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十年先も、また君と  作者: 深/深木
君と過ごした日々
22/28

七色の架け橋(後編)

 きりよく区切ることが出来ずに、長くなってしまいました。

 読みにくかったら、ごめんなさい。

「ブラキオ様、そうではありません。もっと魔力を細かくするんです。――――だから、粗すぎますって。それじゃ、手で滴を飛ばすのと変わらないじゃないですか」

「…………これでも一生懸命やっている! 大体、お前の教え方が適当過ぎるんだ! 魔力をどの位細かくして、どの位の勢いなのか全く分からないじゃないか!」


 シュテルンの指摘に、ムッとして言い返す。

 彼の誘いを無碍にした挙句、見え透いた嘘をついてしまった。しかし、驚いたことに高飛車に言い放った俺に何故か彼は魔法を教えてくれると言った。正直、言ってしまった後に俺自身終わったなと思ったのだ。失礼な態度を取ったにもかかわらず、シュテルンが何故魔法を教える気になったのかは不明だ。しかし、教えてくれるというので、今度は与えられた機会を無駄にしないように彼と仲良くなろうと思ったのだ。しかし、そこで一つ問題があった。

 国王陛下にまで優秀と言われるシュテルンは天才肌だった。実際、魔法を感覚で使っているという彼の教え方は抽象的であいまいだった。

 そう、悪く言えば、彼は大層大雑把だったのだ。


「そんなことを言われても、魔法なんて感覚で使っていますもん。そんな理論とか滴の大きさと細かいところまで考えていませんよ」


 細かい説明を求める俺に、シュテルンは呆れたようにそう言った。その言葉になんで出来ないんだと言外に言われているようで悔しい。だから俺は、子供っぽい行動だと分っていながら、つい言い返してしまうのだ。


「だとしても『水属性で魔力は一。それを細かくして、ぶわっと撒く感じです』は大雑把過ぎるわ! そもそもお前の言う『一の魔力』は毎回微妙に量が違う!」

「…………あれ位は誤差の範囲ですって。ブラキオ様が細かいところまで気にし過ぎなんですよ」


 いま、反論に間があったのは気の所為では無いはずだ。きっと、俺の言葉に思ったことがあるのだ。


「そんなことは絶・対・に無い! お前のは、誤差の範囲を確実に超えている! 一番多い時と少ない時では魔力量に倍近く差があったぞ!?」

「…………気のせいですって。それに、俺はこの方法でできていますから」


 先ほどの事を思い出し、更に指摘する。しかし、俺の指摘をさらりと流して告げられた言葉にぐうの音も出なかった。確かに、彼は俺と違い魔法がちゃんと使えているのだ。あの後も何度かやって見せて貰ったが、虹はどれも寸分たがわぬ大きさと美しさで螺旋階段に架かっていた。俺が何度やっても出来ない魔法をいとも簡単に使えている。あんなに、大雑把なのに。


「そう。そもそも、それがおかしいんだ。なんでこんなに適当なのに、この繊細な魔法が出来るんだ? 本の通りやっても私は出来ないのに――――」


 納得のいかない現実に、つい愚痴ってしまう。苛立ちのまま、彼からひったくった本を読み返す。


【虹の魔法】

効能:明かりがあればいつでも虹が見えます。 

使い方:水属性の魔力を一用意します。それを霧状に細かくして、勢いよく前方、斜め上気味に向かって放ちます。


 しかし、何度読み返してもそこにはシュテルンの言っている事と大差ない内容しか書かれていなかった。


「(魔法使いというのは、皆こんなに適当なのか!? というか、これが普通? この説明で使えて当然なのか!?)」


 何て教わる側にとって難易度の高い伝授法だと戦慄を覚えながら、シュテルンを仰ぎ見る。しかし、彼は何か考え事をしているらしく、こちらを見ながら俺を見ていなかった。


「(怒らせてしまったか?)」


 じっと見つめても合わない視線に不安が過る。しかし、俺を見ずに考え事をする彼に話しかけるのも憚られて再び魔法書に視線を落とす。

 どうもシュテルンといると、いつもの俺で居られない。駄目だと分っていても、つい見栄を張り、子供っぽい態度を取ってしまう。彼には凛とした態度で接して、流石ヴァッサーの次期国王だと思って欲しいのに。


「(この魔法が使えれば、少しは見直して貰えるだろうか?)」


 そう思ったが、その考えは直ぐに打ち消した。説明を受けただけで出来るくらい優秀ならまだしも、こんなに難しい顔をして悩ませるほど出来の悪い俺では、魔法で彼を見返してやるなど難しいだろう。


