一,心霊スポット実況 その1
『 二〇〇五年、今から七年前に起きた耐震偽装問題を皆さんも覚えておられるだろう。元一級建築士が建物の構造計画書を偽造していたため、その設計図に基づいて建築された多くのマンションやホテルで耐震強度が不足し、マンション住人は部屋を出ていかなくてはならなくなり、ホテルは経営が出来なくなり、大きな社会問題となった事件だ。
この事件をさかのぼること一年、この事件の先駆けともなった建築問題があったことをご存じだろうか?
その問題の物件がここ、関東某県、町中に建つ黒い外壁を持つ、通称、お化けビルである。
この建物はマンションであったが、住人が消え、灯りのつかなくなった窓は、夜ともなると空の黒にとけ込み、あたかも四角く星空が切り取られたようにも見える。
問題の発端は住人からの手抜き工事を疑う訴えだった。新築間もないというのにコンクリートの柱にひびが入り、天井から細かなコンクリート片が降ってくることがあった。
手抜き工事を疑われた建物は、その後の調査で意外な事実が発覚した。
そもそも設計の段階で大幅に強度が不足していることが分かったのだ。
それは建築に着工後、大幅な設計の変更が何度も行われた為であった。一度認可の下りた工事を、施工主は変更の届け出をすることなく続け、結果出来上がった建物は、本来なら認可の下りることのない、大幅に耐震強度の不足したビルになっていたのだ。
実際に計算し直された耐久震度は、震度五にも満たない、とても人の居住の続けることの出来ない、まさに殺人マンションと言うべき代物だったのだ。
マンションは賃貸ではなく分譲だった。
既に全室完売し、入居していた住人たちは、オープンからわずか三年で退去しなければならなくなった。
問題は部屋を購入した住人とビルのオーナーである不動産会社の責任、賠償問題に移った。住人たちは高い頭金を支払い、長期のローンを組んで購入したものであり、住居を奪われた彼らに、その多額の借金だけが重くのしかかった。
しかし法廷へ持ち込まれようとした賠償問題は、不動産会社の倒産により空中分解してしまった。
破産管財人が被害者救済のため会社資産の売却をはかるも、開発を広げすぎていた会社経営は赤字続きで、支払われる補償費は微々たるものだった。
多くの家族に不幸が覆い被さった。そして、
二〇〇七年、世間を震撼させた耐震偽装問題がようやく落ち着いた頃、
その幕引きのように悲劇は静かに起こってしまった。
元住人であった男性が、これから先の生活を思い悩み、元の住居であるマンションの手すりから、下の中庭に飛び降り、命を絶ったのだった。
当時一連の耐震偽装騒動の中で、それとは別件であったが、同じ耐震強度不足のマンションで起こった悲劇として報道され、記憶に留めている方もおられるだろう。
男性の飛び降り自殺後、既に倒産した不動産会社の責任を問う声が高まる中、元社長も車で乗り付けたとある山奥で、夜の間に一人ひっそり排ガス自殺を遂げた。
それ以来である。
問題の発端となったマンションでは夜な夜なすすり泣きにも似た人のうめき声のような音が聞こえ、誰もいるはずのない真っ暗な窓の中に青白い光が漂うのが目撃されるようになった。
こんな話がある。
ある時その噂を聞いた大学生たちが夜中、肝試しに建物内に入り込んだ。
面白半分に冗談を言い合いながら室内の様子を覗き見つつ上へ向かっていった彼らは、血も凍る恐怖を味わうことになる。 』
これは中央テレビで久しぶりに放送される心霊オカルトドキュメンタリー番組
『今夜復活!
