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十年先も、また君と  作者: 深/深木
十年先も、また君と
9/28

白銀の花畑

 あれから祭りを楽しんだ俺達は、家人の用意したご馳走を祭りの感想を言い合いながら食べた。食事中は会話しないのがマナーだが、たまにはこんな日もいいだろう。

 そして、今。俺達は家の裏にある森林の中を歩いている。昼間からいい天気だったおかげか、灯りが必要無いほどに月明かりが辺りを照らしていた。

 この様子ならあの花畑はきっと素晴らしい状態だろうと、安堵する。これで月が出ていない、なんてことがあったらキオを無理やりズィルバーまで連れて来た意味が無くなってしまうところだった。


「シン、まだ着かないのか?」

「もう少しで着く」

「この先に何があるんだ?」

「もうすぐ自分の目で確認できる」

「そうか」


 先ほどから我慢しきれずにキオが行先を尋ねるが、俺はそれを適当にはぐらかす。折角なので、突然あの風景を見せて驚かせたい。キオも俺が秘密にしたがっているのが分かっているので、おざなりな返事に文句を言うどころか、顔を綻ばせている。

 時折、ちゃんとついてきていることを確認しながら、先導するように獣道を進む。

普段使われないこの道だが、目を凝らすと比較的新しい足跡が見える。きっと、父上と母上のものだろう。厳しく厳格な父上だが、母上の事をとても大切にしているから今年もこの場所に二人で来たのだろう。

 そんな事を考えながら歩いていると、地面にきらきらしたものが混ざり始めた。もしやと思い、落としていた視線を上げれば目印の大きな木が見える。どうやら目的地についたようだ。


「キオ、着いたぞ」

「…………着いたって、何もないぞ?」

「此処にはな。こっちだ」


 立ち止まった場所は、キオの言う通り一見何も無い。森林の中では、目印の大樹は少々分りにくい。俺は何も伝えずにキオを目印である二本の大樹の前に引っ張る。すると、ようやく大樹達の存在に気が付いたキオが目を見開いた。そして、一本の大樹に近づくとしゃがみ込んで、しげしげと観察し始めた。


「……随分と古い魔法がかけられているな。一体、何の魔法だ? 【幻影】や【幻覚】に近い物を感じるが、微妙に違う」


 キオは大樹の根元に刻まれた魔法をなぞりながら考え込み始めた。魔法研究が趣味なキオは見たことのない魔法に目が無い。新しい魔法を見ると、どんどん自分の世界に入っていってしまうのだ。いつもなら気が済むまで放っておくのだが、今回の目的は別にあるので、現実の世界に引き戻すべく声をかける。


「【眩惑】の魔法だ。【幻影】や【幻覚】の元になったといわれる元始魔法の一つ。といっても目を眩ませて、見難くするくらいの効果だが」

「元始魔法! しかも、いまだに発動しているものなんて初めて見たぞ。ツォベラの先生方に見せたら、大喜びするんじゃないか?」

「だろうな。といっても、研究が終わるまで俺の家に居座られても困るからな。この魔法の事は内緒にしておけよ? それよりも早く行くぞ。このままだと目的のものを見る前に心配した迎えが来てしまうからな」

「シンが見せたかったのは、この大樹じゃないのか?」


 キオは俺の言葉に不思議そうに首を傾げた。

 確かに二本の大樹は、大人が五人並ぶよりも大きい幹をしていて見上げても木の天辺が見えない位には大きい。どっしりと地面に根を張る、雄大な姿は見る者を圧倒する。さらに、かけられている魔法はツォベラの関係者なら狂喜乱舞しても可笑しくない代物だ。

