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十年先も、また君と  作者: 深/深木
君と過ごした日々
27/28

願ったものは

 サクサクサク、と草を踏みしめる音が聞こえるくらい辺りは静まり返っていた。 

 現在、俺はズィルバー侯爵家の敷地内にある森林をシンと共に歩いている。丸一日シンと共にシュネー祭を満喫し、夕食を食べ終え、シン曰く「凄いぞ。感動する」ものを見に行く所だ。

 森林の中は、昼間の喧騒が嘘の様に静かだった。時折、サァーと風が新緑を撫でる音が聞こえるが、生き物の気配は無い。己の息遣いがはっきりと感じられる。町から離れているため辺りに光は無く、ただ煌々と月が夜道を照らす。灯りが必要無いほど強い月明かりと目の前を静かに歩く、シンの背中が唯一の救いだった。

 夜は嫌いだ。夜が明ければ新しい日が始まってしまう。命の刻限が近づいてくる。新しい日が、年が来るたびに確かに近づいてくる終わりの音が聞こえるのだ。

 しかし、日が落ちたら夕食を取らなければならない。夕食を終えたら湯浴みの時間だ。そして、湯浴みが済んだら寝なくてはならない。夜の闇に紛れて、俺の命を狙うものが居るからだと幼い頃に教えられた。まぁ、言ってしまえば夜は見通しが悪く、護衛も見落とす可能性があるから、さっさと自室に籠ってベッドから出るなということだ。

 しかし、指折り数えて、あと何日生きられるのかを確かめている俺は眠りたくないのだ。少しでも長く生を感じていたい。寝てしまえば、あっという間に朝が来てしまう。しかし、暗闇の中、自室で一人過ごしているとどんどん暗い考えが湧いてきて、囚われ、ますます怖くなる悪循環。誰かが側に居てくれれば考えなくて済むが、メイドや騎士達を夜通し付きあわせるのは気が引ける。かといって、女を呼ぶのは一時の安堵は得られても、後々更に辛くなるのが目に見えているから駄目だ。結局、大人しく寝るか、闇の中で昏い考えに怯え続けるしかない。だから俺にとって夜は一日の中で最も苦痛な時間だ。

 ただ、ツォベラに居る間は同室にシンが居る。休みの前の日などは二人で夜更かしできるし、テスト前は明け方近くまで勉強すると言えばシンも当然の様に付き合ってくれる。

というよりも、基本的にシンは俺が寝るまで寝ない。俺の一番身近な護衛である彼は、学内においても俺に気を配ってくれる。だから普段は寝たふりをして、シンも早く休めるようにしている。静かな闇の中であっても己以外の息遣いがあるというのは、それだけでとても心休まるものだから。

 それから、夜が嫌いな俺だが、シンが居てくれれば話は別だ。彼と居るだけで、嫌いな夜も特別な思い出に変わる。ツォベラで夜更かしし過ぎて、翌日先生に怒られたのはいい思い出だ。それに、昨日も今日も夕食後にシンが連れ出してくれるお蔭で、寝るのが遅くなるのが嬉しい。


「シン、まだつかないのか?」

「もう少しで着く」

「この先に何があるんだ?」

「もうすぐ自分の目で確認できる」

「そうか」


 今だってほら。シンは話しかければ、すぐに返してくれる。返事の速さに、俺を気にかけてくれているのがよく分かる。それに言葉は雑だが、シンの声が楽しそうだ。多分シンは、何があるか教えずに連れて行って俺を驚かせたいのだろう。シンには珍しい悪戯めいた稚拙な隠し方に、否応無しに俺の気分も高まる。

 昨日のシュネーの花壇もとても綺麗だった。シンがあれだけ褒めるのだ。これから連れて行ってくれる先には俺が今まで見たことも無いようなものがあるのだろう。考えるだけでわくわくする。

 俺は昨日の事を思い出しながら、ドキドキと胸を躍らせ、シンの背中を追い続けた。




 あれから幾度となく催促の言葉を口にしては、おざなりに宥められながら歩いていると、突然シンが足を止めた。


「キオ、着いたぞ」

「…………着いたって、何もないぞ?」

「此処にはな。こっちだ」


 立ち止まったシンの言葉に辺りを見回すが、草木以外何も無い。先ほどから変わらぬ森の光景に首を傾げてシンに問えば、静かに腕を引いて移動させられた。

 シンに手を引かれ、たたらを踏みながら数歩移動する。するとそこには木々に紛れていて気が付かなかったが、悠久の時を感じさせる見事な大樹が二本他の木々に埋もれるようにあった。

 その立派な大樹に目を見開く。大の大人が五人、手を限界まで伸ばしても届かないような太い幹を持ち、首を真上にしても天辺など見えない。青々と生い茂る葉が、この木の未だ衰えることの無い、力強い生を感じさせる。その雄大な双樹は、正に圧巻の一言である。

