終わりと始まり
最終話です。ここまで長い文章を読んで頂きありがとうございました。
『私の言った通りだったでしょ? 確かに、己の欲を満たす為に他人を傷つけ命を奪う愚かな人間もいるけれど、こうやって命を賭けてでも誰かを守ろうとする人も確かに居るわ。人は、愚かで、欲深く、過ちと罪を繰り返す生き物よ。でもそんな中でも、大切な誰かを想い、守るために命を尽くす者も居るわ。その盲目的なまでの愛は、この世の何よりも儚く、美しいのよ』
そう言った彼女は腰に手を当てて、もう一方の手で黒神に人差し指を突き付けていた。世界の創造神たる黒神モーント様にそんな命知らずな態度をとる彼女は、純白の衣を身に纏い、腰まである白に近い金の髪を緩やかに波打させ、海のように深い青色の瞳をしている。その姿は、黒神の対にして昼と光、休息と生を司る女神そのものだった。
「白神、フェーブス様?」
『大体、貴方は頑固で――――。あら、ごめんなさい。自己紹介がまだだったわね。私は白神フェーブス。この頑固者の対になるもの。昼と光、休息と生を司っているわ』
黒神に詰め寄っていた女性、いや女神は、俺の呟きに軽く答えると、何故かにこにこと音が聞こえそうなほどの笑顔で俺の側に寄ってきた。
『あなたのその目、よく覚えているわ。誰かを一途に想って、全てを犠牲にするのはその罪深き血の所為なのかしら? ゲシュテルはポーラの為に数多の命を奪ったもの』
頬に手を当てて、目を覗き込まれる。その近い距離に手を振り払いそうになったが、彼女が白神であることを思い出し思いとどまる。俺の目を見て考え込む、女神にどうしたらよいのか分からない。この状況をどうにかしたくて、言葉を探すが思い浮かばず困惑していると、女神が突然その顔を曇らせ、徐に口を開いた。
『ごめんなさい。本来なら対である私がモーントの行いを諫め、正さなければならなかったのに。私はその役目を放棄してしまっていたわ。その所為で、貴方と彼には多くの苦悩と悲しみを与えてしまった。――――本当に、ごめんなさい』
『フェーブス! お前が人の子に謝罪すべきことなど何も無い!』
悲しげに謝罪の言葉を述べた女神を、諫めるように黒神が声を張り上げる。しかし、その言葉に女神は眉尻を上げ、黒神に負けじと声を張り上げた。
『黙りなさい! 最初に過ちを認め、罪を償うことを求めたのはあなたよ、モーント。だというのに、貴方は過ちを認めず、罪を償わないつもりなの!? 確かに、人の子らは欲望に負けて罪を犯したわ。でもその償いを、今を生きるこの子らに求めるのは間違いだと、貴方も気が付いたはずよ! 彼らは十分、罪を贖ったわ。今度は、私達が過ちを悔い改める番よ!』
『ぐ!』
怒れる女神は凄い勢いで、黒神に捲し立てていた。その迫力にモーント様は押し黙った。反論しようと、口を開いたり閉じたりするが言葉が見つからなかったのか、結局そのまま口を噤んでしまった。
黒神のその様子を見て、満足げに頷いた女神は再び俺の方に体を向け、慈愛の籠った眼差しを向け言った。
『貴方が大切に想う人の隣に在ることは、決して過ちではないわ』
女神は強く優しい声で、先ほど俺が黒神に問いかけた言葉に、欲しかった答えをくれる。
『たとえ相手が罪人であったとしても誰かを惜しむことは罪にならないわ。誰かと同じ時を共に生きたいと願うことも決して赦されざる願いなんかではない。貴方の望みは、過ちでも罪でも、赦されざることでもない。――――貴方が抱くその想いは、何よりも貴ぶべき、人の心だと私は思うわ』
女神の言葉に様々な感情がせめぎ合い、胸が詰まった。目が熱くなるのを感じる。そんな俺を見て、女神は小さく笑うと再び黒神に向き合った。
『貴方もそう思うでしょ? モーント』
女神の問いかけに、黒神は眉を顰めるが、すぐに大きくため息をつくとその表情を変えた。
