食堂
「今日は休暇中だから特別ですよ。」
彰子が井上にそう釘を刺す。扶桑海軍では本来なら佐官待遇以上の食堂とそれ以下の食堂は異なっていたが、今回は有志の給仕の関係で井上にも佐官以上用の食堂の出入りが許されたためだった。
「はい。分かっております。私など兵員用食堂で構いませんでしたのに。」
旗艦機能を持つアサマでは食堂は接待にも使われるため、佐官以上用の内装は本国の高級ホテル顔負けに豪華で、床には紺色の絨毯が敷かれ、壁には有名な画家の作品がかけられていた。
「まあ、みんなで食べた方が美味しいからね。井上君も遠慮なく食べてね。」
多田野の言葉に井上がぺこりと頭を下げる。
「しかし、司令と神城艦長は毎日こんなところで召し上がっていらっしゃるとは羨ましいですな。一応区域は別れていますが、駆逐艦は狭くて食堂も一つしかないので。」
「うちもここまで豪華じゃありませんよ。やっぱりアサマは違いますな。」
「ありがとう。2人とも。」
猿渡と二階堂に褒められ、司令歴どころか乗艦歴も浅い多田野であっても、やはり乗艦を褒められれば嬉しかった。
「でも、司令はいつもお部屋で召し上がっておられます。もう少し贅沢されてもよろしいのですが。」
と困ったように井上が言った。確かに井上の言う通り、多田野はいつも部屋で食事を取っていた。昼は書類仕事をしながら井上と夜は1人でのんびりと、と言っても最近は夜まで何かしらの仕事が残っていて仕方なく部屋で食べるということも多かった。
「そうなのですか。司令。」
と猿渡が驚いたように言う。
多田野は頷く。
「昼は書類仕事が終わらないし、最近は夜も何かしら仕事があるから。でも、接待なんかで全く使わないことはないよ。」
「しかし、司令にも、もっとこちらをお使いになって頂きたいのですが。お部屋にお持ちできる献立だと限りがありますから。」
と主菜を持ってきた中条も少し愚痴るようにそう言った。
「なるほど。料理長も苦労されてるんですね。」
と二階堂が分かりますよと言った顔で頷く。
「なんか僕が皆に苦労を強いてるみたいではないか。」
多田野はわざとらしくシュンとしてみせた。
それを見て猿渡が豪快に笑う。
「ははは。今回の作戦はいささか骨が折れますから。本来なら海軍と陸軍の連携なんて大規模演習のために1年近くかけて用意されるものですし。」
「ですね。猿渡艦長。僕も初等教育時代まで戻って陸軍の友人をあたり、運良く近衛に何人かいたからいいものの。それでも飲み食いさせて話を聞き出すのは疲れますよ。」
「でも、ウェスタン王国から色々物資が入ってきますから、食材の面ではやりよくなりました。今、井上伍長を除いて皆様にお出ししているのもウェスタン王国の葡萄酒です。あ、伍長のもウェスタン王国の柑橘系のジュースだよ。」
中条の言う通り、ウェスタン王国は軍事物資だけでなく一般向け、軍向けに食糧も支援していた。そこまでしても自国の軍隊に戦わせずにアメリアの脅威を削ぎたいという都合の良い話の訳だが、帝国政府も知った上で利用していた感があった。無論、一介の軍将校である多田野には詳しいことは分からないというのが実情ではあったのだが。
「ああ、通りで美味しいと思っていたよ。」
グラスをクイッと飲み干しながら、猿渡がお代わりをと言った。
「まさか、分かってなかったわけじゃないですよね。猿渡さん。」
「ばか。わかってるよ。当たり前だろ。二階堂。」
「さっきまでちびちびやっていたのに急にお代わりなんか言うからですよ。」
「葡萄酒は飲みつけないですか。お二人とも。」
と彰子が笑いながら言う。
「ですなぁ。いつも安酒場で焼酎かビールですからね。」
「猿渡艦長らしいなぁ。いや、僕は情報を扱う仕事柄もあって、向こうの葡萄酒も飲みますが、今回のはいいお酒ですよ。」
「はい。さすがは二階堂艦長。量産品ではありますが、これは、名作と名高い3年前のルーボーの葡萄酒になります。帝国産とは深みが違いどっしりとした味わいだと思います。」
「ほう。ルーボーの3年ものねぇ。」
と猿渡がさも訳知り顔にグラスを傾けて回す。
「いや、猿渡さん。だから分かってないでしょ。」
二階堂のツッコミに食堂は久しぶりに皆の朗らかな笑い声に包まれた。