 ここまで大きな木は王城の森にも無く、初めて見る対の大樹からは荘厳ささえ感じる。さらにしげしげと大樹を観察すれば、その根元には魔法が刻まれているではないか! よく見れば、その魔法は両方の大樹に刻まれている。

 大樹の根元に刻まれた魔法に近づいてみれば、何処か見たことある魔法であるが、微妙に形の異なる魔法は初めて見る物だった。そして、恐ろしく古いものであるのが何となく、ではあるが分かった。学園に刻まれていた魔法に近いものを感じる。あれは、刻まれた跡があるだけで、発動はしていなかった。しかし、目の前の魔法は劣化することなく今現在も発動している。よほど力ある、高名な魔術師が刻んだものに違いない。魔法を学んだからこそ分かる、目の前の魔法の異常さに探究心がうずく。一体、これは何の魔法なのだろうか? 目の前の魔法に目を奪われたまま、背後に居るだろうシンに問いかける。此処に連れて来たということは、彼はその答えを知っているかもしれない。


「……随分と古い魔法がかけられているな。一体、何の魔法だ? 【幻影】や【幻覚】に近い物を感じるが、微妙に違う」

「【眩惑】の魔法だ。【幻影】や【幻覚】の元になったといわれる元始魔法の一つ。といっても目を眩ませて、見難くするくらいの効果だが」

「元始魔法! しかも、いまだに発動しているものなんて初めて見たぞ。ツォベラの先生方に見せたら、大喜びするんじゃないか?」

 

 何気なく返ってきた内容に驚愕し、つい叫んでしまった。いや、しかし今のは仕方がないと思う。元始魔法など学園にだって資料でしか現存していない代物だ。未だに発動している魔法があるなど前代未聞である。学園の先生に教えれば、ツォベラを臨時休校にしてでも見に来られるだろう。


「だろうな。といっても、研究が終わるまで俺の家に居座られても困るからな。この魔法の事は内緒にしておけよ? それよりも早く行くぞ。このままだと目的のものを見る前に心配した迎えが来てしまうからな」

「シンが見せたかったのは、この大樹じゃないのか?」


 しかし、シンはなんでもないことの様に、これが目的のもので無いことを告げる。学内においては世紀の発見といっても過言ではない目の前の魔法に対して、あまりにも適当な反応に驚く。驚愕し過ぎて、幼子のようにオウム返しした俺にシンは緩く首を振って再度否定した。


「違う。この大樹はただの入り口だ」

「入口? この先に何かあるのか?」


 告げられた言葉にさらに首を傾げる。大樹の周りには木々しかなかった。重なり合う木々で分りにくいが、歩いた感じこの辺りは平地のはずだ。一体ここから彼は何処に行くというのだろうか? 募るばかりの疑問にシンを見れば、彼は楽しそうに笑っていた。


「ああ。秘密の場所がな。それを【眩惑】の魔法で隠している。もうお前にも見えるだろう?」


 そう告げたシンの指先を追うように視線を動かす。彼が指差したのは二本の大樹の間だった。あそこに一体何が隠されているのだろうか? そう思いながらも、シンが指し示したものを見つけようと目を凝らす。


「見えるだろ?」

 

 そう告げた声と共に突然、長く続く白亜の石階段が俺の目の前に姿を現した。


「なっ!? さっきまで木々以外何も無かったのに、急に階段が現れたぞ!? 魔法が解除された訳でも無いのに何故、急に――――」


 先ほどまでは確かに大樹の間からは、周りの風景と変わらず木々が続いているのが見えていた。にも拘らず、今大樹の間から見えるのは、岩肌とその間に造られた白い階段である。急激な景色の変化に驚き、目を見開く俺にシンはどうだと言わんばかりの楽しそうな声色で告げる。


「それが【眩惑】の効果だ。ただ見難くするだけだから、魔法の存在に気が付けば効力を失う。ちなみに俺はもともと知っていたから、階段も初めから見えていたぞ」

「…………面白い魔法だな。とても興味深い。気が付くと隠されたものが見えるのか。後でこの魔法を写していいか? 勿論、先生方には内緒にする」


 シンの言葉に、もう一度根元に刻まれた魔法を観察する。少量の魔力しか使用していないはずなのに、こんなにも大きなものを隠すとはなんて興味深い魔法だ。【幻影】や【幻覚】で同様の効果をもたらすなら、【眩惑】の魔法に使われている倍以上の魔力が少なくとも必要である。しかも、魔法の効力が切れた訳では無いのだ。現に目の前の魔法は、発動の証として淡い光を放っている。なのに、隠されていたはずの階段が見えるようになっている。一体何に、どう作用している魔法なのだろうか? 