「(しかも、出来ない上に文句ばかり言ってしまった……)」


 後悔ばかりが頭を過る。しかし、態度の悪い俺に対してシュテルンは優しかった。陛下や従者殿の言っていた通りである。言葉はきついし、初心者とか関係無くビシバシ進める彼は容赦無い。でも、シュテルンは見捨てないのだ。教えて貰っている立場でありながらこれだけ文句を言っても、何だかんだ理解させようとしてくれるし、分らないという俺に分りにくいが一生懸命やり方を伝えようとしてくれる。どんなに呆れた口調をしていても、彼は『止めますか?』とは一度も言わなかった。その事が、とても嬉しい。

 しかし、俺がそう思っていてもシュテルンは違うかもしれない。彼は簡単な魔法だと言っていた。だから俺にも出来ると。それなのにいつまで経っても使えない俺は、魔法の適性があっても才能は無いのかもしれない。簡単な魔法も碌に扱えないくせに、文句ばかり言う俺に幻滅しただろうか? …………俺に、教えても無駄だと思っていないだろうか?

 俺が魔法を教えて欲しいと言った時、宮廷魔術師達は無駄だ、無意味だと言って頑なに教えてくれなかった。しかし、シュテルンは俺に当然の様に魔法を教えてくれる。 

 俺が分からないと言う度に、彼は繰り返し何度でも説明してくれる。

 俺が見本を求めれば、彼は何度でもやって見せてくれる。

 俺が幾ら出来ないと言っても、彼は出来るまでやれという。

 俺がそれでも無理だと言えば、彼は何故無理なのかを一緒に考えてくれる。

 その事がどれだけ嬉しくて、幸せな事なのか彼は分っているのだろうか? あの宮廷魔術師達の様に無駄だと言わず、当たり前の様に欲しい言葉をくれる彼は俺のことをどう考えているのだろうか? 胸に手を当ててそんなことを己が心に問う。そして、先ほど従者殿に尋ねられても出せなかった答えを出す為に、改めてシュテルンの事をどう思っているのか、俺はどうしたいのかを一つ一つ考え、整理していく。


「(彼の言う対等な友人になりたいのは確かだ。それに、もっと色々話したい。彼が何を考え、何を価値あるものとしているのかを知りたい。彼に尊敬されたいし、頼られるような存在になりたい。仲良くなりたい。それから、…………もっと、一緒に居たい)」


 そこまで考えて、そっと目を開ける。シュテルンを前にして、共に過ごすことでようやく出た答えにくすぐったい気持ちになる。そして、彼にこの気持ちを伝えようと思った。

 彼に尊敬されるにはまだまだ無理があるが、そうなれるように精一杯努力しよう。だから、短い間でもいい、友人になって側に居て欲しいと。彼と過ごす時間は、きっと嘘偽りの無い、本当の自分で居られる気がするから。

 淡い期待を胸に、纏まった考えを伝えようとシュテルンを見れば、目が合った。何かを決意したような目に心臓が跳ねる。その視線に僅かな不安を感じたが、伝えなければと思い口を開く。しかし、彼は俺が口を開くよりも先に俺が最も聞きたくなかった言葉を口にした。


「ブラキオ様。今日はもうお仕舞いにしましょう」

「え?」


 告げられた言葉を信じたくなくて、聞き返す。しかし、続けられた言葉は変わらず、絶望的な言葉だった。


「多分このままやっても、出来るようになりません」


 そう告げたシュテルンに目の前が赤く染まる。彼はまだ言葉を続けようとしていたが、その続きを聞きたくなくて、貴重な魔法書を投げつけた。突然の暴挙に、驚いた表情で俺を見る彼が目に入る。こんなことをしてはいけないと頭では分かっていても、彼の言葉と共に苦い記憶がよみがえってくる。思い出す度に胸を蝕む痛みに、叫び出す自身を止めることが出来なかった。


「――まえも」

「ブラキオ様?」

「結局お前も俺には無駄だというのか!」


 簡単な魔法さえ使えない自分が悪いのだと分ってはいるが、言葉は止まらなかった。




『殿下に魔法教えるなど時間の無駄だ。魔法を体得するのに一体どれだけの年月が必要だと思っている? 使い物になるまで最低でも六年はかかる。あと十年しか生きられないのに興味がある程度で六年も魔法に費やされては困るだろう』

『しかし、殿下は大変魔法に興味をお持ちで、是非学んで見たいと』

『そんなもの、魔法が見たいだけだろう? 適当な者をつけて諦めさせろ』

『……それは』

『現国王だってあと五年しかいないんだぞ? それまでに殿下が使い物にならなかったらヴァッサーはどうするんだ。たったの二十年しか生きられない者達に好き勝手に生きさせてしまったら民はどうする』

