第11話 最終試験
――――訓練場
小春日和とでもいえばよいか、日差しはそこまで強いわけでもなく風は心地よい。ここ数日続いていた雨もすっかりと止み、訓練場の地面はカラカラに乾いていた。
この訓練場は百名ほどが合同演習を行っても問題ない広さがある。いつもであれば数十人はここで汗を流しながら鍛錬をしているが、今日に限っては誰もいない。
いや、誰もいない、というのは表現が些か間違っている。訓練場の中央にいる二人を除いて皆訓練場の外周に集まり遠巻きで二人の行動に注視しているのである。
その中央にいる二人はというと、一人は初老を少し過ぎた頃の見た目をしておりローブを羽織り背丈ほどの長さがある木製の杖を持っている。杖の先端には闇が宿ったかのような深い黒の大きな石がはめられている。
もう一人は二十代前半の男で小さな胸当てと小手をつけているものの、目立つ装備は片手に脇差ほどの大きさの短刀を持っているのみの軽装である。短刀の柄の先には何ものにも染まっていないかのような真っ白な石がはめ込まれている。
ローブ姿の男の名はオーベロン。この里に暮らす一族の長。
そして、向かいに立つ二十代の男はこの世界にきた転生者、幸瀬柊である。
「シュウ殿。準備は良いかな。」
「はい!よろしくお願いします。」
「よろしい。いつでも来られよ。」
その会話で二人の空気が変わる。
シュウが身を屈めて短刀を構えると息をすることすら憚れるように空間が張り詰めていく。
「〈アクティブ〉」
呪文を呟くとシュウの体に赤い光が走り、その瞬間にシュウが地面を蹴るとすごい勢いでオーベロンへ突進する。手に持った短刀で突き刺そうとするが、オーベロンは軽く体を捻り闘牛士のようにシュウを捌く。
その後も続くシュウの攻撃を軽々躱すと『次は自分だ』とばかりに杖を棍棒のほうに振り回し洗練された動きでシュウを襲っていく。
一撃一撃が必殺に匹敵するほどの威力を誇るオーベロンの攻撃を辛うじて躱していくと振り回す杖の先についた石が鈍く光っているのに気づいた。
「〈インパクト〉」
一連の流れで杖を振り下ろしたところでオーベロンが呪文を唱える。するとシュウの体が強い衝撃を受けて後方へ飛ばされていく。
「ぐっ!?」
シュウは勢いよく飛ばされて地面を転がるが、なんとか体制を立て直す。しかし、オーベロンは手を緩めることなく追い打ちをかけてきた。
「〈ウィンドカッター〉」
「!?〈アトモスフィア〉!」
オーベロンが放った風は薄っすらとわかる程度の緑光を伴い、かまいたちとなってシュウに襲い掛かる。シュウは土魔法では防げないと考えて、とっさに小さな大気を自分の周りに作り出した。小さな大気は期待通りの働きをして、かまいたちがシュウのところへ届く前にかき消していった。
「ほう。よく学んでいる。」
「師匠が優秀なものでして。」
ギリギリの戦いをしているシュウであったが、軽口を言い合う程度にはリラックスした状態で挑むことができていた。だが、このままでは押される一方である。そう考えたシュウは反撃に打って出る。
「〈ロックバレット〉」
短刀を逆手で持ち、柄の先についている白い石をオーベロンに向けて呪文を唱えると、白い石に黄色い光が宿りシュウの周りに魔法陣が現れてそこから岩の礫が飛び出した。
「〈ストームサークル〉」
岩の礫も非常に威力の高いものであったが、オーベロンを包み込むように突風が上へ吹き抜けていき、迫りくる岩の礫を巻き込んで吹き飛ばしていく。
「〈クレイウォール〉」
それを見たシュウはオーベロンを囲むように土の壁を出す。
防御のために考案した魔法であるが今回の用途は異なる。オーベロンの逃げ道を塞ぎ、そして追撃の一手を唱える。
「〈サンダーボルト〉!」
呪文を唱えるとともに紫電がオーベロンへ落ちる。けたたましい音とともに衝撃波が生まれ、それによって土の壁を破壊し土煙が舞う。シュウが唱えた魔法は落雷そのもの。これを浴びて生き延びる道理などないはずであった。
しかし、突風が起こり土煙を吹き飛ばすとオーベロンが無傷で立ち、杖をこちらに向けて魔力を練りこんでいた。
「これならどうする?〈フレイムバースト〉」
オーベロンが呪文を唱えるとシュウの足元を中心として訓練場一帯に複数の魔法陣が現れる。
「〈アクセラレーション〉!」
何かを察知したシュウは俊敏力を上げ魔法陣の群れから脱出する。
シュウが駆けだした数舜後、業火が火柱となっていくつも立ち昇り辺りを灼熱へと変えていく。その場にいれば形も残らず文字通り消し炭と化していただろう。
シュウは魔法陣を避けると大きく迂回してオーベロンに再び迫る。戦いの序盤でかけた『アクティブ』は自身の筋力を補助する魔法。対して『アクセラレーション』は対象を加速させることができる。
この魔法の重ね掛けによってシュウは開始時とは比べものにならない速度になっていた。
それでも対応ができないオーベロンではない。
「〈シェルガード〉」
オーベロンの前にレンズのような薄い半透明の幕ができる。効果は魔法や物理的な衝撃を防ぐというもの。発動者によってその威力は異なるが、オーベロンであれば例え幾千の槍が一点に襲い掛かろうと欠片も砕けることはない。
シュウも魔法の効果は分かっている。ことオーベロンの唱えるものであれば短刀くらいでは刃が立たないことも熟知していた。にも構わず側面から攻撃を仕掛けるために近づいていく。
シュウのほうへ杖を動かし魔法の盾を向けると側面からの攻撃にもうまく対応して見せるオーベロン。だが、二人が衝突する直前、シュウは攻撃動作をするとともに呪文を唱える。
「〈インビジブル〉」
蜃気楼を作り出し瞬間的に姿をくらませる。一瞬ではあるが、この戦いにおいては恐ろしく効果的だった。シュウは相手を見失ったオーベロンの背後に素早く回り込み必殺の突きを繰り出す。
一方、対応が一瞬遅れたオーベロンは後ろを向きながら二人の間に杖を割り込ませようとする。
「…………。お見事。」
その瞬間、二人を見守っていた群衆から歓声が上がる。驚きを隠せないものや静かに肯くものなど様々であったが、皆この戦いの結果をしっかりと受け止めていた。
結果はシュウに軍配があがった。
右手で突き出す動作をしていたシュウであったが、オーベロンの防御が一歩速いと見ると短刀を投げ左手に握り直してオーベロンの首元に突き立てたのだ。刺さる一歩手前で止めた短刀はオーベロンを傷つけることなく二人は直前の体制で止まっていたのである。
「これまでに身に着けた知識を十全に使い、よくぞ試験を突破したな。これで私から教えることは何もない。もうしばらくすれば神の使い様からのご神託も降りることだろう。それまでは今まで通りこの里でゆっくりされるがよい。」
「ありがとうございます。」
死力を尽くして戦った者同士が友好の証として握手をする。
そう。この戦いはこれまでにオーベロンが教え込んできたものの総決算。言うなれば最終試験だったのである。
訓練場の外周で様子を見守っていた群衆はその光景を目にして両者の信頼を確信し、シュウを一人前であると認めいた。そして見事な戦いを讃え自然と拍手が起こるのであった。
2:00amに次回【第12話 旅立ち】を連続投稿します。




