『お父さん』
父の日に間に合わなかった…
『……ろ…お…、……。』
声が聞こえた。
(………また、宿の給仕さんの声か?
もう、そんな時間…)
…いや違う。
途中から、記憶があやふやになっている。
(そうだ…
俺は、森に『依頼』のために入って…
そして、ゴブリンに捕まって…
…『王』と話をして…逆鱗に触れてしまって…)
そこから先の記憶がない。
(…もしかして、俺は死んだのか?)
最後に見た『王』の表情を思い出す。
目を見開いて倒れている俺を覗き込む、憤慨している『王』の顔を…
あの後、無事で済んだはずがない。
「あぁ。
俺は死んでしまったのか…
目を開けても、何にも見えない…
これが死後の世界…真っ暗だ…」
『………はぁ。
……起きて早々、そんな寝言が言えるのなら健康だろうに……』
俺の独り言に対する返事が、どこからともなく聞こえてくる。
「…え?」
『…やっと起きたようだな、この寝坊助め。』
聞こえるはずのない声が、確かに聞こえている。
(この声は…
プロディティオ…なのか?)
「…もしかして…
プロディティオも…俺みたいに殺されてしまったのか!?
てことは、やっぱりここは死後の世界なのか!?」
慌てて問いかける。
『…はぁ。
お前は、一体何を言って…
…いや。
…お前は気絶していたし、目覚めた場所も場所だ。
…自分が殺されたと錯覚してしまうのも無理はないかもしれんな。
…お前は無事に生きているし、もちろん私も生きている。
…だから、まあ…ひとまずは落ちつけ。』
どうやら、ここは死後の世界というわけではないらしい。
何も見えない黒一色の周囲の状況から察するに、おそらくプロディティオの『影の中』なのだろう。
しかし、疑問は拭いきれない。
何故、俺は『生き残っている』?
(…手足に痛みはないし、意識もしっかりしている。
となると、『王』に切り刻まれたり、叩き潰されたわけでは無さそうだ。
となると、なおさら意味がわからな…
…まさか、プロディティオが『俺を助けた』…のか?)
ソフィアやキースの監視網を潜り抜けて俺を拉致できる程の実力を持つプロディティオなら、あの状況で俺を助け出す事だって可能なはずだ。
フィディスから人間に肩入れする可能性があると言われても否定せず沈黙していたのを思い出す。
でも、それはつまり…
「…なあ、プロディティオ。
俺を匿ったりしたら…
お前が『王』や他のゴブリン達に敵視されてしまうんじゃないか?」
『……?
…待て。
…誰が、誰からお前を匿ったと?』
「だから、あんなに怒っていた『王』から俺を引き離して『影の中』に避難なんてさせたら、後からプロディティオの立場が悪くなるんじゃ…」
バツが悪そうに尋ねると、プロディティオはしばらく考え込んでから、何かに納得したように『ああ。』と口にする。
『……これも、説明し忘れていたな。
……私は、他でもない『王』に命じられてお前を輸送している。
…目的地は『お前を探しているであろう者どもの所』だ。
……断じて、私の独断などではないし、私の立場の心配など無用。』
プロディティオから、思いもよらないような『衝撃の事実』が告げられる。
(あれほどまで、俺の事を敵視していた『王』が俺を解放した…だって?)
どう考えてもおかしいし、そんなわけがないと確信できる。
百歩譲って俺を殺さずにおくと言うのはわかるが、わざわざ捕まえてきた『人間の人質』をみすみす帰すなんてありえない話だ。
「…俺に気を遣って嘘をついているのか?
本当の事を教えてくれ。」
『……本当の事なら、たった今言った。
…別に、お前に気を遣っているわけでもなければ、嘘も言っていない。
私は、ありのままの事実を述べているにすぎない。』
「…なんで、『王』は俺を許したんだ?」
『……さぁ、な。
………まあ、お前には関係のない話だ。』
「…言えない事情が、あるのか?」
『…………。』
俺を探している仲間というのは、もしかしなくても一緒に森に来たソフィアやキースの事だろう。
『自分達の情報を手に入れた人質を、危険を冒してまで相手に返還しに行く』なんて、そんな命令を理由も無しに行ってくるとは思えない。
しかも、その人質からは『自分の神経を逆撫でする発言』を聞かされており、実際にその発言に対して血相を変えて怒りを露わにしていたのだ。
(…俺をソフィア達の元へ送り届ける事で、何かメリットがあるから…なのか?)
「…事情を、教えてはくれないか?
