第81話 死刑執行
話の都合上仕方なかったのですが、少し重たい表現になってしまったかもしれません。
――――翌日 正午前。
アヅィール聖法国は聖職者が治める国であるため無抵抗の人間を殺すことを固く禁じている。これは国の上層部も例外ではなく、むしろ月下聖教の重鎮である彼らは率先してこの定めを順守しなければならない。そのため斬首刑が一般的なこの世界で、絞首刑は罪人が自発的に首を括ると言うことを前提としてこの国の死刑執行方法になっていた。
大聖堂から広場へ出て左に曲がった先にある聖騎士団の詰め所前では、絞首刑を行うための死刑台が設営されている。
前述の通り、大前提として月下聖教では罪人であっても命を無碍に扱うことはしない。その総本山とも言える大聖堂で死刑執行など以ての外である。噴水広場にしても聖女が声明を出す重要な場所であるため、死刑場には適していない。
このことから聖騎士団の詰め所にある修練場が死刑執行の際の会場として選ばれるのである。普段、激しい訓練をしているここであれば、耐えきれずに死者が出ることも稀にある。死刑場としてここに特設の死刑台が設置されるのは当然の結果とも言えた。
修練場には教皇を襲った愚か者の顔を見ようと多くの市民たち集まっている。この野次馬たちは修練場に入り切らずに正門の外まで続く有様であった。
そんな聖騎士団の詰め所には、上層部のみが立ち入りを許されるエリアが存在する。そして、そこにあるバルコニーからは修練場が一望できた。今回も聖女以上の上層部は椅子を並べて死刑台のほうを向いて座っている。
現在の上層部は聖女が五名、枢機卿が十名。そして教皇がいるわけだが、教皇は襲撃の療養でこの場にはいない。枢機卿のうち二人は地方視察に行っているためアヅィールを離れており、一人は体調不良により欠席しているので、この場には七名の枢機卿が思い思いに過ごしていた。
聖女の方はと言えば、枢機卿が座るエリアから少し席を離して座っている。ただし、現在三名が揃っているものの、そこまで会話は多くない。聖女という肩書であっても対立することが多いため、この場で言い争いにならないように一線を設けているのである。
そんな中、一人の聖女が馬車に乗って現れた。
「おぉ!聖女様だ!」
「ルナーリア様!あぁ、なんと神々しいお姿だ…。」
馬車から降り立ったのは聖女ルナーリアである。
ルナーリアの乗せた馬車は何とか民衆をかき分けて詰め所の玄関まで辿り着くと聖女を降ろして待機所へと向かっていった。ルナーリアはというと、付き添いの近衛騎士隊に囲まれながらバルコニーまで案内されていく。
「おぉ、ルナーリア。此度は大義であったな。」
「ありがとうございます。」
「ルナーリアよ、そなたのおかげでこの国も平和を取り戻すことができる、礼を言うぞ。」
「ありがとうございます。」
「今日も綺麗だね、ルナーリア。透き通るその素肌はまるで月明りのように美しい。」
「ありがとうございます。」
ルナーリアがバルコニーへ着くと枢機卿たちが次々に労いの言葉を掛けていく。だが、ルナーリアはその労いの言葉が如何に長文であっても、中身が労いを意味していなかったとしても短く礼を言うのみでさっさと自分の席へ座ってしまう。
「あら、ルナーリア様は本日もご機嫌がよろしいようですわね。遅れてご登場されるなんてどこかのお姫様みたい。」
聖女の内の一人がルナーリアに声を掛ける。いや、声を掛けるというよりは独り言のように嫌味を言っていると言ったほうが適切だろうか。それが分かっているため、当のルナーリアは修練場にある死刑台を見つめるだけで一向に取り合おうとしない。
「あ、あの…。ルナーリア様…。大丈夫でしょうか………。」
ここでそっと小声で話しかけてきたのは普段からルナーリアのことを慕っている聖女であった。
「大丈夫とは、どういった意味でしょう?」
