第12話 旅立ち
最終試験を見事突破した僕は、その後も普段通りに魔法の鍛錬とシルフィードとの模擬戦を行いながら里の人たちの家事を手伝って過ごした。
家具や家の壁にしている箇所の修理をしたり薪集めを手伝ったりするときもあれば、里の外へ出て木の実集めや釣りをして過ごすこともある。
シルフィードたちとともに修理用の木材を求めて森の奥まで行くこともその頃から許されるようになっていた。森から木材をもらうためには森の木々からの許しが必要で、シルフィードをはじめとしたオーベロンの子供たちが同行し精霊術によって承諾を得るための交渉をするのが習わしなのだとか。
そうして交渉して取り決めた分だけ伐採して持ち帰る。
普段は斧や鋸を使い他の木々を傷つけないように切るのだが、僕が同行するときは僕が風魔法で切り取りを担当する。日々の訓練の成果によって用途に応じた加減ができるようになり、魔法の扱いがより繊細に行えるようになったためである。そうなると斧や鋸よりも切れ味がよく、余計な傷をつけることがないので僕の魔法は重宝された。
重宝されたといえば、加減を覚えた『エアブロー』もかなり人気を博している。
水浴びした髪が瞬く間に乾くだけでなく、艶まで出るのだから特に女性陣には毎日のようにお願いされた。さすがに里のみんなの髪を乾かすとそれだけで日が暮れてしまうので、魔法を溜め込める魔石を使ってエアブローを入れた魔石をいくつも貯蔵しておくことにした。エアブローは混合魔法だから使えるのが僕と族長であるオーベロンしかいないのだ。
訓練をするうちにオーベロンはかなりの魔導師であることが発覚した。
多彩な魔法のほかにも混合魔法が使えるのは希少である。混合魔法は扱うこと自体かなり難しい部類と教えられたが、そんな魔法の『エアブロー』も『クレイウォール』も一度見ただけで真似てしまえるのだから、もしかしたら世間からも名の知られた人物なのかもしれない。
話は逸れたが、そんなこんなで大きな変化もなく里での暮らしも順調にいっていた。のだが、慣れてくるとだらけてしまうものである。毎日の暮らしを楽しんでいるものの、刺激の少ない里の生活に些か物足りなさを感じていた。
そんなことを考えていたのがバレたのか、ある日オーベロンから呼び出された。神の使い、要するにガイド様がご神託のために交信してきたというのだ。
「族長。シュウが参りました。」
大聖堂の前で出迎えたのは巫女の格好をしたシルフィードだった。シルフィードは僕を中へ通して族長に引き合わせるとその場を後にする。こういう正式な場ではシルフィードはオーベロンのことを『族長』と呼ぶ。おそらく公私を分けているのだろう。
「シュウ殿、よく参られた。神の使い様がお待ちだ。こちらに来られよ。」
そう言って初めて里に来たとき通された謁見の間に入っていく。すでに鏡は光り輝いており、ガイド様がいることがわかる。
「神の使い様。お申し付けの通り、シュウ殿を連れて参りました。」
「ありがとうございます、オーベロン。
幸瀬様、お久しぶりです。どことなく逞しくなられたようで、私もホッといたしました。」
「師匠や里の人たちが良くしてくれてるからね。これで森の外に出ても野垂れ死にすることもないかな。」
ちょっとだけ自信が付いていた僕は胸を張って答える。
「そういった自称中級者が一番危険なのです。油断していたら後ろからバサリ、なんてことにならないように慢心はしないでくださいませ。」
あ、はい……気をつけます。
「そんなことよりも幸瀬様。いえ、これよりはシュウ様とお呼びするといたしましょう。」
この世界でファミリーネームがある人は珍しいのだとか。特に日本人の名前は馴染みのない響きが多いためすぐに転生者とバレてしまう。そもそも僕がオーベロンに魔法の訓練をしてもらっていた目的の一つはこの世界に馴染むためなので、違和感の少ない柊という名前のみを名乗るようにしていた。
「シュウ様には森から出て頂き、お待ちかねの冒険に旅立っていただきます。」
冒険!異世界のド定番!憧れるよね、冒険者って。
「以前にも少し触れましたが、私はガイドとは別にこの世界での役割がございます。その役割が少し複雑でして…。なので、まずは私の元までお越しいただくのを当面の目標にしていただきたいのです。」
「それはいいけど。どこまで行けばいいんだ?」
「シュウ様はこの大陸のことは学ばれましたか?」
「三つの大陸があるってやつだろ?この森は【エクロキア大陸】の最東端にあるって教わった。」
