魔法学園
カーン、カーン、カーンと軽やかな鐘の音が響く。授業が終わった合図だ。午前の授業の終わりを告げる三度の鐘の音は、普段であれば成長期の体にエネルギーを充電できる喜ばしき合図なのだが、今の俺には刻限を告げる残念な音でしか無かった。
「…………今日も収穫は無し、か」
ため息を吐きながら、俺は手元にあった呪いや黒神モーントに関する本を手早く片づけていく。間違っても誰かに見られる訳にはいかない。一学年の人数が少ないツォベラではクラス学年関係無く、そのほとんどが友人か知り合いである。そんな中で、俺とキオの関係と仲の良さは有名だ。だから俺が呪いやモーント神について調べているなど誰かに知られたら、何処を経由してキオの耳に入るか分からない。その為、このことは誰にも秘密で行わなければならないのだ。
【白銀の花畑】にキオを連れて行ったあの日から、既に一か月。
思わぬ形でお互いの本音を知ることになったあの夜。互いに秘めていた胸の内を知ったことで、今までのような関係ではいられないのではないかと怯えていたのだが、意外なことに俺とキオの関係にあまり変化はなかった。
時折、キオが眠れないと言うようになったくらいだ。そんな時は眠くなるまで二人で話したり、勉強して過ごしている。以前は、ベッドで寝たふりをしながら一人でやり過ごしていたらしいから、そこは良かったと思っている。
それから、ほんの少しだけ一緒にいる時間が増えた。俺達は寮が同室なので、日中は互いに専攻する科の友人達と過ごすことが多かった。それが今日のように週に二、三度一緒に昼をとる日が出来た。どちらともなく言い出したことで、お互いツォベラで共に過ごす時間を名残惜しんでいるからだろう。
キオも同じ気持ちでいてくれたことを嬉しく思う。しかしその結果、キオに知られることなく呪いを解く方法を探すのはとても難易度の高いものになった気がする。それに、俺はなんとしても呪いを解くと決意した訳だが、実際の所これがかなり難航している。
知識に対して貪欲な魔法使いの性質か、ツォベラの図書館には国内外問わずに多種多様な本が集められている。その蔵書量は王城の図書塔も遥かに凌ぐ。助かることに、それらの蔵書は全て生徒も閲覧できるようになっていた。
ズィルバーから帰ってきた後、俺はこの図書館に暇さえあれば通い詰めていた。が、まったくと言っていいほど成果が上がらなかった。
一応学生という身分上、授業はあるし試験や課題もある。そんな中キオに見つからないように調べていくのは中々骨の折れる作業だ。そもそもまず、この膨大な数の本の中から呪いや黒神モーントに関連する本を探し出すのに二週間近くかかったのだ。そして今は見つけた本達を読み漁っていた訳だが、手掛かりが無い。歴史や呪われた経緯についての詳細はあるのだが、呪いを解く方法やモーント神の怒りを鎮める方法などは記述がまったくと言っていいほど無かった。
その事実に、心をジリジリと焼かれるような焦燥と、激しい苛立ちを感じる。「なんでこんなに無いんだ!」と何度叫びそうになったことか。まぁ、誰が何処で聞いているかもわからないし、学園でそんなことをしてしまえば必然的にキオの耳にも入ってしまう可能性もあるので、日々頑張って堪えている。
そんな焦りと苛立ちばかりが募る毎日だったが、諦めるという選択肢は俺には無かった。だからこそ、この一か月間、呪いやモーント神に関係するものなら絵本や童話、小説に歴史書、聖書と読みまくった。しかし、何の手がかりも得られず、正直手詰まりな状態だった。
「そろそろ、行かないとな」
時計を見て、キオとの待ち合わせを思い出す。購買でキオがお昼を買ってきてくれると言っていたので、俺は中庭で場所取りをすることになっている。早く行かなければ、購買で買い終った生徒達でベンチが埋まってしまう。涼しく秋晴れの続く最近は、中庭が人気スポットだ。
俺は集めた本達を棚の影に隠し、図書館を後にした。
「いい天気だな」
「あぁ」
「それにしてもこんなにいい場所、よく取れたな。噴水前の木陰など一番人気だろうに。シンは、練習室に居たのだろう?」
「っ!」
キオの言葉に飲んでいたプフェのジュースを吹き出しかけたが、根性で飲み込む。
そういえば、「最近図書館に籠ってばかりいるが、何をしているんだ?」と聞かれたばかりだったので今日は練習室に行くと言ったのだった。
「あー、まぁ、なんだ。折角、キオと食べるからと思って、練習を早めに切り上げて席を取りにきたんだ」
嘘だ。練習室から中庭にくるには本館を経由しなくてはいけないので時間がかかるが、俺が居た図書館から此処はとても近い。図書室の裏の植込みをつき抜ければすぐ中庭に出られる。
「そうか。シンがそんなに楽しみにしてくれていたなら、もっといいものを買ってくれば良かったな」
しかし、そんな俺の嘘に気が付きもせずにキオは買ってきたお昼をみて見当違いな事を言い出した。フィンと呼ばれるパンに揚げた魚を挟んだものや肉の入ったクレーブ、切った果物の詰め合わせに、デザートのチョコーレまである。むしろ二人で食べきれるのかという量の食べ物が目の前に在った。
「これでも十分豪華だ。むしろ、何故こんなに買ってきたんだ?」
「いや、初めはフィンとチョコーレだけだったんだ。でも、果物の中にリーネやプフェが入っているのを見たらつい欲しくなってしまってな。それで、果物を買って今度こそ行こうと思ったら新商品でクレーブがあると聞いてな」
「買いに戻ったのか」