ルナーリアが聞き返すと聖女はたどたどしく答える。
「あ、い、いえ、その………。ち、ちょっと、だけ、お元気じゃないように、感じたので…。」
「お気遣いありがとうございます。ですが、私は至って健康ですよ。」
「そ、それなら、良いのです。私の杞憂でした。すいません…。」
「そのように謝らないでください。私はあなたのその優しさが好きなのです。これからもご自分の長所を伸ばしていってくださいね。」
「は、はい!」
聖女はルナーリアに労いの言葉を掛けられて有頂天になって自席へ戻っていった。
バルコニーでそんなやり取りが行われている中、また一台の馬車が到着する。そこから現れたのは聖女の最後の一人。名前をカサンドラ、ルナーリアがやってくる前まで歴代最高の白魔導師と言われた聖女であった。
カサンドラがバルコニーへ着くと先ほどのように枢機卿が声を掛けてくる。ただし、その内容は当たり障りのないものでルナーリアのときのような下心を感じさせるものではなかった。
「カサンドラ様、ご無沙汰しております。お変わりないようで安心いたしました。」
「お久しぶりね、セシル。そちらの職場でもお変わりないかしら。」
カサンドラが席に着くといの一番に声を掛けたのは聖騎士であるセシルであった。セシルはルナーリアの近衛隊隊長となる前はカサンドラの元に配属されていた。そのためカサンドラへの忠誠はルナーリアへのものよりも篤い。
「私のような者に労いの言葉をいただけるなど勿体ないことでございます。カサンドラ様さえご健在でしたら、私はそれで十分です。あなたのためならば、私はどんな試練にでも耐えて見せましょう。」
「あら、それじゃまるであなたは私の近衛騎士みたいじゃない。これではルナーリアが可愛そうだわ。」
「おい、茶番はよさないか。見るに堪えないぞ、二人とも。」
カサンドラとセシルの会話に割って入ったのは聖女エヴァンジェリンである。聖女筆頭の彼女はこの癖の強い聖女たちを相手によくまとめ上げているといってよかった。これは彼女のリーダー的気質と市民からの支持、そして、聖騎士団副団長を兼任する彼女の近衛騎士の立場が大いに影響している。
「セシル、そもそもは貴様の不手際だ。自分が護るべき聖女様の元を離れて何をしておるか、この馬鹿者。」
エヴァンジェリンの近衛騎士である副団長は元々聖騎士団の団長を務めていた男である。老齢である彼はその地位を後進へと譲り隠居して老後を過ごしていたが、前副団長が流行り病で無くなってしまったことで現団長に期限付きで副団長となるように懇願されてしまったのだ。
また、時を同じくしてエヴァンジェリンの近衛騎士隊隊長も謎の事故により亡くなってしまったため、副団長となった彼が適任者が見つかるまでの穴埋めもすることになってしまった。これは余談だが、ここ最近では『団長の奴に騙された』が彼の口癖である。
「まったく。これでは聖騎士団の教育を一から見直さねばならんな。聖女は等しくこの国の宝だ。それを蔑ろにする不届き者は聖騎士には要らん。持ち場に戻り重々反省せよ。」
元団長の言葉ともなれば立場が変わっても重いものである。嬉々としてカサンドラと話していたセシルは苦い顔つきになりながら持ち場へ戻っていった。
「エヴァンジェリン様。あなたは少々融通が利かないのではありませんか。あれは私を慕う者が思わず声を掛けてしまっただけのこと、セシルを責めては可哀そうです。」
「カサンドラ、別に私はあの聖騎士だけを叱っていたわけではないのだがな。」
「あら、それでは誰が誰をお叱りになっていたのでしょう。」
「聖女筆頭の私が生意気な小娘に世の常識と誠実の意味を教えてやると言っているんだ。もう少し感謝したらどうなんだ。」
「聖女としての能力は私に遠く及ばない筆頭などいないも同然です。」
「ふん、私はお前のように口から先に生まれたわけではないのでな。神の啓示などは早々に降りてくるものではない。」
