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アイテム鑑定士は頑張ってます ― 地図のないダンジョンからの脱出  作者: 智信
第三部

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第29話 鏡

 石碑が示した場所は地図の隅の方だった。


 アッシュが広げた地図の上でその一点を指でなぞる。


「……ここだな。少し外れてる。……前に一度、通りかかったが、先には進まなかった場所だ」


「進まなかった、ってことは」


 ゴードンが問いかけた。


「先が行き止まりだと思ってた場所か」


「まあ、そうだ」


 アッシュが肩をすくめた。


「あのときは、その先が何もないと感じたんだが。……この迷宮のことだ。そう思わせてきたのかもしれん」


 その言葉に誰も笑わなかった。

 だが、その通りだった。

 行き止まりだと思った石碑が、道案内だった。

 なら、行き止まりだと感じたその先にも——きっと何かがある。


「なら、それを信じて進むだけだな。時間は、ない。……鏡さえ、手に入れば、あとは、泉の水を汲むだけだ」


 イングリッドが力強く宣言する。


 自分たちは石碑の広間を出て薄暗い通路へと足を踏み入れた。


 歩き慣れた道になっていた。

 二日前は、迷路にしか見えなかったこの道が、不安しか感じなかったこの道が、今は確かな道として自分たちの地図の中にあった。


「……ねえ、ライル」


 歩きながらヴェラがぽつりと言った。

 その声には隠しきれない疲れが滲んでいた。


「石碑、ほんとに合ってるのかな。……こんな隅っこに、大事な鏡があるなんて」


「合ってる」


 自分は迷わず答えた。

 自分でも意外なほど迷いはなかった。


「あの石碑は、盃のことも、泉の場所も、全部正しい情報が書かれていた。……なら、鏡のことも間違ってるはずがない。……信じよう。昨日までの自分たちの努力と、そしてあの石碑のことを」


