叱責
アサマは機関損傷と浸水のせいで通常の倍以上の時間を掛けてようやくレブ港にたどり着いた。
多田野は司令官席から立ち上がり、腰を伸ばした。肺に穏やかな島の空気が入ってきた。亡くなった者達のためにもしっかりしなくてはと歓迎のために手を振る係員を見ながら決意を新たにする。
「戦死者の葬儀はアヤセで行うことにして本艦は浸水と機関の修理をさせた方が良いかと。」
接岸の為に珍しく艦長席にいた彰子の意見に多田野は頷いた。
輸送艦を庇ったことは箝口令を敷いたが反論もなく、艦橋はいつもより少しだけ静かであるものの穏やかな時間を取り戻していた。
接岸するや否や慌ただしく北村が乗り込んできた。彰子が艦橋後方に設けられた作戦指揮用の小部屋に誘導した。
北村はいきなり多田野の胸倉を掴んだ。
「なぜだ。なぜ。殿下を連れ出した。しかも被弾するとは。殿下を危機に晒して、貴様、それでも帝国軍人か。」
歴戦の将官にすごまれた多田野は情けなくも言葉を飲み込むしかなかった。代わりに彰子が答えてくれる。
「お言葉ですが、少将。殿下は…。」
北村は手にさらに力を込めた。
「一艦長風情が。黙っていろ。」
どこからか医務室で寝ていたはずの蓮子がムッとした顔で現れ、多田野と北村の間に割って入った。大丈夫ですかと言おうとした多田野を手で制した蓮子は北村と向き合った。
「北村。黙るのはそなたです。」
「何をおっしゃいますか。殿下。」
「自ら乗ったのだ。誰のせいでもない。」
「殿下。なぜそのような危険をおかすのですか。この北村に分かるようにご説明ください。」
北村がオーバーな手の振りをつけて説明を求めた。
「赤色弾。あれらには赤色弾があったといえ十分でしょう。」
赤色弾と言う言葉に多田野は驚きを隠せなかった。
「どういう事ですか。赤色弾は大戦後、国際条約で禁止兵器に指定され、我が国から完全に廃棄されたはずです。」
「表向きはそう。実際、1度は赤色弾は破棄された。」
北村が、それはと言い蓮子を止めた。
「よい。多田野司令には知っておいてもらった方が良いのだ。」
「しかし…。」
「多田野司令。赤色弾はどのような物か知っているか。」
「催涙弾等に並ぶ化学兵器の一種で毒物兵器であります。メエン化ナルトリウム。神経系に作用し幻覚と呼吸困難を引き起こす猛毒。揮発性が高く、皮膚からも入り込む有効な解毒薬や治療法も無い通称『悪魔の薬』。大戦終結後は国際条約によって新たな製造が禁止され、当該兵器の速やかな破棄が義務付けられました。」
士官学校での講義を思い出しながら多田野は答えた。北村が話を継いだ。
「しかし、帝国は周辺国との国力差から秘密裏に赤色弾を所有することとし、春日宮家ご一家がレブ島への封印を始められました。レブ島の地下にはまだ研究所も存在している。」
「私の荷なら調査は少ないからな。」
「知っているものは。」
「一級機密だからそうはおるまい。」
北村が咳払いした。
「しかし、今、問題なのは殿下が乗艦なさっているのを知りながら、アサマを盾にした事ではないか多田野君。」
「よい。北村。予が頼んだのじゃ。それにあの場で海洋汚染を防ぐ為には…。」
「お言葉ですが殿下。いかに陛下のお頼みとは申せ、そのようなこと断じてするべきではないのです。そうまでせずとも何か手があったはずです。」
蓮子はため息をついて話を変えた。
「時に、アサマの修理はどの程度掛かる。」
彰子が手元の資料を見ながらすぐに答える。
「三週間以上はかかるかと。」
「そうか。では三週間後にはこの辺りの基地を潰し、我が軍の制海権をより盤石にすべきじゃな。」
何を言ってるだと多田野は思ったが、蓮子はいたって真面目な顔をしていた。
「恐れながら、そのような命は受けておりません。我々近衛に与えられたのは、あくまで『第13艦隊と共に帝国の安寧の為にレブ島を防衛せよ』との命令です。」
「攻撃してはならないという命令は受けておらん。制海権の確保は帝国の安寧に繋がるではないか。」
「殿下。それは詭弁です。大切な御身を南にお逃がししたというに。」
逃がしたという言葉に蓮子は強く反応し、勢いよく立ち上がった。
「私は…。私は逃げた覚えなどない。南の守りを固める為だ。皇族が討たれれば国民は死兵となろう。水面下で進む外交交渉も消える。私の存在そのものが南の守りとなるのだ。」
そこまで一気にまくし立てて、失言でしたと謝る北村に一呼吸おいてから蓮子はニコリとほほ笑んだ。
北村はもはや何も言わんとばかり、背を向けてため息をついた。
「本当におやりになるつもりですか。」
多田野は恐る恐るそう聞いた。蓮子はニコニコしながら頷いた。
「これを機に、南方の領有権問題を整理するのだ。勝手に巣づくった奴らを掃除してやるのよ。多田野、北村。作戦を立案せい。」
楽しそうに命令する蓮子に三人は何も言えなくなってしまった。




