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第6話 魔物専用葬儀場

 日本から異世界へと転移したノボルは、じきにそこにも『信仰』があることを知った。


 世界各地に『聖堂』と呼ばれる宗教施設があり、この世界の人々はそこで祈りを捧げている。信仰の対象となっている神は2柱、世界の大地を作った『陸の男神』と大海を創造した『海の女神』だという。


 過去対立していたィクス国とブライド国でもこの信仰は相違なく行われており、つまり世界中で共通して見られる文化だ。


 よほどの貧困層でない限り結婚式や葬儀なども聖堂で執り行われ、特に田舎ではこれを中心にコミュニティが形成されているため、人々にとって信仰は身近な存在。


 しかし当然、倒された魔物たちが聖堂で弔われることなどあり得ない。討伐されて動かなくなった憐れな亡者たちはただ、焼却されるため処理場へと運ばれるだけ。


 だがノボルはよく覚えている。病状が進行し館のベッドで横になっていたアドフンがこれに異議を唱えていたことを。


 初めて魔物の存在が公的に確認されてから数年後、これらに襲われて命を落とした人間の死体が一定の確率で同じような化物へと変化し得ることが判明する。


 すると国や分野の垣根を超えて、世界中の学者と聖職者が集結しての議論が開催。そして激しい話し合いの末、彼らは魔物についてある結論を叩き出した。


 それは『生前に大罪を犯した人間だけが死後魔物と化す』というもの。つまり、酷い悪事を働いた者が『陸の男神』と『海の女神』からの天罰を受けて魔物になってしまうと、学者や聖職者は考えたのだ。


 さらにこの主張は当時のィクス国とブライド国の国王にも伝えられ両者も鵜呑みにし、今でも広く信じられている。


 それでもアドフンはその生涯において、科学的根拠の乏しいこの論に疑念を抱き続けていた。そこで彼は私財を投じて秘密裏に魔物の研究を進めていたのだ。


 ところが時間・労力・費用をかけてどれだけ調べても『世の中の誰もが魔物になり得る事実』を明らかにする証拠は見つけられず、研究は行き詰ってしまう。


 だから彼はノボルのスキルの効果により、魔物となってしまった遺体から解放された魂を目にした際、大粒の涙を流した。


 その魂は自身の素性について明かしたが、生前は大罪など犯していない心優しい青年だった。つまりどのような人間であっても魔物に変化する事実を、ようやく自身の目で確認できたのだ。


 もちろんアドフン自身、人々を襲う魔物のことは討伐されてしかるべき存在だと認識していたことは事実。


 それでも彼は魔物になった者たちの運命を憂い、そのために抱くようになった『1体でも多くの魔物が弔われてほしい』という夢を、ノボルに託したのだった。


◇◇◇


 館は3階建て。その1階部分に魔物専用葬儀場のスペースが設けられている。


「ほら、ここが葬儀場だ。入っても良いぞ」


 前を歩いていたノボルが1階廊下の奥にある木製の扉を開けると、サラヴィスの目の前には思った以上に広さがある、全面白色に統一された厳かな雰囲気の空間が姿を現した。


「この部屋が、魔物を弔うための葬儀場……」


 サラヴィスはノボルに続いて、緊張した面持ちで葬儀場に足を踏み入れる。それからまず彼女の目に留まったのは、台座の上に置かれていている大きな棺だ。


「そ、その中にさっきの魔物が?」


 未だ少し怯えた様子で、腰を引かせながら棺を見つめるサラヴィス。


 彼女は過去、たった一度だけ生の魔物を目にしたことがある。


 今から数年前、暮らしていた貧困地域に突然出現したある個体。体の変化は激しく非常に狂暴であり、逃げ惑う人々を次々と襲っていた。


 結局この魔物自体は、駆けつけた勇者の血族のハンターによって討伐されたのだが、殺された被害者の中からさらに魔物化する者も出てきてしまう事態に。


 これは一国の首都で大きな被害を出した事案としてそれなりに有名な出来事であり、無事だったサラヴィスにもトラウマに近い思い出として記憶に残ってしまっている。


「そうだ。その棺の中に魔物が眠ってる。ただ勇者のスキルのおかげで腐敗もしない。ま、それでも多少の臭いはするけどな」


 ノボルはそんなサラヴィスにこう答えた後、台座の正面に敷かれている薄いクッションの上に正座をする。そのそばにいくつも並べられているのは、サラヴィスにとって見慣れない木製や鉄製の道具の数々だ。


