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74,それが主の願いなら。

 月が部屋を照らしていた。

 綺麗な満月だ。

 音を立てないように気をつけながら立ち上がり、隣のベッドで眠っている主に歩み寄る。

 安らかな寝息を立てている主の髪を、そっと撫でてみる。

 主は気が付かないようで、特に反応はなかった。

 よく眠っているようだ。

 それを確認して、部屋を抜け出す。


 リビングの明かりは点いていた。

 消えていれば部屋に戻ろうと思っていたが、点いているということはレヨンが居るということだろう。

 ならば、少し話したい事がある。


 リビングの扉を開けると、レヨンは気付いていたのか驚いた様子もなくこちらを向いた。

 そして、手でイスを示して座るように促してくる。

 手に鋭利なペンを持っていて、机の上には鉄板が置いてある事から考えるに、先程までなにか書いていたのだろう。……まあ、別に考えなくても分かることだが。


「どうかしたかい?」

「少し、話したい事がある」

「アオイちゃんの事?」

「ああ」


 主は、よく分からないのだ。

 普通なら恐れる事を恐れているようではないのに、恐れる必要が無いことを恐れている。


「……コガネ君」

「なんだ?」

「私から質問してもいい?」

「構わない」

「ありがとう」


 レヨンはペンを置き、こちらに向かい直る。

 普段の笑みは消え、真剣な顔だった。


「アオイちゃんは1度でも、元の世界に帰ろうとした事があった?」

「……ない。そんな素振りも、態度も、一度も無い」

「そうか……コガネ君は、どう思う?」

「どう、とは?」

「帰ろうとしないのは、普通だと思う?」


 少しだけ考える。

 自分ならどうか。

 産まれた場所は覚えている。そこで育った。

 懐かしいとも思うし、機会があれば訪れたいとも思っている。


「……俺に人の感情は分からないが、帰りたいと思うのではないか?」

「そうだね。私は、帰りたいと思っていたよ」

「今は思わないのか?」

「今は……もう、随分この世界に馴染んだからね。それに、私はもう人間じゃない」


 その顔に悲しみはなかった。

 帰ることを諦めてから、どれだけの時間が経ったのだろうか。


「アオイちゃんには、帰る意志が無いみたいだ」

「……帰る、意志か」

「そう。まるで、帰るという選択肢を消そうとしてるみたいだ」

「帰る方法はあるのか?」

「あるよ。こちらに来れたのだから、向こうに行くことも出来る」


 主は元の世界に帰ることを望んでいないのだろうか。

 だとしたら、何故。

 自分の育った場所に帰ろうと思わない理由。

 そこに、家族も居るだろうに。


「コガネ君」

「なんだ?」

「もしアオイちゃんが元の世界に帰るとして、コガネ君はそれを手伝う?」

「それが、主の願いなら」


 その言葉に偽りはない。

 主が望むことなら、俺はそれをやろう。

 たとえその行為のせいで、何かが壊れてしまうとしても。


「……そう。コガネ君は、アオイちゃんが好きだね」

「それは、どの意味だ?」

「と、いうと?」

「好きには、色々な種類があると聞いた」

「……ああ。なるほど……」


 そこで、レヨンは一度黙る。

 何かを考えているようだった。


「主従的な好き、は?」

「好きだ」

「なら、恋愛的な好きは?」

「……分からない」

「ほう?」

「俺は、明確な性別がない。だから、主をそういった目で見ているのかの判断がつかない」


 それを聞いて、レヨンは後ろの棚から1冊の本を取り出した。

 その本のページをめくりながら、ゆっくりと話し始める。


「愛に性別は関係ない、という人もいるよ。この世界でも、私とアオイちゃんが元いた世界でも。

 だがまあ、私としてはもっと別の事を話そうか。

 コガネ君。君は今、明確な性別がない、と言ったね。だが、あるんだよ。白キツネにも。どちらの性にもなれるが故に、分かりづらくはあるけどね」


 初めて聞く話だった。

 そもそも白キツネは群れを作らないが、親から子へと様々な事が伝えられる。

 俺も独り立ちするまでに色々な事を教わったが、その中にもなかった内容だ。


「最初に好きになった相手の異性が、白キツネの性別になる。

 という話を聞いたんだ。ずっと、ずっと昔にね」

「最初に、好きに、なった相手」


 自分の場合は、主だろう。


「それと、白キツネは世界の理から外れている、とも聞いたね」


 世界の理。

 創造神が定めたとされている、決して覆ることの無いもの。

 人は空を飛べない。

 魚は陸で生きられない。

 鳥は水中で呼吸出来ない。

 そういった、「当たり前」が世界の理だ。

 まあ、実際には空を飛ぶ魔法もあるし、陸で動き回る魚の魔物もいる。


「世界の理から、外れている」

「ま、真実かどうかは分からないけどね。そこら辺はコガネ君の方が知ってるんじゃないかな」


 白キツネと、世界の理。

 その話は、知っている。

 世界の理の本当の意味も。

今回ちょっと短いですね。

でもまあ、やりたかった事が出来たので自己的には満足です。

やりたかった事、それすなわちオールコガネ君目線!!

前に、Q&Aの「A」の方はアオイちゃんが言ってるって話をしたようなしてないような…

そんなわけで今回はタイトルがいつもと違う感じです。

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