第54話 激昂
シュウは珍しく怒りを滲ませた顔をしていた。
転生する前のときでさえ感情を露わにして怒るということがなかったほど温厚な性格であるが、今回は感情を隠すこともせず相手を睨みつけ殺気立っている。
その様子を見てカーンは踏み込むことを止めて後方へと跳躍しようとするが、これがいけなかった。
その意図を察したシュウはすかさず魔法を仕掛ける。
「〈ストームブライト〉」
巨大な竜巻を前に放つ魔法。イヴが使った『エアロブラスト』の上位互換とでも言えばよいだろうか。密度を高めてもなお広範囲を対象としてカーンに襲いかかる。
丁度後方へ跳ぼうとしていたカーンは抗うことも出来ずに林の奥まで飛ばされてしまった。
「シュウ、なのか。」
「遅くなってごめん。すぐに治すから動かないで。〈彼の者に聖なる癒しを〉」
シュウが呪文を唱えるとシルフィードの腕と足は傷一つなく綺麗に塞がっていく。
「シル、他に怪我はない?僕がもっと早く来れればこんなことにならなかったのに。」
「シュウ、お前は気にし過ぎだ。私は巫女であり戦士なんだぞ。生傷などいくらでも作ってきた。お前の癒しも貰っていて不具合があるはずないだろう。」
「だけど、シルが傷つくところはやっぱり見たくないよ。」
シュウは心配そうな顔を浮かべてシルフィードに外傷がないか調べる。
「ふふ、なんだろうな。父さまにでさえここまで心配されては喧しく感じるが、シュウに心配されると妙に嬉しくなってしまうから不思議だ。
だが、ありがとう。本当に私は大丈夫だ、シュウ。」
シルフィードはシュウに自分が無事であることをアピールすると落ち着かせるようにシュウの頬に手を当てて微笑む。これを受けて漸くシュウも安堵の溜め息を吐く。
「しかし、良く私たちがここにいると分かったな。いくら気配察知があるとはいえナインフォセア王国からは距離があったと思うが。」
「フィフス城に行ったらヤッドさんがいて皆がここへ向かったって教えてもらったんだ。だから休まずに飛んで来たんだけど、こんなことになってたから吃驚したよ。
ダラス達も大変そうだからゆっくりとはしていられないから、早いところこっちをやっつけないと。」
「ふん。吹き飛ばした程度で随分と言ってくれる。貴様が何処の馬の骨かは知らんが楽に死ねるとは思わんことだ。この屈辱はその身で晴らしてくれる。」
カーンは吹き飛ばされたことで自尊心を傷つけられ激昂する。表情は冷静そのものであるが、内心は腸が煮えくり返る思いであった。
「シュウ、気をつけろ。コイツは強い。」
「うん、そうみたいだ。シルは皆のところへ行って。あっちの悪魔も厄介そうだからシルの力がいると思う。僕もこっちを片付けたらすぐに行くよ。」
「分かった。待っているぞ。」
シルフィードはシュウの背中に手を当てると優しく押す。『私は大丈夫だから目の前の敵に集中しろ』と言っているかのようだった。
シュウも何かを感じたようで振り返らずにシルフィードを送り出す。
「仲間を逃がすとは愚かなことを。それとも女だけでも逃がしたいと一縷の望みを賭けたか。いずれにしても、これで万に一つも貴様が俺に勝てる目は失くなった。
後生だ、名前だけは聞いてやっても良いが?」
「結構です。あなたこそ僕の大事な仲間を傷つけてタダで済むと思ってるんですか?悪いけど今回ばっかりは僕も怒ってるんです。容赦しませんよ。」
「ふん、どう容赦しないのか見せてもらおうか。」
二人は睨み合い沈黙する。
この沈黙を先に破ったのはシュウのほうであった。
「〈アイシクルピラー〉」
シュウは短刀も構えず腕をだらけさせた状態でポツリと呟くと、カーンの足元に巨大な魔法陣が浮かび一瞬のうちに逆向きの氷柱が一面を覆う。
シルフィードが唱えた魔法と同じものとは思えないほど広範囲かつ巨大な物体の出現に高く跳躍したカーンも掠り傷を負ってしまう。
今のカーンは翼を顕現させていないため飛ぶことはできない。そのため真下の氷柱を破壊する必要があった。
「〈グラビティ〉」
カーンが呪文を唱えると真下にあった氷柱が砕け散っていく。その威力はジキアスのものとは比べ物にならないほどに強力なものであった。