『! それは、ブラキオ様に国の為だけに生きて死ねということですか!』

『それが過ちを犯した王族としての贖罪だろう? 彼ら王族は、国の為に生きて国の為に死ぬ。その為だけに生まれてくるのだ。神もそれを望まれている。未だ解けぬ呪いこそがその証だ。――――――兎に角、殿下に魔法を教えることは時間の無駄だ。他の魔術師達にもそう言って教えないように徹底しろ。この国に居たいならな』


 

 不意に蘇った苦い記憶を振り払うように頭を振る。あの時感じた悔しさや、悲しさは今もこの胸に巣食い、蝕んでいる。ふとした時に過るこの記憶は、胸に刺さった棘の様にジクジクと痛む。

 数年前のあの日、俺の教師の一人であった宮廷魔術師が俺に適性があることを教えてくれた。彼が時折見せてくれる魔法に胸を躍らせていた俺は、当然の様に彼に魔法を教えて欲しいと強請った。そして、許可を取りに行ってくれるといった魔術師の後を俺はこっそりつけた。物語の中にも出てくる魔法が自分も使えるかもしれないことが嬉しかったのだ。

 しかし、結果が早く知りたくて取ったその行動は、俺に現実というものを突きつきた。

 あの日を境に、俺の教師役だった宮廷魔術師は城から姿を消した。行方を聞いても陛下も知らないとおっしゃっていた。そして、王城の宮廷魔術師達は魔法を見せてはくれても教えてくれることは一切なかった。その上、皆同じことを口にするのだ。俺が魔法を学ぶのは無駄だと。そう言われる度に、悲しくて仕方がなかった。

 しかし、お忙しい陛下にこのような事を相談するのは憚られた。陛下はお優しいが、この国を背負う御方だから。俺の事で手を煩わせたくなかったのだ。その後も何度か、宮廷魔術師に頼んだが答えは一緒だった。自力で学ぼうともしたが流石に書物だけではどうにもならず、王族の義務を果たす日々に追われ、結局断念した。

 今思えば俺はあの時、認められたかったのだと思う。魔法に興味があるのは本当だ。使えるなら使いたいと思う。しかしそれ以上に、【次期国王】としての俺では無く、【ブラキオ】としての価値を認めて欲しかったのだ。だからあんなに必死になって政務に関係ない魔法を学びたかったのだ。

 だから、無駄だと、意味が無いと言われる度にどうしようも無いほど悔しくて、悲しくて、諦めたくなかった。諦めたら、【次期国王】以外の価値は己には無いのだと認めるようなものだから。

 だからあの日、シュテルンから告げられた言葉が嬉しかったのだ。



『相手を気遣ってやることと、こいつには無理だと決めつけて、改善するきっかけさえ与えずに手を抜き、出来ている気分にさせるのは全く違う。後者は、相手を無価値と決めつけ見放すのと同意義だと俺は思う』


 その言葉は、自分は決して見捨てることはしないという宣言に聞こえた。


『そして俺は、どんな理由があったとしても、友人に媚びへつらう気は無い』


 凛とした声で告げられた言葉は俺と、身分や周囲の思惑とは関係無く、嘘や偽りの無い、素のままで接することを望んでいると言われたようで。


『気持ちさえも対等でいられない友情など、無意味だ。意味の無いことに貴重な時間を使う気も無い。友達ごっこがお望みならば、他をあたってくれ。――――俺に与えられた自由は短いのだから』


 最後の言葉は、対等な友人ならば意味が、価値があるのだと言外に言っていて。王族相手に対等で在りたいなど不敬もいい所だが、俺には【次期国王】では無く【ブラキオ】としての価値を問われたようで、胸が熱くなるほど嬉しかったのだ。だから、初めて【ブラキオ】を見てくれようとしたシュテルンが忘れられず、あんなにも焦がれたのだ。【次期国王】としての俺では無く、【ブラキオ】を知ろうとしてくれたから。

 だから、先ほどのシュテルンの言葉が悔しくて、情けなくて、悲しくて、痛かった。彼は十分相手をしてくれたというのに。それでも彼の言葉に裏切られたと感じる俺は何て身勝手な人間だろうか。 

 彼はとても優しかった。文句ばかり言う自分に、此処まで付き合ってくれただけでも十分だ。そう考える己も確かにいるのに、彼を罵ることを止めることが出来ない。胸を蝕む暗く冷たい気持ちが邪魔をする。刺さったままの棘が、ジクジク痛み出した気がした。 


「それは、違います」


 俺の異変を察した彼は、一端落ち着かせようと思ったのだろう。俺が叫んだ言葉を否定してくれた。否定してくれた事を嬉しく思う。しかし、頭に血が昇り切った俺は、そんな言葉では冷静になれなくて。彼の気遣いを拒絶して更に叫ぶ。


「違わない! お前もどうせ必要ない、時間の無駄だというのだろう! 俺など魔法を学ぶだけ無駄だと!」


 見捨てないで。

 無価値だと決めつけないで。

 俺は、ここにいる。

 ブラキオ・フェン・ヴァッサーは、確かに今を生きている!