恐怖心霊事件ファイル・リターンズ』
の中の一コーナーでのナレーションである。
ナレーションをバックに画面ではその『お化けビル』の様子が映し出されている。
夜であり、ナレーションに言うとおり、真っ黒なビルは灯りも外部の光の反射もなく、夜空をバックに一種異様な迫力でそそり立っている。ただし、星空を四角く切り取ったと言うのは画面を見る限り大げさで、そもそも町灯りと薄曇りでどんよりした空に星は数えるほどしか見えず、黒よりも灰色で、かえってビルの方が黒い。灰色の空を四角く切り取ってと言うのであるならば正解だ。
ビルの周りの様子は場所を特定させないためモザイクが掛けられている。しかしモザイク越しにもちらほら高いビルは窺えて、大都会ではないがそこそこ開発された街中であるようだ。
事件のあらましを紹介する中で、昼間の様子も映された。
ビルは縦横三十メートル×三十メートルのストンとした真四角で、二十三階建て、全長九十メートルである。最上階ペントハウスだけその階下より一回り小さく、更に上に縦長の黒い板状の物が載っている。これは太陽光発電のパネルだそうで、夜間通路の照明などに利用されていたそうだ。ペントハウスは水のタンクや各種コントロール室が入っていて、住居には使われていなかった。
黒い外壁は金属板に黒色の樹脂塗料をコーティングした物で、一見いかにも金属のしなやかさと頑丈さを窺わせる。外見の体裁だけで、中身はすかすかだったわけだが。
窓ガラスが一ユニット二組の同じ組み合わせで上下左右きれいに揃っている。全室2LDKの同じ間取りだ。ベランダはない。一見マンションより商業ビルに思える。それが建築途中の度重なる設計変更によるものかは不明。そもそも何故設計変更が行われたのか?当時のワイドショーやニュース番組でもたびたび検証されたが、戸数を増やして多く入居させるか、それとも一戸当たりを広く取って高く売るか、当時の経済の動向で方針が揺れ動いたらしい。結果戸数を割り振ったようで、結果一戸当たりの被害額は抑えられたが、その分多くの被害者を生むことになった。戸数は全百八十九戸。百八十九の家族がこの耐震不備のビルの被害者となったのだ。
現在ビルは周りを工事現場で見られる銀色の鉄板で取り囲まれて、囲いから建物まで三メートルほど余裕があるが、元住人が飛び降りたという中庭はどこを指すのか分からない。
その答えは、肝試しで侵入したという大学生たちの体験を描く再現VTRに撮されている。
再現VTR
夜のマンションにガラスの割られた窓によじ登って入り込む三人の男子大学生たち。
「警報機とか大丈夫なのかよ?」
「どうせ取り壊すしかない物にわざわざ金掛けて付けるかよ? 平気さ」
「だな。なんにもありゃしねえぜ」
共用スペースらしく広く、がらんとした室内をきょろきょろしながら歩いていく。室内の家具道具類はすべて運び出され、壁と柱と、床に散らばるゴミ屑しかない。
金属のきしむ不気味な音を響かせて廊下へのドアが開かれる。懐中電灯で照らしながら先へ進む三人。
「ここだ、ここ」
懐中電灯の楕円の光が廊下を枝分かれした奥へ走り、壁がなく、先を通せんぼするように横に伸びる手すりの外に、早裏側に出たような雑草の生い茂るのを照らし出す。
「臭うな」
「ただの草むらの臭いだろう?」
「湿ってドブ臭せえぞ」
およそ十メートル四方の四角い草むら、そこが中庭である。
ビルは中庭を吹き抜けに、四角い筒状に建てられているのだ。
「どこら辺かなあ、飛び降りたの」
大学生たちは懐中電灯で捜すように歩くが、
「分かるわけねえだろう?」
「いや、死体のあった場所の草は茎が赤いんだってよ」
「んなもん、ガセだよ」
と言いつつ、しばらく懐中電灯の光をあちこち投げかけ捜すも、結局諦め、
「飛び降りたの、何階だっけ? 十三階?」
と、一人が腰高の手すりから身を乗り出し上を見るが、上手く覗けないらしく、背中から「よっ」と勢いを付けて手すりに腰掛け、仰向けに身をせり出して上を仰ぎ見る。
「おいおい、そのまま落ちるなよ?」
仲間の笑い声を足を手すりの壁に吸い付かせ膝を曲げた向こうに聞き、
彼の視界をカメラが撮す。
上までずうっと手すりの列が続いて、暗がりに消えていく。吹き抜けを取り囲んで回廊になっているのだ。吹き抜けの空は、開いていない。暗闇になって見えないが、ペントハウスが載って天井を塞いでいるのだ。
男子大学生は手すりの列が消えていく上の暗がりに懐中電灯を向ける。
「あっ!」
上の方の手すりで、真っ正面に下を覗いている顔を光が捉えるが、顔は一瞬で引っ込んでしまう。
「かっ、顔だ! 今、かっ、顔が覗いてた!」