砕けた氷柱の上にカーンが着地すると、同時にシュウは詰め寄り〈ウィンドソード〉で伸ばした刀身を鋭く繰り出す。
カーンは辛うじて己の剣で受けるが、次の攻撃は受け切ることが出来なかった。
「〈インパクト〉」
「!?がっは!?」
岩の塊かと疑うほどに凝縮された空気の塊がカーンを襲い思わず吐血してしまう。シュウの遠慮を失くした一撃で吐血程度で済んだことは流石であったが、意識を保つことは容易ではなかった。
片膝を付いて何とかシュウの追撃を堪え忍んだカーンは意識を取り戻すため頭を横に振り深い溜め息を吐く。
「くっはっはっ、中々。ここまでやるとは思っていなかったぞ、人間。認めよう、お前は強い。俺が全力を出すに相応しい相手だ。」
劣勢にも関わらずカーンはどこか冷静である。それは余力を持っている表れであった。
そして、シュウを強敵と認めたカーンはその真の実力を発揮するに至る。
「見せてやろう。王者たるものの実力というものを。」
カーンの宣言と同時にカーンの身体から黒い靄が現れて全身を包み込む。それはボールドンで見たあの変化であるとシュウは直感した。
カーンの靄が激しい風とともに霧散したとき、バルバドスと同じように人間の姿をベースに硬い鱗と強靭な翼がカーンに纏っていた。
「これって竜人状態ですよね?前に見たジキアスさんとは見た目が違いますが、この期に及んで手加減ですか?」
「…そうか。お前がジキアスをやった冒険者か。なるほど、漸く合点がいったぞ。
ジキアスは特異な能力を持っていたがドラゴノイド種としては未熟であった。この形態は半端者の竜人化とは一線を画する。舐めてかかって俺をガッカリさせるなよ。」
カーンがそう言ったときにはすでにシュウは動き出していた。カーンの直線上を避けて側面に走り込むと伸ばした刀身をさらに伸ばして刀を振り抜く。
しかし、この一撃はカーンに阻まれ不発に終わる。なんとカーンは片腕を伸ばして掌でシュウの攻撃を防いだのである。
「ふむ、やはり鋭い。良い剣筋だ。だが、俺の鱗を通すには些か威力不足であるな。」
シュウは魔法で伸ばした刀身を解除して刀を自由にすると〈ウィンドカッター〉を複数飛ばして牽制する。
カーンはこれも片腕で難なく捌き切るが、足元に黄色い魔法陣が浮かんでいることに気づくのに遅れてしまった。
「〈ロックジャベリン〉」
足元から放たれる岩の槍。鋭く、硬い槍がカーンの周囲から四方八方飛んでくる。
「はぁ!!」
カーンはひと声気合いを入れるとともに翼を大きく広げる。するとカーンの周囲から竜巻が起こり岩の槍を上空へ跳ね上げてしまった。
シュウの攻撃を防いだカーンは広げた翼を使い、勢い良くシュウへと突進する。その速度はジキアスが襲い掛ってきたときの比ではなかった。
「はっ!」
突進の勢いを殺さず的確な間合いでカーンは剣を繰り出す。ときには横に払い、ときには振り下ろす。その全てが大雑把なように見えて繊細な動きであり、隙がないものであった。
シュウは辛うじて短刀と鞘で受け流すが、この剣も風属性が付与されており、一連の流れの中で時折風の刃が飛んでくる。
ジキアスとの戦いを経験していなければ深手を負っていたに違いない。だが、一度経験したことが功を奏してこの攻撃も何とか捌き、掠り傷程度で被害を留めていた。
「ほう、上手く躱すものだ!だが、受けてばかりでは芸がないぞ!」
カーンはわざと大振りの構えを取り隙を見せる。まんまと誘いに乗ってしまったシュウは一歩踏み込むと同時にカーンの岩をも砕く蹴りをまともに受けて林の中へ飛んで行ってしまった。
「ふん、まさか今ので死んではいまい。しかし、些か時間をかけ過ぎた。中の様子が気になる頃だな。」
「か…ん、さま。」
そのとき横から声がかかる。今まで倒れ伏していたバルバドスが目覚めたのだ。
「バルバドスか。その傷で良く生きていたものだ。」
バルバドスは大斧を杖代わりにして辛うじて立つがその声に力はない。
「あんた、本当にカーン様なのか?」
「……何?」
「カーン様はいくら部下が失敗したからといってそんな簡単に斬り捨てたりしねぇ。オレ様の相棒も盾に使っただろ。以前のカーン様なら同胞にそんな仕打ちはしねぇはずだ。いや、ガワはカーン様なんだろうが、精神は別モンみてぇになってやがる。
