第01話 アイテム鑑定士
「その二つが食い違うところにこそ、鑑定士の出番があった」
—— 鑑定士ライル
埃と黴の匂いが、鼻の奥を刺した。
「せーの——っ」
イングリッドが錆びついた扉に肩から体当たりする。
蝶番が悲鳴を上げ、半ば腐った木の扉が内側へ倒れ込んだ。
その向こうに、光の届かない地下貯蔵庫が口を開けている。
「あたいが先に入る。ヴェラ、灯りを頼むよ」
「はーい。ウチの出番だね」
ヴェラが手のひらに小さな灯りを結ぶ。
柔らかな光が、床に積もった埃と、傾いだ棚の列を照らし出した。
「……ったく、依頼書にゃ『整理された蔵』って書いてあったよなあ」
ゴードンが埃だらけの梁を見上げ、呆れた声をこぼした。
ケルウィックの商人ギルドから受けた仕事は、先月亡くなった老鑑定士の遺品を回収しその真贋を見極めることだ。
遺族と債権者が形見と借財を分けるには、どれが本物でどれがまがい物かをはっきりさせなければならない。
鑑定を生業にしていた者の蔵となれば、そこいらの家財とは訳が違う。
名のある品に紛れて、巧妙な写しや来歴のいかがわしい品が混じっているのが常だ。
だからこそ鑑定士連れのパーティーに白羽の矢が立ったわけだ。
「暗いし、埃っぽいし、崩れかけだし。いい仕事の三拍子だね」
アッシュが軽口を叩きながら、器用に足場の悪い床を渡っていく。
「そういうのは稼ぎのいい仕事に言うもんだよ」
イングリッドが笑って、奥へと踏み込んだ。
「うわあ、すごい量。これ全部、今日中に片づけるの?」
棚の間に頭を突っ込んだヴェラが、埃まみれの顔で振り返る。
好奇心のほうが先に立って、口元がすっかり緩んでいた。
「片づけるんじゃない。より分けるんだ」
ゴードンが肩をすくめる。
「値のつくものと、つかないもの。ライルが見て、おれたちが運ぶ。それだけの仕事だろ」
それだけ、と言われると、少しだけ背中がむず痒い。
自分の役目はこの暗がりで品物をひとつずつ検分することだった。
派手さはない。
だが、この蔵の中ではたぶん一番厄介な役でもある。
棚の品を手に取り、目を凝らす。
視界の隅に、鑑定の結果がぼんやりと立ち上がる。
銀器、燭台、装飾皿——どれも来歴のはっきりした、台帳どおりの品だ。
「アッシュ、この列は台帳と符合してる。数だけ数えて箱に」
「あいよ。……にしても、鑑定屋の蔵ってのは律儀なもんだねえ」
アッシュが軽い足取りで棚を巡り、品と台帳を照らし合わせていく。
飄々とした口ぶりのわりに、その指は数え間違いひとつしない。
途中、一枚の絵皿で手が止まった。
見た目は隣の品とそっくりだが、鑑定の結果が複製品と告げていた。
「これは違う。銘は名工のものだが、焼きも釉薬も百年ばかり新しい。写しだ」
「うへえ。並べられたら、おいらにゃ見分けつかねえよ」
「そこが依頼の肝なんだよ、アッシュ」
イングリッドが横から覗き込む。
「本物のふりをした写しを、そのまま形見に数えちまったら後で揉める。ライル、そいつは別の箱だね?」
「ああ。写しは写しで値がつく。ただ、本物と混ぜなければの話だ」
銘だけを見て本物と信じ込めば、蔵ひとつぶんの勘定が狂う。
目に見えるものと、目には見えない中身。
その二つが食い違うところにこそ、鑑定士の出番があった。
こういう見極めは、腕っぷしでは代われない。
自分にできることが、ちゃんとここにある——その手応えだけは、いつも確かだった。
順調だった。
——最奥の棚に手をかけるまでは。
古い棚板が、ぐらりと傾いだ。
積まれた木箱が雪崩を打って落ちてくる。
「ライル!」
声より先に体が動いていた。
崩れる棚の下から品物を庇うように腕を伸ばし、そのまま床に転がる。
次の瞬間、イングリッドが割り込んで棚ごと受け止め、アッシュが箱の山を横から払っていた。
二人の動きには迷いというものがまるでない。
「無茶すんな。品より先にてめえが潰れるだろ」
ゴードンの声には、呆れと気遣いが半々に混じっている。
「……すまない。つい、品のほうに手が出た」
起き上がりながら、苦笑いがこぼれた。
こういうとき、真っ先に体を張れるのはいつも皆のほうだ。
自分は守るべきものを抱えて後ろへ下がるのが精一杯。
それが役目だと分かっていても、胸の隅にちくりと引っかかるものがある。
——戦力としては、自分は一段、皆に届いていない。
だが、その引っかかりはすぐに別のものへと押しのけられた。
崩れた棚の奥。
