ヴァイスの独り言
ミサさんと出会ってから、シルさんの態度が一変した。シルさんはもともとクールで、どちらかといえば冷酷な男だったので、この変わりように一日と待たずして軍に所属している者たちに広まった。
「ヴァイス! シルさんの噂、本当なのか?」
デスクワークをやっと終え、ミサさんの手続きのため森を抜け、軍所有の専門機関に訪れると、同僚で軍所属のミニハルカ・モニアチス・ナーチャが俺の肩に手を置き、ブンブンと前後に引っ張りながら喚いた。
「ぐはっ! や、やめろ! 首がもげる」
必死の抗議が伝わったのか、やっと手を離してくれた。これだから、軍人は。
「冷酷非道と恐れられていたあのシルさんが骨抜きって!」
手は離してくれたが、興奮がおさまっていないのか、鼻息を荒くして声を荒げた。
「こんなに早く噂に?」
「ああ。なんでも、シルさんが女を抱いて歩いてるところを目撃した者がいたんだそうだ。それより、骨抜きって本当なのか?!」
「本当ー」
「どんな女だ!」
なぜそこまで興奮するのかわからないが、頭の中でミサさんを思い浮かべる。思わずニヤついてしまった。
「可愛い女の子」
「会わせろ。もうここの用事は済んだんだろ?」
「終わったけど、シルさんならもう家に帰ったよ。抱いてる姿もその時見たんじゃない?」
「あのシルさんが?!」
シルさんは元々仕事人間なので、滅多に家に帰らないことで有名だった。
仕事も早く丁寧で頭も切れる。その上、体術に長けていた。こんな希少な逸材ともなれば、いろんな部署に助っ人として仕事に駆り出されることが多々あった。中でも、軍人とのネットワークが濃いため、この同僚が喚き散らしているのだろう。
「だから見たいなら明日来なよ」
シルさんはミサさんを檻に閉じ込めたいと思っていそうだけど、この手続き証明を受け取りにミサさんを連れてくるはずだ。本人ではないと確認書に判が押せないのだし。
「ああ。どうせ、森についての報告で近々行こうと思っていたところだしな。俺のシルさんにまとわりつくその女を返り討ちにしてやる!」
そう言うとミニハルカは自慢の足で遠のいていった。
「はぁ。軍人は野蛮で困るなー」
そう呟いたが、言葉とは裏腹に口元がにやけて仕方ない。
「くっ。楽しくなるなー」
デスクワークにも飽きてきたころだったし。
そう心の中で呟くと、明日が堪らなく待ち遠しい。こんなにも明日が待ち遠しいと思ったのは何年振りだろうか。
「ついでにミサさんが俺に懐いてくれるともっと素敵なんだけどなー」
森に帰る道すがらミサを想い、こぼしてみれば、言葉以上に心がそう望んでいることにヴァイス自身気づいていた。が、そんな未来訪れないんだよ、と嘲笑うかのような森の態度に舌打ちを響かせてやった。
「うるさいっすよ」
森に敬意を払わなければ、ここではやっていけない。それは誰もが知るこの国の常識だが、一度森に好かれてしまえば、多少の悪態は耳に残るこの鬱陶しい木々のざわめきだけで済まされる。
「…わかんないっすよ」
小さな抗議に耳を傾ける者は誰もいなかった。ヴァイス自身ですら。