第53話 因縁
―――首都ハマン 北北東
一方、バルバドスによって投げ飛ばされたシルフィードは街の北にある山間に着地していた。
勢い良く飛ばされたため地面に転がりながら勢いを殺し、無傷の状態で立つ。
「ここは…祠、か。」
辿り着いた場所は森林の中にある拓けた場所のようで崖のほうには洞穴があり、入口の両端には竜の石像が置かれていた。案内人が話していた宝竜が封印されたと言われている洞窟とはこれのことなのだろうとシルフィードは考える。
この辺りの地形を確かめていると空から物凄い速さでやってくる物体が目に入る。
「見つけたぞ!さぁ、勝負しやがれ!」
バルバドスは叫びながらドラゴンの背を蹴って地面へと着地する。ドラゴンは空で待機させ自分で戦う腹積もりのようだ。もしかしたら窮地の際に襲わせるかもしれないと警戒しておく。
「今回は前よりも強そうな奴に乗っているのだな。アイツは戦わせなくて良いのか?」
「相棒はこんな狭い場所じゃ実力を発揮できねぇからな。それにお前のことはこのオレ様直々に打ち負かすと決めている。」
「相棒…お前の相棒はコロコロと変わるようだな。あれはヴィクターが乗っていたドラゴンだろう。玩具の交換でもしたのか?」
「ん?……。何言ってやがる。オレ様の相棒は飛竜隊に入ってからアイツ一筋だ。他にオレ様の命を預けられる奴なぞおらんわ。」
シルフィードは怪訝な顔を浮かべる。
先の戦いでは乗っていたドラゴンを相棒と呼びながら使い捨てのように扱っていた。それが今の話では上のドラゴンが大事な存在であるかのような発言である。
これの意味する所は恐らく……。
ここまで考えてシルフィードは思考を停止させた。
このことを今告げても戦うことは避けられないだろう。ならば無駄な会話を目の前の敵と交わす気はシルフィードにはなかった。
「さぉ、もう良いだろう。構えろ、すぐに殺してやる。」
バルバドスはそう言うと握っていた大斧を握り直し全身の生命エネルギーを活性化させる。すると身体から黒い靄が湧き出て全身を包み込み、靄が弾けると鱗と翼を纏うバルバドスが現れる。
「ハナっから全力だぁ!!」
叫びながらバルバドスはシルフィードへ突っ込んでいく。翼を器用に使い、地面スレスレを飛ぶため突っ込む勢いは人間が地を蹴る速さを遥かに凌駕していた。
それでもシルフィードは冷静に初撃を躱し、続く連撃も受け流しつつ対処していく。凄まじい速さと腕力ではあるが、シルフィードにとっては脅威と感じるほどのものではなかった。
バルバドスは連撃の流れで大斧を大きく横薙ぎに振り被るが、それを屈んで避けたシルフィードに反撃の隙を与えてしまう。
ガラ空きになったその横っ腹へシルフィードが突きを放つとバルバドスは後方へと飛ばされていった。
「ふむ、硬いものだな。その鱗、飾りではないということか。」
「がっ!?はぁ!てめぇの突きも効きやがる。傷がなくてもここまでの威力じゃ最早打撃だ。やっぱりてめぇは本物だったな。本物の強敵だ。
これを乗り越えたとき、オレ様はさらに強くなれる。
……。さぁ!殺し合いの再開だぁ!」
気合いを入れ直し再び正面から突っ込む。
先ほどと違う点はバルバドスの身体からはオーラとも取れる黒い靄が湧き立っていたことだ。
これによって連撃の速度や重さが増している。恐らく闘気と同様の効果だろうとシルフィードは結論付けた。
「おらおら!防戦一方かよ!余裕こいてるとそのまま死ぬぞ!」
バルバドスは乗りに乗って攻め立てる。一方シルフィードは受け流すことはできているが、このままでは押し切られると感じていた。
バルバドスは連撃を繰り出すほどに技のキレや集中力が増していたのである。
「…シッ!」
シルフィードはまたも大振りのときを狙って突きを仕掛けるが、これを予測していたバルバドスに避けられてしまう。いや、予測というよりは誘われたとシルフィードは理解する。
