4 労り
「ということは、あんたもローラ様を狙っていなきゃおかしいだろ。それなのに、どうして逃そうとしたんだ?」
フェインの疑問にイヴは視線をヴェルデからフェインへ、そして最後にローラへ向けた。目が合いローラが怯えるような顔になると、イヴは辛そうな表情になる。
「兄貴たちは先祖であるイライザの言葉を律儀に守ろうとしてる。俺たちの両親も、その両親も、ずっとそうやってローラ姫への恨みを抱えて俺の一族は生きてきた。でも、それをして何になる?俺は当時のエルヴィン殿下もイライザもユンも知らない、会ったこともない。そりゃ、当時その人たちは苦しい思いをしたのかもしれないさ。でも、どう考えたって自業自得だろ?むしろ被害者はローラ姫の方だ。それなのに、自分たちのことは棚に上げて勝手に恨んで勝手に殺そうとするなんてどうかしてる。それこそ、一族の恥だろ」
そこまで言って、イヴはハアと大きくため息をつく。
「俺は俺として胸をはって生きていきたい、それだけだ。でも、兄貴たちはイライザたちの言葉をずっと抱えて生きている。もう呪いのようなもんだろうな。今回この国に行商に来た理由も、ローラ姫が目覚めたらしいとどこからか噂で聞きつけたからだ。
正直、そんなのただの噂だろうと思ってたんだよ。百年も眠っていた人間が目覚めるはずないし、そもそも百年も眠り続けるわけがないって思ってた。でも、実際にローラ姫に会って、俺を見てエルヴィン殿下の名前を口にして、驚いた。俺はエルヴィン殿下に瓜二つだって祖父母にも両親にも言われ続けてきたから、俺の顔を見てあんなに驚くってことは本当に似てるんだな」
そう言って、じっとローラの瞳を見つめるその顔には、ほんの少し優しさと戸惑い、そして悲しみが入り混じっていた。
「あんた、きっと随分と苦しんだんだろ。百年も眠ってたのに、急に起こされて気がついたら家族も友人も誰もいないなんて。しかも婚約者に命まで狙われていたなんて知ったら正気でいられるはずないだろ。……俺の先祖がしでかしたこととはいえ、なんていうか、あんたが俺の顔を見て怯えるのも当然だろうなと思う」
イヴの言葉に、ローラは思わず両目を見開いた。エルヴィンの顔でエルヴィンと同じ声をしたこの男は、自分を労わるようなことを言っている。
エルヴィンだったら絶対に有り得ないことだ。当時エルヴィンとちゃんと会話ができたらと思っていたローラは、目の前の光景に戸惑い、心が追いつかない。
ヴェルデと繋がれた手を無意識に握ってしまっていたのだろう、ヴェルデがそれに気づいてローラの顔を見て、苦しそうに顔を歪ませた。
「俺は、兄貴たちとは違ってローラ姫を狙うことはしない。兄貴たちにもこのことを言うつもりは毛頭ない。……ローラ姫はきっと今、幸せなんだろうからそれを壊すようなことはしたくないんだ」
ヴェルデを見てからそう言うイヴ。フェインはなるほどな、と静かに呟いてヴェルデを見る。ローラの顔を見ていたヴェルデはハッとして、イヴを見た。ローラはいまだにイヴの顔を見たまま硬直している。
「俺の話はこれで終わりだ。他に、聞きたいことは?」
「……あなたの兄たちは、いつまでこの国に滞在するつもりですか」
「行商の期間が終われば俺は帰るつもりだ。でも、兄貴たちはきっとローラ姫の居場所を突き止めるまでいるつもりだろうな」
 