 先ほど俺は、この魔法に触れていた。その際、双樹の間にしゃがみ込んでいたのだ。【幻影】ならば、この時点で気が付いていただろう。【幻影】の魔法はいわば大樹の間に幕を張っているような状態だ。その幕を周りの景色と同化させることで対象を隠す。ただ、幻影の欠点は一方向からしか誤魔化せない事と、触れればそこにあるのが分かってしまうことであろう。

 一方【幻覚】の方なら対象に近づく人間にかけることになる。その人間の視覚に訴え、見えているものを見ていないと誤認させる働きがあるのだ。これは、【幻影】と違いどの方向から対象を見ても、対象は見えない。しかし、【幻影】同様触れば分かるし、何よりこんなに大きなものを見えないようにするには必要魔力が多すぎて、とてもではないがあんなに長い間、俺に階段を見えないようにするのは不可能だ。

 しかし、この【眩惑】の魔法は【幻影】と【幻覚】の欠点を上手くカバーしている。些細なきっかけで意味を失くす程度の魔法だが、必要魔力は少なく、全方向から見られても大丈夫とは、使い道によっては非常に有用性のある魔法だ。知っている者には見えて知らないものには決して見えないとなると、隠し通路の類に最適である。


「俺の部屋に行けば写しがあるからそれをやる。それよりも、早く行くぞ。――――――あぁ、そうだ。キオ、お前折角だから、目を瞑れ。俺が手を引いて行ってやる」

「目を瞑って階段を上るのか?」


 シンの提案に、口元が引きつる。大樹の間から見える階段は、先が見えないほど高くまで続いているし、素材は白亜の石である。手摺の無い石の階段を途中で足を踏み外したりしたら、大惨事になることは想像に容易い。

 シンが俺に怪我をさせるとは思わないが、それとこれとは話が別だろう。この暗闇の中、更に目を瞑って階段を上るのはちょっと所か、かなり勇気がいる行為だ。この先にあるものには大変興味をそそられるが、二の足を踏んでしまう俺は決して臆病者な訳では無い。

 しかしそんな俺の葛藤は知らぬとばかりに、手を差し出し俺を促すシンに、ごくりと喉が鳴る。珍しく楽しそうなシンの要求には答えてやりたいし、信頼を示したい。だがしかし、怖い。


「(ここでシンの提案を断るのはシンを信頼してないみたいだ。いや、でもシンはそんな小さいことは気にしないはずだ。案外「じゃあいい」といってくれるかもしれない。でもでも、シンに「幾らシンが手を引いてくれても怖いから嫌だ」と言えるか? いや、無理だ。そもそもシンにそんなかっこ悪い所は見せたくないし……。ああ! 俺は一体どうするべきなのだ!?)」


 瞬く間に様々な考えが頭の中を巡る。シンへの信頼と虚栄心、闇の中で階段を上るというリスクと恐怖が己の中でせめぎ合う。

 俺が静かにかつ盛大に混乱している中、今まで黙っていたシンがいつまでも近づいてこない俺に痺れを切らしたのか近寄ってくる。その足音にはっとして顔を上げれば手を伸ばせば触れる距離にシンがきていた。

 表情の無いその顔に、怒らせてしまっただろうかとドキドキしながら、シンの言葉をじっと待つ。シンの瞳から目をそらせぬまま、見つめ返すと、シンは口端を僅かにあげて不遜にもこう言い放った。


「いいから。俺を信じろ」




 結局の所、最初から俺はシンに勝てなかったのだ。

 シンはずるいと思う。あんな風に、自信満々に言い切られてしまったら、任せるしかなくなってしまう。正直な所、恐怖心も不安も残っていたが、力強いシンの言葉に逆らえず俺はぎゅっと彼の手を握り、目を閉じた。

 先ほどまでは月明かりが辺りを照らしていたので、明かりが無くても平気だったが、目を瞑ったことによって辺りが漆黒に包まれる。何も見えない状況に恐怖心を煽られ、目をあけそうになったが、しっかりと握り返された温かい手に思いとどまった。

 そして恐る恐る歩み出した訳なのだが。逃げ腰な俺にシンは何度も優しく声をかけてくれた。俺が不安にならないようにと気遣う歩みと声は何時になく優しく、甘かった。

 シンのエスコートにくすぐったい気持ちを感じた所為か、階段を一段一段進むごとに俺の恐怖心はゆるゆると溶けていく。




「あと十段くらい上ったら終わりだ。此処に俺も始めてきた時、今のキオみたいに目を瞑ったまま母上に手を引かれていったんだ」

「シンも?」


 現金なもので、優しいシンと温かい掌に今の俺はすっかり安心していた。先ほどから危なくないよう俺をエスコートするシンの言動と、この先にあるものに胸を躍らせているくらいの余裕もある。しかも、俺を安心させようと話を振ってくれるシンは、珍しく己の話やエレク殿、ご両親の話をしてくれる。滅多に聞けないシン自身の話に、もっとこの道が続けばいいとまで思ってしまった。

 まぁ、残念なことにそれも後数段で終わってしまうようなのだが。

 

