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十年先も、また君と  作者: 深/深木
十年先も、また君と
6/28

前夜祭

「ドリ肉の串焼きだよ! 二本で銅貨十枚にまけてやるから買っておくれ!」

「シン、シン! あれを買おう! 美味しそうだ」

「ん? あぁ、おい、ちょっと待て、キオ! 一人で行くんじゃない!」


 お祭り気分の町に釣られてか、キオはいつも以上にはしゃいでいた。さっきから、俺の手を引っ張って

「あれはなんだ? これは?」と、ふらふら通りに並んだ出店を見て回っている。


「キオ。串は歩いて食べるには危ないから、あそこで食べよう」

「そうだな。冷めてしまう前に早く行くぞ!」


 言うやいなや走り出そうとするキオを制止し、リーネのジュースを二つ買う。リーネの実をくり抜いて作られた容器に注がれる橙色の飲み物に、キオの目はさらに輝いた。

 急ぐキオを押しとどめ、ゆっくり歩いて通りの端に移動する。そして、俺達も多くの者がしているように、水路の端に腰かけた。サラサラ流れる水の音と、冷やりとした石畳が、少し火照った体に心地よくて無意識に息を吐く。

 ズィルバー地方は夏でも涼しいとはいえ、今日の日差しは格別だった。この様子だと明日はもっと晴れ、暑くなるだろう。その事実に少しうんざりする。シュネー祭は夏の真っ盛りに行われるので、この暑さも祭りの醍醐味だという者も多いが、俺は暑いのが苦手なのだ。しかしそんな俺と違い、王都育ちのキオは元気いっぱいである。


「(まぁ、王都は此処よりもさらに暑いからな)」


 ご機嫌そうに買ったドリ肉を頬張るキオを見て、こいつが次期国王だなんて誰も気が付か無いだろう。多少変装しているとはいえ、平民の子供服を着たキオはそこらへんで駆け回っている子供達と何ら変わらない。


「リーネの皮の容器なんて初めてだ。こうやって飲むとなんだかいつもより美味しく感じるな。リーネ独特の爽やか香りと、酸味を感じるがしっかり甘いジュースがドリ肉とよく合っている」

「お前は、さっきから「美味しい」としかいって無いじゃないか。普段、もっと美味しいもの食べている癖に」

「あれはあれ、これはこれだ。それに初めてのお祭りだ。何しても楽しいし、何食べても美味しいのは仕方ないだろう? ――――それはそうと、シン。あの者達が飲んでいるのは何だ?」


 キオが指差したのは、こういった出店でよく使われる大きな葉っぱで作った使い捨ての入れ物だった。


「あれはリーネのジュースだ。今飲んでいるのと中身は一緒」

「同じものなのに何故入れ物が違うんだ?」


 相変わらず細かいところまでよく見ている奴だ。気が付かなくてもよかったのに。


「葉で出来ているのは持ち帰り用で普段から店で売っているものと同じだ。…………こっちはお祭り用で、銅貨を三枚足すとあの普通の容器から皮の容器に換えて貰える」


 俺の言葉を聞いて、キオは彼らの物と自分の手元に有る物を見比べる。そして、三拍後くらいに俺を見て特上の笑顔を見せた。


「ありがとう。――――しかし、シンは俺をこんなに甘やかして、どうする気なんだ?」


 「俺は仕事に私情は挟まないぞ?」とふざけながらも、リーネの実をまるで宝玉ように大事に持つキオに、普通の容器にしなくてよかったと思う。


「こっちの方が、祭りの気分がするからな」

「そうか。他にもお祭り仕様のものはあるのか?」

「ある、例えば――――」


 そうやってとりとめのない話をしていると、遠くでわぁと歓声が上がっているのが聞こえてきた。と同時に、こちらにシュネーの花びらが飛んできた。ふわりと、目の前に落ちてきた花弁に反射的に手を伸ばす。