 呪われた王族、次期国王、王太子、国を導く者、贖罪を課せられた一族。それだけではないのだと、国の為に生きる事が全てでは無いのだと、誰かに認めて欲しかった。俺の人生は贖罪の為だけに費やす必要は無いと言って欲しかった。少しくらい普通の人々の様に、友人と遊び、恋してもいいのだと、【ブラキオ】として生きることを許して欲しかった。

 それは、同じ運命を持つ王子達にさえ告げたことのない、心からの願い。


 大声を上げた俺を、唖然と見つめるシュテルンが目に入る。その表情を見て、多分もうシュテルンに嫌われてしまっただろうと思った。こんなものただの八つ当たりだ。たった二回しか会っていない人間に、そこまで求められても答えられなくて当然だ。こんなもの子供の癇癪と変わらない。きっと俺には彼の言う対等な友人は無理だったのだ。始めから依存し、救いを求める俺は、シュテルンの友人に相応しい人間では無かったのだ。

 このままではいけないと思い、僅かに残る王族としてのプライドで流れそうな涙を必死に堪える。これ以上彼に、無様な姿を見せたくなかった。しかし、そんな俺の思いとは裏腹に止まってくれない口に苛立ちさえ感じ始めた瞬間。シュテルンから思いがけない言葉をかけられた。


「違う! ただ、俺の教え方じゃ駄目だといっているだけです! 貴方は優秀だ! 学んで無駄なことなんてない!」


 叫ぶように告げられた言葉に驚き、動きを止める。何も言わなくなった俺に、シュテルンは更に言葉をくれる。


「俺は大雑把だから、貴方の望むような教え方は出来ないんです。少しやった感じでもブラキオ様が理論派なのは分かります。多分、俺に教わっても、分からなくなる一方ですから……。別の、例えば宮廷魔術師とか、少なくとも魔法学園を卒業している人に見て貰った方がいいです」


 言い聞かせるように告げられた言葉に、大雑把だという自覚はあったんだなと、場違いな事を思った。そしてその言葉を聞いて、ふつりと体の緊張が切れたのを感じる。一気に冷めた興奮と共に、全て俺の勘違いだったことを悟った。

 どうやらシュテルンは、俺は彼と同じ方法では習得できないと判断したようだ。冷静に状況を判断できる彼だからこそ、己の限界を見極め別の方法を提案しようとしてくれていたらしい。

 ようやく冷静な思考を取り戻した俺はそう理解し、首を振ってシュテルンの提案を断った。そんな俺の行動を見て、彼は首を傾げる。


「(……それもそうか)」


 シュテルンは俺の中にある、あの苦い記憶を知らない。自分より理論的な説明が出来る、王城内で魔法が使える者を善意で推薦してくれているだけだ。既に宮廷魔術師達に断られている事を知らないのだ。その理由も。

 彼は適性を持ちながらも、魔力の感じ方さえ知らない俺に疑問を感じていた。理由も言わずにその疑心に気が付かない振りをして押し切り、魔法を強張ったのは俺だったではないか。そして、意図的に何か隠した俺に気が付きながらも、優しい彼は一から魔法を俺に教えてくれた。そして、そうしてくれるように仕向けたのは俺だ。良くも悪くも俺を知らない彼ならきっと教えてくれると、後ろ暗い事は全て黙って教えを乞うたのだ。


「だめ、なんだ」

「駄目って……。どういう意味です? 折角、魔法適性があるのだから……」

「適性は関係ない。俺が魔法を学ぶのはどうせ時間の無駄だそうだ」

「…………一体誰がそんな事を?」

「王城にいる者は皆、そう言うぞ」


 俺の言葉に何故か少し怒った様子で、誰が言ったかを聞いてくるシュテルンを不思議に思った。もしかして、俺の為に怒ってくれているのだろうか? だとしたら、優し過ぎる。そんな一面を見せられては、ますます一緒に居たくなるではないか。しかしそう思う一方で、彼を騙すような形で魔法を教えてもらったことに罪悪感が湧いてくる。

 良くも悪くも、王城内で俺がどう扱われているかシュテルンは知らない。王城に居る者達は皆、優しいし甘いが、俺が政務に関係あること意外に興味を持たないようにしている。その為、俺は意図的に取捨選択された城の外の情報しか知らない。その事に気が付いたのはいつだっただろうか? 何処かに視察に行った時か、はたまた定例会で顔を合わせた王子達に聞いたのか分からない。ただ、俺は世間の子供が行っている遊びというものを軍盤以外知らなかった。書物を通しある程度、世の中の娯楽は知っていても、本の中以外で知っているのは軍盤だけだったのだ。

