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妥協

勝利を確信して放った巨大な火球。

それを見つめて固まる間抜けな冒険者達。

新世代と自分達との実力差を感じ取り、絶望のあまり顔から表情が抜け落ちている。

それを見て思わず笑みを浮かべてしまう。

相手のことを憐れんで見下しての笑みではない。

圧倒的な力を手にした自分自身に対して、勝利が決定的になった安堵感から笑みが零れてしまうのだ。


(まだまだ僕も子供だな。)


笑みが零れた理由を自己分析して少しだけ自己嫌悪をしてしまう。

どれだけ強がり、強者のフリをした所で中身は変わらないのかもしれない。

だが、僕は変わらなければならない。

真偽はともかく、強者を演じなりきらねば王に至る道は開かれない。


(僕は王になる。地上最強の王になる!)


決意を確固たるものとして新時代を築く王になるべく、旧世代を排斥する。

時代の流れに置いて行かれる人間は僕の築く王国に必要ない。

どのような高度な魔術も技術でも使いこなせる柔軟性を持ち、ただ強く速く正確無比な力を持つ強者の王国を築く。

それがこの魔獣が跋扈する世界で人々が繁栄する唯一無二の方法だ。

だからこそ、力ある者が上に立つ歪みなき強者の王国を作る。

これはその為の一手。

僕の夢のため、彼らにはその礎になってもらう。


僕の放った火球はゆっくりと下降を続ける。

これだけの熱量と巨大さを持つ火球になるとさすがに維持と制御だけでかなりの力を使ってしまい速度が出ない。

だが、その分威力は絶大だ。

下で待機している仲間達が少し心配だが彼らならばこの程度のことは問題にならないと信じることにした。

そう思い僕が火球を眺めている時だった。


「ドラグーンインパクト!」


どこからともなく聞こえてきた大声に何事かと身を守るために防御魔法をさらに展開する。

予め自分の放った業火の魔法でダメージを受けないように防御魔法をかけていたが、それだけで足りないと判断してさらに強力な魔法を展開する。

結果としてそれは大いに役に立った。

どこからともなく聞こえてきた声と同時に何かしらの魔法が発動したのだろう。

僕が放った火球は強風に煽られた蝋燭の火のように周囲に炎を振りまいて霧散した。

僕がいる方に炎がばら撒かれたために逃げることもできず、周囲を炎に囲まれて何が起こったのかもわからずにただ耐えることしかできない。


しばらくして、炎が掻き消えると同時に眼下を見渡せば、そこには先程まであった炎の壁は消失している。

それだけではない。

眼下にいたはずの冒険者達がいつの間にかいなくなっている。


「クソ。いったい誰が・・・!」


「≪雑魚狩り≫が手配した冒険者の仕業だな。あいつ、冒険者引退して妙な集団を作ってるみたいだぞ?」


僕が文句をつぶやくとそれに対して思いもよらぬ答えが返ってきた。

頭上を見上げれば《シグムント》を右手に持ち、刀身部分を肩に乗せた≪暴君≫が立っていた。

こちらに気づかれずに頭上を取った優位性を失うにも関わらずに平然と話しかけてきたが、≪暴君≫の眼は僕を見下してはいない。

油断なくこちらを観察している。

どんな些細な隙も動きも見逃さないその視線は歴戦の戦士のものだ。

どうやら、相手は本気の様だ。


「≪暴君≫これはいったいどういうことか説明してもらっても構いませんか?」


「説明?」


僕の質問に≪暴君≫は何のことかわからないとでも言いたげに首を傾げる。


「とぼけないでください。ギルドの最高権力者の承認を得て正式な依頼を受けたにもかかわらず、ギルドからのこの仕打ち。あなたも一枚かんでいるのでは?」


そう、今回の依頼はギルドの最高権力者達からもたらされたものだ。

にもかかわらず、ギルドからは『彼の伝説に挑む不届き者を討伐せよ』などというクエストが発注されている。

これはどう考えてもおかしい。

こんなものが出回れば普通はギルドの上の者達が火消しに回るのは定石のはず、でなければ今回のように身の程知らずの馬鹿が高位の冒険者に挑むことになる。


「ああ、それな。元≪散歩に行こう≫のメンバーは有名だからな。握りつぶすのにも苦労するんだろうさ。おかげで、その火消し役をギルドの外部顧問である≪雑魚狩り≫が請け負ってな。その関係で俺もこうして嫌々ながら出張って来たのさ。」


