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ショコラ姫


 


 放課後、ミセドでドーナツを三つテイクアウト。帰宅して、早速ログイン。体が電子の海に潜る。息はもつであろうか。現実の僕の意思は電気信号となり宙を漂い、電脳世界で目を醒ます。そこは牢獄であった。なんだこれ、つまんない。


「目を覚ましたか。死んでしまったかと思って心配したぞ」


 と、サラサラのブロンド。お優しい副団長どのは鉄格子の隙間から僕に飲み物を手渡してくる。そうだった、ここからだった。一気にやる気が削がれる。


「お前、副団長さまなんだってな」

「それを知ってタメ口をきいてくるとは、いい度胸だな」

「僕たちのこと盗賊とか言っただろ。完全な誤認逮捕だぞ」


 僕は没収されてしまった道具袋を指差す。昨夜枕を涙で濡らしながら、なぜ僕が聖剣のセンスオーラに引っかかってしまったのかを、よく考えひとつの結論に達する。僕ではなく、僕の持っているアイテムに反応したんじゃね? と。僕の道具袋には前作から引き継いだ一部のアイテムが入っている。最高級のハイポーションだとか、前作EZOで最後に戦った黒帝のドロップアイテム『マッスルバーニィの結晶』だとか。マッスルバーニィの結晶……考えに考えた僕はこれが起因しているのではという結論に至った。たしかにこんなに禍々しいアイテムもってたら邪悪なものに反応する聖剣のセンスオーラに引っかかるよな、と。

 毒など入っていないだろうと、差し出された飲み物をありがたくいただく。ただの貧乏くさい水である。味覚が実装されたので、もっと良いものを出して欲しかった。


「聖剣が邪悪と判断したのは、あれだろ」

「あんなに禍々しいものを持ち歩いていて、怪しくないはずないだろう」

「怪しいだけで叩き斬ろうとするのか?」

「悪・即・斬がポリシーだからな」


 なんとなく読めてきた。単純な話、僕らが助けようとした行商人たちの方こそが盗賊だったのであろう。彼女らは盗賊の討伐に来た騎士。そうと思えば、彼女たちとの食い違いにも合点がいく。


「副団長どのほどの者が、たかだか盗賊の殲滅に来るものなのか? あんた有名人なんだろ」

「姫さまの誘拐を企てる輩たちだからな」


 姫君の誘拐。それ僕のチュートリアルじゃないか。どうやら、この副団長どのがストーリーそのものを台無しにしてくれたようだ。どうしてくれる。チュートリアルを終わらせないと、他のプレイヤーとパーティが組めないらしいじゃないか。それか、これも二百五十六通りある分岐のひとつなのであろうか。僕はいつの間にか、何かの隠されたシナリオスイッチを、誤って踏み抜いてしまったのかもしれない。


「イベントくらい普通に挑ませてくれよ」

「貴様、その話ぶりといい、この怪しげな道具袋といい、外界の者か。貴様らはそれをイベントと呼ぶのだな」


 外界の者……どうやらプレイヤーの存在をざっくりと認識しているらしい。メタなアケミさんと違い、まるで繰り返される茶番に、うんざりするほど学習させられてしまったような物言いである。


「なにか他に言い方あるのかよ」

「何千回何万回と誘拐され、その度に救出され、それでも姫さまは、まるでそのことを忘れてしまったかのように、お忍びで街に繰り出し、また盗賊に誘拐されるのだ。これを呪いと呼ばずしてなんと呼ぶ」


 なるほど。意思をもつNPCからみたらイベントの強制力は、謂わば呪い。たしかにしっくりくる。聡い電脳世界のAIは、ついに自らの世の(ことわり)に気づいてしまったようだ。


「丁度いい。教えてくれないか。外界の民よ。ずっと気になっていたことがある」

「ん? なんだよ」

「わたしには兄がいてな、優しい兄だった。わたしは兄の真似をして剣を始めたし、兄は小さかったわたしに沢山のことを教えてくれた。そして、あれは忘れもしない十三年前、わたしが五つの誕生日の日に魔物に襲われて、わたしの目の前で兄は命を落とした」