バルバドスは集中力とともに戦闘センスも上昇していた。
「ぐぁ!?」
突きを避けられ隙ができたところを見逃さず今度はシルフィードが蹴り飛ばされることになる。
そのままシルフィードは森林の中に飛ばされていき、樹木の幹に当たって地面に伏してしまった。
「はっはぁ!逃さねえぞ!」
勢いづくバルバドスは躊躇うことなく森林へと飛び込みシルフィードの頭上に跳躍するとそのまま大斧を振り落とす構えを見せる。
「コイツで、終わりだぁ!」
トドメの一撃を入れようと握り締めた大斧を力一杯に振る瞬間、バルバドスには信じられないことが起こった。
なんと周囲の木々から太い枝が伸びて絡み合いバルバドスの動きを止めたのである。
「ふふふ。何故だろうな、不思議とシュウに初めて会った頃のことを思い出してしまうのは。あの時の私は激昂して周りが見えていなかったが、今は頗る冷静だ。成長したということで良いのか、どうか。」
そう言いながらシルフィードはゆっくりと立つ。その顔は思い出に浸っているせいかヤケに恍惚とした表情で、戦闘中にも関わらずバルバドスは美しい、と思ってしまった。
「さて、お前はエルフを舐めすぎたようだな。ご自慢の腕力でもその拘束は解けまい。
我々エルフは自然にある精霊と会話ができる。今回はこの森林に住む精霊に助力を請うたのだ。精霊たちはお前たちが自然の均衡を崩していると言っている。
あの洞穴の中には何がある?答えろ。」
「はん!脅しのつもりか!オレ様は命惜しさに仲間の情報を差し出すほどヤワじゃねぇ。
それに拘束しようがお前の武器じゃオレ様を殺せねぇ、違うか?」
「まぁ、想定通りの答えだな。洞穴の中はあとで自分で確かめるとするか。
それとお前は勘違いをしている。私はまだ実力の一旦も出していない。お前はここに来てから冷静さを欠いていたから気付いていなかったようだが、正直初対面の時のほうが手強かったほどだ。
お前は魔法が嫌いらしいが、私が一度も魔法を使っていなかったことには気付いていたか?」
「な、何…?じ、じゃあお前はこの状態のオレ様を相手に強化魔法も使わず渡り合っていたってのか?」
「そうなるな。敵に塩を送るようだが、一つ聞きたいことがある。お前はヴィクターのことをどう思っているんだ?」
「あん!?いきなり何を言い出す。そりゃあアイツは仲間だ。確かに性格には難があるが、大事な同胞の一人をいけ好かないからと毛嫌うほどじゃあねぇよ。」
「同胞とは、どういう意味だ?」
「なぁ?何が言いてぇ。」
「お前の言っている同胞とは同種族のことではないのか、と聞いている。」
「そりゃあそうに決まって……。」
「お前たち、ここで何をしている。」
それは突然だった。
シルフィードは尋問しつつも決して油断していた訳ではない。それでも目の前に現れるまでその存在に気づくことが出来なかった。
だが、今は無視しようにも目を背けることさえできない。
圧倒的な存在感。威圧感にも似た底知れぬ実力。その全てにおいてバルバドスやジキアスとは一線を画す強者。
「か、カーン様。すまねぇ、みっともないところを見せちまった。」
「バルバドスか。気にするな。」
カーンはそう言いながら佩いていた剣を抜きそのまま振り下ろした。
絡まった枝葉ではなく、バルバドスの背中をバサリと斬りつけたのである。
「がっ!?あ!?な、何を…カーン…さ、ま。」
「無能に用はない。安心しろ、お前の無念は俺が晴らしてやる。」
バルバドスはそのまま意識を手放していく。
「お前が国家元首カーンか。私たちを招いた張本人が漸く登場したわけだな。」
「如何にも我が国家元首にして竜を統べる王者カーンである。」
シルフィードは話ながら考えていた。