 その事実に気が付いた時は愕然としたが、すぐに仕方がない事なのだと悟った。

 何故なら、王城の者達は俺が短い生を国の為に費やすことを望んでいるからだ。友人などつくらず、娯楽や魔法に興味を持たず、ただ黙々と国の為に尽くすことを彼らは望んでいる。それが、我が身に課せられた贖罪であり、運命なのだと言って。

 その事を知りながら、何も知らないシュテルンに救って貰おうとした俺は卑怯者で、なんて罪深い。


「『魔法など使えずとも生きていけます。現に魔法を使えるものなど世界中でほんの一握りしかいませんが、皆何不自由なく生活しております。確かに魔法が使えるというのは特別な事ですが、ブラキオ様はそれ以上に特別な御方。その貴重な御身とお時間を十年も費やす価値など魔法には在りません』だ、そうだ」


 彼らが俺に告げた言葉の裏にある期待に気が付いたのはいつだったか、などと考えながら幾度となく聞かされた台詞を口ずさむ。そんな俺の言葉をシュテルンは僅かに眉間を寄せながら聞いていた。


「『魔法に興味があるのなら優秀な魔法使いを側仕えにして、その者に使わせればよいのです。お望みならば、国で一番優秀なものをお連れします。きっと、素晴らしい魔法をみせてくれるでしょう。ですから、ブラキオ様はブラキオ様にしかできない事をお学び下さい。その尊い御身に許された時間はたったの二十年しかないのですから』」


 言い終った俺を痛ましい表情で見る彼は、俺が言われた言葉に傷ついているのだろうか? こんな優しい者を学友候補に選ぶなど、上層部は詰めが甘い。形だけの学友候補ならば、もっと別の人間を選んで欲しかった。次期国王の学友と言う肩書を求めるような利己的な人間を。そうすれば、こんなに苦い思いをしないで済んだし、救って貰おうなどと邪な事は考えなかった。己の黒い心にも気が付かずにいれたのに。そう思う一方で、彼以外都合のいい人間が居なかったのも解っている。

 王子に友人の一人も居ないというのは、民に対する外聞が悪い。しかし、学友候補は居たが、親しくはならなかったというのなら話は別だ。その為に、扱いにくいズィルバー家の者が学友候補になったのだろう。同い年の貴族が彼しかいなかったというのも本当だろうが、城にあがれる身分の者の中には他にも居たはずだ。それでも彼が選ばれたのは、その融通の利かない性格と権力に媚びることを厭う、誇り高き矜持故だ。彼ならばその誇り高さ故に俺に媚びへつらうことは無い。

 そんな彼と俺が揉めて話が流れればよし、流れなくても互いの立場を配慮した差しさわりの無い関係にしかならないだろう、というのが上層部の判断だったはずだ。そして、それは的中し学友候補の件は流れた。心配 そうな顔の裏で彼女達がほっとしていたのを俺は知っている。

 その事を思い出し、つい笑ってしまった。シュテルンがあまりにも王城の者達と違い、俺と向き合おうとしてくれるから忘れていた。幾ら、俺が彼と対等な友人関係を望んだとしても、周囲の者達はそれをよしとはしない。多分此処で俺が彼との友人関係を望み、それを彼が受け入れたとしても、シュテルンは様々な理由をつけられて二年後にツォベラに入学していただろう。俺がどれだけ彼を望んでも、ズィルバー家がこれ以上力を持つことを良く思わない貴族と、俺に贖罪を求める者達が、シュテルンの側に居ることを許しはしない。

 元々、俺がシュテルンと友人になるなど荒唐無稽な話だったのだ。それなのに、銀に煌めく黒い瞳に魅了された俺は救いを求めて、のこのこ彼に会う為に図書塔まで来てしまった。メイド達や騎士達も皆、彼が塔にいることを知っていたのだろう。思い返せば、待機を命じた騎士は物言いたげだった。

 つまり、陛下がああやってお声をかけて下さらなければ、俺は彼が帰るまでその存在に気が付くことなく、知らぬ間にシュテルンとの関係は終わらせられていたのだ。今更その事に気が付くなど間抜けにもほどがある。

 そして、そんな彼らに逆らう術も俺には無いのだ。徹底して教えて貰えなかった魔法の様に、シュテルンとの関係も俺が幾ら足掻いた所で気が付いたら無くなっているのだろう。何より、高潔なシュテルンに俺は相応しくないというのが嫌というほど分った。彼に救いを求める俺は、決して対等にはなれないのだと思い知らされた。

