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一,心霊スポット実況 その2

 スタジオ。

「ほおー」

 ゲストの、バラエティー番組にたびたび出ている大御所俳優が感心したように深い声を出し、

「いやーん、こわいいい〜〜!」

 同じくゲストの、かわい子ちゃん系グラビアアイドルが身をよじるかわい子ぶりっこの怖がり方をし、

「いやあ、久しぶりに見るとえげつないなあ〜〜。スタッフ久しぶりで力入りすぎちゃうん?」

 以前この心霊オカルト番組にコメンテイターとしてレギュラーで出演していた関西出身の今やベテランお笑いタレントが背もたれにのけぞりながら足を上げ、大げさな表情でVTRの怖さを褒めた。

 彼らは赤と青のおどろおどろしいセットの中、ソファーに並んで腰掛け、足下のモニターでVTRを見ていた。背後には大きなモニターが掲げられ、スタジオ観覧のお客さんはそちらで見ていた。こうした番組の常でお客は若い女性ばかりで、VTRを見ながら上げる悲鳴は良い効果音になっていた。

「はい。怖かったですねえー」

 と、のどかな調子で言ったのは司会の天衣喜久子。一般教養の高い、家庭教師のお姉さん的柔らかいキャラクターで、のほほんとした雰囲気の割に頭の回転が早く、こうした番組の司会者として重宝されるタレントだ。プロダクション公称二十四歳。彼女が「怖かったですねえ」と言った途端に怖い雰囲気が平和なお茶の間でのんびりテレビを見ているように雲散霧消してしまうが、良いクッションになっている。

 さて。

 スタジオセットにはこの四人の他にもう一人、ソファーに並びながら自ら他とは一線を画するように憮然とした表情でVTRを見ていた人物がある。

「朝日奈博士。いかがでしたか?」

 彼は憮然とした表情のまま、

「くだらん」

 と言い捨てた。

「どうせこんなの作り話だろう? 三人で口裏合わせて話をでっち上げているんだよ。でなけりゃ頭おかしいんだよ」

「んっんうーん」

 天衣がわざと裏返った咳払いで危ない発言を牽制した。

「さすが博士、手厳しいですねえ」

 天衣がさすがにやりづらそうに困った愛想笑いを作った。男は白衣の腕を組んでふんとふんぞり返った。

 朝日奈秀夫博士は某有名国立大学出身の理工学博士で、厚生省が多額の助成金を出している社団法人「環境電磁波研究所」の所長を務めている。五十七歳。頑固な反オカルト主義で知られ、他局ではあるがその手の番組への出演が多い。激しやすい性格で時としてオカルト信奉者と顔を真っ赤にして大人げない口論をするなど、マンガっぽいキャラクターでお茶の間の笑いを誘う人気文化人だが、海外でも評価の高い論文を多数発表し学術的な功績のある立派な学者である。

 細身でベビーフェイス、いかにも頭が良さそうに前頭部が大きいが…いくぶん後退気味の頭髪がますます張り出した額を広く見せている。油の強いくせっ毛で、しかし研究のしすぎで疲れた瞼が重そうで、あまりかわいい赤ちゃん顔ではない。

 水曜七時からの二時間スペシャル枠で久しぶりに復活した中央テレビの心霊オカルト番組、この朝日奈博士だけが異色の出演者だった。

 今収録しているのは後半のメインのコーナーだが、前半はやはり再現ドラマと視聴者から寄せられた心霊写真の男性霊能師による鑑定がVTRで紹介されたが、博士は一々科学的に、否定的なコメントを言ってくれ、やかましくてしょうがなかった。

 スタジオ後方、副調整室の横に広がる窓から収録の様子を見守る三津木プロデューサーは博士の態度に苦り切っていた。

 これは、そういう番組ではないのだ。

 しかし本格的な心霊オカルト番組の復活に、上から反オカルトクレーマー対策に出演を押しつけられたのだ。

 ここ数年、心霊オカルトなんて物に対する世間の目は冷ややかで、そんな物まともに放送なんかしようものなら、決まって「良識あるテレビがくだらん物を流すな!」と厳しい調子で指導してくれる良心的な視聴者様がいる。このネットのご時世にわざわざ電話を掛けてくるのはだいたい五十より上の高齢者か、熱心な教育ママだ。彼らは決まっていかにその手の物がくだらないまやかしであるか、なかなか研究熱心な博識で説明してくれ、分かりましたか?と慇懃に確認を求め、テレビという公共電波の責任あるあり方を指導し、社会的役割を持ち上げつつ、自分の主張を押しつけてくる。彼らは自分の意見を絶対と信じ、それが彼らの義務だと言わんばかりに自己満足的にクレームを言い立て……聞かされるこちらを心底うんざりさせてくれる。