「よく勉強されていますね。私がいるのは【エクロキア大陸】の最西端にある国、【アヅィール聖法国】になります。今いる【不帰の森】からは距離があるので路銀も必要になるでしょう。
そのため、森を出たら【カルカス国】の【ルスト】という町を目指してください。森から一番近い【バーグ村】からならすんなりと辿り着けます。【ルスト】に着いたら『アッガス』という男を探してください。きっと次の道しるべとなってくれるはずです。
【バーグ村】は衣服や鉄工品などの取引で稀に里の者も訪れますので、行き方は里の者に聞いてください。その他にお困りのことがあれば占星術をお使いくだされば助けになるでしょう。
では、シュウ様。早く直接お会いできることを心待ちにしております。」
そう言うと鏡は元の明るさに戻っていった。
「なんか一方的に話して帰っていっちゃったな。まあ、いつものことだけど。
よし。目標できたことだし前向きに捉えますか。…と。師匠、そういうことになっちゃいました。」
これまで良くしてもらった手前、恩もろくに返せていないのに旅立つことになってしまうというのは少し後ろめたい。
「いつかこうなる日がくることはわかっておったからな。せめて最後までお世話しよう。旅の支度は我々に任せて本日はゆっくり休みなさい。こういったことは先延ばしにしても良いことはない。明日旅立たれるがよかろう。」
僕の心内を知ってか知らずか。本人の心の準備もそこそこにトントン拍子で話が進んでいくのであった。
◇◇◇
――――その日の夜
「お呼びでしょうか。父さま。」
「呼び出してすまない、シル。こちらに座りなさい。」
そう言ってオーベロンは自分の向かいに座るようにシルフィードを促す。
「シュウ殿が来てからもうすぐ丸一年が経つ。どうだ。少しは打ち解けることはできたか。」
「毎日のように体術の稽古をつけていますからね。シュウの人となりも分かった今では初めて会ったときのことは偶然であったと理解しています。」
「その割には稽古中はなかなかきつく当たっていると報告を受けているが?」
「それはあれが物覚えがよいための嫉妬です。」
「ふふ。ずいぶんはっきりと嫉妬であることを認めるのだな。」
「私が言ったことは大概が次の日にはできているようになっています。やはり神が選んだ人間です。父さまの訓練でも順調な姿を見ていましたし。これだけ才能を見せつけられていれば嫉妬の一つもしたくなります。」
「そうだな。彼が特別な存在であることは確かだろう。」
「だからこそシュウがこの里を出た後は苦労するでしょう。いくら父さまが魔力の抑制方法を教えたからと言っても隠しきれるとは思えません。」
「あぁ。だからこそ彼には神の使い様のお導きが必要だ。そして…。
シュウ殿の旅立ちは明日となったが、我々は守り人として神の御心に従い、このままシュウ殿を支えていくのかどうかを決めていくことになる。もしも、神の使い様より判断を我々に委ねられた場合、どうしていくか。族長として巫女であるお前の意見を聞きたい。」
オーベロンがそう言うと二人は真剣な目をして暫し見つめ合う。シルフィードは目を閉じて熟考を始め、考えがまとまったところで再び目を開いた。
「シュウは里に良く馴染んでいます。家族同然のように付き合う者も少なくありません。可能であれば支援したいという者もいるでしょう。
ですが、我々はこの森の守り人として森を守っていく義務があります。それを疎かにしてまで支える選択をすることはあり得ないでしょう。」
静かに聞いていたオーベロンはそれを聞いてゆっくりと肯く。
「よくわかった。それではここからは親として聞こう。
シル個人としてはどうなのだ?もしお前が望むのであれば……。」
「父上。」
普段は『族長』、もしくは『父さま』と言っているシルフィードが『父上』と呼ぶときはより真剣なときだけだ。
「私は精霊の巫女です。この里を捨てることはありません。」
オーベロンはシルフィードがそう言うだろうと想定していた。それでも続けようと思っていたが、逡巡して言いかけた言葉を飲み込んだ。
「そうか。うむ、わかった。夜遅くにすまなかったな。明日も早い。今日は良くお休み。」
「はい、ありがとうございます。それでは失礼いたします。」
そういうとシルフィードは立ち上がりお辞儀をして部屋を出ていった。
「……巫女としての責務、か……。」
小さく呟いたその言葉に返事をするものはなかった。
次回からは、ついに森を抜けて冒険の旅が始まります。
ここまで毎日更新でしたが、しばらくは毎週月曜更新になります。