 よくある不幸話である。物語としては取るに足らない。僕が母親を癌で亡くしたことと同じくらいに。

 それにしても十三年前か。アルファが発売されるより遥か以前。いや、一日が十時間のこちらの世界なら、実質五年ちょっとくらいか。それにしても、まだ、前作のエターナル・ザイオン・オンラインが出る前の話である。


「なあ、外界の民よ。つまらぬ昔話をして、すまない……貴様に聞きたいのはここからだ。この、わたしの大好きだった兄の記憶は本物なのか?」


 五分前仮説の話に戻そう。彼女の世界は、確実にその記憶より後に作られたものである。残念ながら彼女のその記憶、大好きだった兄の存在は、彼女のもつ聖剣同様、ただのフレーバーテキストに過ぎないのであろう。つまり彼女の質問に対しての答えはノーだ。






 それから色々と問答をして、副団長どのへの誤解が解けたところでログアウト。休憩のドーナツタイム。これを食べたら夕食の支度をしなくては。冬休みまでには、深津先輩の手がかりを見つけたいところである。リビングへの扉の影から、ちらちらと視線を感じる。


「トワコー。ドーナツ買ってきたよ。一緒に食べよう。隠れてないで出ておいでよ」


 僕の声にわーんとゴキブリみたいなツインテールを振り回しながら半ベソのトワコがでてくる。我ながらわかりやすい仲直りの儀式。僕はキッチンでトワコに紅茶を淹れてやる。


「昨日褐色女の方がトワコ追いかけてったけど、大丈夫だったか?」

「うん。返り討ちにしてやった。とどめは刺しそこなったけどね」


 僕の買ってきたドーナツを両手にもち、交互に頬張るトワコ。よかった。せっかく副団長どのの誤解が解けたのに、ここでトワコが彼女の仲間を惨殺していたら、目も当てられない。まぁ、向こうが勝手に間違えたのが悪いのだけれど。    


「あいつら誰なんだろうね。調べたけどよくわかんなかったよー」

「騎士団の副団長さまだと。最強のNPCの」

「わーお。聞いたことあるけど、トワコそんなの初めてみた」


 大して興味がないのか、そこにはあまり食いついてこない。聖剣アルティメシアにはあれほど反応したのに。


「そんでさ、あいつら姫さまを誘拐するはずの盗賊団壊滅させちゃってさ、しばらく僕チュートリアルできないから、誰ともパーティ組めないんだよね」

「なるほどね。イベントね……ちょっと待って」


 トワコは僕のポケットから携帯電話を取り出し、砂糖でベタベタの手でタップする。こらこら自分のスマホを使いなさい。どうやら、僕のチュートリアルについて調べているようである。


「ヒュームのイベント、ヒュームのイベント。チュートリアルイベントは、次の街セントアルファリアの首都エターニアに着いたその時に起こるらしいのだけれど、プレイヤーの中からランダムで捜索隊が組まれるの。それがプレイヤーの初パーティになるっていうイベント。姫さまさえ誘拐されればいいんだよね」


 悪い顔のトワコ。まさかな。


「じゃあさ、逆に誘拐しちゃおうか。姫さま」





 ログイン。夕食の仕込みを終えた僕は、定位置である地下牢に戻る。現在は、辺りにだれもいなくてゲームをしているというのに退屈である。しばらくすると、天井裏から忍者みたく降りてくるトワコ。


「助けにきたよー、お兄ちゃん」


 上級職のアサシンは元々シーフ(盗賊)なので、鍵開けはお手の物。いや、助けられなくても、せっかく誤解が解けたところなのに、まったく余計なことをしてくれる。また関係が悪化するじゃないか。トワコに連れられ抜け道を使い地下牢の外へ出る。ずっと薄暗いところにいたので、その眩しさに目が眩む。


「ここは?」

「首都エターニアにあるセントアルファリア城の敷地内だよ。さっそく城下町で姫さま探そっか」


 何はともあれ、姫さまの捜索を開始する。深津先輩を探さずして、いったい僕は何をやっているのであろう。

 エターニアは首都というだけあって、聖都アルスホルム以上に大都会であった。広大な面積を誇り、人口も非常に多い。だからこの中からお姫さまを見つけるのは難しいが、幸いにしてヒントがないわけではない。セントアルファリアのお姫さまの画像は、このゲームの公式ページのトップを飾っているので、一目見ただけでその人とわかるのだ。

