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第貮章 猫の日 13P

 天上天下唯我独尊。物語の始まりから我が道を行く猫。己の命を惜しげも無く浪費する理由は頭に過った好奇心。例え、意味が有ろうと無かろうと命をあっさりと手放す剛毅な姿勢。それらが何故か、自分と重なってランディの胸をちくりと刺す。



「でも猫は懲りません」



 猫の暴走は止まらない。



「次に生まれたのはとある王様のお城。一声鳴いて強請れば、豪華なご飯が運ばれて。お城の中も自由に行き来が出来る。誰も彼も彼を丁寧に扱い、特に王様は猫の事を頗る可愛がっておりました。でもある日、猫はお城の池に泳ぐ魚に興味が湧いてちょっかいをかけていたらその池に落ちてしまい、溺れて死んでしまいました」



 生と死の境界が曖昧で。与えられた命はまるで泡沫の夢の様。



「又もや死んでしまった猫。その死を悲しんだ王様は立派なお墓を城の庭に作りました」



 静寂で満たされた礼拝堂の中で響くのはユンヌの声だけ。



「懲りない猫が次に生まれ変わったのは猟師の家。そのお家も不自由の無い生活を送る事が出来、しかもとれたての新鮮なお肉をお腹いっぱい食べる事が出来ました。でも猫は満足して居ませんでした。ある時、家の近くにある暗い森に興味を惹かれてふらりとさまよい入ってしまいます。すると森に棲んでいた狼に襲われて食べられてしまいました」



 話疲れで声が掠れたユンヌは少量の水を飲んで喉を潤す。


 幾分か喉の調子を取り戻したユンヌは読み聞かせを続ける。



「猫が狼に食べられた事を知った猟師は猫の死を悲しみ、怒り……猫を食べた狼に仇討ちをして猫の墓に狼を供えました」



 それからも環境や状況が幾ら変わっても猫は呆気なく亡くなってしまう。



「それでも懲りず、満足もしない猫」


 捲られて行く頁と同調し、絶えず消費される安い命。


 其処までして求めるものが果たしてこの世にあるのだろうか。



「何度も死んでは生き返った猫。その猫が百一回目に生まれたのは只の野良猫でした。今までとはうって変わり、ご飯も貰えず、温かいお家もありません」



 そんな猫が辿り着いた終着点。答え合わせがやっと始まるのだ。



「でもね。その代わりに猫には今まで無かったものが与えられています」



 最後は恵まれた環境ではなかった。だが、代償を払っただけのものは与えられている。



「それは自由で在る事。自分で考えて自分で生きる。何でも選べられる」



 抽象的で不安定。


 明日を生きるのにも苦労する。


 漠然と広がる世界に身一つで挑まねばならない。


 自由とはそう言う事だ。



「勿論、ご飯も温かいお家も大切よ? でもそれらを捨ててでも猫はそれが欲しかったみたい。それで猫は色んな所を自分の足で歩き見聞きしました。これまで学んだから危ない事はせず。そして自分が大好きな猫は道行く先で出会った猫にその事を自慢しました。自分は百回生きた猫であると」



 何事にも経験がものを言う。


 既に備わっていた知識を生かし、猫は上手に野良猫の生を泳ぐ。



「するとそんな猫に惹かれて沢山の女の子が集まります。ちやほやされた猫は嬉しくて仕方が無い。でもそんなある日、猫は見つけました」



 そんな世渡り上手な猫にも唯一、出来ない事があった。


 それは。



「どれだけ自慢をしても靡かない女の子に出会ったのです。その女の子を珍しがった猫は、振り向かせようと猫はちょっかいを掛け始めました。取って来たご飯を上げても素っ気ない。毛並みを整えて上げても礼の一つだけ。でもめげず、好意をぶつけた猫」



