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83,扉を開けたら天使がいた。

 朝の日差しが窓から入り込んできた。

 日差しから逃れようと寝返りを打つと、香ばしいパンの香りが漂ってくる。

 空腹を感じ、眠気を振り払って体を起こす。

 香りがする方へ目を向けると、微かな笑い声が聞こえた。


「お前は、声をかけても起きないのに朝食の支度をすると起きるんだよな」


 そういって着替えを投げてよこしたのは、同じパーティーの魔法使い、ゼラだ。

 昔から面倒見のよかったこの幼馴染は、今ではパーティーのお母さん的存在になっている。


「早く着替えろ、勇者様」

「うるさい」

「本当のことだろ?」

「まだ、名乗っていいレベルじゃないだろ」


 正直なところ、自分が勇者と呼ばれることには違和感しかないのだ。

 俺は勇者の器などではない。

 昨日も、道中であの獣人の2人組に出会わなかったらガルダまで来ることもできなかっただろう。


「俺なんかより、もっと相応しい奴がいそうだがな」

「お前が勇者だ、というお告げを聞いたときははしゃいでたのにな」

「現実が見えてきたってことだ」


 喋りながら着替え、第2大陸……イツァムナー同盟諸国での修行を思い出す。

 滞在期間は2か月ほどだったが、その2か月の間に強くなった自信があった。

 実際強くなったと思う。

 だが、それは自分の中での話で、客観的に見れば自分は弱いままだ。


「おい、ケイ。考え事もいいがその前に朝食だ。ほかの奴らも来るぞ」

「んー」


 ゼラに背中を押されてベッドから降り、朝食の用意がされているテーブルに着く。

 そのタイミングで他のパーティーメンバーたちが部屋に入ってきた。


「おはようございます」

「はよーっす」

「おはよう」

「むにゃ……」


 約1名寝てるんだが。

 まあ、いつものことだ。


「おはよう。ご飯出来てるよ」

「わーい。さすがゼラさん」

「ほら、ユリシア起きなさい」

「うみゅ……」


 ユリシアは魔法使いで、かなり強いのだが基本的に夢の中なのだ。

 意識が覚醒しているときは中級の魔物を一気に20体消し炭にしたりする。

 半分寝ている状態でも5体は確実に1撃だ。


「ふあ……ん……おはようございます………………ぐう……」

「起きろ。せめて飯を食え」


 朝の挨拶をしながら眠りそうになっているユリシアを席に連れていくゼアを眺めつつ、今日の予定を確認する。

 今日は、獣人の2人組に教えてもらった薬屋に行く予定だったはずだ。

 エキナセア、だったか。

 あの少女たちから貰ったポーションは驚くほど質が高かった。


「ケイ、お前もとりあえず食べろ」

「おう」

「おかーさーん。パンおかわりー」

「誰がお母さんだ」


 そんな会話を聞きながら、隣に座るエルフに話しかける。


「リーラさん、今日は何人かに別れて行動になりますかね?」

「そうですね。エキナセアに向かう人と、装備を整える人に別れましょうか」


 そういってふんわりと笑う姿は、とても綺麗だった。

 リーラはエルフの中でも美しく、中性的な外見をしている。

 女と間違われるのも日常茶飯事だ。


「じゃあ、装備を新しくしたい奴は西区……だったか?」

「ああ。西区の職人街だな」

「それ以外……俺とゼラ、リーラさんはエキナセア、か」

「ん……わたしも……薬屋……」


 ユリシアがパンを咀嚼しながら手を挙げ、全員の行動が決まる。

 5時にはこの宿に戻ってくる、ということを決め、食事が終わった人から出かける。


「さて、俺たちも行くか」

「はい」

「んー……」


 ユリシアの食事が終わるのを待って宿を出る。

 エキナセアの場所は街の人に聞いたら教えてもらえた。

 9時から開いているらしいので、もう開店しているはずだ。


「ここ、か?」

「みたいだな」


 大通りを少し奥に入った所に、エキナセアという看板を見つける。

 扉にかかった札はopenになっている。

 それを確認してから扉を開ける。

 扉に付いているのか、鈴の音がした。それと同時に


「いらっしゃいませ~」


 という少女の声が聞こえてくる。

 中に入ると、天使がいた。

 もはや人とは思えないほど愛らしい少女がカウンターの内側に座って微笑んでいた。


 珍しい、見事な黒髪と黒い目。

 しっとりとした白い肌。

「美」という概念を具現化したらこうなるのだろうか。


「……?どうかされました?」

「ああ、いや……」


 少女が不思議そうな顔をして、隣の少女と顔を見合わせる。

 隣の少女の髪は真っ白で、目は金色だった。

 その組み合わせがまた絵画のようだった。


「何をお求めですか?」

「ポーションを24個、ハイポーションを16個……魔力ポーションはありますか?」

「ありますよ~」

「では魔力ポーションを20個、それと毒消しを16個お願いします」

「は、はい」


 注文の量が多かったからか、少女は目を丸くしていた。

 そして隣の少女に声をかける。


「コガネちゃん、ポーションとハイポーションお願いしていい?」

「いいよ。……主、数覚えて……」

「ないよ。うん」


 少女がキリッとした表情で言い、隣の少女がため息をついた。

 そして数を教え、後ろの棚からポーションを取り出していく。


「えーっと……コガネちゃん、毒消し何個だっけ?」

「16個」

「ありがとー」


 少女は紙に何かを書いており、少しして顔をあげた。


