騎士の訓練場3
「ああ、こうね?」
「そうだ。筋がいいぞ」
「ダニエルの教え方が上手いのよ」
私がダニエルの名前を呼ぶと、後ろでダニエルが首を傾げる動きが伝わってくる。
「あれ? オレ名乗ったっけ?」
(しまった! まだ名乗られていない。なんて言って誤魔化そう!?)
「さっき会った時に言ってたじゃない。しっかりしてよね、ダニエル!」
うん? と後ろで再度ダニエルは首を傾げた。
「オレ、言ったっけなあ」とダニエルはブツブツ呟いている。言ったよ、言った。多分ね。そう言うことにしておいて!
私の願いが伝わったのか、気にすることをやめたようだ。ダニエルは私の耳元で、私について尋ねてきた。
「そういえば、お前の名前は?」
「クレアよ」
「知ってるだろうが、オレはダニエル・ナイトだ。よろしくな」
「うん、よろしくね、ダニエル」
ずっとダニエルが抱きつくような格好で後ろから話しかけてきていたので、ふと目を見て話そうと思い、私は後ろに首を捻った。
近くで見ると、ダニエルも攻略対象の一人なだけあって、幼いながらに既にイケメンの雰囲気を漂わせている。子どものダニエルは可愛いな、と思っていると自然と頬が緩むのを感じた。私がニコッとダニエルに微笑むと、ダニエルも二ヒヒ、と笑いかけてくれた。
「クレア!」
すると、誰かに呼ばれた声がした。キョロキョロと当たりを見渡すと、ルシファーがいるのが見えた。
「ルシファー! お話はもう終わったの?」あんなに慌ててどうしたのだろう。私がルシファーの名前を呼ぶと、ルシファーはほっとしたような顔を見せた。私は剣を磨く手を止め、ルシファーの方を見つめた。
「クレア……なんでそんな格好をしているんだ?」
「メイド服だよ! 侍女みたいでしょう?」
「ああ、その格好もとても似合っていて可愛すぎて俺の目が潰れ……じゃなかった。なんでこんなところに? 何をしていたんだ? そのメイド服はどこで?」
ルシファーは私に質問を浴びせながら近づいてきた。ダニエルは私にくっついたままだったことに気がつき、慌てて体を離した。驚いた顔をしつつも、ダニエルは私の横でルシファーに跪いた。
(おおっ、流石騎士見習い。ルシファーがこの国の王子だと知っているだけでなく、跪いた格好が様になっている)
「ダニエルがね、剣を磨くから来いって言ったの。それで着替えさせられたんだ〜」私は床に座ったままルシファーに呑気な声を出して言った。たまにはこういうのも悪くない。意外と楽しかったので私は満足だ。
ルシファーは私がダニエルの名前を呼んだ瞬間、ピクッと眉を動かした。みるみる顔が怒りに染まっていく。あれ、私何かまずいこと言ったかな……?
「ダニエルとやら……一体どういうことだ。話せ」
「し、新人の侍女と間違えました! ルシファー殿下のお知り合いだとは知らずに不敬を働き、大変申し訳ございません!」
「クレアはモレティ公爵家の令嬢で、私の婚約者だ。こんなに美しい存在に剣を磨かせるとは、どういうことだ!」
「申し訳ございません……」ダニエルは肩を震わせて泣きそうな声で言った。
ルシファーがめちゃくちゃなことを言っている。ルシファーが声を荒げているのを見るのは初めてだ。きっと私が表の訓練場にいると思って戻ってきたメイデンが、私が見当たらなくて心配になりルシファーに声をかけたのだろう。私がちゃんとダニエルに侍女ではないと言えていたら……。
「ごめんなさい、ルシファー。ダニエルは本当に私を侍女と間違えたの。私も言いそびれちゃって……」
「クレアは悪くない。こいつの目が節穴なのがいけないんだ」ルシファーは跪くダニエルに向かって指を刺した。さらに苛立ちを表すように腕を組み、片足を上下にトントンと小刻みに何度も動かしている。
「まったくもって、その通りです。こんな綺麗な子が幼くしてなぜ侍女に、と頭に過ぎったのも事実。その時にもっと疑うべきでした……」
「当たり前だ! クレアのドレスを着た姿を見ていかに自分が汚れた存在か思い知らされただろう!」
「はい、もう目が潰れるかと思いました! 弁解の余地もありません! 申し訳ありませんでした!」
またもやルシファーの言っていることがめちゃくちゃだ……。しかもその無茶なルシファーの言い分にダニエルも上手く答えを返している当たり、そうとうテンパっているみたいだ。ルシファーはかなり怒っていて、言っていることの意味が分からない。