 別にそうしたクレーマーに負けたわけでもないだろうが、ここ数年番組編成会議でも徐々に、すっかり、まともな心霊オカルト番組の企画は通らなくなってしまった。

 中央テレビでは心霊オカルトをメインに取り上げる番組は壊滅したと言っていい。わずかに年一でドラマ仕立ての投稿再現物が残るばかりだ。

 よその局も同様で、よそでは代わりに増えたのが、オカルト対反オカルト、いわゆる超常現象が実際に存在しうるかどうかといった討論形式の番組で、そうした番組にレギュラーのように出演している一人が反オカルト主義の朝日奈博士で、三津木プロデューサーにはそうしたわーわーぎゃーぎゃー、ある、いやない、と、ひたすら不毛な議論を続けるだけの番組が全然面白くなかった。はっきり言えば不愉快で、

 三津木プロデューサーはお化けの番組が大好きだった。

 三津木俊作、五十三歳。中央テレビ番組制作部の社員プロデューサー。若い頃はなかなかハンサムでせっかく女の子にもてたのに、変人でちっとも色気を見せず、未だ独身ですっかり苦味ばかりのおじさんになってしまった。

 彼が変人だというのは、彼はお化けやオカルト、UMAやUFOの類が大好きで、若い頃からそんな物ばかり追いかけ回していた。中でも特に心霊…お化け物が大好きだった。そんな彼であるから、ここ数年のオカルト自粛の風潮は不満たらたらで、仕事の上で切実な不遇を与えられていた。

 だから今回久々に実現できた真っ向勝負の本格心霊ドキュメント番組には並々ならぬ力を入れているのだった。

 そんな彼であったから、上から押しつけられた朝日奈博士というキャスティングは目の上のたんこぶ以外の何ものでもなかった。収録が始まってから彼の不遜な態度でどれだけ雰囲気をぶち壊されてきたか。場を和らげる司会の天衣とはまったく違って、この大人げないオヤジは雰囲気を刺々しく嫌な物にするばかりだ。

 三津木プロデューサーは苛々しながら、久しぶりの自身の企画に、ふと、気弱な不安を感じた。しょせん俺ももう時代遅れのテレビマンなのか……

 ………いや、

 と、三津木プロデューサーは自信を取り戻して不敵な笑みを浮かべた。

 こっちには今回の番組復活に、

 とっておきの隠し球があるのだ。

 これで確実に多くの視聴者を虜に出来る、

 スペシャルなキャスティングが………。


 番組の収録は続く。

 天衣喜久子がカメラとゲストに向かってアナウンスする。

「実は。

 今のVTRにありました、現場の建物に、特別に許可をいただいて中継のカメラが入っています!」

 パッと、大型モニターに真っ黒にそびえる黒いビルのあおりの画が映った。先ほどは囲いの外からの画だったが、今度は中に入ったようでもっと近く、更にあおりになっている。客席から期待通りの華やかな悲鳴が上がり、満足そうに頷き天衣が続ける。

「そうなんです、これは現在の生中継のビルの姿です。番組は収録で、テレビを見ている視聴者の皆さまには生中継ではないんですが、ごめんなさい。

 さあ、スタジオゲストの皆さん、実は先ほどの再現VTRは別の場所で撮影されたものだったんですが、これが、本物です。いかがですか?何か感じるものが、ありますか?」

「いやあーん、こわいいーー」

「あかんよおー、さっきのVみたいなもんが映っちゃったらどないすんのお、もお〜」

 タレントたちが盛り上げるリアクションをしてくれる横から、

「どうせなんにも起こりゃしないよ」

 と、朝日奈博士が冷めたツッコミを入れてくれた。

 天衣は仕方なく笑顔で現場に呼びかける。

「現場には樺山沙希ちゃんが行ってくれてます。

 沙希ちゃーん」

 上を向いてビルの上の方を撮っていたカメラが下を向き、ヘルメットを被り、マイクを持った若い女の子を撮した。今をときめく大所帯のアイドル団体…に負けじと頑張っている八人組アイドルユニット=ダブルトライアングルの一員、特にルックスが良く目立って人気の高いエース的ポジション、十九歳の樺山沙希だ。実は一人だけ平均年齢より三つほど上の最年長で、もともと名前の示すとおり二掛ける三の六人組のところに先頃二人新しいメンバーが補充されたこともあって、そろそろ卒業を噂されている彼女だ。

