4.正直に言うと、写真を撮るときに乳製品をわたされても困る
『あ』
私たちの声が重なった。エレベーター内に光が満ち、真っ赤な男性があらわになった。
「死ん、でる……」
何を今更、という感じだが、人間は視覚にたよる生き物だ。見なければ、死体がある、ということが認識できなかった。
「ああ、やっぱり僕は、殺したんだ……」
彼の声も震えていた。私と同じことを感じていたのだろうか。
彼は、パーカのフードをかぶって、私に背を向けていた。顔を覚えられないように、という考えだろう。
ちょっと、捕まってもいい、と言っていたあなたはどこにいったの?
「僕はすぐ上の階で降りますね」
動き出したエレベーターの中で、彼は四階のボタンを押した。
え、降りちゃうの?そう思ってしまった自分がいたのは否めない。だって、考えてみれば、彼が降りれば、エレベーター内に、私は死体と二人。嫌だ。そんな恐怖体験は絶対に嫌だ。
「や、だ。ヤダ、おいてかないで」
そう言ってから、おどろいて口を閉じた。今までの冷静な私とは思えない、幼稚な言動をしていたのだ。
彼も、戸惑っているようで、表情は見えないけれど、困惑が伝わってきた。
「まあ、死体と二人が嫌っていうのはわかりますけど……。僕だって殺人犯ですよ?五階のボタンを押しておきますから、そこで降りてください」
私は頷いた。体の震えはもう収まったけれど、まともな声をだせる自身はなかった。
エレベーターはすぐに四階についた。その時間は、さっきまでの暗闇が嘘のように、一瞬だった。
「じゃあ、僕はここで降りますね。できれば、僕の人相とかは言わないでほしいんですけど」
「一緒にいたのは、ほとんど暗闇だったでしょ。覚えていませんよ」
彼の言葉に、やや冷静さを取り戻した私は、ようやく返答することができた。
あ、そうだ。人相で思い出した。
「はい」
「え?」
エレベーターから降り、一歩踏み出した彼が振り向く。
「チーズ」
カシャリ。
私の携帯電話は、エレベーターが閉まる寸前で、ギリギリ彼の顔をとらえた。
嘘つき?いえいえ、策士と呼んで。
「えー……そんなにイケメンじゃない」
思わず本音がもれる。ああ、私はこんなときに、何を話しているのだ。いや、こんなときだからこそ、どうでもいいことしか言えないのか。
震える体を両手で抱きしめる。携帯電話が手からすべり落ちて、血が付着した。
「怖かった……」
自分でも、よくあんなことができたなと思う。死体をみて、あれほど怖かったのに。
でも、これできっと、彼はすぐに捕まる。
「とりあえず……五階に降りたら、彼が待っていそうだし」
開いたドアを、瞬時に閉める。
「で、念願の一一〇番」
たったの三クリックが、なかなかできなかった。
「はい、警察です。事故ですか、事件ですか?」
ほら、やっぱりエレベーター内でも通じるじゃない。
「えっと……」
とりあえず、状況説明を。
「いま御堂さんとエレベーターに乗っているんですけど」
これで完結です。読んでくださってありがとうございました。