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第傪章 追憶 1P



 それは在りし日の残滓。記憶に残る思い出は何時だって輝かしく、愉快で心地が良いものであって欲しい。誰もがそう願うのは必然。それはとある町に居着く有り触れた青年も同じだ。昼間の熱気の余韻を残す夕暮れ時。ランディは自室の窓辺で椅子に座り、黄昏色に染まる町の景色をぼんやりと眺めていた。ゆっくりと流れる時間に身を任せていると不意に眠気が襲って来る。抗えない睡魔にランディは身を委ねた。


 夢を見たのは、久々に在りし日々を本に書き記していたからもしれない。机の上に開かれた本の頁が風に捲られて白紙から文字がびっしりと書かれた箇所で止まる。そう。始まりも同じ八の月の夕暮れ時。嘗て仲間達と共に苦楽を共にした青い一瞬の輝きだった。



「ほんとに……今週は疲れた。どれだけこの日が待ち遠しかったか」



「同感です。体力には自信がありますけど……疲労だけはどうにも」



「お前らは良い方だ……俺の方が悲惨だろう」



 王国きっての大都市『roi』。王城の膝元。郊外も含めると述べ、五百万の民が生活を営む国の中心だ。物流、教育、軍事だけに限らず。全ての水準が極めて高く、それぞれの分野に特化した都市と比肩している。そんな大都会の片隅から物語は始まる。


 蒸し暑い通りで人混みに揉まれながら三人の青年が歩いていた。一人は、絹布のシャツに袖を通し、皺ひとつない真っ黒なスラックスの出で立ち。残りの二人はそれぞれ、くすんだ綿布のシャツによれよれのパンツ姿。育ちの良い貴族風の青年と冴えない城下町育ちの青年二人。本来なら生活圏の違いで相容れない筈の三人が連れ立って歩いているのは偏に縁があったから。彼らはとある養成校に所属する若者達だった。



「アルク、君にはずっと言ってるだろう? 体力を付けろと。確かに君の知恵と知識には毎度、助かっているけど。それとこれとは話が別だ。俺達と一緒に教練後の特訓をすれば、多少は軽減されるさ。断る君が悪いんだ」



 地肌が見えるくらいまで側頭部と後頭部を刈り上げ、前髪から頭頂部に掛けて短く整えられた髪型で今よりも顔に幼さが垣間見えるランディは級友に対して小言を言う。



「そうですよ? 限界を超えた先に待つ陶酔感。それに研ぎ澄まされた五感によって世界がより身近に感じられます。これが何にも代えがたい達成感をとなる。是非、アルクにも味わって欲しいと私は常日頃から思ってます」



 前髪を中央で分け、整った巻き毛を後ろに流す金髪の青年が目を瞑りながらランディに同調する。そんな二人にシャツの胸元に眼鏡を引っ掛けている灰色の髪を七三分けにした青年は大きな溜息を一つ吐いた後、肩を竦めた。



「体力馬鹿のお前達と? 止めてくれ。お前達とは体の作りが違う。唯でさえ、日々の教練を熟すだけで手いっぱいだ……逆にお前達の方こそ、座学を如何にかしろ。走り込みと組手ばかりに時間を割いて……ランディ……お前はまだ中間を維持出来ているが……アッシュ、特にお前は駄目だ。ずっと落第ギリギリの所で回避しているのを忘れるな」



「……いきなり人の脛を蹴飛ばす様な発言は控えて欲しいですね。頭が痛い」



「確かに……それはそれでマズいね。結局、一夜漬けに近い感じで毎回、考査前は寝不足で死に掛けているしなあ。アルク。君はどうして教練後に座学の復習が出来るんだい? 俺は文字を見ているだけで眠くなるから無理だよ」



「右に同じ」



 七三分けの青年アルクに対してランディと金髪のアッシュは顔を顰めた。すかさず、鋭い緑色の目でアルクは二人を睨み付け、追撃を仕掛ける。



「お前達が呑気に言ったさっきの言葉をそのまま返してやる。知識の深淵に待つ好奇心。そして、今まで理解出来なかった謎を解き明かした時。また世界の何かを一つ知り、一体感を覚える。それが尽きぬ原動力となるんだ」