「ああ。――――十年も前の話だ」

「十年前?」

「そうだ。――――着いたぞ。もう、目を開けていい」


 シンの十年前という言葉に引っ掛かりを感じたが、詳しく聞く時間も無く頂上に着いたらしい。立ち止まったシンに釣られるように俺も足を止めた。恐る恐る足元を踏みしめれば確かに、足の裏に感じる感触が先ほどまでの石から、柔らかな土か草の様なものに変わっている。

 安定した足場にほっとしつつ、シンに目を開けていいと言われていたことを思い出す。シンの期待の籠った視線が横から俺を捉えていることを肌に感じつつ、俺はゆっくりと目を開いた。




「――――――すごい」


 思わず言葉が零れ落ちた。暗闇に慣れていた所為か、月明かりでさえ少し眩しく感じる。しかし、そんな目の痛みも吹き飛ぶほどの光景が、俺の視界一杯にあった。


 其処はまるで月に降り立ったかのような世界。

 足元には大地を埋め尽くすように生えるシュネーの花が、煌々と辺りを照らす銀の月明かりをその身に纏い、地面を白銀に染めている。少し目線を上げれば、そこかしこで銀のベールがそよ風に遊ばれ、きらめく。さらに天を見上げれば、何色にも染まらない漆黒の夜空一杯に、星が散りばめられ、月に負けじと力強く銀色に瞬いている。様々な濃淡を見せる銀の中、一握りの漆黒がその神聖な輝きを引き立てる。

 正に、神話に出てくる月の世界もかくやといったその風景は、言葉で表してしまうのが勿体無いほど荘厳で清浄で幻想的だった。


 感動のあまり、声が出ない。そんな夢のような世界に、浸っていた俺にシンが話しかけたのはそれから随分と経ってからだった。




「此処はな、初代ズィルバー侯爵が妻の為につくった最初の花畑だ。【白銀の花】で贈られたシュネーの花の種から出来ている」

「【白銀の花】の…………」

「そういえば【白銀の花】だと、侯爵の片思いみたいに描かれているが、実はお互いに初めて会った時に一目惚れだったそうだ」

「そうなのか!?」


 そして、語られたこの光景の起源は更に俺を驚かせるには十分だった。しかし、驚く俺を他所にシンはまだまだ終わらないとばかりに話を続ける。


「ああ。物語も家に伝わるものは少し違う。ズィルバー侯爵が、彼女の為にどんどん名をあげていくのを不安に感じた伯爵家が、奪われる前にと早期の結婚を迫ったんだ。でも一目惚れした彼が、自分と結婚するために頑張っているのを知っていた少女は、魔法適性を持っていることを逆手にとってツォベラの高等部に逃げ込んだらしい。ツォベラの学長は彼女を快く受け入れてくれたそうだ。そして三年間、ツォベラから一歩も出る事なく過ごした。彼女が卒業する頃には次に功績をたてれば侯爵位は間違い無し、と言われていた青年を少女の両親や他の貴族達も認め始めていて、そのお蔭もあって様々な協力者を得た彼女は無事、伯爵家と婚約破棄出来たらしい。努力し続けた侯爵と、彼を信じて待ち続けた侯爵夫人は互いに深く愛し合っていたそうだ」

「素敵な話だな」


 素直に、そう思った。シンが語ってくれた【白銀の花】の裏話はそれはそれは素敵なものに聞こえた。片思いに苦しみ、喘ぎ、足掻いた末に結ばれるというのも素敵だが、互いに一目会った時から両想いだったという方が運命的で俺は好みだ。


「だから、侯爵夫人はプロポーズの時に貰った花を種だけになっても大切にしていたらしく、花畑の話が出た時にその種を真っ先に侯爵に渡したそうだ」

「それで、この花畑が出来たのか」


 初代ズィルバー家夫妻が気持ちを通わせ合った時に捧げられた花が、幾千年の時を経てこの幻想的な白銀の花畑になったかと思うと、何故か胸が震えた。

 そして花が朽ち、種だけになっても大切にし続けた初代侯爵夫人の心情を想う。彼女の気持ちが俺には何となく分かる気がしたから。

 自分の為に全てを投げうって、その上、命を賭して自分と結ばれようとした運命の人を、安全な場所で待つしかない彼女はどれほどもどかしく、悲しかったのだろうか。相手を死地に追いやるしか出来ない己の無力さと不甲斐なさ、それでも彼の人を決して諦められない激しい恋情と、彼がそこまで想ってくれることに喜びを感じてしまう傲慢な己が心に、彼女はどれだけ悔やみ、怒り、嘆いて涙を流したのか。

 胸が張り裂けそうな痛みと悲しみと、甘く身を焦がす恋心の果てに結ばれた時、きっと彼女の心の中は複雑であり、しかし確かにこの世で一番幸せだったのだろう。彼の手を血に染めさせてしまった悲しみと、彼と心を通わせられた喜びと、何も出来なかった己への怒りと、彼と添い遂げられるという幸福感、様々な感情はあれ、幸せだった。そんな彼女にとって、初代侯爵がもたらしたものは全てかけがえのない思い出であり、幸せの象徴であり、罪の証だったのではなかろうか? 

