親子の絆
あれから幾年の時が経った。
あの時拾った赤子は大きくなり今では身長は私より高い。
「ナナ、また人の街を見ているのか。行ってみたいのか?」
あの時赤子だったのに今では遠くを見ている大人になった。
子供が育つのは早いと言うのは事実だったようだ。
「お母さん。うん、行ってみたいんだと想う」
そうか、と心の中でつぶやく。
なんとなくだがそんなような予感はしていた。
「ナナは確かに私の血や乳を飲んで育ち成長したが、少し周りより長生きと言うだけで。人に混じることはできるぞ」
「ううん、良いの。私にはお母さんがいるし」
ナナは笑顔で私にそう言う、それを私は知っていた。
この問いも一度や二度のモノではないから。
しかしなんだろうな、私はナナに何千の時を生きていてそれでも死なないことを伝えた。
これからも長生きするかと想ったんだが、もう長くないのを感じている。数年前から感じているこの寿命の終わりはもうそろそろ来てしまうだろう。
神とはとことん皮肉なモノで独りでいた私を生き地獄にしていたくせに、いざナナを拾って喜びを知ったらこの状況だ。
「ねぇお母さん。私は捨てられた子供で、お母さんが拾ってくれなかったら死んでいたんだよね」
「そうだな」
唐突に聞いてきたその答えをナナは知っていたはずだ、そのことは何年も前に話していたのだから。
「私、想うのお母さんの昔話は凄く悲しいモノだって。だけどね、私がそれを埋められるくらい愛してるお母さんが大好きだよ」
「どうしたのだいきなり」
らしくない事を言っているナナに疑問を持った私は少し焦っていた。
もしかしたら……と。
「私、見ちゃったの傷ついたお母さんの身体、小さい頃はすぐに治ったのに最近のは何日経っても治ってないでしょ」
嫌な予感は的中していた。
だが私は首を横に振った、今まで嘘なんて付いたことのない私が初めて嘘を言ったナナに。
「違うなお前が大人になったんで死ねる方法を探しているだけだ」
その言葉を後悔しそうになった。
あまりにもナナが悲しみに満ちた顔をするから。
「お母さん……お願い、もう少し、まだ死なないで。お願いまだ甘えさせて」
ナナが泣きながら私に抱き付いた。
私は本当の事を言いたくなった。
もっと一緒にいたいことを、もっと愛していたいことを、もっと母と娘として接していたいことを。
「二日だ、全くお前は甘えん坊な癖が抜けないな」
「うん、だってお母さんといると安心するの、独りじゃないって想えるから」
あぁ私はこの子に私と同じ感情を押し付けてしまうのだな、独りになる悲しさを……。
人の常識も知恵も教えて来た、できれば早く仲の良くなれる人物と会えることを……それだけは邪魔をしないでくれよ神。
「おいおい、少しは離れる気はないのか?」
ナナはこの二日間私の側をずっと離れようとしない。
座ってる時は膝枕をしてと頼んで来て、食事の時はピッタリと密着して、寝るときは抱きしめてきて、歩いてる時は手を繋いで、とりあえず一メートルたりとも離れようとしなかった。
「いや、少しでも長くお母さんと一緒に居たいの。少しでも……少し、で……も」
そう涙声になりながらそれでも笑顔で言う。
その声が言葉が私の心を乱していく。
私だってもっと一緒に居たかった。だけどそれを世界は許さない。
長く生きた罰なのか、人を殺してしまった罰なのか、そんな罪にまみれた私が幸せを得てしまったのが罰なのか解らない。
けどもう長くはない、私はいつ死んでしまってもおかしくはないくらいだ。
想いを伝えたい、この心が耐えられないくらい大切な想いを私の世界に彩りをくれた、大切な……大切なナナに伝えたい。
けど許されるはずない、私は……罪だらけなんだから。
「お母さんは悪くないよ、だって私のお母さんはこんなにも優しいのに。神様はなんで今を選んだの?なんで大好きなお母さんを私から奪うの?私に嘘なんかついたことのないお母さんに嘘をつかせるようなこんな今を……」
涙を流してナナは叫ぶように言う。
あぁ嘘だってナナは理解していたんだな、そうか私のあらゆる知識を教えたのだから、そういう事実を導きだせてもおかしくはないのか。
「悪かったな、ナナ……嘘をついてしまって。悪いことだけはしないようと私は強く教えていたのにな」
「良いの私気にしてないから。だってお母さんのは優しい嘘だったから」
本当になんで神ってやつは皮肉な奴なんだ、もっと一緒に居たいと想ったのに生きていたいって想えたのにな。
あぁ、そうかお前は生きる希望を持っているちゃんとした生き物を死ねるものとするのだな。
「ナナ私はお前に出会えて良かったいつまでも甘えん坊でだけどそんなところがかわいく私の大切な大切な娘。強く生きるんだよ」
私はナナを強く抱きしめてそしてその後頬にキスをした。
「満足だナナと出会えて、もっと生きていたい、もっと一緒にいたい。もっと……も、っと…」
私は力の入らなくなった両手で最後までナナを抱きしめた。
「お母さん、おか……いかな、いで。私を……独りに……しないで」
どうしたナナ、また何かあったのか?おもちゃが壊れたのか?転んでしまったのか?私が遠くに行ってしまったかと想ったのか?
私はここに居るぞ、お前の側に心の中で生きている。
身体がなくなっても、ずっと一緒だ。
だから笑っておくれ、私の大切な大切な……愛娘。
私の意識は急速に遠退いていて、どうしてナナが泣いているのかよく解らない。
だけど、聞かねばならないこと……それだけは頭にずっと残っている。
「ナナ……人としての生き方は?」
「覚えてる」
「お前の身体のことも話してはダメだぞ」
「わかってる」
「ナナ……私と一緒にいて楽しかったか?」
「うん!!」
ナナの返事と共に薄れてた感覚に温かさが伝わってくる。
腰の辺りを一周するように、なにかが触れている。
「ナナ……は甘えん坊だなぁ。また抱きついて……」
「うん、うん」
「なぁ、ナナ……私は、ちゃんとナナのお母さんをできていたか?」
「できてたよ、私……ずっと幸せだった。お母さんと一緒にいて本当に幸せだった」
顔に温かい雫が落ちている。
「泣くな、ナナ。私は幾千の時を生きてきたが、死にたくないと想い死ぬとは一度も想ったことがなかった。ありがとう……ナナ。私のところに来てくれて」
満足した私は身体に力が入らなくなり視界が暗転した。
けど、最後まで聞こえていたナナの鳴き声が最後まで頭の中に響いていた。
最後に見えた涙を流しながらそれでも頑張って笑顔でいたナナの姿は幻想なのか、それとも皮肉屋な神が見せた最後の光景なのか。
ありがとう、ナナ……私は幸せだったぞ。