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十年先も、また君と  作者: 深/深木
十年先も、また君と
8/28

シュネー祭

「はい! リーネのジュース二つ、特別容器で銅貨十二枚だよ!」


 昨日に引き続き元気一杯な店員から、ジュースを受け取りキオに渡す。


「ほら」

「ありがとう、シン!」


 大事そうに抱えながら飲み始めるキオに俺はやっと落ち着く。というのも、今朝起きた時から、「昨日の約束を忘れてないだろうな? ちゃんとお祭り用のリーネのジュースだぞ?」と騒いでいたからだ。よほど気に入ったらしく、町に着くなり買いに行こうと五月蠅かったのをお昼まで待たせたのだが、ふとした時に「約束忘れてないよな?」と言ってきて正直鬱陶しかった。

 昨日と同じように水路の端に腰かけ、リーネのジュースとクレーブと呼ばれる小麦粉を卵やバターと合せ薄く焼いた生地に、香辛料の効いたドリ肉と数種類の野菜を巻いたもので昼食だ。このクレーブは昨日から目をつけていたらしく、昼に何を食べるか聞けば待っていましたとばかりに店の前まで連れてこられた。そして、ジュースはシンが買う約束だからと、クレーブを奢ってくれた。友人同士のこういったやり取りに憧れていたそうで、キオは至極ご満悦である。


「このクレーブというのも美味しいな。昨日と同じドリ肉なのに全然味が違う。昨日の串も美味しかったが、こっちの方が好みだな」

「串焼きは味が濃いからな。野菜も入っている分、こっちの方がさっぱりしている」

「うん。美味い。それに、暑いからか冷えたリーネのジュースがとても美味しい」

「ああ。それは言えている。…………そういえば、リーネの皮の容器にえらくこだわっていたがそんなに気に入ったのか?」

「気に入った! あ、シンも飲み終わったからって容器は捨てるなよ? この容器は持って帰るからな」

「分かった。―――――っておい、ちょっと待て。お前、これを持って帰る気なのか? 王都まで? 腐るぞ?」

「それくらいは分かっている。ちゃんと洗浄した後に、氷魔法で氷の中に閉じ込めて帰るから大丈夫だ」

「まったく大丈夫じゃないだろ!? そもそも、こんなもの氷漬けにして持って帰ってどうする気だ」

「勿論、飾るんだ。あ、でもその前に議国制度の定例会があるからな、それに持って行って自慢してくる!」

「やめろ! お前、他国の次期国王達に何見せる気だ!? それに、こんなもの自慢にならないだろう」

分かって無いなとでも言いたげな表情で、顔の横で指を振るキオに頭が痛くなってきた。

「そんなことないぞ。何しろこうやって目につく護衛無しに、友人とお祭りで遊ぶなんてやったことあるのは俺くらいだし、お祭りでしか飲めないジュースを友達に買って貰って、道端で飲むなんて夢のまた夢だ。十分、あいつ等には自慢になる!」


 自信満々に言い切ったキオに俺は今度こそ頭を抱える。リーネの皮の容器を捨てさせるのは難しそうだ。もし、無理やり奪って捨てようものなら、ごみ箱を漁りそうな勢いである。

 確かに、普段城から出ることの少ない王族にとったら貴重な経験だろう。普通だったら、毒味もせずに外で飲食など持っての他だし、護衛も一小隊ついていてもおかしくない。しかし、俺達の側にはそれらしき者達は一人も居なかった。何故、キオには毒味役や護衛が居ないのかというと、此処がズィルバー領であり、俺達がツォベラの生徒であり、俺が一緒だからだ。

 回復や防御といった聖魔法が得意なキオは【毒解析】という魔法を飲食時に発動している。これは、体内に入ったあらゆる毒を解析・分解してくれるが、毒に対する豊富な知識と細かい魔力操作が必要だ。というか聖魔法全体が膨大な人体に関する知識と微細な魔力操作が必須である。根っからの理論派で細かい作業が得意なキオは聖魔法分野においてかなりの成績を収めている。

 反対に俺は炎系や黒魔法といった細かい作業の必要ない、センスと莫大な魔力量がものをいう攻撃系の魔法が得意である。それこそ、攻撃力だけなら軍隊にもそうそう負けない自信がある。

 そして、目に見えないし気配も感じないのだが、エレクと他数名が何処かで護衛している。エレク以外は、今回の旅行にあたって父上が貸してくれた。近衛騎士さえ一捻りの者達が護衛してくれているのでこの上なく安全である。

 という訳で、一見無防備に見えて、俺達はかなり厳重に警護されているので、キオはこうやって一人歩きを許されているのである。まぁ、何かあったら、ズィルバー侯爵家がしかるべき責任をとることになっているのも大きいが。