 想像でしかない彼女の心情だが、何処かしっくりくるのは俺が似たような感情をシンに抱いているからだろう。憧れの物語のヒロインが俺と同じ様な人間だったら、なんだか救われる気がする。

 憧憬と嫉妬と尊敬と渇望と感謝と執着と希望と諦観。彼女のような恋慕の心は無いにしろ、俺がこの世で最も好きなのは間違いなくシンだ。しかし、大好きで大切な存在であるのは確かなのに、俺がシンに抱く気持ちは綺麗なものだけではないと気付いてしまったのはいつだっただろうか? 


 何者を前にしても怯むことなく胸を張り、己が足でしっかりと立つその姿に憧れた。

 同時に、俺には無い真っ直ぐな強さに嫉妬した。

 時には大人さえ負かす知識と技量、己にさえ妥協を許さない姿を尊敬している。

 同時に、将来色々な人が欲するだろう彼が己だけに尽くすことを渇望した。

 何時だって優しく、全力で俺に向き合ってくれるシンに出逢えた事を感謝している。

 同時に、甘く温かい彼の隣を、親友という立場を、誰にも譲りたくないと執着した。

 外の世界を知った俺はもし呪いが解けたら、という甘い夢に希望を抱いた。

 同時に、訪れることの無い未来と確実に訪れる別れに諦観を抱いた。


「最初は、二・三本だったみたいだ。代々、守り広げ続けて、何百何千年という時間が過ぎてこの景色が出来上がったらしい。この花畑は十年に一度しか咲かない。だからズィルバー家の者は、この【白銀の花畑】が咲く年に合わせてプロポーズや結婚式を挙げる。シュネーの一番の見頃は夏でな。その所為かこの時期に婚約祝いや結婚式、出産と祝い事が代々多い。あまりにもこの時期に祝い事が続くものだから、『もう、何も無くても毎年祝えばいい!』と言い出した当主がいて、それが【シュネー祭】の起源だと言われている」


 でも、シンはこうやって俺に笑いかけてくれるから。シンと過ごした日々が間違いだったとは思わない。この身に宿る感情は決して綺麗なものばかりでは無いけれども、シンといたことで俺は確かに、幸せに生きられたから。だからシンと出逢ったことを過ちだとは思いたくない。

 しかしあの日、図書塔で彼の手を取ったことは俺が犯した罪なのだろうと思う。左遷されたあの護衛騎士を始め、俺がシンと共に居ることを選んだことで切り捨てた人々は多く、踏みつけてきた者は少なくないから。そして、それらの罪は俺が背負い贖うべきものだ。

 過去に囚われるのも、恨まれ糾弾されるのも、この銀に煌めく黒い瞳には似合わない。

 想うことは多い。けれども俺は、シンの隣に居られるこの瞬間を何よりも大切に想う。どうかこのまま、シンとの友情が甘く優しく綺麗なだけの思い出で終わることを祈ろう。彼の中にも、今日の思い出が綺麗な思い出として残るといい。

 そう願って、俺はシンに微笑み、言葉を返す。


「…………何というか、流石【白銀の花】の一族といった感じだな」

「恋人や伴侶と『十年先も、また君と此処に』と言って、未来を誓うんだ。愛を語らうのに、相応しい場所だろう? 俺も十年前に、両親に初めて連れてこられた時はとても感動した」


 親友の言葉を聞き洩らさないようしっかりと耳を傾ける。

 そうして聞いた言葉に、この光景の前では陳腐な言葉に感じるが、確かに感動したなと思った。この景色は冗談でも比喩でも無く、俺の記憶に一生残るだろう。そう断言できる。

 伴侶と未来を誓うべきズィルバー家の神聖な場所に、連れてきてくれたシンを俺は一生忘れない。この美しき白銀の世界は、シンの俺への優しさであり、この身を案じてくれる気持ちそのものだ。

 儚くも美しいこの世界をもう一度見ることは俺には叶わない。けれども、シンには可能だ。その事を寂しく感じるが、それは仕方がないことだと諦めよう。だからせめて俺は、この先の未来でシンが再びこの景色を見る時、その隣に彼が心を預けられるような、支えとなってくれるような愛しい誰かがいてくれることを祈ろう。

 その祈りは、俺の胸を激しく締め付ける願いだけれども。

 けれどもその代り、俺は今、この瞬間、この風景を己が目に焼き付けよう。数年後に訪れる最後の時に、この光景を色鮮やかに思い出せるように。そして、シンが初めてこの場に連れて来た人間が、俺であったことを誇ろう。

 この白銀の花畑はシンと過ごしたかけがえのない思い出の一つであり、俺の生きた人生の幸せの象徴であり、決して消せぬ罪の証であり、シュテルン・リヒト・ズィルバーの中でブラキオが確かに生きていた確固たる証拠なのだから。

