御前
会議室として設えられた部屋の奥には御簾が下ろされた空間があり、表情もわからない距離で蓮子が座っていた。
その前に縦に長机が用意され、多田野と彰子達は北村と壮年の士官二人と向かい合って座った。
「まず、海軍と致しましては…。」
まずは、彰子が多田野たちが話し合った海軍側の作戦案を話した。
北村は静かにそれを聞きながらタバコに火をつけた。彰子の話が終わるとふうっと長く煙を吐いた。
「近衛師団としてはそのような作戦は受け入れられませんなぁ。敵の編成が整っていない今こそ好機。」
想定通りだと多田野は二階堂の作っていた想定問答集に従って答えていく。
「しかし、ご存じのように艦艇数は不足しておりまして。」
「アサマの修理にはどのくらいかかる。」
「メルルさんの工法を採用すれば2週間程かと。」
「あの亡命してきた科学者をつかうのか。」
「監視も付けますし、実際の作業を行うのはレブ島の工員です。」
北村の隣にいた壮年の士官が反論するように立ち上がった。
「我々の海防艦もあります。」
戦闘どころか遠洋航海がやっとな船で何をするのかと思ったが、多田野はため息をこらえた。さらに隣の士官が立ち上がった。
「モロ島には少数の艦隊しかいないと聞く。制圧は容易ではないか。今こそこの辺りの制海権を確立すべきだ。」
彰子が多田野にモロ島の陣容が書かれた紙を滑らせた。北村達、陸軍の要求は想定通りであり、多田野達の基本姿勢は変わらない。
「駆逐2軽巡1と確かに確認されている艦隊は少数ですが。罠の可能性も考えられます。」
「罠だと。」
「ありえんな。」
「ここは増援を求めるべきかと。」
「先程から増援、増援と。どの海域も奮戦しておる。それに近衛師団たる我々が増援など呼べるか。」
北村は顔を真っ赤にして一喝した。多田野はまだ冷静に二階堂の作成した想定問答集に沿って答えていく。
「増援は海軍軍令部に求めます。」
「そういう問題ではない。第一、海軍に増援できる艦隊はあるのか。」
「近海警備の艦隊を回してもらうしかないでしょう。」
「それでは陛下の御座所が危ないではないか。」
「近衛艦隊がおりますし、我々がここで防げない事が一番の問題かと。」
北村は小さく唸った。近衛艦隊は陛下の御座艦である特別重巡フソウと随伴駆逐艦二隻で構成される小規模艦隊であり、戦力として当てにはならないが、我々がここで防げば良いという意見には北村も口を出せないようだった。
「ここは殿下のご裁断を仰ぎましょう。」
北村が言った。
「ふぇ…。」
御簾の奥から情けない声が聞こえ、すぐに咳払いの音で誤魔化された。殿下とはいえ、一少女に決めろというほうが無理だと多田野は思った。
「増援を求めるか否かです。殿下。」
猿渡がすっと二択になるように議論を誘導した。御簾の中の蓮子に注目が集まる。
「ここは増援を求めましょう。我々の目的は制海権の維持にあるように思えます。」
北村がまた立ち上がる。
「殿下。せっかくの好機を無にするお積もりですか。」
「北村。いたずらに戦域を拡大したら、将兵が苦しむだけでしょう。増援が来るまで南方戦域はここを死守します。」
蓮子の発言で北村が座り、議論の趨勢は決まった。多田野は拍手を送りたい気持ちをぐっと堪えて蓮子を見た。