どうしても納得ができない…」
『…………。』
「…やっぱり、ダメか?」
『…………。』
だんまりを決めこむプロディティオ。
もしかすると『王』から説明を口止めされているのかもしれない。
「この質問に答えるのは、ダメだと言われてるんだな。」
『…………。』
「…わかった。
なら、これ以上は聞かない。」
(これ以上聞いたところで無駄だろうし、あんまりしつこく聞くのも良くないよな…)
プロディティオから話を聞き出すのは諦めて、自分で推測する他ない。
そう思った時、沈黙し続けていたプロディティオが口を開く。
『……あの『王』が…人間を酷く憎んでいる『王』が、お前の言っていた『人間との和平』を視野に入れると、そう言ったのだ。』
「……は?」
思わず聞き返す。
俺に怒りをぶつけた時の『王』を知っている俺は、『如何なる理由があったとしても、そんな事は絶対にあり得ない』と断定していた。
『…信じられないのは私も一緒だ。
……何せ、私も『王』に人間との和平を望み続けていたのだから…』
「……それって…プロディティオが『人間と一緒に暮らしていた』話と関係があるのか?」
『……話せば、少し長くなる。
…それでも聞くか?』
聞きたくない筈がない。
だが、無理矢理話をさせる事はしたくない。
「……その話が、プロディティオにとって聞かれたくない物なら、無理に聞こうとは思わない。
でも…
そうじゃないのなら、是非聞かせて欲しい。」
『……わかった。』
彼女はそう返事を返すと、静かに言葉を紡ぎだす。
まるで、子供に昔話を読み聞かせるように…ゆっくり、ゆっくりと、話し始めた。
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ある日の夜の話だ。
私の暮らしていた集落は、とある怪物に襲われて壊滅した。
そもそも、私の集落は小規模なものだったからな。
女子供を守ろうと、必死に戦った大人の男達はすぐに死に、子供を逃がそうとした母親達も、みんなその怪物に食い殺されてしまった。
普通なら、戦力にならない子供は生き残ったところですぐに死ぬため、真っ先に外敵に食わせるらしいが、私の集落は『我々の種族』の中でも『特別』だったようで、子供をとても大切にしていた。
その時の私は、本来なら真っ先に死ぬはずの、『まだ小さい子供』だった。
『特別』な集落で産まれたために生き残ってしまった。
自分と同じ境遇の、親のいない子供達と共に、な。
…我々の種族が何故、群れが脅威に晒された時に子供を守らず見捨てるのかわかるか?
子供を守るために、頼りになる大人が死んでしまって誰一人いない。
いるのは、狩りも採取も半人前の『未熟な子供だけ』。
そんな、小さい未熟な子供だけで構成された『弱い群れ』が、厳しい森の環境下で生き残れる割合など、たかが知れているからだ。
日を追うごとに、一人、また一人と。
餓死し、外敵に捕食され、川で溺れ、群れからはぐれ、転落し、力尽きて死んでいった。
そうして、あっという間に、半分ほどまで人数が減った。
日々、数を減らしていく仲間達を見て、いつ来るのかわからない『自分の番』を怯える。
ちょうど、それくらいの時期だ。
私達に、転機が訪れた。
…何かあったのかって?
私達は、『父』に出会ったんだ。
ああ、聞き間違いじゃない。
『父』は……
身寄りのない私達を、自分の住んでいる村に引き入れ、大事に育ててくれた。
とても大切な人だ。
……『その『父』が、私を育てた『人間』なのか?』…か。
…ああ、そうだ。
『父』は、我々が人間から『魔物』と呼ばれ、忌み嫌われている事を理解していながら、私達を受け入れてくれた。
…もちろん、村に暮らしていた人々が、みんな『父』と同じように私達を快く受け入れてくれたわけではない。
人間の村に入った初めの頃は、奇異な物を見る目で睨まれたり、目があうと大声で怒鳴られたり…
…道を歩いているときに、突然後ろから石を投げつけられた事もあったな。
私達だけでなく、私達を連れ込んだ『父』すらも同じような事をされていた。
…だが、『父』は私達を見捨てる事なく、愛情を込めて育ててくれた。
……『父』は、未熟だった私達に、本当に色々な事を学ばせてくれたんだ。
人間が食べている『温かい料理』を、私達の目の前で作って、同じテーブルで食してくれた。
村の近くにある川や草原、花畑に私達を連れて行き、思う存分遊ばせてくれた。
荒れた畑を耕し、作物を育て、収穫するまでの一連の体験をさせてくれた。
犬のような愛玩動物の世話の仕方や、家畜の飼育方法や屠殺の手順を、実際に見せてくれた。
森に生えている薬草と毒草の見分け方と、調合の方法を教えてくれた。
森に住む怪物達について、その恐ろしさと危険性について教えてくれた。
私達が熱を出して、苦しんでいる時は、つきっきりで看病してくれた。
眠れない時は、沢山の御伽噺や物語を、夜遅くまで読み聞かせてくれた。
人間の言葉と、文字の読み書きについて、とても丁寧に教えてくれた。
そして、目指すべき心の在り方についても…
私達は、本当に幸せだった。
ずっと、このまま平和に暮らしていければ、と。
…そう思っていた。
ならば何故、今、ここにいるのか…だろう?