埃の積もった隙間に、台帳にない品がひとつ転がっていた。
掌に乗るほどの精巧な小箱。
継ぎ目の見えない木の面に細い金線が幾何の紋様を描いている。
蓋の合わせ目はどこにもなく鍵穴すらない。
「なにそれ。見たことない意匠だね」
ヴェラが目を輝かせて覗き込んでくる。
「台帳には……載ってないな。紛れ込みか、隠し物か」
自分は小箱を灯りにかざし目を凝らした。
最初、鑑定の結果は浅かった。
木箱、とだけ返ってくる。
だが、意識を沈め細工の一本ずつを追うように見つめ直すと、鑑定の結果は深く書き直されていった。
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【鑑定】名のない小箱
種別:からくり箱(仕掛けで開く木製の小箱)。
来歴:エルドラウズ王都の工房製。
真贋:本物。細工は一級。
状態:長く人目に触れず、仕舞われていた品。
価値:極めて高い。ここまで検分した蔵の品では、最も値が張る。
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「——これは、隠されてた品だ」
顔を上げて、皆に告げる。
「王都の一級工房のからくり箱。同じようなものを前に見たことがあるから、鑑定できた。開け方を知らない者にはただの木箱にしか見えない」
「便利なもんだねえ、鑑定ってのは」
アッシュが口笛を吹く真似をした。
「便利で済ませないでよ。王都工房のからくり箱なんて、それだけで——ねえ、開けてみてもいい? 仕掛けの構造、どうしても見たいの」
「駄目に決まってるだろ」
ゴードンが即座に釘を刺す。
「依頼主の品だぞ。壊したら弁償どころじゃない。うっとりするのは仕事の後だ」
ヴェラが不満げに頬を膨らませる。
だが、その目はまだ小箱に釘付けだった。
こういうとき彼女の探究心には歯止めというものがない。
それを現実に引き戻すのがいつもゴードンの役目だった。
「見た目はただの木箱。ぱっと見の値打ちと、本当の値打ちが、まるで逆ってわけか」
アッシュが顎を撫でる。
「そういうのを、開けずに言い当てちまうんだから、大したもんだよ」
「台帳にない、蔵で一番高い品。……これを見落としてたら、遺族はまるまる損してたわけだ」
イングリッドが腕を組み、満足そうに頷いた。
「ライル、よくやった。あんたの目がなきゃ、あたいらはただの片づけ屋だよ」
その一言が、さっきの胸のちくちくを少しだけ和らげてくれる。
体を張るのは皆に任せきりでも——この目だけは確かに役に立っている。
だから、それでいい。
そう思うことにしていた。
小箱を布に包み、慎重に鞄へ収める。
残りの品をより分け運び出しが終わる頃には、日はすっかり傾いていた。
商人ギルドと冒険者ギルドへの報告を終え、ケルウィックの通りへ出ると、乾いた夕風が汗を攫っていった。
石畳の向こうに宿場町の灯がぽつぽつと点り始めている。
「さて」
伸びをしながらイングリッドが皆を見回す。
「今日の実入りは上々。次はしっかりと冒険するかね。さて、どこに潜る?」
「稼げるとこがいいなあ。おいら、しばらく美味い酒にありついてないんだよ」
アッシュの軽口に、ゴードンが「お前はいつもそう言ってる」と返す。
「ウチは新しい遺物が出るとこがいい。古けりゃ古いほどいいなあ」
「はいはい、それも酒場で相談だ」
次の稼ぎ先。
その言葉が、まだ何も知らない自分たちの静かな夕暮れに落ちた。
「冒険者はあきらめない」シリーズの第6弾作品になります。
今作はアイテム鑑定士の冒険者という設定で、アイテム鑑定型の構造ミステリー作品にチャレンジしてみました。
初日と二日目は、それぞれ4話連続公開の予定となっています。、
2話目は15時に公開予定となっています。
また、三日目からは毎日1話ずつ、19時に公開予定となっています。
今回も、構造ミステリーとして、読み応えのある作品になったと自負しておりますので、本作品もどうぞよろしくお願いします。
また、もしも「本作の物語の展開が気になる」…という方は、
「冒険者はあきらめない」シリーズの第1〜5弾の作品をチェックしてみてはいかがでしょうか?
最後に、今後の参考になりますので、面白い・続きが気になると思っていただけたら、
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