第58話 後始末
クージル国での激動から十日後、僕たちはフィフス城へと戻ってきた。
本来なら四日もあれば余裕で着く距離だというのに何故そんなにかかったのかというと、ナインフォート正規軍を待っていたからである。
体裁として王国軍が勝手に国境を越えてしまうと侵略となってしまう。そのため僕がクージル国国家元首カーンからの書状を持ってフィフス城まで飛んだのだ。内容は『深刻な統治不和が起こってしまったため仲裁をしてほしい』というもので、遠回しに支配ができなくなったから助けてほしいということである。クージル国はナインフォセア王国に宣戦布告したため書状は降伏文書となっていた。
ということは、もちろんカーンとその一味は拿捕されるわけだが、ヴィクターの計略によりその全てが天へと昇ってしまったためにカーンとバルバドスの二人だけが拘束されることとなった。ちなみに、バルバドスの相棒であるドラゴンはモンドムール山脈へと逃れている。
そのことも織り込み済みで話し合った結果なので、悪魔の二人も大人しく従っている。
『意識が混濁していたとはいえ、首都を死の都に変えただけでなく無用な犠牲を出してしまったことは誇り高き龍種の恥である』とはカーンの言葉である。自分は龍王となりエクロキア大陸を支配地としたかったのであって、全てを亡き者にしようなどとは考えていないとも言っていた。
初対面ではシルを傷つけたことで頭に来たけど、この二人の考え方は意外と嫌いではない。悪魔というと皆ジキアスや噂のヴィクターみたいに狡猾な性格をしているものだと思っていたけど、人間と同じで性格や能力の優劣は十人十色なのだと言われてやけに納得してしまった。
そんなわけで、僕が書状を届けてナインフォート正規軍とともにハマンへ戻ると、イーヴリン王女が正規軍の責任者に早速命令していく。一通り命令を下した後は責任者に一任して、フィフス城へ戻ってきたのがつい先ほど、というわけだ。
「それで、なぜお前が行く必要があったのだ?イーヴリンよ。」
僕たちは今怒られている。それもナインフォセア王国国王その人に、だ。
フィフス城は先の戦いで謁見室が崩壊してしまったため、国王が今いるのは大会議室となっている。僕たちはフィフス城へ帰還して早々、ツィワン侯爵が話があるとのことで会議室へ案内されたのだ。会議室に入るなり国王が一緒に待っていたことに面食らった僕たちだが、国王から『無礼を許す、そこへ座れ』と言われれば従う他にない。
「お父様、これはワタクシなりの考えがあってのことでございます。いくらお父様といえど、ワタクシの信念を曲げることはできませんわ。」
イーヴリン、いや、イヴ様は着替えていないので冒険者風の恰好をしている。手に持っている扇子も王女が持つような飾り扇ではなく鉄扇であるため言葉とのギャップがすごいことになっていた。しかし、イヴって呼ばないことで怒られたのはさすがに初めての体験だった…。
「お前がどんな信念を持っているかは知らんが、王家の人間として相応の振舞いをせよ、と言っておる。そのような格好で抜け出した挙句、他国で大立ち振る舞いをしてみせるなど前代未聞じゃ。」
「あら、お父様もお若い頃はそこのツィワン将軍閣下と、それは素晴らしい武勇伝を繰り広げられたと教えてくださったではありませんか。ワタクシがお父様に憧れてしまうのも無理ないことですわね。」
お、おぉ…。時の権力者の舌戦、怖い……。
「ぐぬぅ…。まぁ、今回は大事にならなかった故、不問とするがもうこのような真似はせんと誓え。よいな?」
「不要な真似はいたしませんと肝に銘じます。」
あ、王様の顔が引くついてる。約束守らない気だよ、これ。必要に応じてお出かけしますって言ってるようなもんですもんね。王家の会話、怖い……。
「ふぅ、まったく。そのお転婆は誰に似たのやら…。
時に蒼天の牙諸君、並びにルスト正規軍第三部隊隊長オルレア、中隊長セズ。お主らはよくやってくれた。先んじて新たな脅威を排除してくれたこと、礼を言う。
特に中隊長セズは粗忽者の我が娘のことを身を挺し守り抜いたと聞く。傷の方はもう良いのか。」
まさか国王からそのような話が振られると思っていなかったためセズさんは驚きを隠すことができず、真面目な表情を崩さない様に気を付けていたにも拘らず間抜けな顔になってしまう。