『ああ。――――誰かを想い、未来を思い描くことに罪など無い』
そう言った黒神はあのつくられた慈愛の表情とは違い、優しげな瞳で俺を見た。
『すまなかったな、人の子よ。いつまでも赦しを与えず、過ちを犯したことにも気が付かなかったのは私の方だ。贖罪に固執し過ぎて、罪を背負わせるべき相手を見誤ってしまった』
『本当に、ごめんなさい。もっと早くに対である私が諫めなければならなかったのに。モーントに偉そうに言っておきながら、多分、心の何処かで私も貴方たち人間が過去に犯した過ちに囚われていたんだわ。対である私には呪いを解くことも出来たのに、解こうとしなかった。その所為で、見守り慈しむべき人間を大勢傷つけ、悲しませてしまった。人の儚い命に次など無いと知っていたのに』
そう言った女神はとても悲しそうで、後ろで彼女の言葉を聞くモーント様も何処か苦しそうな表情をしている。悔いた様子の二神に謝罪の言葉を贈られた俺は何も言えずにただ首を振ることしか出来なかった。
『モーント』
言葉の出ない俺に、優しく笑いかけると女神は黒神に何かを促す。そして、そんな女神に頷くと、黒神は聞き取れない言葉で何かを紡ぐ。そして、言葉に呼応するように淡く光り出したその手を人々に向け、撫でるように動かした。その動きに合わせ、淡い光は広がり光の粒となって人々に降り注ぐ。
『これで人々の罪は赦され、戒めは解かれた』
淡い光が雪のように降る幻想的な光景に見惚れていると、不意に黒神がそう言った。その言葉に首を傾げれば、女神が微笑みながら説明してくれた。
『王族の者達にかけられた呪いは解けたわ。今後は二十歳まででなく、王族も普通の人の子らと同じように、その魂の寿命が尽きるまで生きられるわ』
与えられた言葉は、俺が何よりも欲したものだった。しかし、現実味の無いその言葉に俺はもう一度、恐る恐る神々に確認する。
「キオは二十歳になっても死なないのですか?」
夢に描いた未来が、夢ではなく確かに此処に在るのだと確認したかった。
『勿論。少なくとも、十年後も二十年後も生きているでしょう。人の子らの寿命は八十歳くらいでしょう? 彼らも普通の人の子らと同じくらいは生きられるわ』
そのフェーブス様の言葉に、キオ達を見る。神々の言葉を聞いていたのであろう各国の王族の方々は皆自分の胸元を確認していた。
「紋様が消えてる!」
そう叫んだのはこの場に居る王族の中では最年少の、グルートのロート王子だった。そして、似たような声がそこかしこから上がりだす。そして、恐る恐る胸元を覗き込んだキオは俺を見て叫んだ。
「無い! シン! 紋様が消えた!」
そう言いながら駆け寄ってくるキオに、俺も駆け出す。ほどなくして、向かい合った俺にキオは紋様があった場所を見せるように、自身の胸元を広げてみせる。
「見ろ、シン! 無くなった!」
広げられた胸元を覗き込めば、確かに心臓の上に刻まれていた紋様が消えていた。キオを見れば、興奮しているのか頬を紅潮させている。その上、僅かだが目が潤んでいた。
その嬉しそうな表情を見て、張りつめていたものが切れるのを俺は感じた。
「……よかった」
「シン?」
「……もう駄目かと思ってた。俺じゃ、駄目なのかと。……俺は、何も出来ないのかと、おもっ、あの宮廷魔術師みたいにっ、なにもっ!」
ずっと願い続けていた瞬間を迎えて、何よりも喜ばしいはずなのに、俺は流れる涙を止められなかった。キオに伝えたいことが沢山あるのに、言葉に出来ない。幾つもの滴が頬を伝うのを感じて袖で拭うが、次から次へと溢れてくる涙を止めることが出来ずにいた。
「シン。――――ありがとう」
そんな情けない俺を見て、キオはそっと俺の手を取った。あの日と同じように、温かいキオの手は、彼が確かに生きて此処に居ることを俺に教えてくれた。