 人気者の沙希ちゃんの珍しいヘルメット姿に楽しく和み掛けた会場だが、すぐにザワッとざわめき、ひっと息をのむ小さな悲鳴まで上がった。

『はい。こんばんは。現場の沙希です』

 いくぶん強張った顔で震える声で一生懸命挨拶する樺山沙希の、後ろに……

「ちょちょちょ、ちょい待ち沙希ちゃん、う、後ろ、後ろにお化けがおるでえ!」

 後ろの大型モニターで沙希の後ろを指さしお笑い芸人が騒ぐと、客席からきゃあっと悲鳴が上がった。

 マイクを握る沙希の後ろに、白いお化けが立っていた。

 お化けは後ろを向き、白いシーツのような物に身を包み、背中にお人形のような銀色の巻き毛をふさふさと垂らし、沙希と同じ白いヘルメットを被っていた。

 パッと目に入った瞬間、異様なショックを見る者に与えたのだが……

 白いお化けが振り返った。きゃあっ、と悲鳴が上がり。

 悲鳴が、静まり返った。

「ちょ、ちょっと、あれ、その子、誰やのお?」

 振り返ったお化けは、どうやらお化けではないらしかった。どうやらちゃんとした人間であるらしかったのだが……

 ちょっと、普通の人間には見えなかった。

 豊かな銀色の巻き毛をした、緑色の瞳をした、生きたフランス人形のような少女だった。

 外国から招かれた霊能力少女……と普通思うところだが、何故か見る者に「外国人」という発想を持たせないところがあった。日本のマンガに描かれるロリータ系のかわいいカラー髪の少女みたいだ。

『あ、この人ですか? この人は……』

 硬い沙希の声を受け取って、スタジオで天衣喜久子が言う。

「はい、皆さんびっくりしましたかあ?

 ご紹介します、今回危険な心霊スポットに潜入するに当たり、番組でスカウトいたしました、超美人女子高生霊能力者、姫倉美紅先生です」

 ざわざわと観客席がざわめいている。

「先生、よろしくお願いします」

 モニターへの注目度が二百パーセント、三百パーセントに跳ね上がる。

 姫倉美紅の注目の第一声は。

『よろしくピョン』

 鼻に掛かった甘ったるいいかにも今どきの女子高生らしい声で『ピョン』と言われて、お笑い芸人はずっこけた。少女はお人形の美貌のまままったく表情を表さなかった。

「あ、あのねえ」

 ソファーに戻りながらお笑い芸人がモニターに呼びかけた。

「センセエ…とお呼びしたらええんですか?」

『けっこうだピョン。……なーんちゃって』

 首を傾げ、相変わらず無表情の顔で言った。

『受けた?』

 受けない受けない、と苦笑いで手を振って天衣は呼びかけた。

「あのー、SPさんが映っちゃってますけど…」

 画面にはもう一人、姫倉の隣に一見してボディーガードと分かる黒服を着込み大きな黒いサングラスを掛けた、長身の女が立っていた。長い黒髪を背に流して、サングラスで目が隠れているのが残念だがこれまたかなりルックスのいい女性警備員だ。

『ああいいのいいの、彼女、わたしの秘書だから。はい、ご挨拶』

『どうも』

 美人秘書?はぶっきらぼうに言葉だけお辞儀をした。

 スタジオは一種呆然とした空気が漂っていた。銀色のフランス人形女子高生と端正なマスクの黒服女性秘書。まるっきりアニメのキャラクターだ。姫倉の肩に掛けたシーツはポンチョで、その下は日本の伝統的な女子学生服、セーラー服だった。

 番組の空気をまったく解さない外しまくりの外タレか? いや。

 姫倉の顔立ちは、おそらく欧州白人のハーフだろう。目がぱっちりと大きく、彫りの深い派手な作りをしているが、輪郭は柔らかく、日本人が親しみを持てる。そのくせ生まれてこの方怒ったり泣いたり笑ったり悩んだり、そうした一切の感情を持たずに成長してきたようなまっさらな顔つきをしている。まるでSF映画のアンドロイドみたいだが、金や銀やオレンジの巻き毛ウイッグをつけ、カラーコンタクトを入れているロリータファッションの少女たちが、こういう顔になりたいと切実に憧れる顔だろう。言葉も外国訛りはなくて、ただの女子高生訛りだ。