「……そうだね。うん。……ウチも、信じる」


 ヴェラが小さく笑った。

 その一言で、自分の中にあった信じきれないという不安が、すべて取り除かれたような気がした。


「……この脇道だ」


 やがてアッシュが足を止めた。

 そこは細い通路が一本だけ枝分かれしている場所だった。

 そして、細い通路の奥は薄闇に沈んで先が見えなかった。


「地図だと、この先がその部屋だ。……行き止まりに感じたのも、無理はない。こんな、目立たない、細い道じゃな」


 アッシュのその言葉に、同意するように首を小さく縦に振り、自分は灯りをかざした。

 足場はしっかりしているが、しかし、細く狭い通路だった。

 足を踏み入れると、肩が両側の壁に触れそうなほどだった。

 その薄暗がりの少し先で——通路は崩れた岩に半ば塞がれていた。

 天井から落ちたのだろう、拳ほどの岩が積み重なり通路の下半分を埋めている。


「……これじゃ、通れないか」


 アッシュが顔をしかめた。


「いや、このくらいだったら、慎重に進めば、崩れない」


 ゴードンが確信を持って伝えた。

 その言葉にイングリッドが確認をとった。


「ほんとうかい?」


「ああ、体を滑り込ませれば、一人ずつ、通れる」


 ゴードンの言う通り、岩と天井の間には、人一人が通れるだけの隙間があった。


「わかった。ただし、用心することが大事だ。ヴェラ、軽く固定の魔法をかけておいてくれ、無理のない範囲でいい」


「了解」


「よし、じゃあ、一人ずつ、行くよ」


 荷を先に送り、体を滑り込ませ、慎重に、一人、また一人とその隙間をくぐる。

 埃と冷たい岩の感触を感じながら。

 ゴードンの言った通り、岩は崩れることはなかった。


 そうして崩れた岩を乗り越えると、再び、その先の薄暗がりへ足を進めていった。


 ——通路が、開けた。


 その先には扉があった。


────────────

 【鑑定】古い扉

 種別:石でできた扉。ひどく古い。

 状態:固く閉ざされている。押しても引いても動かない。

 仕組み:読み取れない。何かの力が、この扉を閉ざしている。

 図:中央に、細長く先の尖った窪み。何かを嵌め込むための形。

────────────


 あの盃があった部屋と同じ扉。

 自分は迷うことなく、あの金具を差し込んだ。

 扉は、ずず、と、低い地鳴りのような音を立ててゆっくりと内側へ開いていった。


 そこは、小さな部屋だった。

 広間のような荘厳さはない。

 ただ、静かでこぢんまりとした一室。

 だが、その空気にはどこか張りつめたものがあった。

 人が何かを大切に納めていた場所——そんな密やかな気配。

 ここは、ただの物置ではない。

 何かを恭しく納め守っていた——そういう祈りの気配のする部屋だった。

 傷ひとつなかったあの石碑の広間と、どこか通じるものがある。

 この場所は——やはりただの迷宮ではないのかもしれない。


 自分は灯りを部屋の奥へと向けた。


 ——光が、跳ね返った。


 部屋の正面の壁。

 そこに設けられた浅い窪みの中に、それは据えられていた。

 円い金属の板。

 自分の灯りを受けて、その面が、鈍く、けれど確かに光を返している。


「……あれだ」


 ヴェラが息を呑んだ。


「あれだよ、ライル。……光を映してる。……あれが鏡だ」


 自分はゆっくりとその窪みへと歩み寄った。

 その円い面は今も静かに輝きを湛えている。

 窪みから両手でそっと取り上げる。

 思ったよりずしりと重かった。


 念のため、自分はその鏡に鑑定をかけた。


────────────

 【鑑定】古い鏡

 種別:鏡。金属の面を、磨いたもの。

 状態:曇りはあるが、今も、ものを映す。

 来歴:極めて古い。

 価値:不明。

────────────


「……間違いない」


 自分は、静かに言った。


「金属の面を磨いた、古い鏡だ。……これが、最後の供物。石碑の言っていた、"光を映すもの"だ」


「やった……!」


 ヴェラが両手を握りしめた。


「揃うよ、ライル。……女神の像も、盃も、そして、鏡も。……あとは、泉で水を汲むだけで、ぜんぶ揃う!」


 その声には抑えきれない喜びがあった。

 このどこかもわからない閉じられた空間で、自分たちは、一つ、また一つと道を切り拓いてきた。

 そして今、その手の中に最後の供物が確かにあった。


「……油断は、するなよ」


 ゴードンが釘を刺した。

 だが、その声もまたどこか緩んでいた。


「まだ、何も終わっちゃいない。それに——水もまだだ。喜ぶのはぜんぶ揃って、あの石碑の前に捧げて、ここから出ることができてからにしろ」


「分かってる」


 自分はうなずいた。

 だが、それでも。

 この手の中の鏡の重みが、確かな希望の重さに思えた。


 自分はその鏡を丁寧に布で包み、収納バッグへと納めた。

 女神の像。

 盃。

 そして、鏡。

 三つの供物は、もうこの手の中にある。


 残るは盃を満たすための、泉の水。

 それも、もう在り処は分かっている。

 探し回る必要はどこにもない。

 ただ、あの泉へ行き水を汲むだけだ。


「行くぞ」


 イングリッドが来た道を振り返った。


「残るは、泉の水だけだ。……あの水を汲んで、石碑の間へ戻る。……それで、ぜんぶ、揃う」


 部屋を出るとき、自分は、開いたままの扉の窪みから、あの金具を、そっと引き抜いた。

 すると、あの盃の部屋の扉と同じように、開いていた石の扉が、ずず、と、ひとりでにゆっくりと閉じはじめた。


 ——やはり、これはただの鍵じゃない。

 そう思ったことを思い出す。


────────────

 【鑑定】石の扉を開いた金具

 種別:金属製の金具。楔のような、鍵のような形。

 図:先端の刻みが、以前より深く読める。何かに嵌め込み、力の流れを整えるための、精緻な造り。

 用途:何かを制御し、調整するための器具。石の扉を開けたのも、その働きの、ほんの一端らしい。

 仕組み:何を制御するものなのかは、読み取れない。

────────────


 鑑定は変わっていない。

 ただ、自分の中の鑑定ではない何かが、囁いてくる。

 この金具こそが、この施設の本当の"鍵"ではないか、と。

 考える。

 この一本が、この施設でいったい何を担っているのか。

 まだ、答えは見えない。

 そうして、もう一度、ポケットの奥へとしまい込んだ。

 ——絶対に、なくすな。

 いつかのイングリッドの言葉が耳の奥で静かに響く。


 残された時間は刻一刻と減っていく。

 だが——道は、はっきりと、見えていた。

 残るは泉の水、一つ。

 それを汲みさえすれば、あの石碑の前で、ずっと閉ざされていた何かが、きっと動き出す。


 ——次は泉へ。


 自分たちは、再び薄暗い通路へと踏み出した。

今後の参考になりますので、面白い・続きが気になると思っていただけたら、

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