別に、村の人々が嫌だったわけではない。
むしろ、彼らは時が経つにつれて私達を受け入れてくれるようになったからな。
中には、毎朝、卵や牛乳を持ってきてくれる優しい人だっていた。
私が、村を離れたのは…
その村が壊滅し、無くなったからだ。
…人間の、盗賊の手によって、な。
幸せだった日々が、ある日を境に崩れ落ちる。
この苦しみと悲しみが、今でもずっと心の中に燻っている。
だから、過去の話をすると…何というか…
…幸せだった頃の記憶と共に、その幸せな日々の終焉さえも思い出されて…なんとも言えない気分になってしまう。
……ああ、気にするな。
今話しているのは、私が話したいからだ。
お前に聞かれているから、無理に話しているわけではない。
…話を戻そう。
村は、人間の盗賊の掠奪の対象になってしまった。
村人がたくさん殺されて、家々は家財を盗まれた後に焼き払われていった。
…『父』と私達の家も、例外ではなかった。
扉が破られ、入ってきた賊が斧のような武器を振り回した。
月日を経て成長し、大人になっていた私達は、身を挺して必死に『父』を守ろうとした。
今まで受けた恩義に報いるため。
そして何より、『父』が大好きだったから…
しかし、『父』はそんな事を望んではいなかった。
私達のうちの一人が、盗賊の攻撃から『父』を守ろうと、前に出たんだ。
武器が振り下ろされる瞬間、『父』は目の前で攻撃を受けそうになっている『子供』を後ろに引っ張った。
…『子供』を庇うようにして、自ら攻撃を受けた。
愛する『父』が血飛沫を上げながら地面に倒れ伏していく。
「愛している。」と、ただ一言だけを残して…
………そうして、私達の『父』は、殺された。
私は…
…いや、『私達』は。
『父』を殺した盗賊を、断じて許すことが出来なかった。
怒りと心の底から溢れたドス黒い殺意に身を動かされた私は、迷わず『自分の能力』を利用していた。
…『父』から『絶対に使うな』と言われていた『死霊術』を…な。
…はっと、我に帰った時には、父以外の村の人間は皆、敵を殺すだけの屍人となって盗賊を殺して回っていた。
村人だったものに殺された盗賊達も、後を追うように生きている他の盗賊に切りかかり、飛びかかって肉を食いちぎり、同類の数を増やしていった。
その時、目の前で逃げ惑う盗賊に飛びかかった一体の屍人の顔を見たんだ。
毎朝、家に卵を届けに来てくれていた、優しかった隣人だった。
彼は顔の半分近くを剣で削がれ、臓物が腹からこぼれ落ちていた。
…そんな痛々しい姿になってもなお、理性のない獣のように盗賊に襲いかかっていた彼の姿を見て、『父』の教えを破り、使用してしまった己の力が如何に悍ましく冒涜的なものだったのかを、嫌というほど痛感したよ。
…そして何より、禁じられていた力を使い、襲撃してきた盗賊を鏖殺し、『父』の仇をとっても…
私達の心に残っていたのは『父』を失った悲しみと、どうしようもない虚しさだけだった。
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…罪滅ぼしにもなりはしないが、盗賊が全員死んで、屍人となった村人達が死体に戻ってから、私達は村の中央に穴を掘り、大きな墓を作った。
『大切な人』と死によって別れた時は、その人の魂が安らかに眠れるように土に埋めてあげるのだ…と。
…これも、『父』が私達に教えてくれた事の一つだった。
人々を私が作った棺桶に入れ、大きな穴に並べていった。
そして、土を被せてから大きな石を置き『覚えている限りの村人の名前』を協力して少しずつ掘っていくんだ。
村の人達の名前を全て書き記してから、私達は『父』の墓を建てる事にした。
私達の思い出が詰まった、『父』と私達の家の裏庭に、とても深い穴を掘った。
棺桶に入れるため、うつ伏せに倒れていた『父』をゆっくり仰向けにした。
とても穏やかな顔だったよ。
本当に、死んでるなんて思わないほどに優しい笑顔だった。
……私達は、もう耐えられなかったんだ。
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優しい笑みを浮かべた、愛する人を呆然と見下ろしていた。
視界が滲み続けて埋葬どころではない。
ただ、動かない『父』の顔を涙で濡らしていた。
そんな時、ふと『父』の言っていた事を思い出した。
『私は、きっと君達よりも先にこの世から去る。
もし、その時が来たなら…
どうか、笑顔で見送ってほしい。
でないと、心配で…
それこそ、御伽噺の幽霊のように君達の前に現れてしまうかもしれないからね。』
私達は、ただただ笑った。
それは、見るに耐えないような、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった笑顔だったかもしれない。
でも、笑い続けた。
漏れ出る嗚咽は笑い声に変えた。
遥か遠い場所へと旅立った『父』に、安心してもらいたかった。
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「私達は、とても幸せでした。
あなたと過ごした日々は、決して忘れることはありません。
あなたのおかげで、私達は立派に成長できました。
だから…どうか心配しないで。
そこで、ゆっくりと休んでください。
……おやすみなさい、お父さん。」