 そこまで考えて、俺は静かに空を見上げる。まるでシンの瞳を広げたような星空が、何故か滲んで見えた。その湧き上がる涙が零れることの無いように、俺はそっと目を閉じる。俺の中に巣食う暗い考えが、この涙と共に体の奥底に沈んでくれればいい。


 そう願って直ぐ、さぁと吹いた風を合図に俺は瞑っていた目を開けた。そして再び見た星空は滲むことなく、星の一つ一つの輝きまではっきり見えた。視界が霞む気配も無い。四年前と違って、俺も随分感情のコントロールが上手くなったものだと思う。そして、これなら大丈夫だろうとシンを見やり、先のシンの言葉に答えた。


「そう、だな。これだけ美しく幻想的な場所で、未来を誓い合う時間はとても神聖で幸せな時間だろう。一生の記憶に残る」


 俺の記憶は勿論、十年後この景色をシンと共に見る者の記憶にも一生残る。その相手が、俺には訪れない未来を生きる者達が、俺は羨ましい。


「この景色は、お前の記憶にも残るか?」

「シン?」


 そんな邪な事を考えていた所為か、俺が言葉を発してすぐ返されたシンの言葉の意味を、俺は瞬時に理解することが出来なかった。思わず、聞き返した俺にシンは真剣な顔で俺に再び問いかけてくる。

 

「お前は、いま、幸せか? キオ」

 

 先ほど同様、何を問われているのか一瞬理解できなかった。きっと、俺は呆けた間抜けな顔をしているのだろう。先ほど彼の言葉を聞き洩らさないようにしようと思ったばかりだというのに何て様だとか、そんなどうでもいいことが頭を過ったが、すぐさま頭の中から追い出し、シンの問いかけを考える。そしてその問いかけの意味を理解した瞬間、俺は困惑した。


 俺はいま、幸せか?


 その問いかけの答えは、是しかない。それは確かで、揺るぎない真実だ。俺は、シンに出会えて幸運だったし、共に歩めたことは何よりも幸福だったし、勿論今この瞬間も幸せだ。これは、誰に聞かれても胸を張って答えることが出来る。だから、シンへの答えは「勿論!」でいいはずだ。いいはず、なのだが、そう答えるのは何故か躊躇われた。シンの質問に即答したいのだが、彼の、シンの何時にない重々しい表情が俺の口を開かせることを躊躇わせる。

 そして戸惑う俺を他所に、シンは思いつめたような表情で再び口を開いた。


「……昨日、お前は俺に感謝している、出会えてよかったと言ってくれただろ? 俺は、あの言葉が嬉しかったし、救われた。俺の方こそお前と出会えたことを感謝している」

 

 誰かに言い聞かせるようにそう告げるシンの言葉は嬉しいものなのに、それを告げる彼の姿は何処か痛々しい。


「幸せだった。お前と過ごした時間が。図書館で魔法を練習したことも、ツォベラで過ごした日々も、【シュネー祭】も、十年に一度のこの光景も、キオとみられて良かった。キオと過ごした時間は、楽しかったし、幸せだった――――何より、キオの隣にいる俺は、俺らしく在れた」


 それは俺の台詞だ。俺だって幸せだったし、シンがいてくれたから俺は俺らしく在れたのだ。そう言いたいのに、何故か喉が詰まって言葉にならかった。


「キオは俺にとって唯一の親友であり、兄弟のように思っている。そう、思えるくらい側に居て、長い時間を過ごしてきた」

 

 止めてくれ、と叫びたくなった。親友であり、兄弟のようだなんて、俺もそう思っているに決まっている。先ほどから、シンが告げる言葉はどれも嬉しく、温かいものだ。普段なら、俺は恥ずかしがりつつも否定すること無く、その言葉達に胸を喜びで震わせるだろう。けれども何故、何故お前は今そんな事を、そんな悲しそうな表情で言うのだ? シン。


「シン。そんなの、当たり前だろう? 俺だって、シンのことは兄弟であり、親友だと思っている」

 

 詰まる喉を振り絞って、シンに答える。答えた俺の声は震えていなかっただろうか? そんな事を気にしながら、俺は目の前にいるシンの手を取った。そして、冷たく冷えたシンの手を温めるように握る。

 そんな俺の行動を何も言わず受け入れるシンは、とても儚く見えた。いつも強い意志を感じさせる瞳は、顔が伏せられている所為で見ることが出来ない。その触れたら壊れてしまいそうな雰囲気に、俺は怖くなった。シンが何処かに行ってしまいそうで、俺は何時になく冷たい彼の掌を必死に握る。

 一体、シンに何があったのか、何を考えているのか俺には解らなかった。今すぐ問いただしたかったが、こんなシンを追い詰めるような真似は出来ず、俺は彼が口を開いてくれるのをただただ待った。