 先ほどまでの淡い期待に胸を躍らせていた自分を馬鹿馬鹿しく思った。そして同時に、彼に友人になりたいなどと告げる前で良かったと、心底思う。短い時間だったが、シュテルンがとても優しくて、面倒見が良いのはよく分かった。きっと、彼は口にした言葉を違えることはしないだろう。俺が過去に言われた言葉にさえ心痛めてくれる優しい彼は、そんなことを言えばどうにかしようと奮闘してくれるのではないだろうか? 根拠も無い話だが、実際にそうなるだろうという確信が俺にはあった。

 未来ある優秀な彼の優しさに縋って、振り回す訳にはいかない。初めて友人になりたいと心から願ったシュテルンに、幸せになって欲しいと思うくらいの良心はまだ残っている。


 だから、どうか、俺と過ごした時間、全て。


「――――すまない。忘れてくれ」


 万感の思いを込めて彼にそう告げる。詳しい理由を語ることは出来ない。彼に迷惑をかけることになるから。

 そうと決まれば、一刻でも早く彼から離れなければ。俺の弱い心では、これ以上彼と居ると決心が揺らぐ。駄目だと分っていても、彼の優しさに縋りたくなってしまう。この暖かい場所から離れたくないと願ってしまう。

 余計な事を言ってしまう前に、今すぐこの場を立ち去りたかった。そう思い、この場を立ち去る理由を必死に探せば、時計が昼を迎えようとしていた。丁度いいと、俺は昼食を理由にこの場を離れるべく彼に退出を告げる。


「……そろそろ昼時だな。戻らねば、メイド達を困らせてしまう」


 だから、戻る。そう続くはずだった俺の言葉は、シュテルンに手を握られることで遮られた。突然の彼の行動に首を傾げる。


「? シュテルン?」


 意図の読めない行動に名を呼べば、彼は何故か顔険しくさせた。しかし、何故か彼は何も言わない。その瞳を見ても、シュテルンが俺に何を求め、何をしようとしているのかまったく分からなかった。

 緩く掴まれたその手は、少し力を入れれば振り払えるだろう。しかし、何故か俺はその手を振り払うことが出来ず、彼からの言葉をじっと待っていた。

 そして、開かれた彼の口からは予想もしなかった言葉が告げられる。


「やるぞ」


 意を決したようにそう言った彼の言葉が理解できなかった。


「シュテルン? 何を……」


 疑問を口にすれば、乱暴な仕草で机の前まで手を引かれる。


「続きをやると言っているんだ。さっさと準備しろ」


 そう告げたシュテルンは、さっき投げた本を拾い上げると俺に押し付けるように渡す。そしてそのまま、俺を椅子に座らせた。


「シュテルン?」


 彼の真意が分からなくて名を呼ぶが、彼は俺の声を無視して本棚の方へ行ってしまった。どうしたらよいのか分からずに、彼の背中を見送る。そして、彼は棚からいくつか本を抜き取るとドサドサッと俺の目の前に積み上げた。

 一体何が起こっているのか理解できず、困惑する。シュテルンを仰ぎ見れば、銀に煌めく黒い瞳は俺を見据えていて、その眼差しの強さに息を飲む。そして、そんな俺の困惑など関係無いと言わんばかりに、彼は力強く宣言した。


「出来るまで帰さないからな。覚悟しろよ、キオ」


 言われた言葉に唖然とする。嫌われたと思ったシュテルンから親しげに呼ばれ、何が起こったのか理解できない。目を白黒させながら、積み上げられた本と彼を見比べる。その様子を見ていたシュテルンが噴き出し、笑う。

 思いがけず見た、彼の初めての笑顔で俺は更に混乱した。しかし、彼はさっさっとやれと容赦なく本の山を押し出してくる。状況が理解できないが彼の視線に促され、おずおずと本に手を伸ばす。すぐさま出された指示通りに本を開けば、彼は満足そうに頷いて、俺の正面の席に座った。

 シュテルンが何を考えているのかは分からない。ただ、虹の魔法が使えるようになるまでは、何があっても帰してくれる気が無いのだけは分った。もう少し共に居られそうな雰囲気に喜ぶ自身に気が付き、余計な事を言ってしまう前に今すぐ逃げ出したいと思った。


 しかし、俺を見据える黒がそれを許さない。


 逃げ出すことが叶わなかった俺はどうする事も出来ず、シュテルンの言うまま再び魔法の勉強を開始した。






 流されるまま、勉強を再開して早や数時間。あんなに高かった日は傾き、オレンジ色に変わり始めていた。

 あれから、俺はずっとシュテルンに言われるがまま、本を読んで知識をつけている。あの後、他の階からも虹の書物を持ってきた彼は、ただひたすら該当する辺りを読んで勉強するよう、俺に指示した。距離を置きたい俺は、途中不満の声を上げて帰ろうとしたが全て無視され、強制的に椅子へと連れ戻されてしまった。


