時、ダニエルに頼まれて防具を磨くイベントにそっくりだ。確か防具の磨き順を間違えると、好感度が落ちる設定だ。好感度が落ちると、ひたすら魔王討伐に向けて筋力トレーニングばかりやらされるのに好感度は上がらず、無意味な時間を過ごさせられることになる。ヤバイぞ、これは間違えられない。腕立て伏せ二百回とかやってられるか!
私は所定の手順を踏んで、丁寧に盾を無言で黙々と磨き上げた。
「なんだ、お前。中々やるじゃないか」
「えへへ。それほどでも〜」
(このイベントは何度もやった事がある。この私が間違えるわけないじゃない。あと何十回でもこなせるわ! 自分の手でやるのはちょっと不安があったけど!)
「その丁寧さなら剣も任せられそうだな。オレが見ていてやるから、一本だけやってみるか?」
「じゃあ、一本だけ……」
(確か、根元からだったかな?)
「違う、そうじゃない」
「こう?」磨く場所は間違っていないと思ったが、剣の持ち方が良くなかったようだ。ダニエルが自分の持っている剣の持ち方を見せながら説明してくれるが、小さな手では柄を持つので精一杯だ。何かが違うらしい。こんな場面は原作になかった。
「まどろっこしいな。そのまま押さえてろ」
ダニエルは自分の持っていた剣を地面に置くと、私の後ろに回った。密着した格好で私の柄を持つ手を上から力強く握る。剣を拭いていた布を持つ手の上からもダニエルは自分の手を添えると、力の入れ方を教えてくれた。
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