 しかし、俺が見せたいのはこんなものでは無い。


「違う。この大樹はただの入り口だ」

「入口? この先に何かあるのか?」

「ああ。秘密の場所がな。それを【眩惑】の魔法で隠している。もうお前にも見えるだろう?」


 大樹の間を指差しながら問う。素直に俺の指した方向を見たキオは目を丸くし、驚きの声をあげた。


「見えるだろ?」

「なっ!? さっきまで木々以外何も無かったのに、急に階段が現れたぞ!? 魔法が解除された訳でも無いのに何故、急に――――」

「それが【眩惑】の効果だ。ただ見難くするだけだから、魔法の存在に気が付けば効力を失う。ちなみに俺はもともと知っていたから、階段も初めから見えていたぞ」

「…………面白い魔法だな。とても興味深い。気が付くと隠されたものが見えるのか。後でこの魔法を写していいか? 勿論、先生方には内緒にする」


 そういいながら再びしゃがみ込もうとする、キオを制す。いつまでも入り口で時間を喰う訳にはいかない。


「俺の部屋に行けば写しがあるからそれをやる。それよりも、早く行くぞ。――――――あぁ、そうだ。キオ、お前折角だから、目を瞑れ。俺が手を引いて行ってやる」

「目を瞑って階段を上るのか?」

「いいから。俺を信じろ」


 不安そうなキオにそう言って手を差し出せば、戸惑いつつも俺の手を握りしめ目を閉じた。キオがしっかり目を閉じているのを確認して、俺は安心出来るように手をしっかりと握り返して歩き出す。恐る恐るついてくるキオに、何度も声をかけながらゆっくりと階段を上っていく。


「あと十段くらい上ったら終わりだ。此処に俺も始めてきた時、今のキオみたいに目を瞑ったまま母上に手を引かれていったんだ」

「シンも?」

「ああ。――――十年も前の話だ」

「十年前?」

「そうだ。――――着いたぞ。もう、目を開けていい」


 話しているうちに頂上に着いたので、立ち止まって声をかける。俺の声に反応してゆっくりと目を開いたキオが、目の前に在る景色に息を飲む音が聞こえた。


「――――――すごい」


 恍惚とも感嘆とも取れるその言葉は、幼き日、あの図書室で聞いた言葉とまったく同じだった。






 視界を埋め尽くすシュネーの花畑が、煌々と辺りを照らす銀の月明かりを反射して、一面を白銀に染める。立ち昇る花粉で漂う空気さえ銀色にきらめいていた。さらに漆黒の夜空には銀に輝く星々が力強く瞬いている。

 一握りの黒と多くの銀で埋め尽くされたその世界は、荘厳で清浄で幻想的だった。



 この幻想的な花畑は、ズィルバー家にとって特別な場所である。敷地内にある小さな山上にあり、本来ならばズィルバー家の血を引く者と、その伴侶や婚約者しか連れてきてはいけない、神聖な場所。そのため、キオを此処に連れてきたいといった時、母上や代々仕えてくれている家人達に猛反対された。

 刻限の迫った今年、俺は一つでも多くの幸せと、喜びの記憶をキオに刻んで欲しかった。そう考えた時に真っ先に思い浮かんだのが、今年十年ぶりに現れる【白銀の花畑】だった。俺が十年前に心奪われた、この美しい景色。次や他など無い、この荘厳で清浄で幻想的な景色で無いと駄目なのだ。

 幾ら周りが言い聞かせても引き下がらない俺に、父上は一言「好きにしなさい」と言ってくれた。そして、この旅行へも力を貸してくれたのだ。

 散々我儘を言って、無理をした自覚はある。多くの人に無茶を強いて、迷惑をかけた。それでも、こうやって目をキラキラさせて景色に魅入るキオを見れば後悔など無い。連れてきてよかったと、心の底からそう思う。


「此処はな、初代ズィルバー侯爵が妻の為につくった最初の花畑だ。【白銀の花】で贈られたシュネーの花の種から出来ている」

「【白銀の花】の…………」

「そういえば【白銀の花】だと、侯爵の片思いみたいに描かれているが、実はお互いに初めて会った時に一目惚れだったそうだ」

「そうなのか!?」

「ああ。物語も家に伝わるものは少し違う。ズィルバー侯爵が、彼女の為にどんどん名をあげていくのを不安に感じた伯爵家が、奪われる前にと早期の結婚を迫ったんだ。でも一目惚れした彼が、自分と結婚するために頑張っているのを知っていた少女は、魔法適性を持っていることを逆手にとってツォベラの高等部に逃げ込んだらしい。ツォベラの学長は彼女を快く受け入れてくれたそうだ。そして三年間、ツォベラから一歩も出る事なく過ごした。彼女が卒業する頃には次に功績をたてれば侯爵位は間違い無し、と言われていた青年を少女の両親や他の貴族達も認め始めていて、そのお蔭もあって様々な協力者を得た彼女は無事、伯爵家と婚約破棄出来たらしい。努力し続けた侯爵と、彼を信じて待ち続けた侯爵夫人は互いに深く愛し合っていたそうだ」

