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第一話 勇者パーティーから追放された宮廷補給官、自分の作った補給表を見ながら『あなたたち、四十七日後に全滅します』と告げる


「補給など、誰にでもできる」


 勇者ガルドが、笑いながらそう言った。


 王都の作戦会議室。

 燭台の光が、革張りの長机を黄色く染めている。

 壁に貼られた大陸地図には、彼の長剣が、ドンと突き立てられていた。


 二十四歳。金髪。整った顔立ち。

 王家の養子として育てられた、王国公認の勇者。

 その背後には、剣士、魔法使い、聖女。

 俺はその一番後ろの席に、静かに座っていた。


 補給官、レオ・クラウゼン。

 二十一歳。


 肩書きだけ見れば、勇者一行の正式な構成員だ。

 ただし、この三年間。

 俺の名が議事録に載ったことは、一度もない。


 俺のスキルは、《在庫管理インベントリ》。


 六年前、十五歳の鑑定の儀で授かった、正真正銘の外れスキルだ。

 効果は、倉庫の中身が分かる。


 ただ、それだけ。


 神官は俺の頭上に浮かんだ名前を読み上げて、苦笑いをした。

 同期の貴族子弟たちは、俺を見て笑った。


「在庫管理ねぇ。せいぜい商人の使い走りだな」


 たしかに、倉庫の中身が分かるだけのスキルなど、何の役にも立たない。

 外れスキル持ちの慣例に従って、俺は宮廷補給官に任じられた。

 勇者一行への配属は、形式上の名誉職。


 ただ、俺だけが知っていた。

 倉庫の中身が分かるという事は、つまり――

 誰が、何日後に、何で死ぬかを、計算できるという事だ。


「次の遠征は、北の山岳地帯。期間、三十日」

「補給は、現地調達でいい」


 ガルドが言った。

 貴族たちが頷く。


 俺は、懐の帳面を捲った。


 既に、何度も計算し直したものだ。

 答えは、もう出ている。


「……勇者様」


 俺が口を開くと、空気が止まった。

 補給官が議題に口を挟むことは、宮廷では珍しい。

 ガルドは眉を寄せ、こちらを見た。


「何だ、レオ」


 俺は帳面を、彼の前に滑らせた。

 線の引かれた表が、整然と並んでいる。


 予定遠征日数、三十日。

 現地の食料生産量、ほぼ零。

 水源、二箇所のうち一つは敵勢力圏。

 補給線、最低でも荷馬車十二台が必要。


 その表の一番下。

 赤いインクで、俺はこう書いていた。


『勇者様。あなたたち、四十七日後に全滅します』

『生存確率、十三パーセント』


 部屋の空気が、ぴたりと止まった。


 剣士のヤルが、息を呑む音が聞こえた。

 魔法使いのリーフェの指が、テーブルの上で固まった。

 聖女ミーシャは、俺の方を見て、一瞬だけ口を開きかけた。


 そして、ガルドだけが、笑った。


「ははっ。何だ、これは」

「お前、いつから魔術師になった?」


 俺は、表情を変えなかった。


「魔術ではありません。算術です」


 短く、そう言った。


「現地の食料生産量、敵の補給妨害確率、季節要因、行軍速度。

 全部、変数の中に入れてあります」

「四十七日目、補給切れ。

 その時点での戦闘継続不能率は、九十二パーセント」


 ガルドの笑みが、止まった。


 数秒、彼は何も言わなかった。


 眉間に、微かな皺。

 俺は、その皺を、何度か見たことがあった。

 彼が遠征で食料が乏しくなった時に出る、独特の皺だった。


 俺は、もう一枚の紙を差し出した。


 代替プラン。

 後方拠点を三箇所、補給線を二倍に。

 予算は当初の一・八倍。

 ただし、生存確率は九十一パーセントまで上がる。


 実現可能な、最も安い救命策だった。


 ガルドは、それを一瞥して、机に放った。


「金がかかりすぎる」

「却下だ」


「勇者様――」

「黙れ、レオ」


 彼の声が、低くなった。

 俺を見る目に、苛立ちが滲んでいた。


「俺は勇者だ。剣聖のスキルを持っている」

「補給など、なくとも生きていける」

「四十七日目に全滅?