 そして、永遠にも感じられた短くも長い時間が経った後、ようやくシンが再び口を開いてくれた。


「想像できないんだ。お前が俺の隣にいないことが。お前を失うことが。お前のいない未来が、俺は、恐ろしい」


 そう告げると同時に、何かを確認するようにギュッと強く握られた手が痛い。しかし、それ以上に、シンの告げる言葉が、声が、表情が、俺の胸を締め付ける。


「運命を受け入れ、死を覚悟しているお前に、こんなことを言っても仕方がないことは分かっている。困らせるだけだということも。でも、俺は、お前を失うことが、怖くて仕方がない。――――――だから、お前と楽しい思い出を沢山作りたかったんだ、キオ」


 俺はそんな大層な人間じゃない。死の覚悟何て出来ていない。それどころか、シンに枷を嵌めてしまわないように、シンに縋り、己に縛り付けてしまいたいと叫ぶ暗い心と日々格闘中なのだと言ってやりたい。

 俺を失うのが、怖いなんて、そんなこと言うな。失う恐怖を、楽しい思い出を沢山作って誤魔化したかったなんて、俺が思っていたことそのままではないか。

 そんな、そんな嬉しい言葉を言われたら、一生懸命押し込んだ感情達が溢れ出てしまう!


「だから、この【白銀の花畑】を一生覚えていて欲しいんだ。この花畑だけじゃない。祭りの思い出や、ツォベラで過ごした日々を。キオが俺といて少しでも楽しい、嬉しいと感じた時間を。お前が思い返す思い出全てが、幸せなものであって欲しいと、ずっと、そう思っている。むしろ、そうであってくれないと、俺はお前を笑顔で見送ってやれない。――――――だって、俺は、キオを失うことが、こんなにも悲しくて、辛い」


 俺を置いていかないで。


 告げられたシンの独白のような告白の最後。音も無く発せられた声を聞いた気がした。『俺を置いて行かないで』そう彼の唇が最後に動いたのを、俺は確かに見たのだ。

 その叫びに、告げられた独白に心が震える。あの日、図書塔で『入学するまでの二年間じゃなくて、この先もキオと、ずっと、一緒に』と言われた時のようだ。与えられた言葉達が嬉しくて胸が苦しい。息もつけないくらいの喜びと幸福感が熱く俺を支配する。

 その熱量は激しく俺の心を揺さぶる。幾重にも鎖をかけて、心の底に沈めたはずの醜い願望がむくむくと首をもたげる。


「そんな、事を、言わないでくれ」


 ようやく出した声は、弱弱しく、みっともないほど震えていた。しかし、それは仕方のない事だった。そんな事、言われたくなかった。他でもない、シンだけには。

 俺が弱弱しく言葉を発した瞬間、シンが顔を上げたのが見なくても分かった。俺の手の震えはシンにも伝わってしまっているだろう。しかし、俺にはもう手の震えを止める余裕なんてなかった。それどころか、感情の制御さえ不可能だった。


「シンにそんなことを言われたら、我慢できなくなってしまう」


 シンにそう告げながら顔を上げる。重力に逆らうことなく、頬の上を涙が流れていくのを感じる。久方ぶりに合った黒い瞳が、俺の目を捉えて見開かられる。

 シンの前で泣いたのなどいつ振りだろうか。出会った当初は彼の厳しい言葉に何度か泣いた覚えがあったが、ここ一、二年は無かったはずだ。だからこそ今、目の前にシンの驚愕の表情があるのだろう。普段の俺ならば、こんな姿シンには絶対見せなかった。これ以上無いものを俺は既にシンから与えられている。だからこそ、これ以上シンに頼ることも、縋ることもしたくなかった。ちっぽけな矜持だが、確かにそう思っていたし、それだけは遵守しようと心の中で誓っていた。

 しかし、その誓いも、もうどうでもいい。最近では幾多にもひび割れ、その中身をポタポタと染みださせていた俺の心の枷はついさっき決壊してしまったから。


「折角、強がって、平気な振りを、していたのに」

 

 きっと今の俺はさぞや醜い顔をしているのだろうと頭の隅で思う。しかし、みっともなく叫び出す感情を俺はもう止められない。そして、俺のこんな情けない所、シンだけには絶対知られたくなかった。だから、己の心を必死に見ない振りして誤魔化し、強がって、平気な振りをしてシンが差し伸ばしてくれる手を払ってきたというのに。

 

 俺を置いて行かないで


 そんなの、俺が一番、シンに言いたかった言葉というのに、何故それをお前が言うのだ! 

 

「死にたくない! 生きていたい! 『運命を受け入れ、死を覚悟している』? そんな訳無いだろう! なんで、俺はたった二十年しか生きられない? 過ちを犯した王族の血を引いているから? そんな数千年前の祖先の罪など知るか! 何故、それを俺が償わなければならない!」

 

 何故俺は二十年しか生きられない? 何故俺はシンと同じように未来を歩んでいけない? 数千年前の祖先が罪を犯したから? そんな記憶にもない罪を何故償わなければならいのだ? 何で俺が!