「素敵な話だな」


 白銀の花畑に目を輝かせていたキオは、俺の話を聞いてさらに目をキラキラさせる。


「だから、侯爵夫人はプロポーズの時に貰った花を種だけになっても大切にしていたらしく、花畑の話が出た時にその種を真っ先に侯爵に渡したそうだ」


「それで、この花畑が出来たのか」

「最初は、二、三本だったみたいだ。代々、守り広げ続けて、何百何千年という時間が過ぎてこの景色が出来上がったらしい。この花畑は十年に一度しか咲かない。だからズィルバー家の者は、この【白銀の花畑】が咲く年に合わせてプロポーズや結婚式を挙げる。シュネーの一番の見頃は夏でな。その所為かこの時期に婚約祝いや結婚式、出産と祝い事が代々多い。あまりにもこの時期に祝い事が続くものだから、『もう、何も無くても毎年祝えばいい!』と言い出した当主がいて、それが【シュネー祭】の起源だと言われている」

「…………何というか、流石【白銀の花】の一族といった感じだな」

「恋人や伴侶と大切な家族達と『十年先も、また君と此処に』と言って、未来を誓うんだ。愛を語らうのに、相応しい場所だろう? 俺も十年前に、両親に初めて連れてこられた時はとても感動した」

「そう、だな。これだけ美しく幻想的な場所で、未来を誓い合う時間はとても神聖で幸せな時間だろう。一生の記憶に残る」

「この景色は、お前の記憶にも残るか?」


 羨ましそうにいったキオに、俺は無意識にそう呟いていた。


「シン?」

「お前は、いま、幸せか? キオ」


 キオが不思議そうに俺を見ていたが、言葉は止まらなかった。昨日、キオの言葉を聞いてからずっと胸に巣食うこの気持ち。それが、普段なら歯止めをかける理性に蓋をした。


「……昨日、お前は俺に感謝している、出会えてよかったと言ってくれただろ? 俺は、あの言葉が嬉しかったし、救われた。俺の方こそお前と出会えたことを感謝している」


 そう。俺は昨日の言葉で救われた。でも、キオは? 【シュネー祭】や【白銀の花畑】は、少しくらいは慰めになっただろうか?


「幸せだった。お前と過ごした時間が。図書館で魔法を練習したことも、ツォベラで過ごした日々も、【シュネー祭】も、十年に一度のこの光景も、キオとみられて良かった。キオと過ごした時間は、楽しかったし、幸せだった――――何より、キオの隣にいる俺は、俺らしく在れた」


 そこまでいって、言葉を区切る。キオは静かに俺の言葉を聞いてくれる。


「キオは俺にとって唯一の親友であり、兄弟のように思っている。そう、思えるくらい側に居て、長い時間を過ごしてきた」


 四年。共に過ごした日々は、長いようで短かった。その間でキオは王子様から友人へ、友人から親友に、親友から兄弟へと変わっていった。そして気が付いたら、キオは俺の半身になっていた。本当に自然と。隣に在るのが当たり前の存在に。


「シン。そんなの、当たり前だろう? 俺だって、シンのことは兄弟であり、親友だと思っている」


 当然のことのようにそう答えたキオは、俺の手を取る。繋がった手から体温がじんわりと伝わってくる。その優しいぬくもりに泣きたくなった。しかしその衝動を、ぐっとこらえる。顔は、上げられなかった。


「想像できないんだ。お前が俺の隣にいないことが。お前を失うことが。お前のいない未来が、俺は、恐ろしい」


 キオが此処にいることを確認するように、繋いだ手を強く握る。掌に確かに感じる、生きているものの、あたたかさ。このぬくもりを、感じられなくなる日など想像したくも無い。


「運命を受け入れ、死を覚悟しているお前に、こんなことを言っても仕方がないことは分かっている。困らせるだけだということも。でも、俺は、お前を失うことが、怖くて仕方がない。――――――だから、お前と楽しい思い出を沢山作りたかったんだ、キオ」


 この恐怖を感じないくらいの、幸せな思い出が欲しかった。そうすれば、きっと笑って最後の時を見送ってやれる気がするから。


「だから、この【白銀の花畑】を一生覚えていて欲しいんだ。この花畑だけじゃない。祭りの思い出や、ツォベラで過ごした日々を。キオが俺といて少しでも楽しい、嬉しいと感じた時間を。お前が思い返す思い出全てが、幸せなものであって欲しいと、ずっと、そう思っている。むしろ、そうであってくれないと、俺はお前を笑顔で見送ってやれない。――――――だって、俺は、キオを失うことが、こんなにも悲しくて、辛い」



 俺を置いていかないで。


 そう何度思った事だろうか。キオが笑う度に、寂しそうな表情を見せる度に、全てを受け入れ諦めた表情をする度に、ずっと思っていた。この笑顔を失いたくないと、俺も寂しいと、諦めずに生きて欲しいと、ずっと、何度もそう思っていた。

