智嬉の異変
「来たわね、陽仁くん」
モニターの光がみづきの横顔を照らしていた。
机の上には無数の通信記録と波形データ。冷たい光の中で、彼女の目だけが真剣だった
「智嬉の信号、解析できたか?」
俺はモニターに視線をやる
「智嬉の信号、解析できたか?」
俺はモニターに視線をやる
みづきは手元の端末を操作しながら短く答えた
「できているわけじゃない。けど……“掴めてきた”と言うべきね」
画面には乱れた波形が幾重にも重なっていた
ノイズが多すぎる だが、その奥に規則的な光がある
「これが……智嬉の生体反応?」
みづきは拡大表示した
「そう。普通の通信は完全に途切れてる。でも“次元の揺らぎ”に同期する形で、智嬉の能力エネルギーの残響だけが残ってるわ」
「そこに智嬉はいるんだな?」
俺はモニターを見つめたまま問う
みづきは一瞬だけ言葉を選ぶように視線を伏せ
すぐに、はっきりと頷いた
「“存在”はしているわ。ただし完全ではない」
「完全じゃない?」
みづきは波形を指でなぞりながら説明を続けた
「智嬉自身の意識は、おそらく氷の領域に“固定”されてる。彼の能力である氷が、逆に彼を守り、同時に閉じ込めてる状態ね」
「はあ?自分の氷で閉じ込めた?なんでまた」
みづきは俺が聞くとつっこむ
「それを調べるのが、あなた達の仕事でしょ!」
「いやいや、現場は俺たちだが……理由ぐらい教えてくれてもいいだろ」
俺が苦笑しながらみづきに聞くと、
「智嬉は、その罠の中で氷で閉じ込められてるのは…私にも分からないわ、調査しなくちゃ だけど、長時間にずっとあそこにいたら」
純はハチマキを揺らしながら怪訝そうな顔をしてみづきに話す
「まあ、ストレスは間違いねぇな。智嬉は普段冷静すぎるぐらいのやつだし……逆に追い詰められたら、反動で能力が暴走するってわけか」
みづきは頷きながら、別のモニターに映し出された温度情報を指差した
「それだけじゃないわ。彼の感情を増幅している。氷は心を守るためにバリアしているの。だけど」
「だけど?」
滝が眉をひそめる
「守りに入った能力は、時に“外からの救助”さえ拒むの。智嬉の氷は、おそらく――本人の意思に反して固まってる」
みづきはモニターから目を離さず、指先で温度グラフを軽く叩いた
「守るための“氷のバリア”が……今は逆に“外界との接触を拒絶している”可能性が高いの」
滝は息を呑む
「拒絶……?」
みづきはうなずいた
「智嬉は冷静な分だけ、心の奥に“誰にも見せない部分”がある。普段は強い精神で保っているけど、封鎖領域は感情を強制的に引きずり出す」
純が腕を組んだ
「つまり……智嬉の“本音”みたいなもんが暴れてる状態ってことか?」
「ええ。本人が意図していない心の動きが、能力と結びついて暴走している」
みづきはため息をつき、椅子を回して三人の方を見る
「氷は智嬉を守る。でも、守りすぎれば“檻”になる。心の弱点に触れられた時、氷が自動で動いてしまった……そう考えるのが妥当ね」
滝はワナワナ手を震わす
「智嬉…なにがあったか知らないけど、絶対…助けに行く!! あの中で、俺たちみたいに、悪夢を誰かの侵入者に見せつけられてるんだ!!」
純がそんな滝の背中に、ゆっくり手を置く
「……ああ、間違いねぇ。あいつも戦ってる。誰かに“心”を抉られてる最中だ」
みづきも静か話す
「封鎖領域の幻覚は、心の奥にある“最も触れられたくない記憶”を見せつける。智嬉ほど冷静な人ほど……その衝撃は大きいわ」
滝はキリッとした目つきで顔を上げる
「俺が……智嬉を呼ぶ。絶対に……絶対に帰らせる」
俺―陽仁も頷く
「滝、お前の声なら届く。智嬉の氷は“心”でできてるんだ。だったら、心に触れられるのはお前しかいない」
「みづき、次の目的をレーダーで現してくれ」
滝はみづきに指示した
「気をつけて」
みづきは静かに続ける
「このエリアの温度は限界域。智嬉の能力が暴走しているか、精神が完全に“閉じている”可能性が高いわ」
純が思わず舌打ちする
「つまり、近づけば近づくほど“心が凍る”ってことかよ」
滝はにや、と笑い
「その時は爆炎大砲で智嬉を溶かしてやる」
純は目を丸くして後ずさる
「な、仲間に技を放つのはやめろよ!?」
みづきも頷き、パネルに手を置く
「転送構築完了。氷結区画へ――行ってらっしゃい」
滝は光の中心へ向かう
「よし、智嬉。溶かすんじゃなくて……今度は引っ張り出すぞ」
純が小声で
「やっぱ怖えんだよその“溶かす”ワード……」
俺たち3人で転送先へ向かった