「(一応、あれでも今までは遠慮していたんだな……)」


 彼の強固な態度を思い出し、そんなことを思う。


「光と光を反射させる水滴、観察者のなす角度が四十~四十二度となる位置に見られる。つまり、目線の高さより上に水を霧状に撒く感じだ。で、霧っていうのはこんな感じだ」


 虹の仕組みを解説した本を手に、内容を判り易くまとめて伝えてくれるシュテルンは言い終るや否や俺の顔に魔法で霧を吹きかけてきた。何か吹っ切れたような彼は、今まで以上に容赦なく、俺に対する態度や言葉遣いも大変雑になった。


「ッケホ! いきなりなにをする!」

「いや、霧は説明が難しいから体感して貰えばいいかと思って。このぐらいの細かさだ。分かったか?」

「わかった! 分かったから、それ以上かけるなシュテルン! 服が濡れる!!」


 彼の暴挙に非難めいた声をあげて制止すれば、ようやく霧の魔法を止めてくれた。


「(幾ら俺の出来が悪いとはいえ、この仕打ちは無いだろう!? 王族を敬う気持ちが無さすぎだ!)」


 霧の魔法で濡れた顔を拭いながら、つい文句を言ってしまう俺は悪くないと思う。幾ら感覚で使っていて説明できないとはいえ、実体験させるのは流石に違うと思うのだ。


「解ったか?」

「ああ、お蔭様で、何となくはな」

「何となく? なら、念の為、もう一回体感しておいた方がいいんじゃないか?」


 言葉に込めた不満を敏感に感じ取ったのか、意地悪くそう言ってくるシュテルンに反射的に言い返す。


「いらん! もう十分解った!」


 言ってから、またやってしまったと後悔する。先ほどの決心は何処へ行ったのか。自分でもそう感じるほど、俺のシュテルンに対する反応は気安ものになってしまっていた。これ以上親しくならないようにしようと思ったのに、遠慮の無いシュテルンの言動に釣られ、つい気安く言い返してしまう。距離を置こうにもその術が分らず、先ほどからずっとこんな感じだ。

 しかし、この気安い言い合いが、なんだか気の置けない関係になったみたいで嬉しいと思う俺は相当馬鹿なのかもしれない。早い段階で距離を置いておかなければ、辛くなるのは目に見えているというのに。見放すことをよしとしないシュテルンが相手では、救いを求めてしまってからでは遅いのだ。


「(でも、心なしかシュテルンも嬉しそうに見えるのは、俺の願望だろうか……?)」

「じゃぁ、もう一度やってみるか」

「っ! そうだな」


 そんな事を思っていた所為か、急にかけられた言葉に驚き、声を上げそうになった。しかし、寸前の所で飲み込み、返事を返す。真剣に魔法を教えてくれている彼に、余計な事を考えていたのがばれない様に、そそくさと柵に体を寄せて腕を伸ばして、魔法を使う準備をした。一端深呼吸して心を落ち着けた後、今日一日で感じられるようになった己の中の魔力をゆっくりと動かす。


「魔力を一。水属性にして、細かく……、これを目線より少し上の髙さに弧を描くように――投げる」


 ふわっと散った俺の魔力は僅かに光彩を見せて消える。


「っ! 見たか、いまの!」


 一瞬見えた光景に興奮し、シュテルンの腕を掴む。見れば、彼もわずかだが嬉しそうに笑って頷いてくれた。


「みた。後はもう少し魔力量を増やして勢いをつければ、次はきっと上手く」

「そうか! そうだな! 次は成功させる!!」

「がんばれ」


 かけられた応援に気合が入る。なんだか次は上手く行きそうな気がして、ドキドキしながらに先ほどよりも慎重に魔力を練り込む。


「魔力を一。水属性にして、(さっきの霧みたいに)細かく……、これを目線より少し上の髙さに弧を描くように――勢いをつけて、投げる!」


 先ほどよりも勢いをつけて放った魔法は、スッと放物線を描いて手から離れた。それは体感させられた霧の様に細かく散り、水属性を帯びたその魔力達が空気中の水を纏いながらオレンジ色に染まった光を反射し、一斉に七色に輝く。

 そして、俺の目の前に大きな七色の橋が出来上がった。

 きらきらと輝く虹は向こう側に見える柵と俺を繋ぐように架かっている。


「――――できた」

「綺麗に、できたな」


 上手く虹がつくれたことに感動し、つい零れてしまった言葉に反応したシュテルンが俺を手放しで褒めてくれる。その言葉がくすぐったくも嬉しくて。沸々と喜びが込み上げてくる。


