01-31
明確な殺意と共に放たれた一条の光は亀の甲羅を容易く貫いた。
「ヒィィィァァァアアアアア」
亀の口から放たれる悲鳴と光線が風音を捕らえた。
風音は辛うじて反応するも避け切れず右腕が光線に飲み込まれた。一瞬にして右腕は塵と化し、傷口は焼ける。咄嗟に避けたせいで風音の態勢は崩れる。
その隙を亀は逃さない。一瞬にして距離を詰めた亀が風音の足を掴んだ。
両足首をがっしり掴まれ右腕は塵に。風音の動きを封じた亀はガバっと大きな口を開いて風音目掛けて光線を吐いた。
身体を捩って回避を試みた風音の脇腹を光線がかすめる。
亀は光線を吐いたまま頭を動かし風音の腹を両断した。
風音の上半身は地面に落ち、亀が持つ下半身からは香ばしい臭いが立ち込める。
「だぁれが誰をぶっ殺すってぇ?あひゃひゃひゃひゃ」
亀は高笑いと共に風音の下半身を振り回してその興奮を表現する。力任せに振り回された風音の下半身は関節に無理が掛かって捻じれて折れた。それでもお構いなしに振り回す。風音の下半身は振り回される毎に原型を失い、断裂した筋繊維はもはやブヨブヨと伸びきったゴムの様。
一頻り高笑いを上げた亀は風音の下半身を放り出すと地面に落ちて潰れた上半身の元へと向かう。
亀の仕事は風音を殺して終わりではない。風音と風音が持ち帰ったコアの回収こそが本題なのだ。
亀が風音の死体に手を近づけたその時、風音の死体は光の粒となって弾けて消えた。
何が起こったのか理解できなかった亀が固まる。ただ、目の前にコアがあるから探す手間が省けたとは思った。
亀がコアへと手を伸ばすと亀の手が何かに掴まれて動けなくなった。
一体何が。
その疑問はすぐに解消された。弾けて消えた光の粒が再び集まりだし、腕の形に輪郭を帯び始めたのだ。光の粒の中に風音のコアが飲み込まれ、一際眩しい光を放つ。
眩しさからつい目を瞑ってしまった亀は次の瞬間、目を開けるよりも速くその顔面をぶん殴られる衝撃に見舞われた。
「ブフッ!?一体なぁっ!?」
一体何が、そのたった一言を許さない存在が亀の目の前にいた。
「馬鹿な⋯⋯風音!お前は死んだはずじゃ!?」
確かに焼き殺した。その手応えはあった。上半身と下半身に引き裂いた。生きていられるはずがない。
亀がそう感じたのも信じたのも無理はない。
死体は消えたがコアが残った。ならあれは本物だったはずだ。それにいくら魔法少女でも完全に死んだ状態からの復活など出来はしない。マスコット達が使っている方法は魔法少女の魔力では実現しない。
だが今、目の間に光の粒子から完全に復活した風音の姿がそこにあり、亀の腕を掴んで離さない。
光り輝く少女はにぃっと口角を上げて口元だけで笑い、亀の二の句を封じた。
手にした宝剣が亀の甲羅を貫き、今度は亀が両断される。
「はへっ?」という間抜けな声と共に転がった亀に光が集まり形を成した宝剣が刺し貫いていく。
風音は亀の身体を蹴飛ばし中身をぶちまけ、手の平をかざして光線を放った。
きっとビーという擬音が表現されるだろう光景が広がる。亀の死体は完全に塵となって風にそよぐ。
だが風に舞い上げられた塵が再び一ヵ所に集まるとそれで亀が再生される。
ついさっきまでは復活までに数時間を要したというのにこの変わりよう。生憎亀には急成長の心当たりがない。強いて言えばここに来る前に会ったミズチが何かした可能性位だ。
まぁ速い分には文句もない。
亀が復活している間に風音は光の羽を広げて空へと舞う。美しいアゲハチョウの様な紋様が風音の魔力で淡い発光現象を起こす幻想的な光景だ。