「それはあなたが神に愛されていないと暴露なさっていると考えてよろしくて?あぁ、これでは聖女筆頭どころか聖女失格ですね。誠に残念ですが、次の聖女選定では能力の欠如を訴える外にありません。あぁ…全く以て心苦しい限りです………。」
カサンドラは心底悲しそうな顔つきをして呟くが、その表情と心の奥底にある思いが一致しているとは限らない。
「私は別に神に愛されたいわけでこの国にいるのではない。我が信仰はこの大地であり、大地に住まう生命を尊ぶことこそが月下聖教の矜持だ。聖女はその伝道師の肩書に過ぎない。」
『ニャー』
二人がやり取りしている最中、ルナーリアの近くの手すりに何処からともなく猫が現れる。猫は一度座って一鳴きした後、すぐに立ち上がり屋根伝いにその場から降りていった。
思わぬ訪問者の登場に毒気を抜かれたカサンドラも、言いかけていた言葉を飲み込み大人しく座り直すことにした。
そして、その瞬間は訪れる。三つの鐘が鳴ったのだ。
「これより教皇猊下襲撃の首謀者である冒険者シュウの改心の儀を執り行う。罪人は前へ。」
枢機卿の一人が立ちあがり、集まった民衆に対して宣誓を行う。枢機卿の声に合わせて民衆をかき分けるように麻袋を被った罪人が聖騎士に囲まれて登場する。罪人は黒い頭巾を被った二人に引っ張られ絞首台へ登ると、そのまま首に縄を括りつけられる。この絞首台はレバーを引くことで足場が開き落とし穴ができるようになっている。
改心の儀とは死刑というと角が立つための方便であった。縄を括りつけられた罪人は己の罪の重さに悔い改めて自ら死を懇願するようになる。そして、聖職者の手により願いを成就させることで罪人が犯した罪と懺悔の念は晴れて次に生を受けるときには改心されている。と言うのが建前である。
実際には死んだ魂は等しく生命の環に加わり、記憶をリセットされたうえで次の生命へと宿っていく。転生神のような神の手によってその理を歪ませる力が働かない限りは、この世界でどんなものを信仰しようと同じであったが、この場ではそのような事実は意味をなさなかった。
黒頭巾で顔面を覆っている男たちは淡々と作業を進めていく。一人は見るからの大男で偉丈夫である。もう一人も相方ほどではないにしろ高身長で屈強な躯体をしていた。
男たちが作業を終えるのを見届けた枢機卿は再び声を張り上げる。
「懺悔の準備は整った。罪人よ、汝に後悔はあるか。」
枢機卿の問いに対して黒頭巾の一人が顔を近づける。そして片手を上げて枢機卿へと合図を送る。
「よろしい。汝の苦しみ、我々が解く手伝いをしてやろう。この場にいる皆が証人である。汝が苦しみから解放されたのちは清らかなる魂が汝を次なる生へと導いてくださるだろう。」
枢機卿は死刑執行の決まり文句を述べると片手を高らかに空へと掲げた。
これが死刑執行する最終の合図であった。枢機卿からの合図を見た男たちは二つあるレバーをそれぞれ掴み、息を揃えるようにして一斉に…………引いた。
『ガコン』という音とともに罪人の足場が開き落とし穴ができると、落とされた体が重りとなって縄が首に食い込んでいく。罪人は藻掻き苦しむが、藻掻けば藻掻くほどに首に付けられた縄はきつく締まっていく。
そこからどれだけ時間が経っただろうか。あれだけ暴れ苦しんでいた罪人は、先ほどまでが嘘のように大人しくなっていた。頭は垂れ下がり手足は脱力して動く気配がない。
「これにて、教皇猊下襲撃の首謀者は改心され天へと昇っていった!皆、この大地に祈りを捧げ、彼が再びこの地を踏むことが許されるよう願い届けようではないか!」
枢機卿が宣言すると、その場にいた全員が両手を顔の前で組んで片膝をつき祈りを捧げる。
だが、この祈りは民衆の騒めきによって途中で中断されることとなる。
死体であるはずのその罪人は、自らの足を大地へ付け立ち上がっていた。




