観察記録11_酒の肴(1)
ルルセラの行きつけの店。且つ、見ず知らずの男(と補佐官)を連れて行く店。そのベン図の重なり合う部分に一体どんな店が存在するのか、今ひとつ見当が付かなかった。
ベールに包まれた店へ向かう道すがら、マスターは「ケルカスです」と自己紹介した。対するルルセラも、「ルルセラ・レーグスです」と名乗り、「こちらは補佐官のアルトです」と俺を紹介した。
その後は、取り留めのない世間話が続いた。マスターは演技が上手かった。でもどうしてか、ルルセラの方が上手に見えた。にもかかわらず、目を離してはいけないような危うい感じが拭えなかった。
マスターが「どんなお店なんですか?」と聞いても、ふふっと笑って躱す。が、見ようによっては、躱すというより、普通ににこにこ笑っているようにも見えるのだ。
そうこうしているうちに、目的地に辿り着いた。
「ここです」
と示された場所は、酒場だった。……酒場、か……。
戸を開けると、ドアベルがカラン、と小気味よく鳴った。が、そんな音、誰の耳に届くというのだろう。店内はほろ酔いの客の喧騒で溢れ返っている。
酒場、か……とまた何とも言えない気持ちになったものの、ガラの悪い男の溜まり場の類ではないことだけは救いだった。夜も浅い時間だからか、泥酔客の姿は見当たらない。見たところ、仕事帰りの男たちの憩いの場、といったところか。そう、男、男、男……そこに一人、女性が現れた。
「ああ、いらっしゃい!」
その人は、目尻に皺を湛えながら、俺たちを出迎えた。歳の頃は三十を過ぎたあたりだろうか。親しげな笑みは、主にルルセラに向けられている。俺たちに向ける眼差しには、少し好奇の色が見て取れた。
「奥の席、いいですか」
ルルセラが尋ねると、「どうぞどうぞ!」と大きな声で答えた。
どうやら、「行きつけの店」というのは本当らしい。別に疑っていたわけではないのだが、何となく、「えっ本当なのか……」という気持ちにはなった。
ルルセラは、すたすたと店内の端の席を目指す。俺は最後尾を行くつもりでいたのだが、隣の大男が何故かなかなか動かなかった。
訝しんでちらっと目を向けると、目が合った。俺を馬鹿にするかのように片頬でフッと笑った後、満足したように、歩き出した。
心が、ざわざわとする。何なんだ。何だってんだ?
マスターは今、何を考えている?
性格が良いとも言えないが、性根が腐った男ではないはずだった。だからこそ、今までついてきた。でも、やっぱり性格は良くないし、何より読めないところがある。そして、やり手だ。この人が何か事に及んだ場合、果たして俺は止めることが出来るのだろうか。いや、そんな事になる前に、引きずってでもルルセラを連れ帰るが。いや、さすがに引きずったりはできないが……。
ごちゃごちゃと考えているうちに、俺たちがかけた円卓にジョッキが三つ運ばれてきた。流れで乾杯をする。ルルセラは、杯を傾けて、ごくごくと喉を鳴らした。その飲料は、もちろんただの水などではなく、アルコールが含まれた代物だ。
ルルセラが飲酒しているところを、初めて見た。つまり俺は、ルルセラが酒に強いかどうかを知らない。行きつけ、と言うくらいだから、ある程度飲み慣れてはいるのだろうが……。
「あの……何故、承諾して下さったのですか」
おもむろに、マスターが口を開いた。ルルセラが、ん? という感じでマスターに目を向ける。
「あなたが、困っているのかと思いまして」
しれっと答えて、またごくごくと飲む。
ジョッキを置いた後、「?」が浮かぶマスターの顔を見て、「あれ、違いましたか」と言った。
「私に用があって……依頼したいことがあって、食事に誘ったのでは?」
……そうきたか。いや、そう考える方が自然なのか? もはや、よくわからなくなってきた。
「そういうわけでは、なかったのですが……」
マスターは少し動揺しているように見える。ほら、みろ。ルルセラは、一筋縄ではいかないんだって。ジョッキを手に取って、一口含む。マスターの困惑を肴に飲む酒は美味い。
「そうですか、じゃあ、困っているわけではないんですね……」
ルルセラは、何故か神妙そうな顔をした。
「……ないことも、ないですが」
ルルセラがぱっと顔を上げた。それを見たマスターは、はあ……と大袈裟にため息を吐いて、憐れさを演出した。
「実は……部下が全然、言うことを聞かなくて」
……何を言い出すかと思いきや、この機に乗じて、俺へのうらみつらみを吐き出すつもりか。
「はあ……それは、私ではどうにもできそうにありませんね……」
今度はルルセラが困惑の表情を見せた。
「でも、ルルセラ嬢にも、部下がいらっしゃるでしょう? 何かアドバイスをいただけませんか?」
「うーん……そうは言われましても、アルトは最初から優秀でしたし」
「へえ……それは、羨ましい」
マスターは笑っているのかいないのか判別しがたい眼差しを俺に向けた。束の間の一方的なアイコンタクトの後、その視線はルルセラの方へと戻っていった。
「まあ、今のは半分冗談ですが。私が言いたいのは、私は、あなたに願いを叶えてもらおう、などという下心を持って声を掛けたわけではない、ということです」
下心満載の男が、平然と嘯く。
ルルセラは依然として、合点がいってなさそうな顔をしていた。何だか、色々と不安だ。マスターの表情も、微妙に曇っている。
卓には何とも言えない空気が漂っていたが、ルルセラは意にも介さない様子で、二杯目を頼んだ。あるいは、周囲のガヤガヤが大きいせいで、気が付いていないのかもしれなかった。