亀は風音のコスチュームチェンジはただの趣味だとそう思っていた。だから劇的な外見の変化にも口を出さなかった。
しかし、先程の復活、復活からの反撃を目の当たりにし、口を出さずにはいられなかった。
「風音!それはどういうことだ!?お前は風と音の魔法少女だ!そんなお前が光の魔法を使いこなせるはずがない!」
そう、魔法少女の名前には一定のルールが存在し、少女個人の魔力の質によって決定する。その魔力の質をマスコット内では属性と呼称していた。自身の魔力属性から離れれば離れる程、使用される魔法の威力、精度、速度、強度とおおよそ関りのある概念全てが下がる。第五世代の魔法が弱いのはいわゆる『魔法っぽい』ものの適性がないからだ。
魔力属性が細かく分かれ色々な物が混じり合った結果、植物や鉱物の名前にまで落ちてしまった。そうなると自身の名前の植物の強度を上げたり、大きさを変えたり、生成する速度や量、操る精度なんかでは他の魔法少女よりも優れているがそもそも植物で風や音を操る風音に敵うはずもない。
それと同じ理由で風音も風と音という要素では最強であっても光という別の属性についてはそこまでの適性はない。よって自身の身体を光の粒子にしたり、元に戻したりといったことが実戦レベルで出来るはずがないのだ。風音が元々馬鹿みたいな熱光線を放ったりしているが、ただ放つのと自在に操り構成するのでは難易度があまりにも違い過ぎる。
風音は亀の疑問に答えない。ただ見下しながら次の魔法の準備を粛々と進めていた。
「クッソガァ!」
亀は咆えるとともに光弾を放つ。だが何れも風音に直撃しようが風音の身体は光となっては散って、また集まり元に戻る。どう見ても光属性の魔法を使いこなしている。この絡繰りが分からない限り自分は風音を下すことは出来ない。
それどころか攻撃した隙に的確にカウンターを合わせて自分がやられる始末。
肉体は塵に換えられ、そこから再び再生を果たす。
その間も亀は考えていた。
風音が何をしているのかは分かっても、どうしているのかが分からない。
亀は考えて考えて考えて考えて、考えることを止めた。
元々自分には十分な知識などないのだ、考えたところで必要な知識が無ければきっと分からない。x+y=zと言われたところでこの式だけではx、y、zの値は分からない。
要は風音が中々死なねぇってそれだけの話だ。どの道魔法を使わせ続けて臨界させるつもりなんだから関係ねぇ。
亀は無知ではあるがその思考は柔軟だった。
―――――――――――――
これで勝ち目が出てきた。風音は自身にそう言い聞かせた。
亀が供給されているエネルギー源を断ったことで復活できる限界を設けた。これで不死身のゾンビアタックは出来ない。その上風音はマスコットと同様の手段を用いて自身も一時的に復活可能状態にしたことで制限時間付きではあるが勝機を獲得した。
通常、マスコットと同じ方法での復活は、魔力が足りずに魔法は破綻する。それを風音は自身が臨界寸前という状態を利用することで足りない魔力を補填した。
臨界とは魔法少女の末期症状。
魔法少女の肉体が保有できる魔力の総量を超え、肉体に収まりきらなくなった魔力が肉体を崩壊させて外へ出てくる現象である。魔力を消費することで一時的に症状は抑えられるが、それは問題の先送りにしかならない。魔力は筋肉同様、酷使するとより強く、濃厚な魔力を生み出すようになり、やがて止まらなくなるため根本的な解決にはならない。
臨界で肉体が崩壊する現象とは、言い換えれば水風船に水を入れ続け、やがて破裂するのと同じなのだ。水風船と繋がった蛇口のバルブの故障して水を止められなくなり、やがて破裂する。