「え!?あ、はい!問題ございません!傷は直ぐにクリスチャーノ様により治療していただきましたので!」
驚きのあまりシドロモドロで答えるが、約束は覚えてくれていたようだ。あのときはクリスも限界がきていたから無理をしないように僕がセズさんを治療していた。ただ、僕の魔法はクリスが扱うものとは体系が違うらしく白魔術と呼ばれている。白魔術は転生者にしか使えないから人前で使わない様に気を付けていたのだ。
なので、誰かに治療のことを聞かれたらクリスのおかげ、と答えるように口裏合わせをしていたのである。
「そうか、さすがは我が自慢の孫じゃ。ルストが王子であったならもっと可愛がってやったものを、あの愚息めが…!」
あ、王様が辺境伯へ恨みの念を飛ばしてる。急に倒れたりしてないかな、辺境伯。
「あぁ、話が逸れたな。クリスチャーノも中隊長セズも良くやってくれた。あとで褒美を取らせよう。何か望むものはあるか。」
「え!?ほ、褒美!?…。いえ、私は一介の兵士に過ぎません。
騎士団に所属しているとはいえ平民でもあります。我が命は他でもないルスト辺境伯や閣下の血族たる皆さまのためにございます故、ありがたいお言葉ではございますが謹んで辞退させていただきたく存じます。」
セズさんが気を取り直してカッコいいことを言う。オルレアさんもそうだけどルスト正規軍の皆は忠誠心が厚い人が多い。なんだかクリスも誇らしい顔をしてる気がした。
「ならば、ワタクシから提案がございます。セズ、ワタクシの側付きになりませんか?」
なんと!ここでまさかの王女様から新提案である。
この世界で側仕えや側付きとは、主従関係が成り立つことを前提として同じ屋敷に住み同じ食事を取ることが許され、その身分は家族同様に主人の名の元で護られるというものである。王家の側付きともなれば常に王女の横に付き、公務の際は身辺警護を一任される重要なポジションとなる。謂わば大出世であった。
「ほう、イヴがそこまで気に入ったか。しかし、本人の意向もあろう。セズよ、どうなのじゃ。」
「あ、いや、しかし…。俺は……。」
セズさんはオルレアさんを横目で見ながら言い淀む。その顔は困っているというよりも迷っている顔のようであった。
「セズ、私はお前を高く評価している。どこに出してもお前なら必ず上手くやれるだろう。実家の親御さんにもこれまで以上の仕送りをしてやれるんだ。お前の望むままに答えるといい。」
オルレアさんからその言葉を聞いたセズさんは逡巡したうえで国王へ返事をする。
「国王陛下に申し上げます。誠に勝手ながら先ほどの辞退、取り消させていただきたく。
このルスト正規軍第三部隊中隊長セズ。不肖の身ではございますが、イーヴリン王女殿下の側付きのお申し出、謹んで受けさせていただきたく存じます。国王陛下におかれましては、こちらを是非我が褒美としてお認めいただくことはできませんでしょうか。」
セズさんは跪いて頭を下げる。オルレアさんはどこか寂しそうに、しかし、どこか嬉しそうな表情を浮かべる。
「良かろう、セズ。お主をイーヴリンの側付きに認める。ルストにはワシ自らが伝えておいてやろう。励むように。」
「は、全身全霊を賭けてお護りいたします!」
セズさんは跪いたまま国王の宣誓に対して改めて頭を下げた。
「次にダラス、お主に聞きたい。お主たちは元々クージル国の内部調査を依頼されておったな。あの国の現状、どう見る。」
「はい、国王陛下。私が見た限りですので政治的な目的は一切分かりませんが、あの国は貧富の差が著しく感じました。
我々は貧民街へ赴いたのち首都であるハマンへと向かいましたが、ハマンに建つ民家と貧民街に建つものではその作りの基礎が異なります。貧民街のものは建てられてから相当の月日が経っているのか壁は朽ち骨格は歪み、とても人が住むに適した家とは言い難いものでした。
作物も貧民街には商人が来ないそうでして、自給自足が貧民街に暮らす人々の唯一の食糧源となっています。そのため我々が着いた頃は首都から流れてきた人民が溢れ返り、深刻な食糧不足に陥っておりました。」
「ふむ、我が王国でも貧富差は問題としておるところであるが、そこまで酷ければ盗みを始める輩を現れような。」
「はい。貧民街の代表を務める者がいうには、首都から流れてきた者を中心にそのような輩が現れているとのことでした。