 お前の計算は、俺の剣を計算に入れていない」


 計算には、入れていた。

 剣聖スキルの戦闘補正、彼の身体能力、推定戦闘力。

 全部、変数の中に入っている。


 その上で、四十七日目に全滅、という数字が出ていた。


 しかし、それを言っても、彼は理解しない。

 理解しないことを、俺は三年間、見続けてきた。


 ふと、俺の口の端が、僅かに動いた。


 怒りではない。

 憐憫でもない。


 ただ、計算結果としての――蔑視だった。


 ガルドは、それを見た。

 見た瞬間、彼は立ち上がった。


「レオ・クラウゼン」

「お前を、補給官の任から解く」

「次の遠征には連れていかない」


 俺は、表情を戻した。

 予測の範囲内だった。


「お前は、北東のノルド・グラナ辺境伯領に転属だ」

「あそこの管理官が、空席らしい」

「外れスキル持ちには、ちょうどいいだろう」


 ノルド・グラナ。

 俺は、その地名を、頭の中の地図と照合する。


 アルヴェニア王国・北東の僻地。

 人口、三百人前後。

 冬期の気温は氷点下に達する。

 最後の正式な納税記録は、五年前。


 半年、誰も生き残っていない。

 馬車の御者がそう呟くのを、後で耳にすることになる。


 俺は帳面を閉じ、立ち上がった。


「承知しました」


 それだけ言って、礼をした。

 深くも、浅くもない。

 ちょうど、補給官が貴族にすべき角度。


 会議室を出る前に、もう一度だけ、ガルドの方を見た。


 彼の足元に、俺の差し出した代替プランが落ちていた。

 くしゃくしゃに丸められて、踏まれた跡があった。


 四十七日後、あの紙を拾わなかったことを、彼は後悔する。


 俺はそう、計算した上で、扉を閉じた。


---


 馬車に乗った。


 車輪が回り始める。

 王都の門が、後ろに遠ざかっていく。


 御者は、迷惑そうな顔で言った。


「補給官さま、本当に、そんな荷物だけで行くんで?」

「あんなとこ、もう半年も誰も生き残ってないって聞きやしたぜ」


 俺は窓の外を見た。

 雪交じりの風が、黒森の方角から吹いてくる。


 懐の帳面を開き、ペンを走らせた。


『計算対象:ノルド・グラナ』

『現状の推定生存日数:未知』

『目標:全員、生かす』


 ペンが、紙の上で止まる。


 数字は嘘をつかない。

 戦争は剣で始まる。

 だが終わるのは、いつだって、倉庫が空になった時だ。


 俺は、その帳面を閉じた。


---


 馬車が辺境に着いたのは、三日後の夕暮れだった。


 ノルド・グラナ。

 雪に半ば埋もれた家々。

 屋根の崩れた集会場。

 煙の上がる家は、わずかに数軒。


 馬車を降りる。

 誰も、出迎えに来なかった。


 俺は、村を見渡した。


 補給官として、まず確認すべきは倉庫の場所だ。

 目を凝らす。

 村の北外れ、ひときわ大きな木造の建物が一つ。


 古い、村の共用倉庫。

 扉が、わずかに開いていた。

 建て付けが悪く、雪混じりの風で軋んでいる。


 俺は、そちらへ歩いた。

 雪を踏む音だけが、村を歩く唯一の音だった。


 扉に、手を掛ける。

 軋みながら、押し開いた。


 その瞬間。


 暗がりの中、麻袋の山の影に。

 小さな手が、見えた。


 白く、痩せて。

 子供の、手だった。


 震えていた。


 俺は、懐の帳面の最後の一行を、心の中で読み返す。


『目標:全員、生かす』


 倉庫の奥に、足を踏み入れた。

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