 神聖王国第三王女ショコラ・ティラミス・アルファリア。なんだか甘そうな名だな。

「トワコ。手分けして探そう」

「ことわーる。お兄ちゃんを一人にして、女の子を捜索させるわけないでしょ。同じ部屋で別の女と二人きりになったら浮気だかんね」

「浮気ってお前、僕の何?」

「血の繋がってない妹なんて、言い換えればエロゲのヒロインみたいなもんじゃん。攻略難易度も一番チョロいルートだし、トワコで手を打っておきなよ」

「ばかー、はしたないこと言うな」


 深津先輩のことは言わないでおこうと、そっと心に誓う僕。所構わず僕にベタベタしてくるトワコを引き連れ、僕らは街中を練り歩く。道中見知った顔とも鉢合わす。


「よう。昨日はすまなかったな。勘違いだわ」


 酒場の屋外テラスから陽気に手を振り昼間っから酒を飲むのは、トワコを取り逃がした戦斧使いの褐色女。あいも変わらずけしからん体つきしやがって。ほんとエロいわ。


「僕は脱走したんだぞ。いいのか? 追わなくて」

「盗賊じゃないってカレンから聞いてるよ。お互いの誤解も解けたことだし、一緒にいっぱいやるかい? 昨日の敵は今日の友ってね」

「お兄ちゃん。こいつ嫌い。先いこ」

「まぁ、待てよ。情報収集はしておかないと。人をひとり探すのにこの街はあまりにも広い」

「おっと、話わかるねぇ。あたしの奢りだ。好きなもの頼みなー」


 メニュー表を僕に投げよこすので、相席することにする。僕の隣で「ビール」と無愛想に告げるトワコに却下をくだして、イチゴミルクをふたつ店員さんに頼む。ここは仮想世界なので、未成年の飲酒には含まれないであろうが、絵面的にアウトである。それにしても、ついに仮想世界で味覚が楽しめそうだ。僕らの正面の席ではごくごく褐色女が喉を鳴らす。


「あんたも副団長どのと同じく騎士なのか? そうは見えないけれども」

「あん? なんだカレンから聞いてなかったのかよ。あとあたしのことはジャコでいいよ。あたしは見ての通り騎士じゃねぇ」


 猫耳のウェイトレスが僕らのドリンクとつまみのソーセージを運んでくる。メニュー表にはアルトバイエルンと書いてあったので、お馴染みのあれであろう。トワコはフォークをぐさりソーセージに突き立て、褐色女に睨みを利かせる。馴れ合うつもりはないという、トワコなりのアピールなのかもしれない。どれ、僕も新しく実装された味覚とやらを堪能してみようではないかと、ソーセージを取ろうとした時、冷たい氷のような声色が、僕たちの後ろから投げかけられる。


「あれほど、ひとりでうろつくなと言ったはずだが、ジャコ」


 ブロンドの妖精。カレン聖騎士副団長どののお出ましであった。眉毛の下くらいで切りそろえられた前髪を搔き上げ、困ったようにため息を吐く。


「固いこと言うなよ。盗賊たちも殲滅したし、もう大丈夫だって」

「護衛のこちらの身にもなれた」

「護衛?」


 カレンは騎士、ジャコは騎士ではない。ではなぜふたりは行動を共にする? ありえない可能性がよぎり、どうかピンとこないで欲しかった。よせばいいのに僕はメニューを開き、インターネットに接続してしまいEZO2の公式ページを開く。


「おい。外界の。地下牢からまんまと逃げ出したのだな。悪いがジャコは連れて行かせてもらうぞ。こいつ……いや、このお方はな、ショコラ・ティラミス・アルファリア様だ」


 口にしたイチゴミルクが、変なところに入って僕は吹き出す。びしょびしょになるカレン聖騎士副団長どのの顔。眉ひとつ動かさないのは流石である。たしかに公式ページの()える姫君の画像。その肌は、ややヒスパニック気味にデザインされているが……ぽつりトワコが「盛り過ぎだし」と僕のウィンドウを除きこみながら零した。公式ページのトップを飾る可憐な姫さまと、目の前の褐色殺人バーサーカーとの差異に僕は言葉を失ってしまう。僕らの姫さま誘拐大作戦は、こうして振り出しに戻る。



 






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