「ちゃんととれたか?」


 からかうように聞いてきたキオに、俺は手の中のものを渡す。受け取ったキオは、その白く小さな花びらを指でそっと持ち上げる。


「シュネーの花弁か。【シュネー祭】というだけあって、町中の至る所に飾ってあるから散った拍子に風に乗ってきたのか」

「いや、これはそうじゃない。多分、もうすぐ――――ほら、来たぞ」


 あれだ、と言って大通りの方を指差せば、シュネーの花びらを空高く撒き散らしながら、白いワンピースを着た少女達が楽しそうに歩いていた。


「まるで、雪のようだな。……彼女達は何をしているんだ?」

「あれは、明日の予行練習だな。彼女達は【白き花】なんだろう」

「予行練習?」

「ああ。今日は練習だから花弁だけだが、明日はああやって花弁と一緒に花も彼女達が町中に降らして歩くんだ」

「何の為に? それと先に【白き花】を説明してくれ」

「わかった。【白き花】は明日、祭りの最中に結婚式を挙げる少女達だ。彼女達の降らすシュネーの花は、いわゆる幸せのお裾分け。それらの花は告白に使われる。まぁ、【シュネー祭】のメインイベントだな。昼間中、町の至る所で撒かれるシュネーの花(幸せのお裾分け)で花束を作って好きな人に愛を告げるんだ。ズィルバー地方出身の奴は告白やプロポーズの時、シュネーの花を贈るのが伝統だからな。逆に、シュネーを謳っているお祭りでやらない理由が無い」

「それもそうだな。シュネーはこの地方の名産品だし、何より【白銀の花】は有名だからな。【白き花】はそこから来ているのだろう?」

「その通り。それに、あの物語の最後は冬だろ? でも【シュネー祭】は真夏に行われる祭りだから、雪になぞらえて、花弁を一緒に撒いているんだ」

「確かに白くて小さいから、ああやって降らせると雪のようだ。最後は雪が降る中、月明かりで白銀に輝くシュネーの花束を持ってプロポーズしたのだったな」


 少女達とその周りに集まる人々を見ながらしきりに肯いているキオは今、物語を頭の中で思い返しているのだろう。隠しているつもりらしいが、こう見えて恋や結婚に憧れているキオは恋愛小説が大好きだ。

 

 


 【白銀の花】というのは、ヴァッサー国内で最も有名な恋愛小説である。実話をもとに書かれていて、別名を【ズィルバー侯爵物語】と呼ばれている。

 物語は王族が呪われるよりも少し前の時代、ある少年が美しい銀の髪を持つ男爵令嬢に一目惚れしたところから始まる。

 少年は、ある騎士の小間使いをしていた。主人の用事で王城に向かった時、少女を見て一目で恋に落ちる。それから少年は、主人である騎士に頼み込んで剣を教えて貰い、傭兵として戦争に赴いた。

 昔は今よりも出自や身分に厳しくて、平民出の少年に貴族の令嬢は高嶺の花でしか無かった。身を立てようとも魔法適性の無い少年には難しい。それが分かっていても、少年は少女を諦めることが出来なかった。だから当時、魔法適性を持つ以外で、唯一平民が爵位を賜れる可能性のある戦争に行き、命を賭けて戦ったのだ。

 そして、見事少年は首級を持って帰り、男爵の位を賜った。そしてついに少女と再び出会えたのだが、この時点では少年の恋が実ることは無かった。何故なら、少女には魔法適性が在ったからだ。今ほどではないが、どの時代でも魔法適性を持つものは少ない。より良い血を残すことが第一な貴族からすれば、適性を持つものは是非家に迎え入れたいのだ。

 その結果、男爵家からすれば破格の伯爵子息との婚約が決まっていた。少女と同じ男爵とはいえ、少年は所詮平民出のギリギリ貴族に引っかかっている程度の存在。命を賭けて戦ってきても、結局少女は高嶺の花のままだった。

 そして、少年は再び戦場に戻った。さらなる功績を立てる為に。何度何度も、戦に赴いた。途中、思いを寄せてくれる女性も居た。戦に行くのを止めるように、剣を抜いてでも止めようとしてくれた友もいた。少女を諦めるように諭してくれた、元主人もいた。