「つい、な。【シュネー祭】で食べた物が懐かしくて、色々買ってしまったんだ」
自分でも買い過ぎたと思っていたのか、しゅんとしてしまったキオに罪悪感が湧く。なんだかこれでは俺がいじめているみたいだ。というか、そんなに【シュネー祭】が楽しかったのか…………。
「……そうか。そんなに楽しんでくれたなら、よかった。まぁ、あれだ。果物は食べて、クレーブとチョコーレは夜にでも食べればいい。――――それはそうと、新学期前に議国制度の定例会があっただろう? 冷凍リーネは持って行ったのか?」
落ち込むキオが可哀想になったので、話題を変える。そうすれば、キオはぱっと顔を上げて嬉しそうに話し始めた。
「ああ! ちゃんと自慢してきたぞ! 皆羨ましがっていた! そういえば、ロートが欲しがったから勝手に片方あげてしまったが、よかったか?」
「好きにしろ。というか、あれを欲しがったのか? グルートの王子が?」
「当然だろ? 他の者達も欲しがったけど、二つしかなかったからな。一個は俺のだから、一番幼いロートにあげたんだ」
取り合うのがさも当然のようにキオは言っているが、たかだか祭り用のリーネのジュースが入っていた容器を洗って氷漬けにしたものだ。それを五か国いや、キオを抜かして四か国の次期国王達が取り合っただと? 王子達の考えることが俺にはとても理解出来ない。
もともと議国制度は国々の相互理解を深め、世界を安定して導くための話し合いの場だと言われている。しかし、月に一度ある定例会に参加するのは次期国王の地位にある者達である。国王がそうやすやすと自国の城を空ける訳にはいかないし、数少ない政治の練習の場という意味合いがあるそうだ。その所為か現在の平均年齢が十歳と、とても若いのは知っている。そして、最年少であるグルートの王子様は御年六歳であることも。
同じ境遇の子供達が集まっている所為か、王子達の仲がいい。そして、その関係は国王になっても続く為、現在の各国間の関係は良好である。キオがツォベラに入学する時も、どの王子も快く協力してくれた。その事には、大変感謝している。感謝はしているが、しかし。
「(だとしても、国を背負う者達がそれで大丈夫かこの世界)」
衝撃の事実に、この国どころか世界の行く末が本気で不安になった。それでも、実際に会って話せば何処の王子達も国を背負っていく者なのだと、実感させられるだけの知識と風格を持っているのだが。
しかし、如何せんキオから話を聞くと、何処そこの王子が屋台で売られているお菓子を食べただの、メイドに手作りのぬいぐるみを貰ったなど微笑ましい自慢話ばかりである。それを本気で悔しそうに俺に報告するキオに、何度か不安を覚えたが、他の王子達もキオと考え方が近いらしい。まぁ、城で籠の鳥のように育てられてきた者達だ。外の世界が珍しいのだろう。それに庶民的な王族というのは民から見ても好ましいだろうし。もしかして、王城の人達はそれを狙って王族達を教育しているのか? と思考が少々間違った方向に進み始めた頃、キオが思い出したように話しかけてきた。
「そういえば、シン。今週末は何か予定はあるのか?」
「いや? 特には無いが。何かあったのか?」
「予定が無いなら、図書塔で資料作成を手伝って欲しいんだ。もうすぐ創国祭だろ? 今年はヴァッサーが会場だから、過去の資料を集めておきたくてな」
それは俺にとっても好都合な話だった。資料探しが早く終われば、図書塔の本を調べることが出来る。もしかしたら、その中に俺が求めている本があるかもしれない。
「いいぞ。時間が余ったら、久しぶりに図書塔の本を物色してもいいか?」
「シンは相変わらず本が好きだな。大丈夫だ。というか、資料作成はすぐ終わるだろうから、残りの時間は好きにするといい。その間に俺は報告を済ませておくからな」
「ん? すぐ終わるなら、俺はいらなくないか」
キオの真意が分からずに、そう尋ねる。今までも資料作りを手伝ったことは何度かあった。その中でも、俺に手伝って欲しいという時は、見つけにくいマイナーな資料を探す時か、簡単だが量が有り過ぎて一人で処理するのが大変な時だ。今回は創国祭についてだからてっきり後者だと思ったが、『すぐ終わる』ということは違うのだろうか?
「いや、二人でやれば、の話だ。一人でやったら確実に日が暮れる。何よりつまらないからな」
成るほど。後者で合っていたらしい。
「簡単な単純作業だからな。シンが居てくれれば話しながらやれて、退屈しないで済むだろう?」
「了解した。ようは、一人でも出来るけど暇だから、暇つぶしに俺を呼んだんだな?」
「身も蓋も無い言い方をすればそうなるな。――――でも、来てくれるだろう?」
「行くよ」
期待した顔で尋ねるキオに即答する。
「シンなら、そう言ってくれると思った」
俺の了承に、キオが嬉しそうに返事をした所で鐘がカーン、カーンと二回なった。その音に俺とキオは顔を見合わせ、慌てて手に持っていたフィンと果物を詰め込んだ。
「っ予鈴だ! 急げ、キオ。午後の授業に遅刻する!」
「んぐ。ちょ、ちょっと待ってくれ。まだ、プフェが」
「取敢えず他の荷物は持ってやるから、お前はそれを食いながら走れ!」
二人分の荷物を持って、そう言うとキオが慌てたように果物の入った容器を持ちながらついて来た。
「走るぞ!」
「ちょ、シン! 置いて行かないでくれ!」
走りながら食べるという初めての行為に戸惑いながら走るキオがついてきているのを確認しながら、二人分の荷物を持ってとにかく教室に向かって走った。