「死ぬのが怖い! 何度、俺が昇る朝日を呪ったと思っている! 夜が来て眠り、起きれば新しい日が始まる。それだけのことがどれだけ恐ろしいか分かるか? 新しい日が! 新しい月が! 新しい年が! 俺を死に近づける! あと何日生きられるか、毎日指折り数えて怯える俺に、死への覚悟などある訳ない!」


 静寂に包まれる夜が恐ろしく、昇る朝日が何よりも忌々しかった。確実に減っていく、己が命に怯え、二度と明日が来ない日が怖かった。何よりも、忘れ去られ、俺の存在が思い出になってしまうことが怖くて怖くてたまらなかった。


「全部お前の所為だ、シン! 昔は、こんな事思わなかった! それが当然だと思っていたからな! でも、お前と出会って、世界を知った! 自由を得た! 自分らしく生きた! その時間が、あまりも楽しくて、幸せで、終わらせたくないと願ってしまった!!」


 こんな事言いたくなかった。シンに与えられたものはこれ以上ないかけがいのないモノなのに、彼と過ごした幸せな日々を否定されることが嫌で嫌でたまらないのに。後悔などしたくないのに、知らなければ、出会わなければよかったと思ってしまう弱い心が許せず、こんな惨めな俺を、何よりも、シンだけには知られたくなった。

 

「死にたくない! 生きていたい! このままツォベラで学び続けたい! 級友と馬鹿な事を言って、騒いで、遊んで! 他の者達が過ごす日々を、俺ももっと過ごしたい! シンと一緒に!」

 

 俺はそこまで叫ぶと、力尽きて地面に座り込む。黙って俺の八つ当たりを聞いていてくれたシンは、そんな俺に慌てて目の高さを合わせるように膝をついた。

 こんなことシンに言ってもどうしようも無いことだと分っている。国王陛下に言ったってどうしようもない事なのだ。それこそ神にでも言わなければどうしようない現実。

 ただ、シンを困らせるだけの、解決策の無い問題。しかし、答えなど端から無いと知っていても、俺が問えば、この優しい親友はどうにかしようとしてくれるだろう事を知っていた。そして、解決できなかった時、俺が死んだ時に、誰よりもシンが。己の無力さに打ちひしがれ、後悔し、苦しむだろう事を知っていた。

 だからこそ、俺はこんなこと、決して口にしたくなかったのだ。

 けれども一度決壊してしまった心はどうしようも無くて。行き場の無い、恐怖や悲しみや苦しみを受け止めて欲しくて、俺はシンに言い募るのを止められなかった。


「十年後もまた来たいと! その言葉を、俺がどれだけ、言いたかったと…………」

 

 たった十年。その歳月が俺には、何故、こんなにも遠いのか。


「生きて、いたいんだ。お前の側で、この先もずっと。――――――――死にたくない」


 それ以上言葉を続けることは俺には出来なかった。ぽろぽろと次から次へと涙が溢れ出してくる。悲しくて、苦しくて、この逃げ場のない恐ろしさから救って欲しかった。不可能だと、どうにもならないと解っていながら、奇跡を願い、生きる事を渇望する心が辛かった。ずっとシンに助けて欲しくて、縋りつきたくて堪らなかった。王族としての責務から、足掻き、逃げ続ける俺を、赦して欲しかった。


 そんな浅ましい俺をシンはそっと抱きしめてくれた。慰めるように背に回された腕が温かくて、更に涙が零れる。その無言の優しさが、俺を赦してくれているようで、縋っていいと、側に居ると言われているようで、迷う。

 そんな俺に大丈夫だとでも言うように、更にシンが抱きしめる力を強くしたように感じるのは、俺の都合のいい妄想だろうか? 心なしか先ほどよりもしっかり感じる温かさと、トクトクと静かに聞こえるシンの心音が、俺に縋っていいのだと言ってくれているように聞こえる。

 それが都合のいい考えだと解っていながらも、俺はそう思いたくて仕方がなかった。


「(俺はこの背に縋ってもいいのだろうか?)」


 一時の安らぎだと、根本的な解決ではないと叫ぶ声が聞こえる。しかし、俺は、この優しい体温に縋ることが赦されるならそれだけで、救われる気がした。

 だから俺は戸惑いながらも、恐る恐るその背に腕を動かす。俺が腕を伸ばしても揺らぐことの無い、背中が俺を安心させる。そして伸ばした手でその背を力強く掴んでも、引き剥がされることは決して無かった。

 俺が縋り、しがみついたその人は、ただ、ただ、温かかった。


 拙い文章ですが、ここまで読んでくださり有難うございます。

 一応ここまでは、【十年先も、また君と】のお話をベースに書いています。ここから、ラストまでの間には【十年先も、また君と】では出てこなかった、定例会とか、ツォベラでシン以外の友人と過ごすブラキオ王子を書いていきたいなと思っています。

 よろしければ、次回の更新時も読んで頂けると幸いです。

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