「如何にも知識人が言いそうな言葉ですね……ふあああ—— 感動して思わず涙が」



「アルクに失礼だよ? アッシュ。ふあああ—— 彼の言葉は本当に為になる」



「同様に欠伸を堪え切れていない君から言われたくは無いですね」



「失敬な。今のは—— あれだよ。あれ。つい感嘆の声が口から洩れでただけだ」



 折角の金言も馬の耳に念仏、暖簾に腕押し、猫に小判、豚に真珠。そもそも考えるよりも行動が先の二人に教え解くのが間違いであったと言わざるを得ない。



「……此奴らには何を言っても無駄だったな。そもそもの話、学ばない俺が一番悪かった。だが、此度で学びを得た以上、俺も選択肢が増えた。つまり、お前達を見捨てると言う選択肢がな。次の考査はお前達だけで如何にかしろ。俺はもう知らん」



 冷ややかな低い声で最後通牒を二人に突き付けるアルク。その最後通牒を耳にした二人は俄かに慌てだす。何故なら二人の座学はアルクにかかっている。手を貸して貰えねば、落第は免れない。切羽詰まった状況で二人は醜い足の引っ張り合いを始める。



「っ! アルク、ごめんって。悪かった俺は君を馬鹿にしていないよ。悪いのは全部、アッシュだ。頼むから俺だけは助けてくれ。君だけが頼りなんだよう」



「見苦しい命乞いですね、ランディ。補足しますが、私は最初からアルクを馬鹿にしている訳ではありませんよ? 私が備えた性質と学びが乖離しているのです。言ってしまえば、勉学と縁遠いが故の悲しいすれ違いに過ぎません。だからこそ、私と学びの接点を維持しようとしてくれているアルク。君には感謝してもしきれない。それに比べてランディときたら……努力の出来る立場にも関わらず、目を背けて怠惰に過ごしている。つまり何方が悪いかと言えば、それは明白でしょう?」



 直球で罪を擦り付けるランディと一方で妥当性が乏しい持論を展開するアッシュ。何方の言い分も聞くに堪えないのだが、類を見ないアッシュの持論は何故か聞く者に納得感を与える。独特な世界観で圧倒しようするアッシュにランディは必死で抵抗する。



「毎度、毎度の事だけど。君の理論は本当にトンデモナイね……何にも考えないで聞いていたら真に受けてしまう。でも騙されないぞ? 勿論、博識なアルクだってこんな見苦しい保身になんか靡かない。だよね? アルク」



 考える頭脳があれば、この醜い争いは最初から無かった。こびへつらうランディと堂々と胸を張るアッシュ。地獄のような光景にアルクは呆れ返る。



「お前達には……矜持と言うものが無いのか? 情けない」



 掠れた声で呟くアルクに二人は揃って首を横に振った。



「そんなもんあっても何の役に立たない。もし考査が通るなら持つさ」



「右に同じ」



「バカらしい……何故、俺が此奴らの相手をせねばならんのだ」



「戦友だからさ。俺達は一心同体」



「嫌よ、嫌よも好きの内」



 気が付けば、先程まで足を引っ張り合っていた二人が結託していた。


 手のひら返しが忙しないにも程がある。



「……」



 巻き込まれる立場からすれば、堪ったものではない。悲しい不遇な巡り合わせだ。もし、過去の自分に戻れるならアルクはきっとこの二人と組まされる事を拒んだだろう。何方にせよ、既に賽は投げられた。アルクに出来るのは精々、匙を投げるくらいが関の山。


 二人の馬鹿さ加減に身を委ねるしかない。疲労による立ち眩みでアルクが目頭を揉み解す傍らでランディとアッシュはこれからの予定を話し合い始める。


「何にせよだ。俺達は様々な苦難を乗り越え、やっと自由な時間を手に入れた。そして城下町に繰り出している。今日は、全てを忘れて怠惰に過ごす日だ。存分に飲み明かし、語らい合おうじゃないか。とっても楽しいぞ。さて、何処に行こうか?」

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