いくら自然が味方するとはいえ、誓いの呪文を唱えているわけではないので精霊術を正式に行使できるわけではない。
そのうえ強化魔法を使ってもこちらが劣勢だと感じていたのである。だからこそ話を長引かせて打開策を練る必要があった。
「今斬りつけたのはお前の部下だろう。ソイツは同胞想いのようだったが、お前は違うのか?」
「確かに俺とバルバドスは同胞であるが、部下の失敗を叱責するは上に立つ者の務めだ。二度も失敗した者を許すほど俺は優しくはない。」
「なるほどな。お前のリーダー論はよく分かった。ところでお前は何故ここに来た。首都ではヴィクターとかいう部下が好き勝手に暴れているようだが、そちらへは顔を出さないのか。」
本当はカーンが向こうに行ってしまうほうが厄介ではあるが、話を長引かせるためである。
それに目の前の相手はここから離れられない理由があるとシルフィードは確信していた。これは精霊たちがカーンが洞穴に入り浸っていると教えてくれたためである。
「アイツは好きにやらせると約束したからな。それに俺にはやらなければならないことがある。
貴様のような邪魔者とこうして話していることさえ惜しいほどにな。」
カーンのこの言葉で空気が変わる。
重くどす黒い感覚。まるで重力を変化させられたかのように全身に力が入らない。強い意志を持つシルフィードであってもカーンの威圧は少なからず影響を受けてしまっていた。
「さぁ、問答はここまでだ。さっさとかかって来てさっさと死ね。」
子供を躾けるかのように有無を言わせぬ言葉を放つ。
最早時間稼ぎは難しいと判断したシルフィードは仕方なく仕掛けることにする。
「〈アクティブ〉」
魔法を呟き身体を強化する。枝に絡ませていたバルバドスを地面にそっと置いてやると意を決してカーンへと向かっていった。
「はっ!」
勢い良く懐に入ったシルフィードは真上に振り上げるように刀を振るう。構えをまったく取っていなかった上に懐まで入られては無傷で済む攻撃ではなかった。
はずなのだが、カーンはひらりと紙を相手にしているかの様に軽々と躱し、逆にシルフィードの背中へ斬りかかる。
態勢を無理やり捻り愛刀を隙間にねじ込むとカーンの重い一撃を受け切る。
だが、その威力は凄まじくシルフィードは背中を叩かれるように洞穴の前のほうまで吹き飛ばされてしまう。
転がるように広い空間へくると直ぐ様態勢を整える。しかし、態勢が整いきる前にすでにカーンの追撃が迫って来ていた。
「〈アイシクルピラー〉〈アイスバレット〉」
迫りくるカーンを牽制するために逆向きの氷柱を地面から生やし、カーンが襲う氷を剣で砕きつつ後方へ飛んだところで氷の礫を放つ。
「な!?」
捉えきったと思ったところに上空で待機していたドラゴンが間に割って入った。ドラゴンの戦闘力は削いだものの、カーンは無傷のままである。
カーンはドラゴンの影を利用してシルフィードの後ろを取ると再びその剣を振り下ろした。
間一髪で反応できたものの、今度は対処が間に合わず右腕を肩から前腕に掛けて斬り裂かれてしまう。
攻撃を受けつつも後方へと下がり刀を左手で構えるが、下がる直前に左足を剣が掠めていたらしい。
利き腕を使えず機動力も封じられたことで決着はついたようなものであった。
「ここまでだ。最早語ることもない。死ね。」
カーンは憐れみも慰めも一切もたず、攻撃の手を弛めることなく追撃に出る。
そして正面に立つとトドメとばかりに袈裟懸けに剣を振り下ろした。
「……。何者だ、貴様。」
カーンの一撃は割って入った者の短刀によって防がれる。
それはカルカス国随一の魔導師であり、カルカス国最強の冒険者。
「…シュウ。」
シルフィードの危機に現れたのはシュウであった。
ついに、ついに登場することが、できました…!