「? どういうことだ?」


≪暴君≫の話だけでは全容が掴めない。

そもそもギルドの外部顧問ってなんだ?聞いたことないぞ。

そして、≪暴君≫が出張ってくる理由も良くわからない。


「ま、詳しいことは下で話そうや。説明は≪雑魚狩り≫が全員そろった時にするだろうさ。」


そう言って≪暴君≫が下を指さすのでその方向に眼をやると、僕の仲間達がいる場所にテーブルと椅子を準備している人影が見える。

どうやら、話し合いの舞台は着々と準備が整っているらしく下にいる仲間達はすでに何かしらの話を聞いたのか。

皆、椅子に座ってこちらを見上げている。


「そういうわけだ。降りるぞ。」


≪暴君≫はそれだけ言い終わると地面に降りて行った。

その背後は実に隙だらけで先程までの警戒心に満ちた雰囲気をぶち壊した。おかげで毒気を抜かれてこちらも矛を引きやすい。

僕は槍を収めてその後を追って地面に降りた。


「やぁ、またあったね。」


コーヒーを片手に≪雑魚狩り≫が挨拶をしてくる。

眠いのか。はたまた火消しで疲れているのか。眼の下には以前にも見たクマが濃く出ている。


「軽い食事も用意していますのでどうぞ。お席の方へ。」


彼の横にはいつの間にか執事服の女性が立っており席へと促してくる。

仲間達が座っている席の前のテーブルの上には先程から何人もの見知らぬ人が行き来して食事の準備を進めている。

≪暴君≫も≪雑魚狩り≫の隣の椅子に座ってモシャモシャと食事を始める。

僕は仲間達の隣に空いている席に座る。

席に着くとコーヒーの入ったマグカップが置かれた。


「お熱いのでお気を付け下さい。」


何処かの高級な宿の店員を彷彿とさせる洗練された一連の所作。

どう考えても冒険者には見えない。

先程、≪暴君≫が言っていた≪雑魚狩り≫が作ったという妙な集団の一員だろうか。

いったい何をするための集団か知らないが、こんな所作を覚える必要があるのだろうか。


「さて、まず最初に謝っておこうか。すまないね。色々と妙な行き違いがあって今回のことの発端たる『彼の伝説に挑む不届き者を討伐せよ』という依頼の撤回が遅れてしまってね。まぁ、これ以上の妨害は無い様にするから安心してくれ。」


眠そうに半眼の状態でそう言いのけるが、全くと言っていいほど信用できない。


「ああ。それから、今回の件の賠償ってわけではないけど。標的の住む場所までの道案内は彼のパーティが請け負うから安心してくれ。」


≪雑魚狩り≫は隣にいる≪暴君≫を見つめながらそう言って笑う。

≪暴君≫は嫌そうに顔を歪めながらも何も言わずに黙っている。

どうやら否定しないところを見ると断れない何かがあるらしい。


「ま、そういうわけだから。今回君達を襲った集団も見逃して欲しい。」


「断ると言ったら?」


≪雑魚狩り≫の言葉に≪白銀≫が質問を投げかける。

確かに、どんな理由があろうと彼らを見逃すメリットはない。

逃したとなればまたどこかで襲われる可能性がある。

だが、現段階では標的である≪無敗の防壁≫の居場所を知る≪暴君≫のパーティと共に行動する利点を失いかねない質問だ。

下手に事を荒立てたくないが、「はい。わかりました」と素直に引いてしまうとこちらとしても立つ瀬がない。

故に≪白銀≫の質問に対して僕としても何も言うことがない。


「わかってるさ。今回の件がうまくいくように願ってね。以前から君たちが欲していた物を持ってきたんだ。リリー。持ってきてくれ。」


≪雑魚狩り≫の指示を受けリリーと呼ばれた執事服の女が巨大な棺を持ってくる。

その棺は僕も良く知るものだ。


「まさか・・・」


その棺を見て仲間の一人であるデビットが立ち上がる。

周囲の者達が軽食が乗った食器を端に寄せ、テーブルに棺が乗るスペースを確保するとそれを開けた。

中には僕の予想通り、チープクラスの魔剣である≪フウマ≫が入っていた。

以前から王国に対して使用申請をしていた魔剣の一本である。

僕の仲間達は皆全員が何がしかの魔剣の使用申請をしている。

つい最近になってようやく≪プロミネンス≫の使用許可が下りたために他の魔剣の使用申請はもう少し先かと思ったがどうやらこの男が何がしかの手を使って許可と取ったらしい。


「こう見えても一応、ギルドの外部顧問だからね。色々と根回しができるのさ。」


≪雑魚狩り≫は疲れ切った笑みを浮かべてため息交じりにそう言った。

どうやら、この魔剣の許可を取るためにかなりの苦労をしたらしい。


「許可は下りています。ただし、今回の依頼に失敗した場合は回収しますのでそのおつもりで。」


リリーが≪フウマ≫を取りでしてデビットに渡しながらそう告げる。

なるほど、今回の依頼の成功報酬の前払いの様なものか。

それを条件に使用許可を取ったのだろう。

と言うことは、王国の人間は僕達が依頼に失敗すると思っているのか?

全く、舐められたものだ。


「あと依頼が成功した場合、君たちが今申請している魔剣の内。もう一本ぐらいは私の方で何とかしてもいい。もっとも、今回の件に目を瞑ってくれるのならだけどね。さぁ、これでもまだ不満かい?」


さらに追い打ちとばかりに告げられたその言葉に僕らは唖然とした。

この男がどれだけの権力を持っているのか知らないが、それだけのことをしてくれるのならばこちらとしては文句の言いようがない。

例え、億の金を積もうがチープクラスの魔剣の使用申請は通らない。

それが二本も手に入るだなんて僕達は本当に運がいい。


「仕方ないな。」


僕は笑みを隠しきれずにそう呟いて、今回の一件は目をつぶることにした。

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