 しかしそれでも、少年は諦めなかった。否、諦められなかったのだ。少女を手に入れたいが為に人を殺め続ける自分を責めた日もあった。こんな自分にも思いを寄せてくれる女性が居る。高嶺の花は諦めて、その女性や心から心配してくれる友人、馬鹿な自分をいまだに気にかけてくれるかつての師を、大切にするべきではないのか。言葉を交わすことさえ叶わないほど遠くにいる少女よりも、自分を慕ってくれる部下や仲間たち、側に居てくれる人々を大切にしなければならないのではないのか。様々な苦悩や葛藤があった。

 しかし、最後に行き着くのはいつだって銀の髪の少女だった。彼女の為なら死んでもいい、と少年は本気で思っていた。それほどまでに、恋い焦がれていた。

 それから三年。戦に赴き、功績を立てる。傷が癒えたら、再び戦場へ。そんなことを何度も何度も繰り返し、ついに彼は侯爵位と彼の故郷でもあるズィルバー地方一帯を賜った。 

 初めて彼女を目にしてから五年。十五歳だった平民の少年は、二十歳となり侯爵位を持つ立派な青年となっていた。

 そして青年は故郷に、十年に一度だけ咲く特別な花取りに行く。その特別な白く小さい花は、月明かりの下で白銀に輝く。愛しい彼女の髪の様に。

 王都に戻った彼はその足で男爵の家に向かう。そして雪の降る中、白銀に輝く花を差し出しながら、彼女への愛を告げる。数多の命を奪い、自身も傷だらけになり、沢山の仲間を得て、多くのものを失った青年はようやく、愛しい人をその腕に抱くことができた。




 とまぁ、これが我がズィルバー侯爵家の成り立ちである。俺の魔法適性が彼女からきているのは、まず間違いない。ちなみに、初代当主と同じ黒髪と銀が散った黒目は密かな自慢だ。


「シン」

「ん?」


 物語の世界から帰ってきたキオは、シュネーの花弁を見ながら難しい顔をして俺に聞いてきた。


「確か、物語の中でシュネーは十年に一度咲く花とあった気がするのだが、これとは違うのか? シュネーは一年中、花屋にあるイメージなのだが?」

「いや、同じ花だ。初代当主が妻の為に毎年みられるよう人工栽培したんだ。種を取って置いて、それを毎年違う場所に植える。例え一本でも毎年妻に送りたいからっていってな。初めは、毎年二・三本見られる位だったらしいが、初代の恋物語に感銘を受けた人達が侯爵の真似をして、森の中とかから花を探しては種を取って、毎年違う場所に少しずつ植えたらしい。そうやって、沢山の人が長い年月をかけて増やしていった結果、ズィルバー地方では毎年どころか、一年中何処でもみられる訳だ。もともとシュネーは珍しいが、何処にでも根付く強い花だからな」

「成るほど。そうやって、シュネーはズィルバーの名産になったのか」

「ああ。ズィルバー地方のいたる所で見られる。ただし、同じ場所では十年に一度しか見られないし、種を植えても咲くのは十年後だ」

「…………十年後か」


 俺には無理だな、というキオの呟きが聞こえた。聞かせるつもりなど無かったのだろう。本当に小さな、小さな声だった。その呟きを聞いて激しく後悔する。ずいぶん、余計な事を言ってしまった。

 暗い表情になってしまったキオをどうするべきか。呟きを聞いてしまった事を気付かれない様に、キオの気分を浮上させなければいけない。

 あーでもない、こーでもないと頭の中で策を練っていると、キオが突然こちらを向いた。


「同じ花、ということはこれも月明かりで銀色に光るのか?」


 さっきまでの雰囲気を瞬き一つで消して、笑って見せるキオは本当に強い。こういう時、本当に俺は無力だ。

 キオの優しさに甘えるしかない自分が嫌になる。しかし、此処で自己嫌悪してしまっては、呟きを聞いてしまったことにキオが気づいてしまう。それだけは避けたい。俺が気にしていると分ったら、キオはもっと上手く感情を隠してしまうから。俺が気に病まないように。どこまでも心優しい親友の、こういう所が好ましくも、もどかしい。