だから風音はそれを逆手に取った。
内側から溢れ続ける魔力をひたすら外へ出し、出した魔力を消費し続けて肉体を保ちつつ、魔法も行使する。溢れ続ける魔力なら通常では魔力不足で使えない魔法でも足りる。
それが風音のやったこと。
臨界寸前だから成立する綱渡りを見事成し遂げたのだ。
もっとも、そう長くは続かないことも理解している。だから魔力の供給量が消費量に追いつく前に亀を完膚なきまでに殺し尽くさないといけないのだ。少しでも消費量を増やすために風音は自身の適性がない魔法まで行使している。実は相当に後がない状態だったりするが亀はそこまで頭が回っていなかった。
そう過去形だ。
ぶち殺してしまうごとに冷静さを取り戻していく。
亀はもう混乱していない。絡繰りを見破ったとかではなく、単純に方針の切り替えだろうと推測する。
元々亀は持久戦を挑んでいた。魔力の供給源を潰されて怒りで冷静な思考が出来なかったに過ぎない。冷静になったなら亀は持久戦以外の選択肢を捨てるのは当然のこと。
さて、どうやって追い詰めようか。そう考えていると亀の方から話し掛けてきた。
「風音、俺はいくつか疑問に思った。お前、どうしてコスチュームチェンジなんかしたんだ?光魔法だけなら別にそのままでも撃てただろう?コスチュームを変える必要はないはずだ。
それとその周囲に浮いている剣だけど、それって武装デバイスだろ?武装デバイスって確か第三世代にだけ実装された武器とコアを繋いだ特殊兵装だったと記憶している。普段使っている銃がそれにあたると考えていたんだけど違ったのか?」
その声音は先程までの動揺や怒りの色はなく、ただ淡々と風音の情報を引き出そうとするものだった。
風音はその話に乗っかる。取っ掛かりが欲しいのは風音も同じ、溢れ出る魔力は常に羽から周囲へと巻き散らしているから肉体もこの戦闘中は問題なし。
「これ?これはね、あたしが倒した他の第三世代の魔法少女の物だよ」
風音の答えに亀は黙った。風音が言っていることを理解出来なかったから。
しばしの沈黙の後、ようやく亀が口を開く。
「いや⋯⋯無理だろ。武装デバイスっていうのはコアと同調させる必要がある。だから個人個人に調整されるものだ。他人のコアを引っ張り出したからって他人の武装デバイスは使えない。何故なら武装デバイスに必要なのは持ち主の持つ魔力そのものだからだ。コアを燃料にするのとは訳が違う」
「ふぅん。まぁ信じないならそれでもいいわ。別に説得させる必要も理解させる必要もないんだし」
風音は宝剣を亀目掛けて飛ばす。
まるで戦闘機の様に飛んでいく宝剣から亀は逃げ出した。
けれど宝剣は七つある。縦横無尽に飛翔し、刀身からレーザーを放つ宝剣を前に亀は全身穴だらけになりながらも懸命に逃げた。
風音は見失わないように高度を上げつつ追いかける。距離は適度に空けておいて決して一定以上近付かない。風音もよく使うのだが追いかけてくる敵には設置型の魔法を出してやると思いの外簡単に引っかかるのだ。速度が出ているせいで急停止も方向転換も制限を受け上手く回避できなくなる。逃げる相手は馬鹿正直に追いかけるのではなく逃げる先を予測し先回りすることが肝要。
高度を上げつつ亀が逃げる先を眺めながら七つの剣を操る。背後には常に一本貼り付け、残る六本で逃げ道を誘導するように追い立てる。
操作性の悪さにかつてこの剣を使っていた魔法少女の凄さを思い知らされる。
「何これ、すっごい難しいんだけど」
風音が難しく思うのも当然で、宝剣の持ち主は剣を操ると同時に光を曲げて常に相手を目視できる魔法を併用していたのだが風音がそれに気が付くことはない。