恐怖
多田野が目を覚ましたのは、跳弾を受けてから3日後だった。
目を覚ますと、すぐさま彰子達、参謀が呼ばれ、モロ島及びその守備艦隊の事実上の降伏を受けて第13艦隊は占領を担当する近衛部隊と政府からの政治顧問団を連れ、可及的速やかにモロ島へと向かうことになったのだが、多田野の回復と守備艦隊の接収、さらには反乱者を本国に引き渡すなどの諸々の手続きから、さらに一週間ほど時間がある旨が多田野に伝えられた。それから、病み上がりの多田野は数枚の書類にサインするだけで暇な時間を過ごしていた。不意にドアがノックされた。三上が治療のために頻繁に行き来するので鍵は掛けていなかったのでノックした人物は多田野の許可なく室内に入ることが出来た。
「貴方が多田野大佐ですか。お噂はかねがね。大佐でありながら1艦隊を率いるとはさすがですな。あ、まだ足は痛みますかな。」
慣れた様子で入ってきた割には多田野は目前の人物の顔を知らなかった。ちょうど井上はまだあまり足の動かない多田野に代わって彰子に書類を届けに行っていて不在だった。
「いえ、もう大丈夫です。失礼ですがどちら様で。」
「これは失礼。私、この度モロ島の政治顧問団長を仰せつかった貴族院議員の長嶺浩二と申します。航空便で一足早く参りましたので一言ご挨拶を思いまして。」
わざわざ航空機を使って来た事や何よりその若さから言って何らかの後ろ盾があると踏んだ多田野は丁寧に応対することに決めた。そして多田野は起き上がりベッドに腰掛けた。
「わざわざのご挨拶ありがとうございます。出迎えもせず腰掛けたままで申し訳ありません。足もだいぶ良くなりました。モロ島への出発は一週間後のはず、それまでゆっくり島の中をご覧下さい。」
「存じております。残りの我々政治顧問団の到着やモロ島の守備艦隊の乗員の処理に時間がかかりますから。今日はお願いに参ったまで。」
「お願いとはなんでしょう。」
「私をこのアサマに乗せていただきたい。」
「陸軍の高速輸送艦の方が、居住性が高いのでは。軍艦はお世辞にも乗り心地がいいとは言えませんから。見学なら所定の手続きをして頂ければ。」
長嶺は首を振った。多田野は不審に思う。今回、陸軍が用意した高速輸送艦は蓮子殿下仕様の特別製で居住性は申し分のないはずだった。
「アサマは雷撃を受けても無事であったと聞いています。そんな艦に乗りたいのです。」
誰がそんな噂を流したのか多田野にはわからなかったが、多田野は政治家に関わる面倒を避けたかった。そして、多分、長嶺は戦場が怖いのだと察した。
「無事ではありませんでしたが、確かに自力航行に支障はありませんでした。しかし、何かあれば我々は戦いの最前線に赴きます。絶対の安全はありません。」
多田野の言葉に長嶺は食い下がった。
「でも、高速輸送艦よりは装甲が厚いはずです。それに警備も万全だ。この艦が沈む時はきっと輸送艦も沈んでいる。職権を使っても僕はこの艦に乗ります。」
職権を持ち出されたことや怪我の気だるさも相まって反論する気を削がれた多田野は一転、了承することにした。幸いにも人員不足で悩むアサマには個室だけは余っていた。
「わかりました。お乗せしましょう。士官用の個室で良ければ空いていますから、ご自由にお使いください。」
長嶺はありがとうと言い、喜色満面の笑みで出ていた。