 そんな彼女でも用途が分かるものとすれば、小ぶりな壺に刺さっている細長い香──線香だろうか。そこからは心地良い香りが葬儀場中に放たれていて、棺の中から出ているのだろう鼻の奥がツンっとする異臭が少しながらマシになっていた。


「あ、あの。そう言えば勇者さんはどこに?」


「あいつなら『ノボルはボクの忠告を無視した!』って、へそ曲げながら処理場に行ったよ。これの前に葬儀を終わらせたご遺体を持ってな」


 正座をしながら周囲にある道具の位置などを調整し、葬儀の準備を進めているノボル。すると彼は後ろを振り返ることなくサラヴィスに指示を出した。


「そろそろ葬儀を始める。お前はその辺で座ってろ」


 言われた通りサラヴィスはその場に正座をし、同時にノボルは大きな深呼吸を繰り返して息を整えていく。


「いいか。今からお前が知らない形式で葬儀を行う。驚くところもあるだろうが、とにかく騒ぐな。終わるまでそこで大人しくしてろ。分かったな?」


 緊張感が増すような注意を耳にし、ゴクリと唾を飲み込んだサラヴィス。彼女は背筋を伸ばし、口を真一文字に結んで、ノボルがこちらのことを見ていないと分かりつつも何度か首を縦に振った。


「それじゃあ。……只今より、魔物の葬儀を執り行います」


 そしてこう宣言したノボルは手元にあるもののうち、棒を手に取って、そばにある金属製で小鉢型の少し道具──(りん)を思い切り叩く。


チィィィィィン!


「~~~!!!」


 葬儀場に響く甲高い音に、思わず顔をしかめてしまったサラヴィス。しかし間髪入れずノボルは次の行動に移った。


 続いて彼が扱うのは、木製で成人男性の握り拳ふたつ分ぐらいの大きさをした、独特な形の道具──木魚。ノボルは、先ほどとはまた異なる先端が丸い棒を手に取って、一定のリズムで木魚を打ち鳴らし始めたのだ。


 ポクッポクッポクッ……。


 少しこもったような、しかし乾いた木の材質も伝わってくるような独特の音と共に、彼は深く集中しながら行っていく。


 この異世界においてたったひとり、このノボルにしかできないこと。死者のことを想って経文(きょうもん)を暗唱するという行為──誦経(ずきょう)を。


「これが魔物の葬儀……」


 それからサラヴィスはただ、目の前で執り行われていく魔物の葬儀を、邪魔することなくただ静かに見守る。


 そして葬儀開始から約30分後。ノボルは少しうつむき、葬儀の開式に先んじて手首に着けていたブレスレッドのような道具──数珠を両手の掌で挟むと、手を合わせながらそれもこすりつけジャラジャラと音を立てる。


 それから数秒間、ノボルは何も言わず手を合わせたままだったが、じきに頭を上げておもむろに口を開いた。


「スキル発動:『霊魂の解放』」


 彼が低いトーンでこう発した直後。


 動かなくなった魔物が納められている棺の中から薄い灰色の霧が発生し、それは葬儀場全体に広がっていく。それまで静かにしていたサラヴィスもこれには驚き、後ずさりをして、大きな声を上げてしまった。


「ひ、ひぃ!」


 日本からこの世界に転移してきた、魔物専用葬儀場の代表者・ノボル。ディケの能力管理部は未だに彼のスキルを把握できていない。


 もちろんディケとしても何度か調査を行った。ところが日常生活を監視してもスキルを発動する場面には落ち合えず、その詳細は不明のまま。


 このことから、サラヴィスに今回課せられた任務には『ノボルの所持するスキルについての調査と報告』というものも含まれているのだ。


 葬儀場いっぱいに広がる灰色の霧に怯えたまま、しかし課せられた任務内容を思い出したサラヴィスは、赤い前髪の隙間から懸命に目を凝らしてノボルの背中を見つめる。


「あ、あの人のスキルは……。ど、どういうものなのでしょうか……?」


 ノボルの姿はかろうじて見えるほどに現在の視界は悪い。ところがしばらくするとそれまで漂っていた霧が徐々に晴れていき、すぐに彼女は異変に気づいた。


「あ、あれは!?」


 灰色の霧が消滅していくと同時に見えてきたのは眩しいほどの光。じきにサラヴィスの目が捉えたのは、棺の真上に浮遊する輝く球体だった。


『ああ……ようやく解放された……。ずっとずっと苦しかった……』


 さらにこの球体は葬儀場の床に座るノボルとサラヴィスに対して、中年ほどの男性の声を発してこう語りかけてきたのだ。

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