あと目立った話では、立ち寄った貧民街はグングバの出身地だったようで、先代国家元首であるグングバは国庫を開放してこの貧富差を少しでも和らげようとしていたようです。現国家元首であるカーンが投降してきた際にはハマン城に財源となるような物は一切見当たりませんでした。」
「そこまで苦心していたことは認めるが、国を傾ける要因になるような真似は無視できんな。
今後のことを考えれば現政権の者がいない以上、捕虜となっておる旧政権の者を用立てる他にない。だが、同じことをされてもかなわんからな。人選には政治的手腕に適性があるものを選ばせよう。」
「陛下に進言がございます。よろしいでしょうか。」
クリスがここで口を開く。
「クリスチャーノか。いかがした、申してみよ。」
「は、申し上げます。クージル国の新体制としてはクージル国のものを立てることが最適解と愚考いたしますが、それだけではいつまた同じことが起こるとも限りません。あの国は元々閉鎖的な側面が強いため諜報活動も儘なりませんでしたから。
そのため、次の人選では親王国派のものから選び、王国からも目付け役となる人物を派遣してはいかがでしょうか。」
「ふむ、確かにあの国の内情はこれまで不明な点が多かった。それも独裁国家という支配形態のせいもあろう。この際、独裁政権は認めず王国の属国とすることが良い落としどころやもしれんな。クリスよ、よくぞ申してくれたな。」
「ありがたき幸せ。」
「クージル国の内情も理解した故、お主たちは下がってよかろう。こちらでの下知を済ませたのちイヴンへと戻り本来執り行うはずであった冒険者シュウの昇格式を行う。今回カルカス国の助力が大きい故、誰も反対する者はおるまい。祖国へはまだ帰れぬがイヴンでの持て成しはワシの命で最上の扱いをさせる故、暫く我慢せよ。」
国王が締めの言葉を言うとこの会議は終了となるようだ。僕たちは立ち上がり部屋を出ようとする。
「お父様、ワタクシからも一言よろしいでしょうか。」
と、ここでイーヴリンが話しかけた。正直疲れているのでそろそろ落ち着いた場所で横になりたい…。
「申してみよ。」
「お父様とルストお兄様がお話になっているカルカス国独立の件、ここでお認め頂きたいのです。」
どぁ!?すごいこと言いだしてないか、このお姫様!?独立の話って内々で進めておくって辺境伯が言ってたやつだよね。なんでこのメンバーがいるここでその話をし出したんだ?
「イヴ、お前は今自分が言っている意味がわかっておるのか?」
王様が怒ってる…。先ほどの親子の会話ではなく、支配者として本気で咎めている声だ。語気が強い分とても威圧的な空気が漂う。
「もちろん全てを理解したうえで今申し上げております。
ここに居る者たちは王国の窮地を救った謂わば英雄たち。その者たちが自国であるカルカス国の未来を生き証人として聞くことは大きな意味を持ちます。
ナインフォセア王国はルストお兄様を公爵としたうえで公国として認め、この英雄たちを王国との友好の証として橋渡し役に任命するのです。そして、現国主のアルお兄様には辺境伯の地位を与えてルストお兄様の補佐役とする。
この者たちやカルカス国軍の働きとしてはこの程度の褒美がなければ納得しないでしょう。さらに言えばお父様はイヴンへお戻りになってからルストお兄様とのお話合いで同じことを言われた際に突き放せる自信がございますか。」
王女の言葉に国王は思案気な顔をする。頭の中でどんな打算が展開されているか知らないが、かなり熟考しているようだった。そして、暫くの時が過ぎた頃、国王は改めて口を開いた。
「なるほどな。お前らが結託すればそのくらいのことはやるか。
良かろう、ルストの公爵位は認めてやる。そのうえでルストが国主となるかは本人たちの問題じゃ。王国はそのことについて不干渉を貫く。だが、これからプラチナランクとなるシュウを始め、蒼天の牙と紅騎士オルレアにはカルカス国との友好の証として特別な勲章を与えることとする。これでよいな、イーヴリン。」
「うふふ。えぇ、十分すぎるお言葉ですわ。」
国王と王女の視線の先には何が見えているのか。見つめ合う二人は互いの目の奥に移るものを見ているようだった。こうして僕たちは、ようやく解放されて休息を得る。
僕たちがイヴンの町に着くのはそれから一週間後のことだった。
セズさん大出世!おめでとう!