「シュネーの花が光る訳では無く、花粉が月明かりに反応して光るんだ」

「花粉が?」

「そうだ。よく観察すれば花弁じゃなくてその中心から銀の粉が立ち上っているのが分かるから、夜に観察してみるといい。花が銀に輝くというのは、密集して生えている所だと他の花の花粉を近くの花がかぶるからだ」

「そうか。なら、ぜひ観察しなければ。シュネーの花は何処に行けば買える?」

「買う必要はない。家の庭にいくらでも咲いているからな」

「……それもそうか。ズィルバーの名産品が、お前の家に無いわけが無いか」

「ああ。夕飯後にでも庭を案内してやるから、その時に心行くまで観察しろ」

「そうさせて貰う。そんなイベントがあるなら夜が楽しみだな」

「そりゃよかった。…………そろそろ帰るか? 本格的な祭りは明日だし、今日は馬車の移動もあったから疲れただろう。これで明日、体調を崩したら目も当てられない」

「そうだな。明日を楽しみに来たのだし、残りの出店は明日に取って置こう」

「お前、まだ食べる気だったのか?」

「買い食いは別腹だ!」

「体調云々の前にお腹壊すなよ? …………じゃぁ、帰るか」


 そう言って、立ち上がる。「子ども扱いするな!」と騒ぐキオの手から串やリーネの皮を抜き取って近くに設置してあったごみ箱に投げ入れる。捨てたリーネをキオが拾おうとしたが、また明日も同じものを買うことを約束し止めさせた。

 そして、ゆっくり通りの出店を冷やかしながら、俺達は停めておいた馬車に戻る。

 楽しそうに店を覗いては俺を呼ぶ、キオの背を追いかけながら思う。初めて会った日よりも、背も伸びて逞しくなった。それでも俺達はまだ十四歳。まだまだ子供だというのに、キオはただの子供でいることが許されない。

 十五歳で国を背負う重圧。あと、六年という短い寿命。王族は二十歳の誕生日の夜十二時に、みな眠る様に亡くなるらしい。いつだったか、「苦しまずに、眠る様に死ぬらしいからそこだけは安心だ」と笑っていた。あの時、本心では何を思っていたのだろうか? 何が、「絶対に何とかするから、自分らしく在ることを諦めるな」だ。自分でいった言葉だが、笑ってしまう。

 俺は何も出来ていない。

 すでに、過酷な運命を受け入れているキオに俺がしてやれることなど本当に少ない。唯一出来たことといえば、キオを魔法学園に入学させたくらいだが、それだって俺の力というよりも周りに助けてくれる人が居たから実現したことだ。

 そして何より、キオ自身が頑張った結果だ。無駄な時間だという周りに、魔法学校も王子としての勉強も公務も全てを完璧にこなしてみせた。

 俺が出来たのは寝る間も惜しんで、勉強する彼の横で共に勉強していたくらいだ。正直、なんの役にも立っていないのが現状だ。あれだけ偉そうなことを言っていたのに、笑ってしまう。


「どうした、シン? 早く来ないと置いていくぞ!」


 そうやって笑うお前に、俺は何度助けられてきたのだろう。俺は、何の為に――――いや、駄目だ。これ以上考えるな、俺。純粋にキオに祭りを楽しんでもらうと決めただろう? それに、勝手に傷ついて、被害者ぶって慰めて貰うなど、俺のプライドが許さない。 

 六年。長いようで、短い、キオに残された時間。俺は、俺の力で、俺の出来ることを見つけなくてはいけない。親友を笑顔で見送る為に。


「シン? 具合でも悪いのか? 暑いのが苦手なお前を連れ回してしまった所為か?」


 考え込んでいた俺を、心配そうに俺を覗き込むキオの頬っぺたをグニっと引っ張る。


「はにおする! ヒン!(なにをする! シン!)」

「いや、丁度いい所にあったから、ついな」

「つい、じゃない! 人が心配してやっているのに、お前というやつは。――――――で、大丈夫なのか?」

「……大丈夫だ。あまりにも暑いから少しぼーっとしていただけだ。問題ない」


 そう言って、歩き出せば「置いていくな!」といいながらキオが追いかけてくる。そうやってじゃれあいながら俺は心の中で問いかけた。


 なぁ、キオ。

 俺は残された時間で、お前の為に何が出来る?


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