 たった一人。いや、たった一匹を振り向かせられない。


 それが悔しくて。


 それが愛おしくて。


 己の辞書にまだ書き記されていない新たな世界。


 猫は、全力で目の前の難題に挑む。


「そんな猫に段々と興味を持った女の子は少しずつ、猫に心を許して行きます。そして月日が流れて二匹の猫は結ばれました」



 そのひた向きな努力は報われ、一つの結果として世界に示される。



「それから二匹の猫の間に子供が生まれると猫は奥さんと子猫へ一心に愛情を注ぎ続けました。きちんとお父さんとしての役名を全うし、子猫たちが立派な猫になるまで育て上げ、子猫たちも全員無事、独り立ちをしました」



 初めて自分で選んだ選択。


 払った代償は数え切れない。


 だが、猫に後悔は一つもなかった。


 後悔があれば、きっと投げ出していただろう。


 瞳を輝かせ、毎日を懸命に。


 大切に生きたのだ。



「子供達の旅立ちを見届けた後も。猫は奥さんからちっとも離れず、仲睦まじい生活を送りました。でもそんな日々は長く続きません。少しずつ年老いて行く奥さん。段々と食事も喉に通らなくなり……ある日、静かに奥さんは亡くなりました」



 無論、そんな幸せが何時までも続く筈が無い。


 どんな物語にも必ず終わりは訪れる。


 永久の別れとは。


 その意味を猫は身をもって思い知る事となる。



「その時、猫は初めて知りました。悲しいと言う気持ちを。それから奥さんの隣で猫は悲しみに暮れ、延々と泣き続けました。それから猫が丁度、百回泣いた朝。百回生きた猫も静かに息を引き取りました。そして今度こそ、猫は生き返る事はありませんでした」



 求め、辿り着いた帰結。


 それはとても悲しく。


 苦しい答え。



「……」



「……」



 誰からも教えを請わず、自由に生きた猫が最愛の者から最後に与えられた宝物。


 愛し、愛される。


 当たり前の様で当たり前ではないこの世で一つしかない巡り合わせを。


 長い時間を掛けて猫はやっと手にする事が出来た。


 その答えに満足した猫は生きる事を止めたのだ。



「お話はこれでおしまい……とっても悲しいお話だったよね? でもね、この猫は最後に最高の幸せを見つけられたの。この猫は自分で選んだ大切なひとを見つけられて。そのヒトと一緒に小さな幸せをいっぱい見つけられた。後悔なんて何一つ無かったから最後に一緒に居たいヒトと添い遂げたの。何不自由無い生活に無かった自分だけの大切なものを手に入れられたから……次に生まれ変わる必要も無くなったの」



 鼻を啜る音が至る所から聞こえて来る堂内でやんわりと微笑みながらユンヌは己の私見を述べる。この物語は悲しいだけが全てではないと。この上ない答えを導き出したから猫は次の生を選ばなかった。何処までも共に行きたいと願う相手と添い遂げる為に。


 終焉。いや、新たな旅路に出たと言うのが正解だろう。



「まだ—— 分からないかもしれないけど……これだけは皆、覚えておいてね。きっと皆も猫の気持ちが分かる日が来るよ。自分よりも大切な何かを見つけて頑張ろうと思う日が。これ以上に無い最高の幸せな生活だと思える日が。心の底から別れが悲しいと思えるヒトと最後を共にしたい日が—— きっと来る」


 時には、他者から与えられ。


 時には、自分から探し求め。


 時には、与える側にもなる。


 全てが揃って初めて意味を成す。



「駄目だね……ユンヌちゃん。もう、そんな誤魔化しは通用しない。俺、すんごい泣いてるもん。かなりキテる。まさか、こんな話を聞かされるとは思ってなかったよ」



 どれだけ綺麗な言葉で必ず訪れる終わりを飾っても子供に理解させるには無理がある。どれだけ生きたとしても答えを導き出せるのは、猫と同じで最後の息を吐き出した時だけなのだから。今、この瞬間に記憶として子供達に植え付けられるのは悲しみだけ。


 ましてや、例外の中でも特異な例外が此処には居るのだ。童話の教訓を濾材無しで素直に受け止めてしまう底抜けの馬鹿が此処に居る。恥も外聞も無く、涙と鼻水を垂れ流し、子供達の悲しみを悪戯に助長させるランディの隣でフルールは額に手を立てた。

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