「ああ、きれいだ」


 子供の様な感想しか言えなかったが、達成感と嬉しさで胸が一杯だった。


「――――無駄じゃない」

「ん?」


 その雄大で、幻想的な虹に言い知れぬ達成感を感じる。今この瞬間くらいは、普通の子供の様に無邪気に喜ぶことも許されるだろうと、初めて自分で成功させた魔法に魅入っていた。そんな俺に、シュテルンは言葉をかけてくれたが己の魔法に酔いしれていた俺は上手く聞き取れなくて聞き返す。ふわふわした気分のまま、シュテルンを見れば驚くほど真剣な顔で俺を見ていた。


「――――これだけ綺麗なものが創れるのだから、キオの魔法は無駄なんかじゃない」


 続けて告げられた言葉に一瞬、呼吸が止まった。


「どれだけの人が無駄だといっても、そんなことは関係ない。キオが、そいつらの言い分を聞いてやる必要も無い」


 そして言い切られた言葉に、戸惑う。

一体彼は、どういった意図でこのような事を言ってくれているのだろうか? 同時に止めて欲しいとも思った。あまり優しくされると、迷惑をかけると知っていながら側に居たくなってしまう。


「無駄かどうかを決めるのは、いつだって自分だ。だから、キオのしたいようにすればいい。魔法が学びたいのなら、どれだけの時間がかかったとしても学ぶべきだ。役に立つか、立たないかは学んでみないと分からない。――――でも、きっと、その時間は、決して無価値なものなんかじゃ無い」


 真っ直ぐな目で告げられた言葉は、とても嬉しいものだった。何故そんな言葉をくれるのか分からない。しかし、決意のこもった言葉は、力強く俺の心に響く。


「俺が手伝うよ」

「シュテルン?」

「俺が手伝う。キオが、キオらしく生きられるように。そばに居る。魔法が好きなら、二年後に一緒に魔法学校に行こう。まだ、二年あるから今から動けば何とかなるかもしれない」

「シュテルン、そう言ってくれるのは嬉しいが、俺は、」


 彼の言葉と提案に歓喜する心と、浮かび上がる淡い期待を必死で押し込める。差し出された救いの手を取ることは出来ない。そんな資格は俺には無いのだから。贖罪の為に生まれた俺が、その手に縋ることは赦されない。それでも、喜びに震える心は、煌めく銀色から逃れられない。………………逃れたくないと、思ってしまった。


「キオが諦める必要なんてない。――――どうせ、たった二十年しか生きられない命ならやりたいことをやって! せめてキオらしく生きろよ! 自分の足で!」

「っ!」


 必死に己を律して足掻く、俺の決意を吹き飛ばすかのように、彼は更に力強く叫んだ。


「俺が! 絶対に何とかするから! …………自分らしく在ることを諦めるな」


 そして、そんなことを言ってくれる。何故、シュテルンは俺なんかの為に此処まで言ってくれるのだろうか? 


「俺が、まだキオと一緒にいたいんだ。俺が入学するまでの二年間じゃなくて、この先もキオと、ずっと、一緒に」


 シュテルンの真摯な言葉に息を飲む。そんなことを言われたら離れられなくなってしまう。彼から与えられた救済の言葉が嬉し過ぎて、胸が苦しい。

 この込み上げてくる涙は、何なのだろうか?

 一体何が起きたのか? 

 彼はどうしたのか? 

 何故こんな事を言ってくれるのか? 

 分からないことだらけで、思考が止まる。どうしたらいいか分からない。いけないと思いつつも、息もつけないくらいの喜びと幸福感が俺を支配する。


「――――だから、俺と一緒にツォベラに行こう。キオ」

「っあぁ!」


 そして、再び差し出された手を取ってしまった。

 俺は決して赦されない過ちを、たった今犯したのだ。

 流れる涙は喜び故か、それとも彼の優しさに縋ってしまった情けなさ故か分からない。

 この生は贖罪の為にあると知っているのに。

 俺が側に居ることは、決して彼の為にはならぬと知っているのに。

 それでも、握り返されたこの手を放したくないと思った。

 俺はなんて欲深く、罪深い存在なのだろうか。

 それでも掌に感じる彼の体温は、放し難いほど暖かくて。

 感じた温もりに、俺は生まれて初めて、この世界で生きていることを神に感謝した。


 一応、ここで一区切りです。次に投稿する時は、シュネー祭の前日から終わりまでをまとめて投稿する予定です。また日にちがあいてしまうかもしれませんが、気が向いた時にでも続きを見にきていただければ幸いです。

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