第一話 神童は、泣くことから始まる
自分の読むように作ってもらったものをそのまま出しています。
「――元気な男の子ですよ!」
誰かの声が聞こえる。
眩しい。
息苦しい。
そして――寒い。
「おぎゃあ!」
……いや、違う。
泣きたくて泣いているんじゃない。
勝手に声が出るんだ。
(え……?)
目を開けようとしても、ぼやけている。
体が動かない。
首も持ち上がらない。
(事故……だったよな)
最後に覚えているのは、横断歩道だった。
仕事帰り。
スマホをポケットにしまいながら歩いていて、急ブレーキの音が聞こえて――。
そこから先は覚えていない。
(死んだ……のか。)
誰かに抱き上げられる。
温かい。
「あなた、お父さん。抱っこしてあげて。」
「う、うん……。」
震える男の腕。
涙を流している女性。
二人とも知らない顔だった。
(……え。)
「名前、決めてある?」
「うん。『結城 奏斗』。」
(いやいやいや。)
(待て待て待て。)
(俺……赤ちゃんになってる!?)
それから数か月。
結論から言えば、俺は転生したらしい。
異世界ではない。
魔法もない。
普通の日本。
ただし、二〇〇六年。
(……前より十五年くらい昔か。)
スマホはまだ分厚い。
動画サイトも今ほど普及していない。
AIなんて単語も一般には知られていない。
未来を知っている。
それだけで十分だった。
「かなちゃん!」
母が絵本を開く。
「これは?」
「……いぬ。」
「え?」
「いぬ。」
「あなた!」
母が父を呼ぶ。
「今しゃべった!」
父は笑う。
「親バカだろ。」
「違うって!」
(いや、本当にしゃべったんだけど。)
一歳になる頃には普通に文章を話せた。
二歳でひらがな。
三歳で漢字。
四歳には図書館の本を読んでいた。
もちろん中身まで理解している。
だって中身は知っていることばかりだから。
幼稚園。
先生が紙芝居を読んでいる。
「桃太郎は鬼ヶ島へ向かいました。」
(昔話だな。)
「鬼は悪い鬼でした。」
(まあ、そういう話だ。)
「質問ある人ー?」
クラス全員が静かだった。
俺は手を挙げた。
「はい、奏斗くん。」
「鬼側の事情は調べたんですか?」
教室が静まり返る。
先生も止まった。
「……え?」
「桃太郎が正しいって、誰が決めたんですか?」
数秒後。
先生は困ったように笑った。
「すごい質問だね。」
翌日には保護者会で話題になっていた。
「結城くんって、本当に五歳?」
「将来は学者さんかしら。」
(いや、三十五歳だから。)
小学校に入ると、それはさらに加速した。
九九は初日で暗記。
英語は簡単な会話なら話せる。
歴史も理科も知っている。
テストは、ほぼ満点。
先生が職員室で言う。
「あの子は天才だ。」
父は照れくさそうに笑う。
母は嬉しそうに涙ぐむ。
ニュース番組が取材に来た。
『天才小学生・結城奏斗くん』
『IQ測定不能』
『将来のノーベル賞候補か』
そんな見出しが並ぶ。
でも――。
俺だけは知っていた。
(違う。)
(俺は天才なんかじゃない。)
ただ知っているだけ。
一度生きた人生を、もう一度なぞっているだけだ。
本当の天才は、何も知らないところから答えを見つける人間だ。
俺は、答えをカンニングしているだけだった。
十歳の春。
桜が満開の日。
校長先生に呼び出された。
「結城くん。」
「はい。」
「今日、転校生が来る。」
「そうですか。」
「きっと君と仲良くなれると思う。」
(神童同士とか言いたいのかな。)
教室のドアが開く。
小柄な少女が一人。
真っ直ぐ前を向き、凛とした声で自己紹介する。
「天城すずです。」
その瞬間。
彼女は教室を見渡し、最後に俺を見つけた。
目が合う。
不思議なくらい真っ直ぐな瞳だった。
そして彼女は、小さく笑って言った。
「結城くん。」
「あなたに勝つために来ました。」
教室中が静まり返る。
(……なんだ、この子。)
十歳の神童はまだ知らない。
この少女が、自分の”化けの皮”を、一枚ずつ剥がしていく相手になることを。
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