 つらつらと現状確認という名の現実逃避をしていた訳だが、いつまでもそうしている訳には行かない。チラリと見れば、キオは飲み終わったリーネの入れ物を水魔法で洗い、聖魔法で消毒している。ツォベラの先生達もまさか希少価値の高い聖魔法がこんな事に使われるとは夢にも思わなかっただろう。俺でさえ、想像しなかった。


「シン? まだ飲み終わらないのか? 飲み終わったらさっさと貸せ」


 しかし、何故よりにもよってリーネのジュースの皮容器などを……。と思いながら、「まだか?」といいながら手を出すキオに俺は色々諦めた。そして、最後の一口を飲み終わらせてご所望のリーネの皮容器を渡した。




 リーネの容器の処理を終え、これまた希少な空間魔法で何処かに収納したキオは満足そうな表情でこちらを振り返った。


「そろそろお祭りに戻るか。まだ、土産を買っていないからな」 

「誰に土産を買っていくんだ? 聖魔法の先生か?」

「それもそうだが、学長と国王陛下にも買っていくと約束している。何が喜ばれると思う?」

「……取りあえず食べ物系は止めておいた方がいいだろうな。【毒解析】で毒の有無が判るとはいえ近衛騎士達が五月蠅いだろうし」

「それはそうだな。じゃあ、置物か宝飾品か」


 そんなことを話しながら歩き出した俺達の耳に、わぁ! といった歓声が聞こえてくる。


「きっと、【白き花】よ!」

「きゃぁ、素敵! 私もいつかシュネー祭で【白き花】をやってみたい」

「その前に相手を見つけなきゃね。うかうかしているとお嫁にいき遅れちゃうわ」


 やだーと、いいながら歓声の方へと少女達は走っていった。それを側で見ていた俺達は呆気にとられながら見送る。


「今時の少女? というか幼女は、凄いことをいうな」


 思わず呟いた俺の言葉に、信じられないものを見たといった表情のキオも無言でうなずく。多く見積もっても五、六歳の少女達が今から嫁き遅れの心配をするとは、貴族の俺からみても恐ろしい。


「女って、凄いな」

「そうだな……。彼女達は、あの歳で想う相手がいるのか。一体、どんな恋をしたのだろうな?」


 衝撃の抜けきらないキオがそんなとぼけた事を言う。俺は、見た目は幼いとはいえ女は女なのだなと戦慄を覚えたのだが、恋に物凄い憧れと羨望を持つキオは違う感想を持ったらしい。しかもあの口ぶりだと、キオの頭の中ではあの六歳程度の少女達はそれこそ【白銀の花】も真っ青な大恋愛をしているのではないだろうか?

 

「いや、彼女達は別に誰かに恋したりしてないと思うぞ」

「何故だ? 彼女達は【白き花】を見に行ったのだろう? 目的はシュネーの花ではないのか?」

 

 やっぱり。仄かに頬を赤らめ、心なしかうっとりした視線で彼女達の去った方向を見つめる親友の頭の中が若干心配になった。


「彼女達の向かった先は広場の方だから違うと思うぞ。シュネー祭中に【白き花】はあっちにある広場で結婚式を挙げるんだ。さっきの歓声は、誓いのキスか花嫁のブーケトスの歓声だろう。彼女達はそれを見に行ったんだ。あの様子だと自分達の下見だろうな。…………気になるなら俺達も見に行くか?」

「行けるのか?」

「【白き花】の結婚式は参加自由だ。親類縁者の他に、道行く全ての人に酒を振る舞って祝って貰うのが伝統だからな。行ってみるか?」


 恋や結婚に憧れるキオは、行きたがると思ってそう提案したのだが、キオの反応は想像していたものと違っていた。


「いや、止めておこう。それよりも、陛下達に渡すお土産を探さなければ」

「見に行かないのか?」

「まぁ、俺には必要ないからな」


 その瞬間、ほんの一瞬だったが寂しげな表情を見せた。そして、瞬き一つでその表情を消して笑む。「さぁ、いくぞ!」と広場とは逆方向に歩き出したキオに、俺は自分で自分を殴りたくなった。何をやっているんだ、俺は!