「キオ」
「何だ?」
震える声で名を呼べば、すぐに返事をしてくれる。俺は、そんなキオの手を強く握り返し、空いている手で涙を拭った。
「十年後、また、白銀の花畑を見に行こう。今度はお互い、愛しい人を連れて、四人で」
涙を拭い、キオを見つめながらあの日、言いたくても言えなかった言葉を伝える。繋いだ手の熱が心地よかった。
「ああ! 勿論だ!」
そう答えたキオの声は震えていた。
『それじゃぁ、私達は戻るわ』
俺とキオが、交わせなかった十年後を改めて約束し、ひとしきり二人で泣いた後。その様子を静かに見守っていてくれた、神々に手招きされた俺達は、彼らの元に向かった。俺達の繋がれた手を見て、頷き合った神々は喜びに沸く周囲を見渡し、俺達に帰還を告げた。
「戻られるのですか?」
そう尋ねたキオに神々は頷く。以前読んだ本に神々は普段、神界という所で暮らしていると書いてあったから、そこに戻られるのだろう。
『ああ。お前ら王族には長い間、辛い思いをさせた。今後は、神界でお前達の営みを見守ることにする』
『そうね。きっと私達は、人々の暮らしに手を出し過ぎてしまったのね。私達が余計な力を与えたりしなくとも人の子はこの大地に足をつけ、逞しく生きて行けるのに』
少し寂しそうな表情でそう言った女神は親離れする子供を見守る母親の様だった。誇らしく、嬉しいけれども、少し寂しい、と言った表情を浮かべる女神の肩を黒神が抱き寄せる。
『我が共に居る。我らは唯一無二の対なのだから』
『モーント』
見つめ合う二神に、なんだか微妙な空気が広がる。
どうすんだこれ、といった顔でキオを見れば、諦めろと首を振られた。そんな俺達の無言のやり取りに気が付いたのか、慌てて離れた二神にちょっと白い目を向けてしまった俺達は決して悪くないはずだ。
『えーと。ごめんなさいね。それで、此処からが本題なのだけど、私達の過ちを気が付かせてくれたお礼に、二人にささやかだけど加護を与えたわ。それで二人に与えた加護なのだけど「フェーブス様」』
俺達の視線に気が付いて、慌てて話始めた女神の言葉を遮る。神様に対して無礼もいい所だが、なんだかこの人間臭い神様達ならば許してくれそうな気がするので気にしないでおく。
「フェーブス様。その御心は大変嬉しいのですが、俺に加護は必要ありません」
「私も、必要ありません」
そう言った俺にキオも続く。そんな俺達を見て目をパチリとさせた女神と黒神は顔を見合わせて、困ったような、申し訳なさそうな表情で俺達を見比べた。
『えーと、もしかしていらなかったかしら? でももう与えちゃったから、今から消したり出来ないし』
「与えた加護は消せないのですか?」
困ったようにつぶやいた女神の言葉に、キオが不思議そうに尋ねる。
『消せん。一度与えたモノは、その魂の寿命が尽きるまで残る』
『効果を消す方法が無い訳ではないの。でも、その場合、与えた加護と反対の性質を持つ加護を与えることになるから、加護を完全に無かったことには出来ないの』
「神様にも出来ない事ってあるんですね」
申し訳なさそうな二神に、キオは身も蓋も無いことを事も無げに言った。悪気はないのだろうが、俺が何度も飲み込んだ言葉をあっさりと言い放つキオに、心臓が止まるほど驚く。
「(おいおい、仮にも神様なんだから、そこはオブラートに包んでやれよ!)」
心が読めたら憤慨されそうなほど失礼なことを思う。しかし、やはり心は読めないのか二神は俺の失礼なもの言いに怒ることも無く、キオの物言いを諫めることなく普通に返事を返した。
『我々とて、全知全能ではないのだ。だから、今回のように過ちを犯すこともある。先の件と言いお前達には余計な事ばかりしてしまっているようだな。――――――重ね重ね、本当にすまない』