驚いてうわずった声で訴える仲間を、しかし他の二人はニヤニヤ笑って本気にしない。
「おいおいマジかよお〜? やっべえよお〜〜」
体を起こしてコンクリートの床に下りた学生は
「おい、本当だってば! 本当に顔が覗いていたんだ!」
と怒るが、二人は顔を見合わせて笑う。
「おいっ!」
「はいはい、分かった分かった。どこら辺? 上って行って挨拶しようぜ?」
笑いながら角を曲がった先にある階段へ向かう二人を
「おい、やばいってえ!」
と追う一人。
結局三人揃って上へ上がっていく。コンクリートに不気味に響く足音。
階段を上っていくうちに疲れてくる三人。ひー、はー、と、膝を押さえながら息をつき、
「おい、今何階? もういいんじゃねえ?」
「どうよ?」
「もう少し上だと思ったけど……」
「もういいや、ここらで記念写真撮って帰ろうぜ?」
「まあ、いいけどさ…」
上の階の手すりで人の顔が覗いているのを見た一人は仲間の言葉に内心ほっとしながら言い、三人は階段から中庭を見下ろす手すりの通路に出てくる。自分たちの立つ通路と、通路がグルッと巡っている向こうへ懐中電灯の光を当てていくと、各戸の玄関ドアとキッチン、浴室の窓が並んでいる。まるで動きがなく静まり返った深夜の無人の建物は不気味だ。
「んじゃ順番に撮ろうぜ。高さが分かるように向こうの方も入れてな」
「オーケー」
と、幽霊?の顔を目撃した一人が預かった携帯電話のカメラを構え、画面を見ながら被写体の二人と吹き抜けの向こう側、手すりの列が上から下へ連続しているのが入るよう調整してバックする。
「デジカメ持ってくればよかったな。フラッシュ無しじゃ背景が写らないぞ?」
カメラが携帯の画面を撮す。
画面の中で、自分たちの顔に下から懐中電灯を当て、ふざけたかっこうをする二人の大学生。携帯の画面では手すりの外は真っ黒になって見えないが、だいたい十階くらいだと思われる。
「ハイ、うらめしや、っと」
ふざけた合図で「カシャッ」とシャッターを押す撮影者。ふざけてニヤついていた顔に、ぎょっと恐怖が走る。
携帯の画面に今撮影した画像が映るが、白目を剥いたゾンビの顔をする二人の背後で、逆さまに落下していく男の姿が映っている。
手すりの外、下から、
「ドサッ」
と、重い物が落ちる音が聞こえる。
「あれ? 今なんか音した?」
撮された二人は音の正体が分からず空耳かと辺りを見回し、音の正体が分かっている撮影者は強張った顔で慌てて手すりに走り寄り、下を覗く。二人もまさかと顔を見合わせ、手すりに寄る。
下を覗き込む三人。おのおの懐中電灯を向ける。
かなり深い位置で懐中電灯が這い回る雑草の生い茂った中庭。しかし予想される物の姿はない。
「何? なんもねえじゃん?」
「そう……だな……」
言いつつ、撮影者は携帯の画面に今撮した画像を呼び出すが、
「あれ?」
確かに撮したはずの画面が真っ黒で、何も映っていない。
強張った顔の撮影者に対し、携帯を覗き込む二人は、
「なんだこれ? 映ってねえじゃん? ちゃんと撮れよなー?」
と文句を言うが、撮影者はもうそれどころではない。
「帰ろう。マジやべえよ、祟られる」
携帯を持ち主に突き返し、大慌てで階段へ戻ろうとする。
「なに慌てて……」
ふと、何かの気配を感じて外…中庭の吹き抜けを向く二人。階段へ向かい掛けた一人も振り向き、上へ視線を向ける。天井が遮って見えないが、天井を通り抜けた視線が目の前の空間へ下がっていき、
三人の見る手すりの外、天井と手すりの間の空間をさっきと同じように男性が逆さまに通り過ぎていく。
「うわああああああっ」
三人揃って悲鳴を上げ、我先にと階段へ駆け込み、激しく音を立てながら駆け下っていく。
ハアハアと息をつき、一階に戻ってきた三人は、男性が落ちたとおぼしい場所を壁に背をこすりつけるように遠巻きにしながら通り過ぎようとするが、その目の前へ、三度同じ男性が逆さまに落ちてきて、
三人と男性の目が合う。
「ドサッ」
すぐそこで大きな音が上がり、三人は真っ青な顔を見合わせながら、そうっと、懐中電灯の光を向けながら覗き込む。
そこに確かにおかしなかっこうに手足の曲がったまだ若そうな……二十代半ばくらいの男性が、カッと目を見開いて倒れ、周りの草が真っ赤に染まっている。
あまりのことに固まって見守る三人。すると、
男性の目がギョロリと動いて恨めしそうに三人を見る。
「うぎゃあああああっ」
再び悲鳴を上げて逃げ去る三人。
三人の悲鳴と大騒ぎする声が向こうの部屋に消え、静かになり、カメラが中庭を撮すと、そこにはやはり何もない。
カメラが確認するように上を向くと、
逆さまの男性の顔が降ってきて、
暗転した画面に
「ドサッ」
と音が被り、
VTR終了。