 でも、この想いがキオをどれだけ困らせるかも分っていた。キオは、強くて、優しいから。全ての運命を受け入れてもなお、前を向いて笑える奴だから。こんな俺の弱さでキオを困らせてはいけない。優しい彼は、俺にこんな思いをさせた自身を気にしてしまう。俺の側に居たことを後悔してしまう。それだけは、嫌だから。

 顔を上げて、笑って、気にしなくていいと伝えなければ。困らせてごめん、忘れてくれとそう言わなくてはいけない。でも、キオの顔を見るのが怖い。こんなことを言う俺に幻滅しただろうか? 面倒な奴だと思っただろうか? そんなことは無いと分っていても、したらないことを考えてしまう俺は、中々顔を上げることが出来なかった。




 短かったのか、長かったのかは分からない時間葛藤して、ようやく覚悟を決めて顔を上げようとした瞬間。手を強く握られた。


「そんな、事を、言わないでくれ」


 そういったキオの声があまりにも弱弱しくて。先ほどまでの葛藤はなんだったとかというほど、あっけなく俺は顔を上げた。しかし、てっきり呆れた顔や困惑した表情を浮かべていると思っていたキオは、先 ほどの俺と同様に俯いていて、その顔は見えない。しかし、しっかり握られた手から、キオが震えているのが伝わってくる。


「シンにそんなことを言われたら、我慢できなくなってしまう」


 俺にそう告げながら顔を上げたキオの頬は涙に濡れていた。


「折角、強がって、平気な振りを、していたのに」


 そういったキオは顔を歪めて、叫んだ。


「死にたくない! 生きていたい! 『運命を受け入れ、死を覚悟している』? そんな訳無いだろう!なんで、俺はたった二十年しか生きられない? 過ちを犯した王族の血を引いているから? そんな数千年前の祖先の罪など知るか! 何故、それを俺が償わなければならない!」


 その叫びは、俺が始めて聞くキオの恐怖の声だった。


「死ぬのが怖い! 何度、俺が昇る朝日を呪ったと思っている! 夜が来て眠り、起きれば新しい日が始まる。それだけのことがどれだけ恐ろしいか分かるか? 新しい日が! 新しい月が! 新しい年が! 俺を死に近づける! あと何日生きられるか、毎日指折り数えて怯える俺に、死への覚悟などある訳ない!」


 その言葉全てが、痛くて、悲しい。キオは、この想いをいつから一人で抱えていたというのだろうか。そう考えると、胸が苦しくて仕方がなかった。


「全部お前の所為だ、シン! 昔は、こんな事思わなかった! それが当然だと思っていたからな! でも、お前と出会って、世界を知った! 自由を得た! 自分らしく生きた! その時間が、あまりも楽しくて、幸せで、終わらせたくないと願ってしまった!!」


 悲痛な声で泣き叫ぶキオにどうしてやることも出来ず、ただその手を握る。


「死にたくない! 生きていたい! このままツォベラで学び続けたい! 級友と馬鹿な事を言って、騒いで、遊んで! 他の者達が過ごす日々を、俺ももっと過ごしたい! シンと一緒に!」


 キオはそこまで叫ぶと力尽きたように地面に膝をついた。そして、俺の手を両手で握りしめ、震える声で祈るように囁く。


「十年後もまた来たいと! その言葉を、俺がどれだけ、言いたかったと…………」


 段々と小さくなっていくキオの心からの声を聞き洩らさない様に、俺も膝をつく。


「生きて、いたいんだ。お前の側で、この先もずっと…………」


 「死にたくない」その言葉が聞こえた後、声を押し殺して泣き始めた。そんなキオをそっと抱きしめれば、震える腕が背に回される。握られた手のぬくもりに俺が安心したように、これがキオのせめてもの慰めになればいいと思った。

 夜空を見上げると、こんな時なのに星空が驚くほど綺麗に見える。キオがこんなにも泣いているというのに、俺の心は不思議と凪いでいた。というよりも、覚悟が決まったというのが正しいのかもしれない。

 ずっと、どうしてやればいいのか、何をしたらいいのか分からなかったが、今、その答えが出た。

 



 神の怒りを解き、王族の呪いを解く。


 きっと、無謀だと、不可能だと多くの人は俺を嗤うだろう。

 この何千年という時の間に、幾多の人間が挑戦し、敗れてきた。

 当事者である王族達さえも諦めた行為。

 キオと、何よりも俺自身の為に。

 十年後も、また此処で君と逢う為に。



 俺は、神に挑む。


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