乗船
多田野は使者がどれほど弁の立つ手練の士官でも気概を見せないといけないなと意気込んでいた。
しかし、アサマに乗り込んだ使者は二十歳にもならないまだ若い黒人の一等水兵で、訛りの強いアメリア語とともに申し訳ないが当艦までおいで願いたいと走り書きされた紙片を多田野に差し出した。
通訳にされたメルルが使者にアメリア語でいろいろ聞いたが、何を聞かれても使者は司令が話をしたいと言っているとしか言わず、詳細は謎のままだった。
メルルは古くから海洋貿易で栄えた扶桑帝国と違い、アメリアにとって黒人は未だ『植民地の民』であり、居住や職業も暗に制限されるなど差別的扱いを受けているから、何も知らされていないのだろうと多田野に小声で言ってきた。
心配した彰子が伝声管で話しかけてきたので、多田野は手短に使者について話した。
「罠の可能性があります。このような軍使ならわざわざ提督自らが赴かなくてもよいと思いますが。」
伝声管から聞こえてくる彰子の声は皆に聞かれないようにと少しくぐもっていた。
隣で半ば無理やり伝声管に耳を押し付けたメルルの髪の毛が多田野の鼻をくすぐり、少し汗の匂いがした。
「罠だとしてもここは多田野司令に行っていただくのがよいかと具申します。」
軍属とはいえ民間人であるメルルは怖いし止めませんかくらいいうのではないかと思っていた多田野は妙にやる気のある言動に戸惑った。
「なぜ。メルルさん。断ってもいいのですよ。」
「通訳には私が適任ですし、モロ島にはまだ仲間がいるかもしれません。」
「仲間が。」
「モハメッドも我々が改装した船です。島には研究者も残っているかも知れません。」
多田野とメルルの雰囲気に不安になったのか使者の若者がまた、なにかしゃべった。
「身の安全は保証するから、司令ご自身が来るようにとの事です。」
多田野は迷っていたが、必死になる若い使者を見るにつけ、自分が行かなくてはならないという思いを強くした。
「わかった。行こう。」
「宜しいのですか。」
ずっと伝声管で聞いていた彰子が驚いたように言った。
「わかりました。井上伍長を連れて行ってください。いくら人手不足とは言え、司令たるものが従卒も連れずに行ったとなれば相手にも失礼になりますから。それと陸戦隊を5名ほど付けます。」
そうして、初めて従卒らしい仕事が出来ると喜ぶ井上に通訳として仲間助けようと張り切るメルル、小銃で武装した陸戦隊5名とともに多田野は内火艇に乗り込んだ。