項垂れ、深く頭を下げる黒神に慌てる。周囲の人々もひとしきり喜び終わったのか、俺達と神々を見てざわめき始めている。その状況に、まずいと思った俺は解決策の無い問題はひとまず棚に上げておくことにした。
「それならば、無理に消さなくても結構です。その御心はとても嬉しいものですから。――――ただ、消せないというのであれば、その与えて下さった加護の内容を教えずにいただきたいのです」
『どんな加護を与えられたか気にならないのか?』
俺の言葉を意外そうに聞き返す黒神に、俺とキオは顔を見合わせた後一つ頷き合った。流石親友。俺の考えは分っているらしい。任せろ、とでもいうような笑みを浮かべてキオは神々に向き合う。
「与えられた加護は大変有難く、そして気にもなります。しかし、私達はその加護に頼らずに生きていきたいのです。自分達の足で、一緒に」
キオの言葉に俺も頷く。
「フェーブス様とモーント様が対であるように。俺には過ちを諫め、支えてくれるキオが居ます。俺が過ちを犯したらきっとキオが正してくれるし、立ち上がれなくなったら、側で支えてくれるでしょう。俺がそう在りたいと思っているように。――――だから、加護は知らなくていい。いや、知らなくとも生きて行けます。キオと一緒なら」
言い終ると同時に繋いだ手に力を込める。キオもすぐに強く握り返してくれる。その力強い温かさは、生きている証拠だ。大丈夫。この手があれば生きていける。そう、改めて思う。
そんな俺達を二神は慈愛の籠った表情で見守っていた。
『よく分かったわ。与えてしまった加護は消せないけれど、その効果は伝えないでおくわ。もしかしたら、貴方達には必要の無い加護だったかもしれないわね。あっても無くても、きっと貴方達は変わらないわ』
そう、笑う彼女は確かにこの世界を創造した神の片割れなのだと思った。だって、母なる女神が俺達を見る目は何よりも温い。
『そうだな。私達が、諫め戒め無くともお前達は大丈夫だろう。罪を認められるお前達なら、過ちは犯しても道を外すことは決して無いだろう』
厳かな声で、そう言外に信頼を滲ませる声は温かい。白神と共に世界を創造した父なる神はきっとその金の瞳で人間の営みを静かに見守り、導いてくれるだろう。
『さらばだ。人の子らよ。――――それから、捧げられたこの白き花は、人々の贖罪の証として確かに貰い受ける』
『その儚き生が喜びと幸福に彩られていくことを、願い、祈っているわ』
そう言って二神はシュネーの花束と共に淡い光の跡を残して、溶けるようにその姿を消した。
光が消えゆくのを見届けた後、俺達はどちらともなく互いの顔を見た。
「いくか」
「そうだな。――――――ああ。そうだ、シン。お前覚悟しろよ?」
キオの言葉に俺は首を傾げる。はて、覚悟とは一体何のことだろうか?
「あれだけ、勝手なことをしたんだ。エレク殿は勿論、お父上や国王陛下からもお話があるだろう。無論、俺からもな」
にぃ、と笑って悪戯っぽく告げられたキオの言葉に、この後の事を想像して青くなる。何処かに逃げようとしたが、それは叶わなかった。
「逃げられると思うなよ?」
しっかりと握られた手をわざとらしく掲げてみせたキオに、俺は顔を顰める。しまった、これでは逃げられない。
「さぁ、楽しいお説教の時間だ、シン。――――――――俺も、一緒だから安心しろ」
楽しそうにそう言ったキオに、俺は抵抗を止め大人しくついて行く。その手を振りほどいて逃げようとは思わなかった。
「お前も一緒に行くのか?」
「勿論。お前を見張っていなければならないからな。一緒だ」
そう言いながら歩く俺達の手は、確かに繋がっていた。
最後まで読んでいただき有難うございました。
物語はシュテルンの視点で終了しましたが、今後はシリーズでキオの視点でも書いてみたいなと思っています。あと、余裕があったら他の国の王子様達の話も書くかも?