 キオは次期国王だが、現国陛下には今年五歳になる王子とさらに今年生まれたが王子がいる。よって、キオに子供をつくる義務はない。多分、キオが結婚はしないといえば、多少の反発はあるものの、魔法学園に行くといった時よりもすんなり承認されるであろう。そして、キオもそれを望んでいる。

 ただでさえ、短い寿命の王族は王位に就く就かない関係無く、十五歳を過ぎたら幾人もの女性をあてがわれる。一人でも多くの子供が出来るように。そこに恋や愛情と言った甘い感情は無い。稀に現国王のようにその短い生涯のうちに恋愛結婚する王族もいるが、それは本当に稀である。

 恋や結婚に憧れているキオは、それが辛いのだ。しかし、結婚から始まる恋もある。ほとんどの貴族がそうなのだ。キオだって、結婚してから恋をすることも出来る。でも、それでも駄目なのだ。キオはどんなに愛したとしても、五年後には置いて逝かなければならない。だからキオは、今年もう一人の王子が生まれた時とても嬉しそうだった。王子が二人居れば、結婚しなくて済むと安心していた。

 俺はそれを知っていたはずなのに、こうやってキオを傷つけてしまった。昨晩少し、キオの役に立てていたかもしれないくらいで浮かれ過ぎだ、馬鹿!

 露店を冷やかしながら、顔には出さない様にして心の中で自分を罵倒する。キオの事を考えると、自分の無力さを突き付けられて苦しい。自分の不甲斐なさに腹が立つし、自分の出来る事の少なさに絶望する。この世の誰よりも幸せになって欲しい。いつだってそう祈っているのに俺自身が傷つけてしまう現実が辛く、悲しい。




「シン! これなんてお土産にどうだろうか?」


 俺を呼び意見を求めるキオが見つけたのは、シュネーの花を加工した細工物の店だった。品揃えのいい店で、花を枯れない様に加工したものや、甘い香りを楽しむ為に乾燥させ可愛らしい袋に詰めた物や、花粉を使った塗料で染色されており月明かりで白銀に変化するというものまである。


「いいんじゃないか? この月明かりで白銀に見える鏡は、国王陛下が好きそうだし、こっちの枯れない細工物は学長が好きそうだ。それにどの商品も品質がいい」

「俺も同じことを思っていたんだ。シンのお墨付きもあるなら問題ないな。コレにしよう」


 そう言って、店主に話しかけるキオに俺は上手く笑えていただろうか? 何度傷つけてしまっても、心優しい親友は俺に笑いかけてくれる。俺はこの笑顔に答えられる男になりたいのだ。そして、それはこんなにも難しい。その上、六年後にキオは居ないのだ。その時に後悔しても、遅い。焦る気持ちばかりが募って、空回りする。一度、今後キオの為に何が出来るか考え直す必要があるな。と無理やり反省を済ませ、お祭りの為に心の整理をする。先の事ばかりを考えて、今目の前にいるキオを放っておくなど論外だろ? 俺。


「待たせたな。これで、お土産も買ったから気兼ねなく遊びつくせるな!」

「…………そうだな。さっきやっていた曲芸でも見に行くか?」

「そうしよう! その後、近くにあった飴? の様なものを食べたい」

「プフェ飴の事か? あの赤いプフェの実を丸ごと飴で覆ってある?」

「つやつやしているプフェがさらにつややかに見えて美味しそうだった」


 うっとりとした表情でプフェ飴を思い出しているキオは、ただの食い意地の張った子供の様だ。折角の機会なので好きなものを好きなだけ食べさせてやりたいが、出掛け際の家人達の様子を思い出し、一言注意しておく。


「いいけど、まだ食べるのか……。明日帰るからと、料理人達が夕食張り切っていたからようだから、お腹空けとけよ」

「まだ、昼過ぎだから大丈夫だ」

「ならいいけどな。そうだ、夕食後に少し出かけるぞ。キオに見せたいものがある」

「夕食後? 大丈夫か?」

「大丈夫だ。このことはちゃんと父上にも言ってあるからな。それに少し出かけるといってもそう遠くないし、屋敷の敷地内だ」

「そうか。何を見せてくれるんだ?」

「内緒。…………行ってからのお楽しみだ。でも、凄いぞ。感動する」

「それは楽しみだな! シンが感動するなど、よほど凄いのだろう」

「おい、俺が感動すると凄いって、どういう意味だキオ」

「本当のことだろ? 現実主義者のお前が感動するなんて」


 信じられんと言わんばかりの表情でそうのたまったキオの頬を昨日同様につねり上げる。すぐ離してやれば、突然の暴挙によって赤くなった頬をさすりながら、俺に非難の目を向けてきたが黙殺する。


「今日は、シンが優しくない」

「通常運転だ」


 そうやって、ふざけ合いながら足を進める。

 俺に何ができるのか? その答えまだはでないし、誰も教えてくれない。それでも、此処にキオがいるから。俺の出来ることを、精一杯しようと思うんだ。


一応、補足です。

ドリ肉→鶏肉

リーネ→オレンジ

プフェ→リンゴ

だと思っていただければ。

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