だから聞いてんだ。あんたはカーン様なのか?ヴィクターに何かされたんじゃねぇのか?」
「……何を言うかと思えば。貴様は俺がヴィクターに操られているとでも言いたいのか。全くもって不敬極まりない。」
「いや、あんただけじゃねぇ。オレ様やジキアスだって同じだ。オレ様は自分の相棒がいつの間にかヴィクターの手元にあったことも気付いていなかった。
それに相棒だと思っていた竜がやられたときも何も感じなかった。誇り高き龍種がそんなことするはずねぇんだ。
今、オレ様が思い出したようにあんたにも不自然に感じる出来事があったんじゃねぇのか。よく思い出してくれよ!」
バルバドスはこれまでを振り返るようにカーンへ懇願する。
「…不自然な……。……バルバドスよ、貴様の言いたいことはよく分かった。」
「おぉ、じゃあ…!」
「貴様は俺が王の器でないと言いたいのだな。では、本当に俺が王に値しないかその身で確かめて見るが良い。」
バルバドスは愕然とする。
明らかにカーンの様子はおかしい。普段から王座に固執はしていても仲間を何よりも大切にする。これがカーンであった。間違ってもこのような結論に至るはずがないのだ。
何がきっかけで、こうなったのか。自身の記憶を辿ると一つの違和感に辿り着く。
ジキアスとバルバドスはカーンの従者として幼い頃から常に一緒だった。それがヴィクターが突然現れてカーンの横には常にヴィクターが付くようになった。
だが…。バルバドスは考える。
だとしたらどうやって自分たちを操ったのか。黒魔術は悪魔同士では効きが悪い。ここまで自然に黒魔術を行使させていたとすればそれだけの力量差が必要である。
しかし、自分はともかくカーンとの実力差がそこまであるとは思えない。
あるとすれば、別の何かを併用したか。
「さよならだ、バルバドス。」
その言葉でバルバドスは現実に戻ってくる。
目の前にはカーンがおり、剣を振り上げまさに今トドメを刺そうとしていた。
バルバドスはその光景を眺めると全てを諦め目を閉じる。その目からは溢れた涙が頬を伝っていた。
「〈ピアッシングファイア〉」
「ぐっ!?」
目を閉じていたバルバドスは生暖かい液体が当たるのを感じた。直ぐ様目を開けると付着していたのは血。
そして、目の前には肩から血を流して後方へ飛び退るカーンの姿があった。
「〈ウィンドカッター〉〈ウィンドソード〉」
シュウは魔法の重ね掛けでカーンの鱗を斬り裂くと態勢を立て直す間を与えず次々と攻撃を仕掛けていく。
怒涛の反撃に片腕が使えないカーンは受け流し切ることが出来ない。生傷は次第に増えていき、いつの間にか形成は逆転していた。
「〈インパクト〉」
「がっは!?」
そして、極めつけは初撃よりもさらに強化された衝撃波である。隙を突かれて致命的な一撃を受けてしまったカーンであったが、意識を手放す前に敢えて自分を吹き飛ばすように翼を繰り出すと洞穴の中へ消えていった。
すぐに追いかけようか迷っていたシュウであるが、バルバドスのことが気になりそちらへと話しかけてみることにした。
「あなたはお仲間さんなんですか?殺されそうでしたけど。」
「はんっ、どうだかな。ちょっと前まではそんな気がしてたが、今は正直わからねぇよ。」
「そうですか。…。一つ聞きたいことがあります。あなたとあの竜人からは独特な匂いがしてきます。香など焚かれるんですか?」
「うん?変なことを聞く奴だな。オレ様もカーン様も香を焚く趣味はねぇよ。
…いや、そういやヴィクターだけは違ったな。アイツはどこでも香を焚いてやがった。そこの洞穴の中でもお構いなしだ。
……ん?いや、だが…。もしかして……。」
「そうですか。ありがとうございました。〈エアロ〉」
シュウは口元を風の膜で覆うとゆっくりと洞穴の中へ入ってく。
それを見ていたバルバドスは全ての違和感が繋がったことで激怒する。
だが、真相が分かったところで今の自分では街まで戻ることも出来ない。できるのは自分の不甲斐なさを嘆きながら弱々しく地面叩くだけだった。