「お会計が2040ヤルになります」

「これでお願いします」


 リーラが手渡した封蝋を見て、少女は隣の少女の肩を叩く。


「コガネちゃん、これなんぞ?」

「これは……封蝋、だね」

「……どうしたらいいの?」

「……店主」

「ラジャー」


 少女はイスを降りてカウンターの横にある扉を開けた。


「ヒエンさーん。ちょっといい?」


 話し声が聞こえ、少ししてから人が出てきた。

 女性にしては高めの身長に、銀色の髪と空色の目。

 この薬屋、外見で店員を選んでいるのだろうか。


「コガネちゃん、封蝋取って」

「はい」

「ありがとう。……ラミア王家の紋章に剣と盾。これ、ラミア王家が勇者に与えたって噂の封蝋ね」

「……勇者!?」


 少女たちがすごい勢いでこちらを向いた。

 そして小さく「勇者……」と呟く。


「シロクロちゃんが来るかもって言ってたけどガチで来たね」

「まさか来るとは思わなかったね」

「ほら2人とも。呟いてないで働きなさい。コガネちゃん、奥から便箋と封筒持ってきて。アオイちゃんはペン出して。それから、そこの棚に入ってる蝋と魔石を出してきて」

「「はーい」」


 女性に言われて少女たちが動き始める。

 黒髪の少女を目で追っていると、リーラが視界に入った。

 リーラは女性を驚きの表情で見つめていた。

 そして、ためらいながら声をかける。


「あの……あなたは、ヒエン・ウィーリア・ハーブさん、ですか?」

「ええ。そうよ」

「リーラさん、知り合いですか?」

「いえ、私が知っているだけです。この方は、薬学に通じている者なら知らない人はいませんから」

「え、そうなんですか?」


 驚きの声を上げたのは、意外にも黒髪の少女だった。


「ヒエンさん、有名人なのかも、とは思ってたけど……」

「おや、知らないのですか?この方は現在最も薬師免許最上位取得に近いと言われているんですよ」

「え、そうなの?ヒエンさん」

「まあ、今プラチナだしね」

「初耳だよ!?」

「言ってなかったからね」


 そんな会話を聞きながら、リーラは納得したように頷いた。


「ハーブさんが作ったポーションなら、あのレベルの高さも納得ですね」

「あら、多分それ作ったのアオイちゃんよ?最近はポーション系の製作は丸投げだから」

「そうだね。よほど忙しい時じゃないと丸投げしてくるね」


 黒髪の少女が疲れた笑いを浮かべる。

 奥から物を取ってきた白髪の少女がそれを見て首を傾げた。


「どうしたの?主」

「なんでもないよ……」

「アオイちゃん、サクラかモエギか、どっちか呼んでくれる?」

「はーい。なんで?」

「今から書く手紙をラミア王家に届けてほしいの。この封蝋は、勇者パーティーの買い物の支払いを王家がするって証なのよ」

「へー……クレジットカード的な?」

「まあ、そういうことね」


 少女は、「ならモエギかな」と呟きながら窓を開けた。

 そして外に向かって「モエギー」と叫んでいる。

 なにをしているのかと疑問に思った瞬間、外から黄緑色の毛玉が入ってきた。


「チュン」

「今ヒエンさんが書いてる手紙をラミア王家に持って行って、代金を貰ってきてほしいんだ」

「チュン。チュッチュン?」

「2040ヤルだよ」

「チュン」


 少女と小鳥が会話しているというあり得ない筈のこの光景は、少女が人間離れした美しさを持っているという真実の上に違和感が欠片も発生しなかった。

 少女が小鳥を指に止まらせて会話している姿は絵画にしか見えない。


「はい。書けたわ。アオイちゃん、封蝋の使い方は分かる?」

「分かんない」

「じゃあ見ててね」

「はーい」


 女性は魔石と蝋を手に取り、手紙の右下に魔石で溶かした蝋を落とした。

 そして冷めないうちに封蝋を押し付け、模様をつける。

 手紙に押したものが冷めたら封筒に入れ、封筒にも封蝋を押す。


「はい、これでいいわ」

「はーい。モエギ、足出して」

「チュン」

「えーっと………………これで大丈夫かな?」

「大丈夫だと思うよ」

「そっか。それじゃあモエギ、お願いね」

「チュン」


 足に手紙を付けた小鳥が窓から飛び立っていき、それを見届けてから女性がこちらを向いた。


「そういえば、なんで勇者がガルダに来たの?この国には特に何もないでしょう?」

「ああ……クリソベリルに会えれば、と思ってな」

「クリソベリル、ですか」


 クリソベリルはガルダに本拠地を置くパーティーだ。

 ガルダのギルドと正式に契約をしており、ガルダの警備も務めている。

 その強さは全世界に置いても1、2を争うほどだ。


「会えると思うわよ」

「本当ですか!?」

「ええ。アオイちゃんと一緒に行けば確実よ」


 その言葉を聞いて、ゼラと顔を見合わせる。

 そして女性の方を見ると、


「アオイちゃん、案内してあげなさいな」

「店番は?」

「コガネちゃん、お願い」

「分かった」

「……じゃあ、行ってきます。サクラ連れてくよ」


 話がついていた。

 少女はカウンターから出てくると、


「えっと、じゃあ行きましょうか」


 と出入り口を指さした。

どうもこんばんは。瓶覗です。

今回は前からやりたかった「異世界の人から見たアオイちゃん」が出来たので満足です。

そしてここから少しの間勇者さん目線になります。

やっと勇者さんが本格的に出てきてくれました。

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