 この場違い……ある意味はまりすぎているキャラクターを、どうしたものかと、一瞬ベテランお笑い芸人さえ呆気にとられてしまった。万事心得ている天衣だけがいつもの物に動じない家庭教師キャラで進行する。

「姫倉先生はご覧の通り現役の女子高生なんですが、その持って生まれた類い希な霊能力があふれ出すぎて学校では浮きまくった存在で……と台本に書いてあるんですが、こんな紹介でよろしいんでしょうか?」

 浮きまくっているのはルックスで丸分かりだが。

『事実です』

 とぶっきらぼうに答えたのは女性秘書。

『失礼な台本ねえ? 書いたの誰よ? 呪ってやる』

『わたくしがプロフィールを進呈いたしました』

 冷静に答える秘書を姫倉は『むっ』と睨んだ。ようやく人間らしい表情が出たが、スタジオはますます無意味に混乱している。

「はい、先生。では漫才はそのくらいにしていただいて。真面目な話、いかがですか、その建物は?」

『超ヤバイです』

 姫倉が眉をむんっと寄せて、口を尖らせ、人差し指を立てた。

『人の恨みが超いっぱい溜まって、思いっきし淀んでます。ここに入るには決死の覚悟が必要です…ピョン』

 秘書が腰を横に折って姫倉に囁いた。

『ピョンはもうけっこうです。飽きられてます』

『あっそ』

 姫倉は作っていたポーズもやめて白けた顔になった。

『マジな話、ここはすっごい危険よ。素人には無理ね。人格、壊れちゃうわよ?』

 すっかり画面の主役を奪われている樺山沙希が怖がって泣きそうな顔をした。

「予定ではこれから沙希ちゃんに姫倉先生に付き添ってもらって中に入ってもらうことになっているんですが……駄目でしょうか?」

 蒼白の顔に目の周りだけ赤くした沙希が泣き出す手前で姫倉の答えを待った。

『あらー、アイドルのお仕事もたいへんねえ? 大丈夫よ、わたしといっしょなら。なにしろわたし、最強だから』

 ガッツポーズを取る姫倉の言葉は極めて特撮ドラマの台本臭く、沙希は素で自分の身を案じた。

「沙希ちゃんに入ってもらって大丈夫ですか?」

『だあーいじょおーぶうー。わたしにまっかせなさあーい』

 スタジオでは朝日奈博士がうんざりした顔で白けきり、他のゲストも大なり小なり博士に同調する思いだった。客席もひそひそといっしょに来た友だち同士顔を寄せ合ってざわめいている。恐ろしいはずの心霊スポット生リポートが台無しだ。ベテランお笑い芸人は以前の仕事でよく知っているプロデューサーがどういうつもりなのか、カメラが自分に向いていないのを確認しつつ客席後方のサブコンへチラッと視線を投げかけた。

「それでは進行をそちら、沙希ちゃんにお任せしていいですか?」

『はっ、はいっ、がっ、頑張ります!』

 ガチガチに強張りながら沙希がマイクを握りしめて返事をした。このマイクも、歌番組の時に使用する物だ。沙希のアイドルのキャラクターに合わせたコーディネートだろうが、心霊スポットを舐めてるとしか思えない。

 心霊オカルトにキャリアの全てを懸けている三津木プロデューサーが、何を考えているのだろう?

『それでは呪われたお化けビルの中へ入ってみたいと思います。姫倉先生、お願いします』

『よおーし、レッツゴー!』

 腕を振り上げる姫倉に、沙希は別の意味でも泣きたくなった。

 ベテランお笑い芸人が見かねてカメラが追いかける後ろ姿向かって

「センセエ。あんまり可愛いかて、何やっても許される思うたらあきまへんでえ」

 とツッコミを入れると、姫倉は立ち止まってクルッと斜めに振り返り、人差し指を立ててポーズを取った。

『可愛いからって舐めてると、痛い目見ちゃうぞ?』

「どっちがやねん!」

 スタジオでお客さんが笑ったが、その笑いはうすら寒かった。


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