「ルシファー、怒らないで。私がちゃんと言えなかったのも悪いんだから……」
私は地面から立ち上がり、ルシファーに近づいた。とにかくルシファーを宥めなければ。このまま放っておいたら怒りで闇属性の魔力に飲み込まれてしまうかもしれない。攻略対象が魔力を暴走させた時、ヒロインはいつも抱きついていた。それを思い出した私は、腕を組んだままのルシファーを両手で包み込んだ。ルシファーの胸元に顔をうずめ、言葉をかける。まだ魔力が体から漏れ出しているだけとはいえ、心配だ。
「ごめんなさい。私がいなくなって心配させてしまったのね。本当にごめんなさい」
「……っ!」
ルシファーの体に纏っていた闇属性の魔力が徐々に落ち着き始めた。しばらくそうしていると、ふっと魔力が消え去った。良かった、落ち着いてくれたようだ。
「……どうりで見つからないわけだ。まさかメイド服に身を包んでいるとは誰も思わない。クレアがいなくなったとクレアの侍女が呼びに来たんだ。今その侍女とモレッティ公爵、あと騎士の何名かが森に入って捜索している」
「えっ! そうなの!? じゃあ、早く呼びに行かないと!」
私はルシファーの胸元にうずめていた顔をバッと勢いよく上げ、ルシファーを上目遣いで見つめた。ルシファーは組んでいた腕を解き、私の髪をサラッと撫でながらダニエルの方を睨んだ。
「ダニエル、お前の処罰は後で言い渡す」
「やめて、ルシファー! ダニエルは私の友達よ! そんなことしたら私、ルシファーに会うのが怖くなってしまうわ」
ルシファーの背中に回していた手をパッと離し、ルシファーから距離を取るように一歩後ずさる。未来の魔王様、怖い! 既に魔王の風格が漂っている目付きだった!
「やめよう、うん。考え直した。罰するのは今すぐやめよう」
「え?」
ルシファーは私の腰に手を伸ばし、離れた私の体をそっと抱き寄せた。急に方向転換したな。私が怖いと言ったのが刺さったのかもしれない。そうだよね、婚約者に怖がられるのは嫌だよね。あ、私が怖いって言ったことで後で傷ついて病むのは無しでお願いします。
「ダニエル、お前は訓練に戻ってくれ。いつもご苦労だな、ありがとう」
「は、はい。も、申し訳ありませんでした……」
ダニエルは体を縮こませ、地面に頭がつきそうなぐらい体を折り曲げて頭を下げている。そんなダニエルに向かってルシファーはさらに言葉を続けた。
「このことは忘れろ。ここでは何も起こらなかった。お前もクレアに会ったことは忘れろ、いいな?」
「承知いたしました……」
「もう行っていいぞ」
「失礼いたします……」
ルシファーの許しを得たダニエルはスッと立ち上がり姿勢を正した。くるっと体を翻し、どこかへ立ち去ろうとする。私はダニエルの背中に向かって声をかけた。
「またね、ダニエル! 楽しかったわ!」
ダニエルに笑みを浮かべながら手を振ると、ダニエルがチラッと振り返り、曖昧な笑みを浮かべながらも私に手を振り返してくれた。しかし突然、一瞬目を泳がせたダニエルはビクッと体を跳ね上がらせた。そして手を胸に当てて騎士の礼を素早くこなし、その場から走り去って行った。
何を見てびっくりしたのだろう、と思いルシファーを横目で見たが、涼しい顔をしたルシファーがいるだけで何も分からない。気のせいかな? 私はそれよりも早くモレッティ公爵たちを呼びに行かなくては、とルシファーの手を取った。
「さあ、急いで無事を伝えなきゃ!」
「クレアが無事で良かった……」
私は大丈夫だという代わりにルシファーの手をギュッと握り、チロっと舌を出して申し訳なさそうな顔をした。
「テヘヘ」
「はあ……天使……」
「え? なに? なんか言った?」
「なんでもない、早く行こう」
この後で私はモレッティ公爵に再会した瞬間に物凄く怒られた。理不尽だ。私は悪くないとルシファーが説明してくれたお陰でそれ以上の難からは逃れたが、気が収まらなかったので『お父様のバカ!』と言ったら思いの外凹んでいた。次に理不尽な怒られ方をしたらクレアの秘儀『お父様なんて大っ嫌い』が待ってるんだから。プンプン!
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